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彼side

8 彼女と過ごす夜

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あれから佐藤は、火曜も金曜も誘ってもうちに来なかった。

というか既読ついても返事がない。

ねーちゃんのオッパイでかいか発言に腹を立ててるようだった。

そういやクラスの男子から揶揄われていた。

冗談なんだから、右から左に聞き流して欲しい。

ま、そういう真面目なとこもいいんだけど。

ん、前も同じ事言った気がする。

でももう一回言いたい。

佐藤の真面目なとこ、好き。

しかし俺がいくら好きと思ったところで、全然つれない。

あんな事やこんな事までしてるんだから、ちょっとは懐いてくれるかなと思ってるんだけど、全然だ。


そうこうしてるうちに土曜日の昼。

昨日バイト先から電話があって、日曜とシフト交代してって言われた。

日曜日は山林と出かける用事だったけど、連絡して来週にしてもらった。

なんとかって言うフィギュアを見に行きたいらしい。

別に俺はアニメに興味はない。

生身の女の子の方がいい。

でも佐藤の等身大フィギュアがあったら買っちゃうかもな。

そこまで考えてキモ、と思った。

恋は人をアホにさせる。


もう佐藤に対するこの気持ちが恋だと自覚していた。

学校ではあんまり喋らないようにしてるけど、気づくと目で追っている。

身体から始まっただけに、好きになったと言っても多分すぐには信用してもらえない。

いや、そもそも俺から好きって言わないんじゃなかったっけ。

でも俺から言わなかったら一生進展はなさそうだな。


13時に起きたので、もう日差しが高くてカーテン越しでも眩しい。

俺は欠伸をした。

昨日は佐藤が来なかったので、夕方から遅くまでずっと勉強していた。


生まれ持ったものや環境など不公平だなと思う事はあるけど、努力は基本人を裏切らない。

結果が出なかったとしても何かしらの変化を自分の中だけにでも残してくれる。

誰もが努力せずにいきなり何かを出来るようになったり、結果が出せる訳はない。

たまに天才と呼ばれるようなそういう人もいる。

前の学校にはいた。

だけど、何もないならコツコツ努力するしかない。


小さい頃からたくさんの習い事をさせられた。

3日でやめたものとかあるけど、やっぱりどんなものでも練習が大事だ。

勝ち負けがあるスポーツや、コンクールなど他人から評価され優劣が分かる音楽や芸術分野と違って、勉強はまだマシ。

やればやっただけ点数として結果が出る。

ガリ勉みたいにコツコツしてる姿を見せるのがあまり好きじゃないだけで、家では結構きちんと勉強している。

じゃないと学年上位にはずっといれない。

教科の好き嫌いはあるけど、分からない事に対して考えて解いていくのは嫌いじゃない。

分からないから知りたい。

難解だから解きたい。

佐藤のように訳の分からない無理ゲーみたいな難題の方が燃える。

そうしてコツコツ努力して、攻略していくんだ。

ただそれを見せないようにして。


今日から一泊二日で母親は会社の慰安旅行でいない。

鹿児島に行くんだとウキウキしながら昨日、服を選んでいた。

自由時間は同じ職場の恋人と過ごすんだろう。

堂々とはできないだろうけどいいな、と思った。

隠れてでもいいから、俺も一日中佐藤と過ごしたい。

パジャマのスウェットからTシャツとジーンズに着替えて、回していた洗濯物を干す。

腹減って来た。

この時間なら昼一食でもいいな。

買いに行くのもめんどくさい。

なんかあったっけ。

食べ終わったら、掃除でもして、また勉強すっかな…。

そう思った時、スマホが鳴った。

軽快な呼び出し音。

山林かな。

そう思って画面を見たら『佐藤』の表示。

下の名前は知ってるけど入力してない。

佐藤?

何で?

時計を見る。

2時半。

土曜は、確か家族でねーちゃんの結婚前の打ち合わせとか言ってなかったっけ。

あ、違う。顔合わせ?

その辺はよく聞いてないから分からない。

通話ボタンをタップする。

「もしもし?」

はやる気持ちを抑えて出た。

『…』

何も聞こえない。

いや、後ろがざわざわしてるのは聞こえるから繋がってる。

外?

