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彼女&彼Side

彼Side13 思わぬ再会

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———土曜日。
山林に頼まれて複合ショッピングセンターに付き合っていた。

目当ては例のフィギュアの新バージョンのやつらしい。

この前も似たようなやつ買ってなかったっけ?

微妙に違うらしい。

俺には違いがよくわからない。

今日は珍しく和幸も一緒だった。

ちょうど買いたい物があるらしく、三人で行くことになった。

「いや~三ヶ月前から予約した甲斐があった!」
山林がフィギュアの入った袋を胸に抱きしめている。

そんなんにうつつ抜かしてるから未だにドーテーなんじゃないの。

「生身の女のがいいだろ」

俺は言いながら佐藤を思い浮かべた。

…いや、フィギュアの方がいいのかな。

それなら傷つけたり傷つけられたりすることもない。

フィギュアに入れられる穴があればそれでもいいかな。

…結構やばいやつだな、それ。

そこまで考えて我にかえった。

ずっとやってないので、性的な事に対してちょっと思考がおかしい。

「オレ、本屋寄っていい?」
和幸は店を指差した。

欲しい参考書が複数あるので見比べて買いたいそうだ。

「あ、ここにもガチャガチャある」

山林が書店の入り口に置いてあるアニメ系キャラのガチャガチャに吸い寄せられていく。

俺は店内に入って2人とは別行動して、適当に雑誌を見た。


佐藤は今頃何やってんのかな…。

もともと土日に一緒に過ごしたことなんて、泊まりに来たあの時しかない。

普段休みの日に何をしてるのかなんて、聞いた事なかった。

聞こうと思えばたくさん聞けたのに。

知りたい事もたくさんあった。

エッチばっかしてないで、たくさん話をすれば良かった。

そしたら佐藤の悩みも苦しみも、もっと早く聞いてあげられていた。

ゆっくり時間をかけて、佐藤を説得出来てたかもしれない。

そうしてクラスメイトとして一から恋をはじめるんだ。

身体だけの関係からじゃなくて…。

雑誌を棚に戻す。

その時、ちょうど俺の横を通り過ぎようとした人が持っていた雑誌が俺の肘に当たった。

バサバサ、と雑誌が落ちる。

「あっ、さーせん…」
俺は慌ててしゃがんで拾おうとする。

出産準備マガジンと書かれた雑誌と、表紙にデザイン性のあるドレスを着たモデルがうつっている言わずとしれた結婚情報雑誌。

その雑誌の持ち主も手を伸ばしかける。

俺は顔を上げた。

「…あっ!小林くん~」

そこには約一か月前に会った、佐藤のねーちゃんがいた。

「…」
一瞬固まる。

いや、本人に会うよりいいけど、こんな状況の時に家族に会うってかなり気まずい。

俺は引き攣る顔を隠して、雑誌を拾って
「…お久しぶりです」
と渡した。

「ホント久しぶりだね~」

ニコニコしながら雑誌を受け取る。

「小林くんは何してるの?買い物?」

俺を見上げる。

こうしてみると佐藤より小さい。

「えーと…友達と買い物に」

何かこの人苦手。

女の子大好きな俺でも、なんかこのぶりっ子は苦手だ。

しかしそんな事は表に出せない。

この前、頑張っていいニセモノ彼氏を演じただけに、あのキャラで押し通すべきか。

いや、そもそも付き合ってないし、今の俺と佐藤の状況から付き合ってるフリはもう必要ない。
必要とされてないというか。

「ヤッター!見て見て小林!レアキャラゲット~!」
その時後ろから背中を叩かれた。

山林だ。

「ごめん、待った?」
振り返ると山林のすぐ後ろに支払いを済ませた和幸もいる。

2人が俺の隣にいる小さい佐藤姉に気づく。

「…」
「…」
誰?二人の目がそう言っていた。

「あ、お友達ぃ~?」
俺を見上げる佐藤姉。

2人が顔を見合わせたあと、呆れたような冷ややかな目で俺を見た。

いやいや、違うから。

お前ら、絶対俺がナンパしたと思ってんだろ。

「今日、のんちゃんお家いるんだよ?小林くんもお友達と遊ぶのもいいけど、のんちゃんとも遊んであげてよね?」

佐藤姉が爆弾をぶっ込んでくる。

わー!ちょっと余計な事言わないで。

「のんちゃん?誰?この女子大生、小林の知り合い?」

