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彼女&彼Side

彼女Side 22 クラスマッチ 後編

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———体育館は満員御礼だった。
すでに奥のコートでは女子バレーの決勝が行われている。

人の熱気でさらに体調が悪くなりそう…。

「大丈夫?」
「うん…」

ピーッと笛が鳴るのが聞こえた。

校内にもバレー男子の決勝戦が始まるアナウンスが流れている。

見たらバレーメンバーが円陣を組んでいる。

後から来た私と友海は、ちょうどクラスの女子が呼んでくれて陣取っている応援スペースに入れてもらった。

ここなら前の方で座って見れるし、うちのクラスのコートが目の前なので小林も近い。

座ってならば、なんとか最後まで見れそうだった。

試合が始まると、第一セットはほぼ点が入れられず、負けた。

聞いたら相手の三年のチームにはバレー部のエースでキャプテンがいるらしい。

向こうのコートに頭一つ抜きん出た大きな三年生がいる。

ほぼあの先輩が村山のアタックを止めて、そして決定打のスパイクを決めていた。

弾丸のようにものすごい速さで一直線に刺さる。

…あれを拾えって無理でしょ…。

すでに前の試合を見ていた友海がリベロは山林だと教えてくれたが全然拾えてなかった。

「和幸はセッターなんだけど…」

「久住くん、元サッカー部だっけ?やっぱ運動神経いいよね」
隣の女子から言われて、友海が頬を染めて照れていた。

小林はアタッカー?
バレーは詳しくないからよく分からない。

「さっきの試合、結構小林に回してたんだけど、今回あんまり打たないね」
「アイツ、ずっと出っぱなだからもう限界なんじゃない?」
「でもさぁ、真面目にやってる小林、初めて見たわ」
「それな」
周りのクラスメイトが口々に話す。

第二セットが始まる前にコートチェンジと一緒に応援しているクラスの生徒ごと大移動していると、途中で弘子が来た。

女子の決勝戦の記録係をしていたらしい。

そちらは終わったので、後片付けは任せてこちらに来たと言った。

近いのでコート内のメンバーの話し声も聞こえる。
「いけるかー?」
1人が小林に声をかけているのが聞こえた。
汗を拭う姿は見るからにキツそう。

朝からずっと試合だもんね…。
ぎゅ、とハチマキを握りしめる。

同じフル出場の山林は、みんなからどこでもいいから当ててとりあえずサーブを拾えと言われて「無理!」と泣きそうになりながら叫んでいた。

山林は騒ぐ元気がまだあるらしい。
ただサーブが拾えないだけで。

小柄な山林なら、確かに吹っ飛んでしまうかもしれない。

「めっちゃはえーんだよ!こえーだろ、アレ!」

山林の叫び声を聞いて、弘子が「山林、アイツうるさい」と笑った。

「でも、ま、あのアタック拾えるヤツ、バレー部以外で居ないよね。向こうの女子のコートから見てた時聞いたけど、あの先輩、もうバレーで大学推薦決まってるらしいよ」

第二セットは始まる前からみんな負けるの前提で話していた。

だって第一セットは、マグレの村山のサーブがライン上に落ちて入った一点しかない。

第二セットが始まっても、流れは全然向こうだった。

バンバンアタックが決まる。
「拾えー山林ー!」
弘子が山林の後ろ姿に声をかける。

山林が「うるせーよ、分かってるよ!」と振り返り怒鳴った。

次も山林のあたりにボールが飛んでくる。
「うぎゃっ」
山林が腕で顔面でカバーするかのように出した手に当たった。

ポーンとボールが変な方向に飛んで行く。

ラインアウト確実の私たちの少し左の方。

あー、今回もダメだなとボールの方を見ていると…。
「どいて!」
小林の声が聞こえてパッとそちらを見た。
ダッシュで追いかけて来たのか、小林が滑りながら背面で突っ込んで来た。

その辺にいた生徒達がきゃー!と避ける。

上手く左手に当たって、ボールがコートのところまで戻った。

「ナイス!」真下に居たメンバーが拾ってそのまま返し、初めて続いた。

び、びっくりした!