「…佐藤?」

呼んで聞き耳を立てる。

『…アンタ…バイトじゃなかったの』

ちょっと怒ったような声。

既読スルーをずっとされてたのに、何で俺が怒られるんだ。

訳わかんね。

でもさっき言ったみたいに分からないのがいい。

「バイトの人が来週と変わってって言われたからシフト変わった。何?どした?」

自分でもちょっと嬉しくて明るい声になる。

俺ってゲンキン。

『ズズッ…』

スマホ越しに鼻をすする音が聞こえる。

…違うな。

怒ってるんじゃない。

これは…。

「…何、泣いてんの?」

答えない。

これは何で泣いてんの、と聞いても多分答えない。

答えてくれそうな質問を探す。

「今どこ?」

ひっく、と声が聞こえた。

『え…えきぃ』

明らかな涙声にビックリして思わず画面の通話終了マークに指が当たった。

『プツッ…ツーツー』

しまった。

画面を見る。

切ってしまった。

駅で泣いてる?

何で?

考えろ。

考えて答えを導き出すのは得意。

でも分からない。

分からないなら———。


次の事を考えるより、先に身体が動いた。

シャツを羽織って靴を履く。

あ、鍵と財布。

そしてエレベーターに乗りながらスマホを操作した。

『待ってて。迎え行く』

エレベーターの中は電波悪いので、一階に降りてから送信。

時計を見た。

駅まで20分弱かかる。

それまでちゃんといるかな。

表通りに出ると、ちょうどバスが来た。

走っていくより、バスのが早い。

そのままバスに乗り込む。

10分もしないはずなのに、ものすごく遅く感じた。

バスって遅くてイライラするよね?

走るより全然早いんだけど。

駅のロータリーに着くと、辺りを見回した。
いないなら改札前かな。

そう思ってポケットに手を突っ込んで、スマホを取ろうとした時、ベンチに座っている佐藤を見つけた。

髪型違うけど、あれだ。

俺は呼吸を整えて、ゆっくり近づいた。

佐藤が顔を上げた。

泣いてる。

目が真っ赤だ。

何で?

