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彼女&彼Side
彼女Side 27 三者面談
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———その日は三者面談だった。
希望があれば変更してくれるけど、なければ基本的に最初に指定された出席番号順に組まれた順番で行われていく。
私の前は、出席番号で一つ前の小林だった。
お母さんを靴箱まで迎えに行って教室に向かった時には、すでに前の小林は教室に入って面談に入っているようだった。
「時間的に予定通りかしらねー」
お母さんが腕時計を見る。
一瞬、静かになった廊下に、教室の中にいるしばむーの声が響いた。
「…まぁ大変だろうけど、がんばって。で、東京はいつ行くの」
お母さんは気づかずに、廊下にもクーラーが効いてたらいいのにねぇと扇子を出して仰ぎ出した。
廊下にも扇風機が置いて回してあるが、2クラスの中間に置いてあって、こちらまで風は回ってこない。
しかも熱風が回るだけで暑い。
私は東京というワードに固まった。
東京?東京に行くって言った?
しばむーの声は途切れ途切れで、耳を澄ますけどよく聞き取れない。
「———二年の今のうちに決断しといた方が———受験に———慣れるまでに時間かかるし———まぁ心機一転、ね。では学校に提出する書類は東京に行くまでにはお渡ししますね」
二年の今のうちに?
慣れる?
心機一転?
胸がざわつく。
しばらくしてドアがガラっと開かれ、小林が出て来るのが見えた。
後に続いて小林のお母さんらしき女性が出て来て先生に挨拶をしている。
痩せていて美形。40くらい?
これが小林のお母さんか。
思わず背筋が伸びた。
「あら、小林くん」
隣にいたうちのお母さんが小林に気づいた。
「あ———」
向こうもこちらに気づいた。
「順番、小林くんが前だったのね」
にこやかに話しかけるうちのお母さんを慌てて止めようと袖を引っ張ろうとしたけど遅かった。
小林がこんにちは、と頭を下げた。
お母さんはまだ私達が付き合っていると思っている。
しまった、訂正すべきだったか。
それを見ていた小林のお母さんがキョトンとして「あっくん?」と見上げた。
大きな身体してお母さんにあっくん呼ばわりされてるなんて、思わずかわいく感じて笑みを浮かべそうになり、視線をそらして黙る。
「えー…っと…」
小林が言い淀んでいたが、うちのお母さんがにこやかに「はじめまして、佐藤と申します」と小林のお母さんに頭を下げて挨拶をした。
私も慌てて頭を下げる。
小林のお母さんはピンときたらしく「あぁ!佐藤さん!もしかして….あっくんの彼女の?」と小林を見上げて私の顔と見比べた。
そうだ、うちのお姉ちゃんが小林のお母さんに挨拶したと言っていた。
「まぁ先日はお宅でご馳走になったみたいですみません~」
「いえいえ、こちらこそいきなり平日夜にお誘いしてすみませんでした」
母親たちが談笑し始め、静かな廊下に母親同士の話し声が響く。
教室のドアがガラっと開いた。
「次、佐藤さんどうぞー」
なかなか入って来ないからか、しばむーが顔を出した。
「あ、はい。———では失礼致します」
お母さんの隣で私もペコっと頭を下げた。
お母さんの後に続いて教室の中に入る。
しばむーとお母さんが挨拶をし合って、「えー、では佐藤さんの期末テストの結果からですね…」としばむーが話し出した。
私は三者面談中、ずっと上の空だった。
———翌朝、小林とやっぱり付き合ってんだろ、と男子から声をかけられた。
親公認らしいじゃん、と。
昨日の三者面談の時のアレを見ていた生徒が広めたらしい。
やっぱりお母さん達にも訂正すべきだった。
私は徹底的に無視した。
その男子が「何だよ、かわいくねーな」と文句を言って諦めて階段を上がって行った。
「希望…」
朝駅で一緒になって登校して来た友海が隣で心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「…ね…、本当は…小林くんと付き合ってる?」
「そんなわけないじゃない」
友海には絶対に否定しとかないといけない。
小林がこのまま諦めるのか、もう一度ダメ元で告白するかは分からない。
奪うつもりはないって言ってたけど、もしかしたら久住くんと別れる事もあるかもしれないし、どうなるかは分からない。
「付き合ってないから」
「…ねぇ、私には本当の事言ってくれない…?前、小林くんに、希望の家の近くで会った事あるんだけど、多分あの時希望ん家に行こうとしてたんだよね?」
初耳だったので友海を見た。
「前も電車に乗って四人で帰った事あったけど、もしかしたらずっと付き合ってた?あの頃から2人話しててもなんかいい感じだったって言うか…教室では二人で喋ってるのあまり見ないけど、仲良くなったんだなぁって思ってた」
ズバリと指摘されて思わず黙った。
「クラスマッチで希望が倒れた時もコートの端から飛んで来て、保健室運んでからもずっと心配してたんだよ。好きじゃないとあんなに心配しないと思う」
