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彼女&彼Side

彼Side20 真実と嘘

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駐車場からそのまま玄関に通じている小径を通って、玄関を開けた。

普通なら他人がよその家に入るのだから、インターホンを鳴らすのが礼儀だけど…。

切羽詰まっていた俺はそのまま玄関を開けた。

ドアを開けた瞬間、「離してください!」と叫ぶ佐藤の声がリビングから聞こえた。

俺は靴を急いで脱いで廊下からリビングに通じているドアを開けた。

「…!」
そこには腕を掴まれている佐藤とあのおっさんの姿があった。

やっぱり。
佐藤がいきなりリビングのドアから入って来た俺の姿を見てビックリして固まっている。
「…え、小林?」

おっさんも佐藤の腕を掴んだまま、驚いた表情で突然の乱入者に目を見開いて固まっていた。

「…お前…」

後にも先にもあんなに頭に血が昇ったのは初めてだった。

俺は手に持っていたピザと箱を放り出し、佐藤を掴んでいた手をおっさんの腕を掴み返した。

「何やってんだよ」

「え?」
おっさんがビックリしている。

サプライズと言ってたし、佐藤姉は俺が来る事を言っていなかったのか。

「…何やってんだよって言ってんだよ!」

そのまま襟を掴んで押し倒して馬乗りになった。

「ま、待って小林!」
佐藤が俺の腕を掴もうとする。

俺はそれを振り払って拳を振り下ろした。

びっくりしていたおっさんは俺の真下で
「ちょ、ちょ、タンマ!何もしてない!」
と両腕でガードして叫んだ。

「何もしてねぇわけねえだろ!」
その腕をどかすべく数発殴る。

ガードされて、顔にはヒットしない。

「小林!違うから!」

「ほ、本当に違う!今回は手を出してない!」

二人の叫び声。

信用できるか!

もう一回その拳を振り下ろそうとした時、
「———小林くん、やり過ぎると訴えられるわよ」
という声が聞こえた。

声のした方…リビングの入り口を振り返ると、佐藤姉が腕組みをして立っていた。

「…」

いつものキャピキャピしている佐藤のねーちゃんではなかった。

いつもと雰囲気が違うので、一瞬のうちに冷静さと取り戻す。

俺は握りしめた拳を止めたままゆっくりと下げた。

佐藤と俺の下敷きになっているおっさんも言葉を失って、入り口の佐藤姉を見ている。

「ゆ、結夢…」

俺の手の力が抜けた瞬間に佐藤が俺の身体に抱きつく形になり、後ろに引っ張られた。

そのまま引き剥がされ、二人で後ろに倒れる。

「って…!佐藤、お前」
何すんだよ、と言いかけた時佐藤が「違う!」と叫んだ。

「今のは鉄板で少し火傷しちゃって、冷やした方がいいって心配してくれてたの!」

「や…けど?」

ポカンとしていると、佐藤が右手の少し赤くなっているところを見せた。

「全然大したことないって言ってたんだけど、聞いてくれなくて…」

…離してってそれ?

「…え…?」

おっさんがゲホゲホと咳こみ「…ひどいな、いきなり」と上半身を起こした。

俺が言葉を失っていると、佐藤のねーちゃんがリビングに入ってきて、近づいた。

「———ひどいのはどっちかしらね。タカちゃん、先週の日曜日どこ行ってたの?」

「…え」
おっさんの顔色が変わる。

———何?
日曜日?
何の話してんだ?

意味が分からず、佐藤姉とおっさんの顔を見比べる。

「先々週もゴルフって言ったよね?ゴルフ場ってこんなとこにあるんだ?へぇ?」

そう言ってスマホの位置情報を示すマップのスクリーンショットを見せる。

そこは市内の繁華街のようだった。

「な、何言って…」

「ホラ、12時はグリーンホテルのとこに現在地ついてるけど」

画像をスライドさせて別の画像を表示させる。

「次浮気したら許さないよって言ったよね?」

佐藤姉がいつものぶりっ子声ではなく、低い声で言った。

浮気?次?
まるで何回もあったかのようなその言い方に佐藤と目が合う。

「———ねぇタカちゃん。今回『は』手ぇ出してないって言ったけど、前は手ぇ出したの?」

そう言って上半身だけ起こした状態のおっさんの目の前にしゃがみこんで顔を覗きこんだ。

浮気した恋人を尋問しているというのに笑顔。

そのチグハグさが恐怖だった。

「い、いや結夢、それは」
言葉を飲み込み、おっさんがちらっと佐藤を見る。

つられて俺も佐藤を見た。

佐藤は青ざめている。

「———あたしの可愛い妹に手ェ出したかって聞いてんだよ!」

佐藤姉のドスのきいた声に思わず俺はビク、と後ずさりした。

コレなに?どうなってんの?
そしてこれは誰???

「お、お姉ちゃん、違うの!」

佐藤が慌てて言いかけたが、「アンタは黙ってなさい!」と一喝された。

俺の腕を掴んだままだった佐藤がさっきの俺みたいにビクっと縮み上がり、さらにギュッとその手に力を入れた。

俺は呆気にとられて、口をポカンと開けたままだった。

佐藤姉がゆっくりと振り返る。

「この人ね、高校の時から女の子大好きで、浮気ばっかしてんの。病気みたいなもん。今回は結婚決まってちょっとは大人しくなったかと思ったら、やっぱり遊び出して」

「…」

う、浮気常習犯!?
まさか佐藤の他にも?

見たらおっさんがかわいそうなくらい震えている。

「-----どうしようかなぁ~。前はクルマ買ってもらったけど。今回は飲み屋のお姉ちゃんに、妹だもんねぇ。新居のビルトインの食洗機くらいじゃ足んないなぁ~」

口元に手を当てて、考える素振りをした。

クルマ。
俺は今日、自分が乗ってきた車を思い出した。

「わ、悪かった。ごめん、結夢」

「ごめんで済むなら警察いらねえんだよ!」

こっちが地か!

