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彼女&彼Side

彼女Side 29 もう一つの終業式の朝

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終業式の朝、HR終わった後に副担任から呼び止められた。

休み時間にコピー室に学級委員は夏休みの課題プリントを取りにくるように言われた。

小林にも言っといて、と告げられる。

副担任は事情を知らないからか、あまり配慮しない。

委員長の小林の姿は教室にない。

キョロキョロ探していると、山林が声をかけてきた。

「小林なら職員室行ったよ。今日早退するって」

早退?
あと二時間で授業終わるのに。

サボりじゃないだろうか。

プリントは一人で運ぶか。

また一緒にいて周りからなんて言われるか分からない。

そう思っていると山林が
「オレが手伝おうか」
と言って来た。

珍しく親切な事を言う。

いや、男子に絡まれてるのを久住くんと助けてもらって以来、話しかけてくる事が多い。

ちょっと気にかけてくれてるらしい。

山林は背は私よりちょっと高いくらいで、力はあんまり無さそうだけど、いないよりマシ。

お願いする事にして、二人でコピー室までとりにいった。

「佐藤は夏休み何すんの」
課題を抱えて職員室まで運んでいると山林が聞いて来た。

「なんであんたにいちいち言わないといけないのよ」
ギロっと睨む。

山林が黙った。

単なる日常会話で聞いてくれただけだろうに、手伝いもしてくれていて今のは無かったかもしれない。

そう思ってポツリと答えた。
「…塾の夏期講習は申し込んでるけど」

「あ、そうなんだ?」

「アンタは?」

「俺、親戚ん家が海の家やってるから手伝い」
へへ、と笑う。

へぇ、そうなんだ。
これは絶対に勉強しないな。

「あのさぁ、佐藤」
山林が言ったと同時に職員室のドアの脇にある机に課題を置いてドアを開けた。

「失礼します」
と言った私の声が被る。

山林は口をつぐんで私を見た。

何よ。

「早く入ってよ」

山林は両手が塞がってるから、先に行かせる。

私は片手で持てるくらいだけど、山林の方が多く持ってくれてるから先に入ってもらわないと無理。

中に入ると山林がしばむーの手前で立ち止まっていた。

しばむーの前には背中を向けて先客がいて、何やら深刻そうに話していた。

小林だ。

大きな封筒を渡して、夏休み明けの手続きに間に合うようにと何やら話している。

「クラスのみんなには言ってないのか?」
とのしばむーの問いに首を振っているのが分かった。

何の話?

「まぁ、夏休み明けみんなびっくりするだろうがなぁ…。いろいろ大変だろうけど、頑張ってこいよ。俺は応援してるから。夏休み中は部活で出て来てるから、なんかあったら携帯に電話して来い。飛行機何時だっけ?」

飛行機?

「12時です」

「じゃあもう行かないとな。気をつけて」
「ハイ、いろいろとお世話になりました」
小林が頭を下げてこちらを振り返った。

2メートルくらい先にいた私たちに気づく。

「…」
手にした大きな封筒は学校の名前入り。
しばらく目が合う。

しかし目線を外して、そのままスッと通り過ぎていった。

担任のしばむーが私たちに気づいて
「おー、ご苦労さん。そこで数えて、人数分あったら教室持って行って配って」
と声をかけられた。

「あ、はい」
慌てて返事をする。

小林が行こうとした時、隣に居た山林が振り返った。
「小林。…今から行くのか?」

「…ん」

「…気をつけて。元気でな」

小林は挨拶がわりに封筒を持ち上げて行ってしまった。

行く?
飛行機で?
クラスのみんなにも言わず、いろいろお世話になりました、って何?

三者面談の時、チラッと聞こえた東京というワード。

三年になってからよりも二年の今の時期に決断した方がいいって言ってたセリフを思い出す。

心機一転。
東京へ?

「———よんじゅう、っと。よしOK」

山林が数え終わったのか、課題のプリントを持ち上げた。
気づけば全て山林が数えてくれていた。

「あ、そうだ。小林の分いらないから」
しばむーが言った。

課題がいらない?何で?

「あ、そうなんすか」

山林は理由も聞かずアッサリと言った。

「はい、佐藤これ」

ハッとして、「あ、ありがと」と半分受け取った。

礼をして職員室を出る。

「学級委員てめんどくせーな」
山林がボヤく。

二年連続でしてる私からしたら普通の事だ。

「ほとんど使いっぱしりじゃん。小林もよくやったよなぁ~、数ヶ月とはいえ」

そう言ってチラリと私を見る。

「…」
私は、さっきの出来事が気になってロクに返事も出来なかった。


…東京って夏休みのこのタイミングで?

でもお父さんとうまくいってないんだよね?

旅行気分じゃないのは確か。

前に加藤先生に呼び出された時に、指導が5回目なので東京にいるお父さんに連絡すると言われていたのを思い出す。

お父さんは厳しい人だって…前の学校に比べたらレベルの低いうちの高校に転入したのも気に入らないみたいだし。

別れたお母さんのいるこっちに来るのでさえ大変で、ほぼ勘当同然でこっちに来たと聞いた。

それなのに東京へ?