私のとこからは1メートルほど離れてるけど、いきなりの小林の観客席の乱入に心が乱れた。

「ごめん!」
避けて無事だった生徒たちに謝って立ち上がり、コートにダッシュで戻っていく。

そうだ、ボールが繋がった。

「おー、ボール返ったー」
クラスがにわかに活気づいた。

だけど、緩いボールで返したので、向こうはきちんと拾って上げて返してきた。
山林とは逆の、戻りかけていた小林のポジションあたりに飛んでくる。
しかしギリ戻った小林がレシーブで拾い、ボールが上には上がった。

「すげ、小林また拾った」
わぁっと歓声が上がる。

初めてと言っていいくらい繋がった。

「敦史!」久住くんが叫んでトスを上げた。
そのまま後方からジャンプして、バックアタックをした。
決まった。

「ナイス!」
「小林やったな!」
メンバーが集まってポンポンと身体を叩いたり、抱きついだりしてる。

「やったぁーやっと一点返したよぉ~」
「今のスゲー。アイツ、中学バレー部やったん?」
「知らん、転校してきたろ。前のガッコでバレー部だったのかもな」
「アイツ、いつも体育サボってるけど、ちゃんとやればできんだな」
クラスメイト達の話し声。


———そうだ、いつもサボってばかりで適当だった。

掃除や係や委員でも頼んだ事は面倒くさいと言ってやらなかったり、提出物も忘れがち。

やればできるのに、なんかいつもやる気がなくて、見るからに手抜いてた。

勉強もやってるんだかやってないんだか分かんない風なのに、テストの点だけはいい。

『あの内容でその点数?』
答案用紙を覗きこまれては馬鹿にされた事が何回あるか。

ずっとそんなところが嫌いで、いつか追い抜いてやると思う反面、もっと一生懸命やればいいのにと思っていた。
真面目にやっている姿を見たい、とも。

小林と関わるようになって、見方が変わった。

小林がシャワーを浴びている時、きちんと片付けられたデスクの脇に避けていた参考書を盗み見した事がある。

ビッシリと書き込まれた式。
テキストに細かく貼られた付箋。
マーカーで引かれたライン。
何度も開かれたであろう参考書は手垢や折り目がついていたりたくさん書き込んでいて、キレイではなかった。

まさか、と思ったけど、本当はきっとものすごく勉強している。

塾は多分行ってない。
オンラインのネット授業は受けてるのっぽいのは聞いた。

デスクに貼られたバイトのシフトを見たら、平日もたまに10時まで入ってる。
ということはそれから帰って来てあの勉強をしてるのか。

何時まで起きてやってるのか。
そりゃ学校でも寝たりする筈だ。

多分元々の頭はいい。
だけど、それだけじゃ学年一位は維持出来ない。

教室でも休み時間勉強してるわけでもない。

バイトから帰って来て、夜中まで机に向かって勉強している姿を思い浮かべた。

学校でも片親しかいない事は普通に話す。
だけど生い立ちや家庭環境の苦労は話さない。
多分あの様子だと仲のいい山林も詳しい事情まで知らない。

きっと『いいかっこしぃ』なのだ。

バイトしてるとこは見た事ないけど、未だにクビになってないとこを見ると、遅刻せずにきちんと真面目に働いてるのだと思う。

バイトだったらサボったり遅刻する子なら、すぐにクビになる。

小学校から有名私立の附属校に通っていた子が、バイトでも働く事に抵抗はなかったのか。

大体、特進クラスでバイトしてる子なんてほぼいない。学業優先と決まっているから許可が下りにくいのだ。部活動も強化部に所属したい場合は学校が認めた生徒のみだ。
そもそも何で小林のバイトの許可が降りたのかは前から疑問だった。家庭環境なら納得がいく。