山林が俺の顔を見る。

まぁ社会人には見えんわな。

「いや…」言葉に詰まる。

「もう、最近ずーっとのんちゃん暗いから小林くんと喧嘩でもして、別れ」

「ちょ、おねーさん!」
そこまで言いかけた佐藤姉の口を慌てて塞いだ。

ちょっと黙ってくれ。
誰かこのぶりっ子の口を止めてくれ。

「んんーっ」

あ、しまった、この人そういや妊婦なんだった。

慌てて手を外すと「もう!」と怒られた。

俺はすぐすいません、と謝った。

「これでもずっと心配してたんだからね!小林くん、あれから家来ないし!」

プンプンと怒る擬音がその頭から出てるような気がする。

俺達が話してる様子を見ていた和幸が山林の方をチラっと見て
「山林、オレちょっとATM行ってくるから」
と書店の出口の方に向かった。

それを聞いた佐藤姉が「あーっ!」と山林を指差した。

「山林くん!?噂の!」

大きな声にギョッとする。

いきなりの名指しに山林がビビりながら「え…や、山林ですけど、何すか…」
と言った。

行こうとしていた和幸も立ち止まる。

「のんちゃんから聞いた事あるー!自学ノートにいつもクラスの子の似顔絵描いてる!」

山林は宿題の自学ノートが埋まらない時は、端の方にクラスメイトの似顔絵を描いている。

1ページ埋めないといけなくて本当はそんなんダメなんだけどそれがかなり上手くて、いつのまにか先生からも許されるようになり、しばむーの毎日の楽しみになっている。

ちなみに俺はかなりイケメンに描いてもらった。

そのノートが前に一回佐藤と入れ違いで持って帰ったことがあって、山林の描いた佐藤の似顔絵のページにはつり目で頭にツノが生えた山姥のようなイラストだった。

佐藤は鬼のように怒り、しかも丸をつけている担任に対してももっと真面目にやるべきだと指摘した出来事があった。

「もー、あの時のんちゃんが家でも怒りまくって私にノート見せて…あーおかしい」

佐藤姉が思い出したのか笑っている。

訳の分からない山林が
「あ、あのさっきからのんちゃんて誰っすか…」
と佐藤姉に聞いた。

あぁ、万事休す。

俺はハァとため息をついて
「…佐藤のおねーさん」
と紹介した。

「やだ、小林くん、佐藤なんてみんなの前では呼んでんの!?希望ってこないだ言ってたじゃなーい」
きゃは、と笑う。

いや、ちょっとこの人もう黙らせて。

「佐藤の!?」

「え、佐藤さんの?」
山林と少し離れたところにいた和幸も戻って来た。

「えーっ。全然似てないっすね!」
山林の言葉にそう?と首をかしげる。

「いや、めっちゃかわいい。あの氷の女王みたいなこえー佐藤と血が繋がってるとは思えない!」

派手に笑う山林に、それまでニコニコしていたねーちゃんが笑うのをやめて
「ちょっと。うちののんちゃんはかわいいわよ」
と山林に詰め寄る。

この人、ちょっと姉バカだよなぁ…。

こう見えて妹を溺愛してるというか。

いや、俺は分かるよ。

かわいい佐藤も知ってるから。

だけど、クラスメイトにそれを力説したところで分かってもらえないと思う。

空気を読んだ山林が
「…す、すいません」
とすぐ謝った。

「ん、でも何で小林が佐藤のおねーさんと知り合いなの。ていうか、お前佐藤の事、下の名前で呼んでんの?」
俺を見る。

ヤバい。

「この前、プリンもってうちに来てくれたんだよね~」
佐藤姉が俺を見上げる。

「プリン?」
和幸が反応して、俺を見る。

そうだった、プリンはこいつに教えてもらったんだった。

「え。何でおまえ、佐藤ん家とか行ってんの」
山林が怪訝な顔。

あー、もう、バレたなんて知られたら佐藤に怒られてキレられる。

…ま、いまさら嫌われたところで、か。

「…い、委員会!委員会で話したい事があって」

俺は適当に誤魔化すと、佐藤姉の方を向いた。

「おねーさん、本買うんでしょ、本!レジあっち!あ、俺荷物持ちます!重たいもの持っちゃ駄目っすよ」

呆気にとられている山林や和幸に
「ごめん、ちょっと今日はこれで」
と捲し立てて、姉ごと退散した。



「…」
支払いをしている佐藤姉を待つ間、俺は両手に荷物を抱えてゲンナリした。

「やだぁ~助かっちゃった」
テテテ、と小股で歩いてくる。

何、その歩き方。

妊婦だからじゃないよな?
ぶりっ子?