「違う。小林が好きなのは———」
私は言いかけて口をつぐんだ。
私の口から言う事じゃない。
でも友海には誤解しないでいてもらいたい。
「ちょっとこっち来て」
私は観念して友海の腕を引っ張った。
人気のない西棟の渡り廊下で、周りに登校している生徒がいないのを確認して、私はポツリポツリと事情を話した。
一通り話し終えると友海は言葉を失っていた。
「…え…じゃあ、希望は結夢さんの彼氏が好きで、バレたくないから小林くんに頼んで家族の前で彼氏のフリをしてもらってたって事…?」
私は頷いた。
さすがにエッチの指南をしてもらってたというのは黙っておいた。
あと私がすでに初体験を済ませていて、その相手がお姉ちゃんの彼氏というのも秘密だ。
友海の理解の許容範囲を越えているのか両手で頬を挟んで一生懸命考えている。
「え?じゃあ。二人はフリしてるだけで本当に何もないのね?」
「そう。…で結局お姉ちゃんにはバレちゃって、私もふっきれたって言うか、もうそんなに好きじゃなくなっちゃったって言うか…。だけどお母さん達には訂正してないままだったから、親同士がこの前の面談で挨拶しちゃって広まっただけ。付き合ってはないの」
そこだけは強調した。
「…でも付き合ってなくても、好きじゃないというわけではないよね?」
「…どういう意味?」
意味がすぐわからなくて私は首を傾げた。
「付き合ってるフリで、実際には付き合ってなかったとしてもイコール好きじゃないとは言ってないよね?って事」
「す、好きじゃないよ!」
「そう?まぁ希望は好きじゃないって事でいいよ。でも小林くんの方は分かんないよね?そもそも好きじゃなかったら、そんな面倒くさい事に何回も付き合わないし。彼の性格上」
数ヶ月付き合った元カノだからか、そこだけはハッキリと断言した。
そんな事にも少し嫉妬する自分に、諦めきれてなくて自分のことなのに呆れる。
「それは…ゲームのアイテムで釣ったというか…ギブアンドテイクというか…」
「ゲームのアイテム?課金か何かの?バイトしてるから多少のお金はあるのに?」
確かにそうなんだけど。
二回目の交換条件はなんだったか。
そうだ、俺と付き合え、だった。
でもあれは諦めない私に対しての交換条件のようなもので…。
小林にとって得な事なんてない…のだけど…。
「そんなアイテムとかすぐ手に入るようなものじゃなくて、面倒くさくても協力してあげようっていう何かがあったからじゃない?例えば希望の事が好きだからとか」
「だからそれは違うって」
「でも本人に聞いた訳じゃないんでしょ?適当でいつも面倒くさそうに見られがちだけど、意外と私が去年付き合った時は真面目でちゃんとしてたよ。なんかそういうのを見せるのカッコ悪いと思ってチャラく演じてる風なとこあるけど。あれ、なんだろうね?芸人が売れるためにそのキャラを演じてるみたいなとこあるよね」
ふふ、と元カノは笑って、意外と辛辣なご意見を言った。
「…私ね、去年付き合ってって言われた時、好きな人いるからって断ったら、三か月ちょうだいって言われたの。お試し期間で三か月経って好きな人を諦められなくて、自分の方がいいって思ってもらえなかったら自分も諦めるからって。その三ヶ月間は、その…手は出さないって約束はちゃんと守ってくれたし。そして諦められなかったら好きなヤツにちゃんと告白しろって…結果的に後押ししてくれたんだけど。自分の得にこれっぽっちもならないのにね。そういうとこあるよね。面倒くさいテイを装って、自分の気持ちに正直に動くのがかっこ悪いと思ってて、何か理由つけちゃう、みたいな…不器用なのかな、多分。あんまり東京にいた時の事とか自分の事とか話したがらなかったし。だけど、彼のそういうところを分かってあげられる子に出会えたらいいなぁと思ってたよ」
友海はそう言って、私の手を掴んだ。
「嘘から始まる恋もあると思うよ。…お試しから始まる恋はなかったけどね?」
大人しくて流されそうな感じなのに、友海は結構頑固で意思が強い。
キッパリそう言いきって笑ったその顔を見て、小林が入り込む隙はなく、諦めたわけだなと思った。
希望があれば変更してくれるけど、なければ基本的に最初に指定された出席番号順に組まれた順番で行われていく。
私の前は、出席番号で一つ前の小林だった。
お母さんを靴箱まで迎えに行って教室に向かった時には、すでに前の小林は教室に入って面談に入っているようだった。
「時間的に予定通りかしらねー」
お母さんが腕時計を見る。
一瞬、静かになった廊下に、教室の中にいるしばむーの声が響いた。
「…まぁ大変だろうけど、がんばって。で、東京はいつ行くの」
お母さんは気づかずに、廊下にもクーラーが効いてたらいいのにねぇと扇子を出して仰ぎ出した。
廊下にも扇風機が置いて回してあるが、2クラスの中間に置いてあって、こちらまで風は回ってこない。
しかも熱風が回るだけで暑い。
私は東京というワードに固まった。
東京?東京に行くって言った?