友達が部活や遊びに明け暮れる中、バイトしながら勉強する日々。

普通に両親の離婚がなければ、悠々自適なお坊ちゃん学校でエスカレーター式に大学まで進学しただろう。

こんな田舎の中途半端な高校に転入して、こんなはずじゃなかったと恨み事もたくさんあっただろう。

そんな話を新天地では一切出さなかったのは諦めかプライドか。

ピアノの腕前を見ても小さい頃からきちんとレッスンを受けて、練習を重ねていなければあんなに弾けない。

習い事もたくさんしていたと聞いた。
きっと運動神経の良さや体力は幼い頃からのそういう積み重ねから来て、今の彼があるのだと思う。

こっちに転校して来てから悔しい思いや不満を一切言わず、黙々と限られた環境で出来る限りの事を…そんな素振りを見せずコツコツとやってきた彼を心の底から尊敬した。

…ずっと真面目にやる姿が見たいと思っていた。
今、コート中を走り回り、声を誰よりも出して、みんなを励まして盛り上げて、ボールを一生懸命追っている姿が本当の小林じゃないだろうか。
その姿が滲んで見えるのがなぜなのかはまだ私は認めたくなかった。


——— 1.2点差で拮抗してゲームが進んで行く。

コート内で流れ落ちる汗を拭う時に一瞬目が合った気がした。

視線がスッと目を逸らされる。
「…」
視線の先の方を見る。

私の隣には友海。

あぁ、そっか…。

好きな子が見てるんだもんな。
諦めていて片想いでも。
そりゃ頑張るよね。
いつもちゃらんぽらんにしてても、いいところ見せようとして。

「小林!」
その時、向こうから飛んできたボールが小林の顔面に当たって後ろに吹っ飛んだ。

すごい音がした。
きゃーっと悲鳴が上がった。
今のは痛い。

文字通り、捨て身ともとれる顔面レシーブで拾ったボールは村山がフェイントでネット際にフワリと押し込み、一点入った。

「第二セット2年1組!」
わぁぁぁぁぁと体育館中が歓声で沸いた。
僅差でようやく勝った。

だけど、倒れた小林は顔を押さえて動かない。

今の…大丈夫?
鼻とか折れてないといいけど…。

みんなが笑ってるけど、今の音は尋常じゃない。

どうも鼻血が出たらしく、メンバーが取りに行ってきたティッシュで鼻を押さえる。

大丈夫かな…。

心配で見ていたら、弘子からコートチェンジであっちみたいよ、と言われた。

私はキツイのでもう動かなかった。

移動しないの?と同じクラスの子からも声をかけられたけど、首を振ったら、結局弘子も友海も私に付き合ってここで見ようかと残ってくれた。

バレーのメンバーはすでにあちらのコートに移動している。
チームメイトから呼ばれた小林は鼻の付け根を押さえたまま向こうのコートに行った。
体操服に血がついていて痛々しい。

「ねぇ、あの二年生かっこよくない?」
「あー小林先輩でしょ?あの人有名だよ」
後ろにいた一年らしき女子数人が話しているのが聞こえた。

「彼女いるのかなぁ」
「いないんじゃない?なんか色々噂は聞くけど」
「同じ二年の先輩が、一年の時は彼女がいたって言ってたよ。可愛かったって」
「えー誰だろ」
「でも結構すぐ別れてたってよ」

私達のところまで丸聞こえ。

まさかその元カノがここにいるとは思ってない。
隣で友海がひたすら小さくなった。

「えー、告ろうかなぁ」
「あの顔面偏差値じゃ無理じゃない?」

その会話を聞いて、弘子が友海を肘でつついて笑っていた。

友海なら元カノですとバレても堂々と言えるだろうけど、私じゃ無理。

何であんな女狐みたいなかわいくもないのが彼女なんだって思われる。

三年のクラスの応援する団体がこちらに来たので、押しやられる形で、端の方によけて立った。

向こうに行ってれば座って見れたかな…でもいいや。

こっちからなら後ろ姿じゃなくて、ネット越しでも真正面から彼の顔が見れる。

向こうでは他のメンバーや村山から鼻血を指さされて笑われている。

向こう側にいた一年女子から声援が飛び
鼻を押さえて笑って手を上げているのが見えた。

真剣な姿。
あの、うちにニセモノ彼氏として来てくれた時以来だ。

どうして自分にメリットがないのに、ただ許せないだけで、あんなに私の無茶な申し出に付き合ってくれたのだろう。

いいかっこしぃだから?