そしてその手にはまた新たな紙袋。

———なんでこうなったんだ。
頭を抱えたいが両手が塞がっている。

とりあえず山林たちからは逃げたが、来週月曜日学校に行ったらまた何か言われるかもしれない。

あんなにクラスで噂になっても平気、と思っていたのに、今となっては非常に困る。

だってクラスのみんなの前で噂になったとして、関係性が良くなる気が全くしない。

佐藤姉は車で来ていると言うので駐車場まで荷物を運ぶだけのつもりだった。

が、まだ見たいものがあると言う。

俺はいくつかのショップを強制的に一緒に回らせられていた。

「わー、あの彼氏めっちゃ荷物持たされてる」

すれ違った女の子達から笑われてるのが聞こえた。

いや、俺彼氏じゃない。

強いて言うなら、この人の妹のニセモノの彼氏です。

恥ずかしくて誰に言うわけでも心の中で弁明する。

「ハイ、コレもお願い!」

佐藤姉は紙袋を俺に渡すとすぐ目の前のお店に消えていったので、さらにまた荷物を増える事を懸念してカートを取りに行き、それに荷物を載せて、ショップ前のベンチに腰掛けた。

女の買い物長い…。

ていうか買い物の量すごくね?

結構、金遣いが荒いタイプかもしれない。

コレは結婚後大変だな。

あれ、そういえば今日アイツは?

その時、声かけられた。
「あのぉー…」
女の子2人組。

「ハイ」そっちを見る。

「すいません、インフォメーションってどっちかわかりますかぁ?」

何で俺に聞くの。

ベンチに座ったまま、あっちかな、と指差す。

「あ、ありがとうございますー。一人ですか?」
「は?」

あぁ、そういう事ね。

街中で声をかけられる事はたまにある。

「隣いいですか?」
そう言って二人が座ろうとする。

オレはカートに手をかけたまま、近づいて来た彼女達から避けるべく、ベンチの端に反射的に避けた。

いや、ちょっと…と断ろうとした時、
「小林くん」
という声がした。

見ると佐藤姉が怖い顔で立っている。
チワワが一生懸命に威嚇してる感じ。

佐藤姉から睨まれ、女の子二人はささーっとどこかに行った。

あ、インフォメ逆だけど、ま、いっか。

「終わりました?」

立ち上がり、佐藤姉から荷物を受け取ってカートに載せたのに、ジロリと睨まれた。

「今、小林くん、ナンパされてなかった?」

「気のせいじゃないすか」

めんどいなぁ、この人。
ちゃんと断わろうとしたし。

「だって私が来なかったら、隣に座る気マンマンだったでしょ、あの子達。何で隣ズレて座らせようとしてんの」

いや、あれは譲ってあげたわけではなくて、近づいて来たから避けたんだけど。

「もう、のんちゃんに告げ口するよ?」
プンプン2回目。

何なの、この人。

別にいいっすよ、付き合ってないんで。
この前告白したら、結局スルーされてるし。

そう言いたいが言えない。

俺、いつまでニセモノ彼氏役を続けないといけないわけ?