しばむーの声は途切れ途切れで、耳を澄ますけどよく聞き取れない。
「———二年の今のうちに決断しといた方が———受験に———慣れるまでに時間かかるし———まぁ心機一転、ね。では学校に提出する書類は東京に行くまでにはお渡ししますね」
二年の今のうちに?
慣れる?
心機一転?
胸がざわつく。
しばらくしてドアがガラっと開かれ、小林が出て来るのが見えた。
後に続いて小林のお母さんらしき女性が出て来て先生に挨拶をしている。
痩せていて美形。40くらい?
これが小林のお母さんか。
思わず背筋が伸びた。
「あら、小林くん」
隣にいたうちのお母さんが小林に気づいた。
「あ———」
向こうもこちらに気づいた。
「順番、小林くんが前だったのね」
にこやかに話しかけるうちのお母さんを慌てて止めようと袖を引っ張ろうとしたけど遅かった。
小林がこんにちは、と頭を下げた。
お母さんはまだ私達が付き合っていると思っている。
しまった、訂正すべきだったか。
それを見ていた小林のお母さんがキョトンとして「あっくん?」と見上げた。
大きな身体してお母さんにあっくん呼ばわりされてるなんて、思わずかわいく感じて笑みを浮かべそうになり、視線をそらして黙る。
「えー…っと…」
小林が言い淀んでいたが、うちのお母さんがにこやかに「はじめまして、佐藤と申します」と小林のお母さんに頭を下げて挨拶をした。
私も慌てて頭を下げる。
小林のお母さんはピンときたらしく「あぁ!佐藤さん!もしかして….あっくんの彼女の?」と小林を見上げて私の顔と見比べた。
そうだ、うちのお姉ちゃんが小林のお母さんに挨拶したと言っていた。
「まぁ先日はお宅でご馳走になったみたいですみません~」
「いえいえ、こちらこそいきなり平日夜にお誘いしてすみませんでした」
母親たちが談笑し始め、静かな廊下に母親同士の話し声が響く。
教室のドアがガラっと開いた。
「次、佐藤さんどうぞー」
なかなか入って来ないからか、しばむーが顔を出した。
「あ、はい。———では失礼致します」
お母さんの隣で私もペコっと頭を下げた。
お母さんの後に続いて教室の中に入る。
しばむーとお母さんが挨拶をし合って、「えー、では佐藤さんの期末テストの結果からですね…」としばむーが話し出した。
私は三者面談中、ずっと上の空だった。
———翌朝、小林とやっぱり付き合ってんだろ、と男子から声をかけられた。
親公認らしいじゃん、と。
昨日の三者面談の時のアレを見ていた生徒が広めたらしい。
やっぱりお母さん達にも訂正すべきだった。
私は徹底的に無視した。
その男子が「何だよ、かわいくねーな」と文句を言って諦めて階段を上がって行った。
「希望…」
朝駅で一緒になって登校して来た友海が隣で心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「…ね…、本当は…小林くんと付き合ってる?」
「そんなわけないじゃない」
友海には絶対に否定しとかないといけない。
小林がこのまま諦めるのか、もう一度ダメ元で告白するかは分からない。
奪うつもりはないって言ってたけど、もしかしたら久住くんと別れる事もあるかもしれないし、どうなるかは分からない。
「付き合ってないから」
「…ねぇ、私には本当の事言ってくれない…?前、小林くんに、希望の家の近くで会った事あるんだけど、多分あの時希望ん家に行こうとしてたんだよね?」
初耳だったので友海を見た。
「前も電車に乗って四人で帰った事あったけど、もしかしたらずっと付き合ってた?あの頃から2人話しててもなんかいい感じだったって言うか…教室では二人で喋ってるのあまり見ないけど、仲良くなったんだなぁって思ってた」
ズバリと指摘されて思わず黙った。
「クラスマッチで希望が倒れた時もコートの端から飛んで来て、保健室運んでからもずっと心配してたんだよ。好きじゃないとあんなに心配しないと思う」
「違う。小林が好きなのは———」
私は言いかけて口をつぐんだ。
私の口から言う事じゃない。
でも友海には誤解しないでいてもらいたい。