私の事が単に許せなかった?
正さないといけないと思った?
正義感から?
なんで友海の事をずっと思い続けてるのに私にも優しくしてくれた?

まるで彼女にするみたいに、優しく優しく抱きしめてくれて———。

分からない。
小林が分からない。
どれが本当の彼で、何が本心だったのかも。

泊まった時、優しく抱きしめてくれて眠ったあの日、起きたらずっとその体勢のままだった。

目の前に寝ている小林の顔があって、彼氏がいたらこんな感じだろうか、と思った。

セックスしてなくても別の何かで満たされた。

起きてからは「腕痺れたわー、お前頭重い。デカい」とか散々な悪態をついていたけど、外そうと思えば私の頭をその腕から外す事ができたのに、一晩中同じ体勢で何で我慢してたんだろうと思った。

と同時に心が温かくなった。

くっついていて身体も温かったけど、本当にじんわりと胸に広がる温もりは1日経っても消えなかった。

思えばあの時からその小林の優しさにずっと満たされていたのだ。

嫌いだと言われて、お姉ちゃんの妊娠を知った時以上のショックを受けるくらい。


———第三セットが始まってからは、今までの三年の優勢が嘘のようにほぼ互角の戦いだった。

劣勢の中、第二セットを取って追いついたせいかうちのクラスへの声援がよく飛ぶ。

みんな滑り込んで拾ったり、ボールを拾おうとしてぶつかったり。

小林も明らかに届かないボールでも必死に食らいついて行こうとして、コート内のみんなの汗で滑ってコケていた。

「ダッセー、小林滑ってんの」と笑われながらも、本人もツボに入ったのかゲラゲラ笑っている。

普通コケたらカッコ悪いしダサい。
でも一生懸命にやる今の彼をカッコ悪いともダサいとも思わなかった。

あぁ…何で近くにいた時は気づかなかったのかな…彼の良さに。

なんか視界がグラ、と回った。
手足がスゥとまた冷たくなる感じがあった。

あ…これ…。
目の前が暗くなり、足元から崩れていく感じがする。
「…希望?」
近くにいたはずの友海の声が遠く聞こえる。



あれ…身体がふわ、と浮かぶ感じと同時に落ちていくような錯覚に囚われた。
でも何も感じない。

何だろう?
さっきまであの騒々しい体育館にいたのに一気に遮断されたような、世界が遠く感じた。

あれ…。
真っ暗で、頭の中がぐるぐる回る。
あれ、ここどこだ…。

心地いい揺られるような感覚がある。
近くに小林の、あの好きな匂いがした。

でもすぐ気のせいかと思う。
だってこんなに近くでこの匂いを嗅ぐことなんてこれからないもの。

そう、あの匂いすごく好きだった。

抱きしめられると安心した。
今更分かってももう遅い。

私は彼の事がこんなにも好きだった———。



夢を見た。
背中を向けて立っているその背中に声をかける。
あぁ、彼だ。

追いかけて思わず抱きつく。

今までごめん。本当は好きなのとその姿に追い縋るように手を回す。

他の子の事好きでもいいから。
身体だけでもいいから。
また私と…。

言いかけた私の腕を振り払い、彼は振り返った。

『お前みたいな女、ごめんだよ』
冷たい瞳。
『俺は佐藤の事は…嫌いだ』
その言葉が私の胸に刺さる。

足元から崩れ落ちていく感覚。
まるで蟻地獄のように中心の渦に呑み込まれていく。

苦しい。息が出来ない。
自分の事しか考えないような女だから天罰が下ったんだ。

その端正な顔を歪めて笑ったのが見えた。

違う。違う。
必死に叫ぼうとするが声が出ない。

…いや、違わない。事実だ。
私は自分の事しか考えてなかった。

周りの事を考えず、その声に耳を傾けず、自分の思いばかり優先して…。

彼があんなにも怒ってくれたのに。
その優しさに気づかず酷いことを言った。
本当に酷いのは私だった。

今更もう遅い。
私は縋ろうとしたその手をゆっくりとおろした…。

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