別料金取るぞ、佐藤。

「小林くん、モテそうだからね。浮気したらダメだからね」

そう言って歩き出した佐藤姉の後をカートを押して続いた。

心配されなくても浮気しませんし、ここんとこ妹さん一筋です。

学校でもモテなくなったし、全然報われませんけど。

「…相川さんもモテそうですよね」
俺も爆弾ぶっ込んでみた。

「タカちゃん?モテるよぅ?」
ふふふーと何故か嬉しそう。

不発か。
この人、かわいい外見とは裏腹に思ったよりハート強そう。

「心配になりませんか?もし浮気してたらどうします?」

ていうか、すでに浮気してるけどね。
しかも妹と。

「ふふん、大丈夫ー。タカちゃんは私の事大好きで離れられないから」

にっこりと笑う。

すごい自信。
浮気されてんのにアホだなぁ。

しかし初期とはいえ妊婦に
「妹さんに手、出してますよ」
なんてショッキングなことを言えるわけなく、また歩き出した後ろ姿を見て俺はちょっとかわいそうになった。

「そう言えば今日は相川さんは一緒じゃないんですか?」
聞いてみた。

「今日も接待ゴルフなんだよねぇ。本当はブライダルカウンターに一緒に相談に行きたかったんだけど」

あー、何かそういうのありますよね、と相槌を打った。
CMで見たことある。

「だからね、予定変更して買い物にしたんだけど、小林くんいてくれて助かっちゃった!ありがと。あ、ちょっと休もうか」
フードコートを指差す。

いや、もう俺帰りたいっす。

と言えるはずもなく、まぁ、荷物持ちさせられてるし、ありがたくコーヒーをご馳走になる。

二人で向かい合って座る俺の手にはアイスコーヒー。
テーブルの上のトレーには佐藤姉のオレンジジュース。

「ねぇ、小林くん。ずっと聞きたかったんだけど」

「何すか」

めんどくなって、ほぼ地が出始めている。

この前は爽やかな彼氏役を演じようと頑張ったけど、もういいだろ。

「のんちゃんのどこが好きなの?」

「———」思わず沈黙。

「え!?黙るとこ!?」
オーバーに言う。

…いや、そんなん普通好きな子のおねーさんに言わないでしょ。

頬杖をつく。

「たくさんあるでしょ!うちののんちゃんかわいいから!」

声デカいしリアクションでかいし。

周りが見ている。

ホントめんどくさい人に捕まった。

いや、沢山あるよ?

この前挙げてったら、ゆうに10個超えたし。

でもいちいち人に言わないでしょ。

「ちょっと小林くん、この前ウチに来た時とだいぶ違うくない!?さてはうちのお母さんたちの前では猫かぶってたな!」

そのほっぺ膨らますのやめて欲しい。

もう25歳なんだよね?

若作りにも程がある。

そういやこの人保育士してたんだっけ。

昔からやってる、某局のあの幼児番組の歌のお姉さんっぽいキャラだよな。

俺はハァとタメ息ついた。

「…そりゃ猫も被るでしょ、好きな子の親に気に入られなかったら、これから付き合えないんすから」

思わず本音を言ってしまった。
「…そりゃ必死にもなりますよ…」
最後の方はほぼ独り言。

今の俺の持ってるもので、嘘はつかずに出来る限りの事はやった。
あれが精一杯だ。

あれ以上でもあれ以下でもない。

佐藤には届かなかっただけで。

「…」
佐藤姉がズーっとオレンジジュースを啜った。

「…小林くんて実は結構のんちゃんの事好きだよね?」

ハッとして慌てて取り繕う。
「…そりゃ付き合ってるんだから当たり前でしょ」

聞き方によってはまるで片想いの台詞じゃなかったか、と思ったが、佐藤姉は気にも留めていない。
セーフだったらしい。

「——そういや、今のんちゃんと喧嘩中なの?」

ジュースが少なくなって、氷をガチャガチャと混ぜる。

「え、何でですか」

「最近ずっと元気ないんだよねぇ」

…それは多分あなた達のせいじゃないすか。

お腹を見つめる。

迂闊な事は言えなくて
「そうっすか?学校では変わりませんけど」と流した。

「あんま食欲無さそうだし。顔色も良くないんだよねぇ」

学校ではほとんど顔見てないから、分からない。

けど教室で男子を注意する姿を最近見てないから、確かに元気ないのかもしれない。

「それでね、ほらちょうどいいし、お祝いしようと思って。来月」

来月?誕生日か?

