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彼女&彼Side

彼Side 15 本気のクラスマッチ 後編

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———試合は第一セットはほぼ点が入れられず、結局取られた。

相手が三年という事もあるが、メンバーの中にバレー部がいるらしく、村山のアタックはほとんど止められた。

和幸は俺が疲れてると思って、あまり俺に上げなかった。

向こうからアタックを打たれるとラインを外さなければほぼ決まる。

もうこれが負けたら終わりか…。

佐藤が初めて観に来てくれた試合が負け試合ってやだな。

第二セットが始まる前からすでに諦めムード。

みんな暗いし、声が出てない。

こちらのサーブが入っても強烈なアタックで返ってくるので全然続かないし、ラリーにもならない。

しかも山林も今回は全然拾えない。

疲れもあると思うけど、バレー部の球が早い上に強くてたしかにあれは正直ビビる。

間違ってもあれを顔面に食らいたくない。

山林は明らかに腰が引けてる。

何とか拾わないことにはこちらも攻撃に展開できないので、決められるたび通夜のような顔をしている山林を励ました。

「山林、とりあえず身体のどこでもいいから当てろ。サーブ以外なら、最悪足に当たってもOKだから」

「ムリ!めっちゃはえーんだよ!こえーだろ、アレ!」

山林は泣きそう。

———第二セットが始まり相手からのサーブを拾って返してもすぐ拾われ、向こうからは一直線に飛んでくるような球が来た。

「うぎゃっ」
山林が腕で顔面でカバーするかのように出した手に当たった。

ポーンとボールが変な方向に飛んで行く。
ラインアウト確実の観客の方。

「よし」当たった!

俺は上を見上げながらそのままダッシュで追いかけたけど、間に合わない。

「どいて!」と叫んで飛び込み、背面で突っ込む。
滑り込むとその辺にいた生徒達がきゃー!と避けた。

なんとか俺の左手に当たって、ボールがコートのところまで戻った。

「ナイス!」コート内に居たチームメイトが向こうに返してるのが見えた。

「ごめん!」
避けて無事だった生徒たちに謝って立ち上がり、コートにダッシュで戻る。

チャンスボールだから、後方の俺がいないスペースを狙って打ってくるはず。

やはり今回もあのバレー部が打ってきた。
案の定、山林がいる逆の方に打ってきたスパイクの着地点まで戻る事ができ、初めて真正面からレシーブで拾った。

めっちゃ重たくて、手首が折れるかと思った。
大きくボールが上に上がり、わぁっと歓声で場内が沸いた。

初めてと言っていいくらい繋がった。

「敦史!」和幸が叫んでトスを上げて来た。

いや、そこは村山だろ!
どんだけ走らせるんだよ。

でもさ、すっげーまたいいトスあげるんだ。

冷静だし、的確だし、サッカーも上手くてバレーも出来るし、運動神経神か、コイツ。

そりゃあ彼女と仲良くハチマキ交換するわ。
そんな事を思いながら、そのまま後方からジャンプして、バックアタックをした。

決まった。
ハァハァと息が切れる。

「ナイス!」
「小林、やったな!」
みんなが近寄って来て、ポンポンと俺の身体を叩いたり、抱きついだりして喜ぶ。

まるで勝ったかのようだが、一点ようやく返したばかり。

———しかしそこから一気に流れが変わった。
ビビっていたアタックも、みんながむしゃらに拾うようになった。

山林もだんだん早さに目が慣れて来たのか、手首に当てられるようになって来た。
見たら手が真っ赤。

うっかり変なところに上がっても、コート中を駆け回り全員で繋げる。

拾って上げて打つ、どころではない。
拾って変なとこにいったのをまた拾ってやっと返す、という状態。
これはバレーなのかって言うくらい。
笑いが出てくる。
昼休みラリーが何回続くかで遊んでるようだ。

1セット目取られて負けてるっていうのに、ハイになってみんなテンションがおかしい。

繋がれば声を出して喜び、ミスしてもゲラゲラ笑って気持ちを切り替える。

足がとっくに限界を超えていたが、それでも和幸からボールが上がってきたらコート後方から助走を付けて跳んだ。

あれ、何で俺、こんなにがむしゃらにやってんだっけ?