「ちょっとこっち来て」
私は観念して友海の腕を引っ張った。
人気のない西棟の渡り廊下で、周りに登校している生徒がいないのを確認して、私はポツリポツリと事情を話した。
一通り話し終えると友海は言葉を失っていた。
「…え…じゃあ、希望は結夢さんの彼氏が好きで、バレたくないから小林くんに頼んで家族の前で彼氏のフリをしてもらってたって事…?」
私は頷いた。
さすがにエッチの指南をしてもらってたというのは黙っておいた。
あと私がすでに初体験を済ませていて、その相手がお姉ちゃんの彼氏というのも秘密だ。
友海の理解の許容範囲を越えているのか両手で頬を挟んで一生懸命考えている。
「え?じゃあ。二人はフリしてるだけで本当に何もないのね?」
「そう。…で結局お姉ちゃんにはバレちゃって、私もふっきれたって言うか、もうそんなに好きじゃなくなっちゃったって言うか…。だけどお母さん達には訂正してないままだったから、親同士がこの前の面談で挨拶しちゃって広まっただけ。付き合ってはないの」
そこだけは強調した。
「…でも付き合ってなくても、好きじゃないというわけではないよね?」
「…どういう意味?」
意味がすぐわからなくて私は首を傾げた。
「付き合ってるフリで、実際には付き合ってなかったとしてもイコール好きじゃないとは言ってないよね?って事」
「す、好きじゃないよ!」
「そう?まぁ希望は好きじゃないって事でいいよ。でも小林くんの方は分かんないよね?そもそも好きじゃなかったら、そんな面倒くさい事に何回も付き合わないし。彼の性格上」
数ヶ月付き合った元カノだからか、そこだけはハッキリと断言した。
そんな事にも少し嫉妬する自分に、諦めきれてなくて自分のことなのに呆れる。
「それは…ゲームのアイテムで釣ったというか…ギブアンドテイクというか…」
「ゲームのアイテム?課金か何かの?バイトしてるから多少のお金はあるのに?」
確かにそうなんだけど。
二回目の交換条件はなんだったか。
そうだ、俺と付き合え、だった。
でもあれは諦めない私に対しての交換条件のようなもので…。
小林にとって得な事なんてない…のだけど…。
「そんなアイテムとかすぐ手に入るようなものじゃなくて、面倒くさくても協力してあげようっていう何かがあったからじゃない?例えば希望の事が好きだからとか」
「だからそれは違うって」
「でも本人に聞いた訳じゃないんでしょ?適当でいつも面倒くさそうに見られがちだけど、意外と私が去年付き合った時は真面目でちゃんとしてたよ。なんかそういうのを見せるのカッコ悪いと思ってチャラく演じてる風なとこあるけど。あれ、なんだろうね?芸人が売れるためにそのキャラを演じてるみたいなとこあるよね」
ふふ、と元カノは笑って、意外と辛辣なご意見を言った。
「…私ね、去年付き合ってって言われた時、好きな人いるからって断ったら、三か月ちょうだいって言われたの。お試し期間で三か月経って好きな人を諦められなくて、自分の方がいいって思ってもらえなかったら自分も諦めるからって。その三ヶ月間は、その…手は出さないって約束はちゃんと守ってくれたし。そして諦められなかったら好きなヤツにちゃんと告白しろって…結果的に後押ししてくれたんだけど。自分の得にこれっぽっちもならないのにね。そういうとこあるよね。面倒くさいテイを装って、自分の気持ちに正直に動くのがかっこ悪いと思ってて、何か理由つけちゃう、みたいな…不器用なのかな、多分。あんまり東京にいた時の事とか自分の事とか話したがらなかったし。だけど、彼のそういうところを分かってあげられる子に出会えたらいいなぁと思ってたよ」
友海はそう言って、私の手を掴んだ。
「嘘から始まる恋もあると思うよ。…お試しから始まる恋はなかったけどね?」
大人しくて流されそうな感じなのに、友海は結構頑固で意思が強い。
キッパリそう言いきって笑ったその顔を見て、小林が入り込む隙はなく、諦めたわけだなと思った。
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