そういや、俺、佐藤の誕生日知らない。

「あぁ」

慌てて知っているフリをした。
彼氏なら普通知ってるよな。
あぶね。

「小林くんは何か考えてる?お祝い」

「え、プレゼントですか」

知らなかったから考えてない。

でもそうとは言えず
「…悩んでるんすよね、何がいいと思います?」
と誤魔化した。

「え、お祝いする気持ちだけでいいと思うけどなんかあげる予定だったの?高校生だから、限られるよねぇ。文房具とか?」

誕生日に文房具?
小学生のプレゼント交換じゃないんだから。

いや、たしかに佐藤は勉強好きだけど。

「安くないっすか?彼女に贈るのに」

「気持ちだからいいんじゃない?何かあげるとは思ってなかったから逆に聞くけど、どれくらいの金額で考えてるの?たとえば」

…彼女にプレゼントなんてした事ないから分からない。

友海の時は付き合ってるの短かったし、イベント的な事は一緒にやってない。
クリスマス前に別れたから。

「金額は分かんないすけど…。アクセサリーとか?」

世間一般的に。

佐藤姉はちょっとビックリしたように俺を見た。

「え?アクセサリー?まさか指輪とか贈るつもり?」

「いや、さすがに指輪は贈んないすけど」

それは重い。
恋愛に疎い俺でも流石に分かる。

「ネックレス、とか…。」

この前のワンピースに似合うネックレスなんかいいな、と思った。

「ネックレス、ねぇ…」

姉の目から見てピンと来ないと言うことは、佐藤は全然アクセサリーを付けないのかもしれない。

でもあの白い肌に映えるようなのがいいな。
首輪みたいに、自分のところに帰ってこれるような。
猫みたいに気まぐれにどっか行っちゃいそうな佐藤にピッタリだ。

…いや、首輪て。

そこまで考えて自分でちょっとあらぬ方向に想像がいったので、打ち消した。

あの、うちに泊まった時のネコ感はヤバかった。

普段は威嚇して全然懐かないのに、飼い出したらすり寄ってくるあの感じがたまらない。

ツンデレにも程がある。

「やっぱりネックレスも無しですか?」

「いや、有りか無しかで言ったら、まぁ無くはないけど…」

「でも誕生日でしょ?普通女の子ってアクセサリー欲しがりません?」

佐藤の姉がオレンジジュースを飲みながら、ちょっとだけ変な顔をして俺を見た。

安直な高校生男子の考えか。

それか指輪じゃなくてもネックレスなんて、付き合いたての高校生が気合い入り過ぎ?

「…のんちゃんが欲しがってるのはアクセサリー、ではないかな…」

この言い方は欲しい物を知っている。

「じゃあ何ですか?」

「教えて欲しい?」
にっこり笑う。

何かこの人の笑顔こえーわ。


———飲み終えて連れてこられたのは、聞いた事のあるショップブランド。

洋服のブランドだけど、スペースの半分はオシャレな雑貨屋になっている。

ブランドと言っても洋服はそこまで高くはない。

ナチュラル系女子が着そう。

でも雑貨の方はカッコイイ系から可愛い系までいろんなアイテムがある。

普通に男子が持っててもおかしくはない。

「のんちゃん、ここの雑貨好きなんだよねー」
と店内を見て回る。

「ちょうどこの前、のんちゃん自分のカップ割っちゃってね。ほら、試験勉強でずっと夜遅くまで起きてたでしょ」

そういや、英検受けるって言ってたな。
多分もう終わってるけど。

「カフェオレよく飲んでるんだけど…とってのところ割っちゃったんだよね。いつもウチではのんちゃんが水色担当で——」

水色担当?
も○いろクローバーZ的な?

「ウチ、家族で大体カラーが決まってるんだよね。歯ブラシとかでも。で、のんちゃんはいつも水色なんだけど、ホントはのんちゃんはピンクが好きなんだよね…」

そう言って飾ってあるピンクのカップを手に持つ。

「今まで私がピンクのカップ使ってたんだけど、私結婚したら家出ちゃうし。新居に自分のを持ってくから、のんちゃんには気にしないで好きなもの使って欲しいな、って。のんちゃんはカフェオレ好きだから、朝も夜も飲んでるし、カップを贈ってあげたら毎日それを飲むたび小林くんの事思い出すと思うよ」

毎日…。

佐藤がそのカップを使って飲んでいる姿を想像する。

朝眠そうな目をこすって、朝ごはんの時一緒に。
夜、机に向かって勉強しながら。

暑い日には彼女の喉を潤し、寒い朝には彼女の身体を温める飲み物が入ったカップを手にして過ごす姿が目に浮かんだ。

…俺もいつも彼女を温める存在でいれたらどんなにいいだろう。

つらい時も泣きたい時も、俺が傍にいてあげられない夜でも、彼女が1人でも1人じゃないと思えるような、そっとその温もりで包んであげられるような。

「…これにします」

佐藤の姉はニコっと笑って
「ハイ」と手の中のピンクのマグカップを俺に手渡した。

金額は2000円。

彼女の誕生日に贈るにしては安く、マグカップにしては高い。

バイトしてるし予算としてはもう少し高いのを考えてたけど、何よりも佐藤が欲しがっている物というのがいいなと思った。

きれいにラッピングしてもらい、カートのところにいる佐藤姉のところに戻った。

「小林くん。恋してる顔してるね」

「何すか、それ」

そう言ってカートのフックに紙袋を下げる。

「のんちゃんのこと大事にしてよね?」

それには答えないでいると背中を叩かれた。

「泣かしたら承知しないからね!私のかわいい妹を!」

苦手だと思っていたこのぶりっ子具合もショッピングセンターを後にする頃には、嫌いではなくなっていた。


———カップを買って帰ったものの、肝心の佐藤の誕生日がいつなのか日にちがわからない。

7月というのは分かった。

仲のいい友海や町田にこっそり聞こうと思ったが、何でそんなの聞くのと聞かれて誤魔化せる気がしなかった。

メッセージのやり取りをしているアカウントのプロフィールに公開設定してるかも、とも思ったが佐藤はしていなかった。

アドレスにたまに誕生日が使われる場合があるので見ようと思ったらそもそもメールアドレスを知らなかった。メッセージのやりとりができるアプリだけ。

そのまま7月も第二週に入りつつあった。
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