そうだ、佐藤にいいところを見せたいからだ。

佐藤の姿は自陣コート後方にいるのが分かる。

前衛の時に汗を拭って後ろにいる山林に声かけながらチラ、と見た。

佐藤は見るからに元気がないのが分かった。
顔色も良くない。

他のクラスのみんなみたいに叫んで応援はしていないが、首から下げたハチマキをギュッと握っている姿がまるで祈っているようだった。

「———小林!」
チームメイトの声でハッとした。

気づいた時には遅く、俺の顔面にボールが直撃して、後ろに吹っ飛んだ。
ものすごい衝撃に目の前に星が飛んだ。

俺が顔面レシーブで受けた球を仲間が拾って、村山がフェイントでネット際にフワリと押し込み、一点取れた。

「第二セット2年1組!」
体育館中に歓声が響き渡る。

僅差でようやく勝った。

「やったー!第二セット取れたぞー!」
「小林ぃ、お前よそ見してんじゃねーよ!」
みんなが笑って駆け寄ってくる。

「…って…」
クラクラする頭と顔面の痛みに顔を抑えながら上半身を起こした。

「!」
俺に抱きついてきた山林が、びっくりして俺の顔を指差した。

「小林、血!鼻血出てる」
「マジで?」
拭うとぬる、とした。

「ちょっと誰かティッシュ!」
仲間が取りに行ってくれたティッシュで鼻を押さえる。

「———大丈夫か?」
丁度コートチェンジでこちらのコートに来た三年から声をかけられた。

さっきからバンバン打って来ていたバレー部のヤツだ。

近くで見るとデカイ。
190以上はある。
こえー。
あの鍛えた上腕二頭筋で叩かれたら一発だ。

立てるか、と手を差し出された。

「…」

その三年は俺の胸あたりを見ていた。
血がついてるからか。
そう思っていたら「小林」と呼ばれた。
俺の名前知ってる?と思ったのも束の間、体操服の左胸に名前の刺繍が入ってるからだと気づいた。

「…」俺はティッシュで鼻を押さえたまま、その手を掴んだ。
ぐいっと起こしてもらう。

「お前、何部?バスケ?」
立つと10センチ以上ある身長差で見下ろされる。

俺もクラスでは結構高い方なんだけど、すごい迫力。

でも視線を逸らしたら負けそうで、上目遣いで見上げた。

オレは鼻を押さえたまま「…帰宅部っすけど」と言った。

「…」
三年がちょっとびっくりした顔をした。

「小林、いけるかー?」すでに向こう側に移動したチームメイトから呼ばれる。

俺は鼻の付け根を押さえたまま向かいのコートに移動した。

「——止まった?」
第三セットは鼻血が止まるまで開始を少し待ってもらった。
顔がジンジンしてる。

上を向いたら鼻血が喉に流れ込んでいけないらしいので、下を向いていた。

だいぶ止まりかけてたが、丸めたティッシュを詰めた。

「イケメンが台無しだな」
村山が指さして笑う。

近くで見ていた女子数人から「小林先輩頑張って」と声援を受けた。

一年女子。顔は知らなかったけど、にっこり笑って手を上げた。

「イケメンは鼻血出してもモテんだよ」
悔しかったので村山に言い返した。

いや、ホントはすげーカッコ悪くて恥ずかしい。

うちのクラスの女子が固まってるところにいた佐藤のいる目の前あたりでぶっ倒れた。

顔面で受けて倒れて鼻血て。ダサすぎんだろ。

「一年は小林の本性を知らないからねぇ」
山林がニヤニヤしながら言った。

村山がその辺にいる女子たちに「コイツ、まじでエロ王子だからやめたがいいよ」と言った。

それ何の妨害だ。


「そろそろ開始いいですか」
審判から声をかけられ、立ち上がった。

残るは1セット。取った方が優勝だ。

第三セットはサーブ権に関わらず、ライン内に入れた方に点が入っていく。

向こうも疲れが見えてきている。
試合が始まるとほぼ互角の戦いだった。

ノッて来た他のメンバーのブロックなどにも手が当たり、点が入った。

一点入るたびに勝ったかのような大騒ぎ。

劣勢の中、第二セットを取って追いついたせいか、うちのクラスの応援が多い気がする。

ハチマキをしているおかげで汗は目には入らない。
鼻血出てるし、こぼれたボールを拾おうとスライディングした時に摩擦で擦りむいた肘とかが痛くてジンジンする。

体中痛くてもうどこが本当に痛いのか分からない。
まさに満身創痍。

必死に食らいついて踏み込んだ時、コート中にポタポタの落ちていたみんなの汗で滑ることも続出だった。

「ダッセー、小林滑ってんの」と言いながら、みんな笑顔。

佐藤にカッコいいとこ見せたいと思ったのに、逆にホントだせーわ。

でも、佐藤ん家に行くことになったあの日決めたんだ。

ありのままの俺を知ってもらって好きになってもらうって。

学校からも父親からもいろんな事から逃げ出して、自分の不甲斐なさに一人泣いた時の俺でも。

カッコつけてても、何でもないフリしていても、鼻血出しても滑って転んでダサい俺でも、そのままの俺で佐藤の隣に居たいと思ってる。

俺を選んでもらえるなら、俺もどんな佐藤でも受け止めたいと思った。

だから俺をホンモノの彼氏にしてよ———。


佐藤の事ばかり考えていたせいか、コートチェンジのタイミングで移動しなかった向こうのコート側にいる佐藤が目に入る。

明らかに顔が青白い。
立っているがよろけて額を押さえている。
隣の友海が何か話しかけてる。
様子がおかしい。

「敦史!」
和幸の声にハッとして上を見た。

ボールが頭上に飛んで来ていたので、考える間もなく助走を付けて跳んだ。

左手を上にあげ、身体をバネのように反り返らせて振り下ろす。

ずっと佐藤の方を見ていたから、スローモーションのように見えた。

佐藤が友海によりかかるようにして崩れ落ちていく。

俺の打ったボールがちょうど相手コートのコーナーラインの真上に落ちた。

そのままバンと跳ね返って、佐藤達のところに飛んでいった。

キャアー!とそのあたりにいた女子が叫んで避けた。

…ハァハァと肩で息をした。

見ると佐藤が友海に抱きかかえられるようにして倒れていた———。
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