小さくなるおっさんの姿を見て、初めてこの人に同情した。

佐藤もカタカタ震えている。

佐藤姉がおっさんに交渉している間、俺は佐藤に小声で
「…え、もしかしていつもこんな風?」
と聞いた。

座り込んだ俺の腕を掴んだまま佐藤は
「…お姉ちゃん、高校までヤンキーだったから」
と小声で言った。

ヤンキー!
そういや、リビングの壁に飾ってある写真の中には佐藤姉の中高時代と思われる写真はない。

「生徒会長だった貴典さんと付き合い出して更生したんだけど…」

あぁ、そういう事ね…て、いやいや、全然納得出来ないんだけど。

女好きの生徒会長とヤンキーの二人が付き合っているのを想像してみた。

ヤンキーからぶりっ子の歌のお姉さんキャラに華麗なる変身を遂げた目の前の女性をマジマジと見つめた。

「うちのお母さん、お姉ちゃんの子育てに苦労したから私にはすごい厳しいんだよね…」
佐藤がハァとため息をつく。

佐藤の外での優等生ぶりはそれを見てきたからだろうか。

「ちょっとアンタ達!」

二人でヒソヒソ話していると、何を買ってもらうか決まったらしい佐藤姉が振り返った。

「ハ、ハイ!」
心臓が跳びはねる。

マジでこえぇ。
チビりそう。

こちらに数歩近づいて、俺たちの前にしゃがむ。

ヤンキー坐りが板についている。
さすが元ヤン。

いや、妊婦さんがそんな格好いいんすか。

「———アンタ達付き合ってないでしょ」

「…え?」
目を丸くした。

佐藤が息を呑む。

「オトナなめんじゃないわよ。———まぁ小林くんは希望の事好きそうだから黙って見てたけど」

「!」
げ。言うなよ、こんな時に。

佐藤が俺を見るのが分かった。

そして佐藤姉はニヤっと笑うと、
「少年。希望の誕生日は今月じゃないわよ。今日は希望が英検に合格したお祝い。希望の誕生日は5月」
と言った。

思わず言葉を失う。

え、マジで?

俺は佐藤の顔を見つめる。

佐藤はキョトンとして俺を見返した。

佐藤姉とフードコートで話した時の事を思い返す。

そういや、佐藤姉は誕生日とは言ってなかった…?

家族でお祝いをするんだ、と。
勝手に俺が誕生日と思っただけ…。

何をあげるか聞かれてアクセサリーと答えたら変な顔をされた。

値段的に安い文房具を提案されて…。

「5月だったら、もうすでに付き合い出してる頃だから誕生日くらい知ってるわよねぇ?付き合い始めだったとしても、そういう話にはなって知ってるだろうし。友達はアンタ達が付き合ってる事みんな知らないみたいだし?」

考えるようにまた口元に手を持っていく。

「…」
俺たちは冷や汗をダラダラかいて、ひたすら小さくなる。

「この前、駅で久しぶりに友海ちゃんに会ったから同じクラスに小林くんているか聞いてみたんだよね。ホラ、隣にこの前本屋で会ったシュッとした塩顔の男の子もいて、その子から小林くんの電話番号聞いたんだけど」

俺の番号を教えたのは和幸だったのか!

「あの二人も、アンタ達が付き合ってるなんて知らないって言ってて。さすがにおかしいなと思って」

そういや友海が住んでるのは佐藤ん家の近くだ。

中学からの妹の友達なら顔見知りでも何ら不思議はない。

マジでこえぇ。
何、この人?
知っててずっと俺に接触してきてたの?

俺への風当たりの強さは、ニセモノの彼氏だと知っていたからか。

「———のんちゃん」

佐藤姉が隣にいる佐藤の方を見る。

「はいぃ!」
俺を掴む手に力入る。

俺は真横にいる佐藤の顔を見つめた。

「———のんちゃん、昔っからあたしの持ってるもの欲しがってたもんね?消しゴムとかコップとか。羨ましくて、ちょっと欲しくなっただけよね?」

パチクリとした瞬きした佐藤の瞳が上には動かなかった。

「消しゴムだったらあげてもいいんだけどね」

そう言ってお腹に手を当てた。

「お腹の子の父親はあんなんでも替えはいないからね。ま、のんちゃんはこんなカッコいい彼氏候補がいるくらいだから、諦められるよね?」

だからさっきから浮かべているその笑顔が全然笑ってなさそうで、超恐怖なんすけど。

佐藤家のラスボスはお父さんではなく。
お母さんでもなく。
…姉だった。

攻略ならず。
完敗だ。

佐藤は姉からの質問にブンブンと首を縦に振った。

佐藤姉はそれを聞くとようやく笑みを消した。

「高校生がオトナ騙そうなんて10年早いんだよ!」

「「ハイ!」」
二人の声が揃う。

何故か俺、正座になってる。

「———のんちゃん」

佐藤姉が立ち上がって腕組みをして見下ろす。

「その子、のんちゃんがずっと欲しかったもん持ってるよ」
クイ、と顎で俺を示す。

…あぁ。

「…」佐藤がキョトンとして俺を見る。

佐藤姉の前で知らずにあんなに真剣に選んだのが恥ずかしい。

俺は近くに転がっている、リビングに入る時、ピザと一緒に放り出した箱を拾った。

割れてないかな。
あぐらをかいて座り直す。

箱にはハッピーバースデーのシールとリボン。

俺は指でポリポリと顔をかいた。

「———英検合格おめでとう」

俺はそう言って、ピンクのマグカップを佐藤に渡した。

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