考えながら廊下を歩いていると山林が
「…なぁ佐藤」
と言った。

「…何」

いつになく真剣な顔。

「お前小林の事、本当はどう思ってんの?」

「…どうって?」

私は山林の方を見て立ち止まりかけたが、そのまま歩みを止めなかった。

階段を上がる。

「…小林、佐藤の事、大事に思ってるよ。アイツ、ノリいいしチャラいしいつも適当だけど、佐藤の事は真面目に考えてるよ」

私は何も言えなかった。

「男子から揶揄われてたろ。あの時、久住が何回か割って入ったの覚えてる?あれ、小林が久住に頼んでたんだよ。自分が言うと余計に揶揄われるだけだから、見かけたら庇ってやってって」

山林の突然のカミングアウトに私は戸惑っていた。

…そんな…だって学校で話すのやめようって言ってた。

私も出来るだけ話したり関わるのをやめた。

階段を上がりきり、山林は止まって何も言わない私の方を向いた。

「———最近知ったんだけど、小林ん家複雑みたいでさ。お父さんからずっと東京に戻って来いって言われてたの知ってる?」

すぐ目の前の廊下の窓から、校門につづく道を小林とその隣———小林のお母さんが歩いてるのが見えた。

大きな荷物を持っている。

小林のお母さん、迎えに来てたんだ…まさか学校に最後の挨拶に?

「…アイツ、東京行くんだってよ。東京行ったらもう会えないかもしんないよ。いいの?」

頭を殴られたような衝撃があった———。

やっぱり東京に転校する?

そんな———みんなにも言わずに?

私にも何も告げずに?

「佐藤が別に小林の事、何とも思ってないなら別にいいよ。お前、付き合ってって言う小林の告白もスルーしてたらしいし」

違う、あれは私が貴典さんを諦めるための交換条件だった。

付き合ってって、ホントの彼氏にしてって言われたけど、私のことが好きなわけじゃない。

だって小林からは嫌いって言われた。

人のものを奪おうとしてる私なんて嫌いだって。

———本当はとっくに諦めてた。

貴典さんの事を考えても辛くなくなってたのは小林のおかげだ。

代わりに小林から無視されたり、女の子達に囲まれてる姿を見たらものすごく苦しくなった。

お姉ちゃんの彼氏と寝るような私なんて、軽蔑されてると思ってた。

私なんて好きになってもらえないと思ってた。

『やっぱ佐藤は笑ってる顔がいいよ』
『お前、バッカじゃね。一回目ぇ覚ませ、アホ』
『俺が墓場でも地獄でもどこでも一緒に行ってやる。俺が半分抱えてやる』

小林はいつでも私の事を考えてくれてた。

『しょうがないなぁ…おいで』
その胸に抱きしめられると安心した。

本当の彼氏彼女みたいだと思った。

小林から愛される子は幸せだと。

私もそんな子になりたい、と。

窓から見える、どんどん小さくなっていく小林の後ろ姿がボヤけて滲んだ。

「うわ」
ちょうど私達の横を通りかかった同じクラスの村山が山のようなプリントを見て立ち止まった。

「げ、それ、もしかしてそれ夏休みの課題!?プリントの量えげつなー…」

そこまで言いかけて、私の顔を見てギョッとした。

「えっ…副委員長?」

山林も私を見てプリントを持ったまま固まっている。

頬をポロッとこぼれる涙を拭って、村山に
「…ちょっとこれ持ってて」
とプリントを丸ごと押し付けるように渡した。

「えっ、ちょっ何なに!」

慌てる村山を無視して、廊下の窓の桟に手をかけて大きく息を吸い込んだ。


———いやだ、東京なんて行っちゃやだ。

最初は大嫌いだった。

あいつの嫌いなとこなら10個はあげられるくらい。

適当なとこ。
勉強してない風なのに成績はいいとこ。
しかも自慢してくるとこ。
女の子大好きでチャラいとこ。
エロい事ばっか言うとこ。
軽いとこ。
自分が顔がいいのを分かってるとこ。
いつもだらしなく違反して制服を着崩すとこ。
エッチの時嫌がる事ばっかする事。
やめてって言ってもやめてくれない、S入ってるとこ。

イヤなとこ沢山あるのに…それ以上にいつのまにか好きになってた。

…嫌いなところも全部好き。


「———小林ーっ!!」
私は身を乗り出して大きな声で、叫んだ。

お母さんと歩いていた遠くにいる小林が立ち止まって辺りを見渡すのが分かった。

廊下にいた何人かが私の大声にビックリしてこちらを見ている。


言わなきゃ。
行ってしまう。

「———大好きー!!」

ハァハァと肩で息をする。

声のした方———こちらに気づいた小林が、ポカンとしてそのまま立ち止まっているのが見えた。

横にいるお母さんも立ち止まっていた。

後ろでバサバサっと音がする。

見ると村山が口を開けたままで、渡したはずのプリントの山が廊下に散らばっていた。

「…言った…‼︎」と呟くのが聞こえたけど、それどころじゃなかった。

隣にいる山林もビックリして目を見開いて固まっている。


私は踵を返して、階段を駆け降りた。

窓から風を感じる。

後ろで
「えっ!ちょっと!あっ…プリント!」
と村山の焦っている声が聞こえたけど、無視して走り続けた———。
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