いや、多分開口一番聞いても答えない。

近くまで行って目の前に立った。

「…何そのカッコ。どこぞのお嬢様かよ」

可愛い。

ワンピース着て髪おろして、めかしこんでる。

ベンチに座ってる佐藤を目の前で見下ろして、普段とは違う可愛さに照れ隠しで思わず笑ってしまった。

そういや、私服見るの初めてだ。

いつもならどうでもいい女子にはかる~くチャラく「かわいいね」の一言でも言えるのに。

今は全くモテないけれど。

佐藤は一瞬ポカンとした。

いつもみたいに言い返すのかと思いきや俯いた。

「…今日はきちんとしたところで会食だったから」

「あぁ、何かおねーちゃんの結婚前の顔合わせ?だっけ」

そう、行ってるなら時間的にこんなとこにいるはずがない。

俺は静かに優しく聞いた。

「…で、何で泣いてんの」

「…言いたくない」

やっぱり答えないか。

佐藤は難しい。

俺は笑った。

「せっかくかわいいカッコしてんのに、中身はかわいくない」

「うるさいな、馬鹿」

ズズっと鼻をすする。

「あ、迎えに来てやったのにそんな事言うんだ?わざわざバスで来てやったのに、あー帰ろ」

俺は背中向けてバイバイと後ろ手を振った。

思わずバスで来た事を言ってしまった。

急いで来たと思われたらダサい。

だけど後ろから佐藤の声が聞こえた。

「うそ、ごめん」

立ち止まって振り返る。

「うち来る?」

素直に佐藤が頷いた。

「バスで行く?」

ロータリーに止まってるバスを指差す。

「歩く…」

俺はポケットから手出してホイ、佐藤に手を伸ばした。

「…」

キョロキョロと周りを見る。

こんな時でも俺といるのを誰かに見られたくないんだな。

駅前で一人で堂々と泣いてるくせに。

「今日学校ないから誰も見てないよ。裏道から行こ」

そう言うとおずおずと手を握り返してきた。

なんだか捨て猫を拾った気分だ…。



裏道で帰る事になった。

だけど後ろからついてきてる佐藤の歩き方がおかしい。

「何、足痛いの?」

見たらちょっとヒールのある靴。

「靴擦れ」

「そんな靴履くからじゃん」

「この服に合う靴がこれしかなかったんだもん」

「ふーん」

足が痛くて泣いてたとか?
それはないか。

俺は背中を向けてしゃがんだ。

「何」

「おぶってしんぜよう」

前を向いたまま言う。

ていうか前向いたままじゃないと、こんなの恥ずかしくて言えない。

でも佐藤くらいならおぶってこの坂道ダッシュできる。

「やだよ、何言ってんの。馬鹿じゃないの」

待ってたのに佐藤が横をすり抜けていく。

ガク。

何、あんな恥ずい事やったのに。

「おっまえ、かわいくないなぁ」

立ち上がって佐藤に追いついた。

ちょっと歩幅を緩める。

ま、のんびり帰るのもいい。

それだけ長く一緒にいれるから。


「今日お母さんは?家いるんじゃないの?」

「今日と明日、社員旅行でいない。鹿児島だって」

「へぇ、いいね。お土産なんだろ。かすたどんだったらいいね」

「なんでいいねって、お前がもらう前提なんだよ」

「いいじゃん、学校持ってきてよ」

「お前に食わすか」

ホントはそんなん餌にして釣れるならいくらでもあげる。

佐藤が笑っている。

良かった。
もう泣いていない。

「ありがと」

少し後ろから聞こえる声。

「だからやんねーって」

俺も笑った。

くい、と袖あたりが引っ張られる。

後ろを見ると佐藤が俺の袖を掴んでいる。

何か懐いて来た。

ホント捨て猫か。

可愛い。

ポケットに手を入れたまま
「ん」
と肘を出した。

佐藤が大人しく俺の肘に手を回して寄り添う。

近い。
何、この生き物。

超可愛いんですけど。

ヤバい。

顔が赤くなりそうなのがバレないように前を向いたまま
「歩くの遅い」
と文句を言った。

「しょうがないじゃん」

佐藤が口尖らす。

可愛いから、ついでに意地悪したくなった。

「あ、そーだわ、俺ずっと無視されてたんだった」

わざと思い出したように言って佐藤を見下ろした。

「今時、既読スルーする?」

「…ごめん。でもアンタが変な事言うからでしょ」

「変な事って何」

「…忘れた」

俺は覚えてるけど、また喧嘩になるから言わない。


「なんか昼食った?」

首を振る。
食べてないらしい。

「俺もだらだらしてたら食いそびれた。うち、レトルトのカレーとかしかないけどいい?米ならあるけど」

基本、家に食材はあまりない。

母親の仕事が不規則だから。

今日もお金だけ置いて行って
「なんか買って食べてね~」
と出て行った。

「全然いい。カレー好き」

「あ、ホント?カレーやだったら外食べ行ってもいいと思ったけど、外は嫌なんだろ。何時に帰る?」

俺が聞くと佐藤が黙った。

なんか家族とあった?

でも多分聞いても答えない。

俺は「…泊まる?」と聞いてみた。

「…お母さんがいない時泊まるって非常識じゃない?」

「別に気づかないよ。その代わり、俺明日は10時からバイトだから9時半には出るけど」

明日バイト入れなきゃ良かった。

でもシフト交代してなければ、今日こうして佐藤が泣いてる時に俺はいない。

「じゃあ…泊まろうかな。…泊まる準備して来てないけど…」

マジか。マジで泊まんの?

「パジャマ代わりでトレーナーとかならあるから貸すよ」

「下着とかないんだけど」

「ずっと脱いどけばいいじゃん」

本当はずっとそのワンピースで隣にいて欲しいけど。

叩かれるかなと思ったけど、佐藤は笑った。

軽口をたたきあってるとあっという間にマンションに着いた。

部屋に着いていつもは俺の部屋に直行だけど、あっち、とリビングのドアを案内した。

先に食う?と聞きながら、
「あ、ちょっと待って」
と呼び止めた。

棚から絆創膏と消毒液を出して手渡す。

「靴擦れ。ひどかったら貼っといた方がいいよ」

佐藤がビックリしたように俺を見上げた。

その目がまた泣きそうだった。

「…ついでに顔洗って、そのブス治してきたら」

洗面所を指差すと、めっちゃ睨まれて舌打ちされた。

泣くくらいなら怒ってる顔の方がまだいい。

駅で一人で泣いてるなんてらしくない。

一体、何があったんだよ?

知りたいけど、答えないからもう聞かない。

佐藤が洗面所を使っている間、俺はキッチンの方で手を洗った。

ソファーに置いてある佐藤のバッグの中からバイブレーションの音が聞こえる。

ずっと、鳴ってんな…。

途切れてはまた鳴る。

洗面所から佐藤が出てきた。

「さっきからスマホずっと鳴ってる」

バッグを指差した。

佐藤はバッグからスマホを出してじっと見ていた。

「…」

親かな。

それかまさか年上のアイツ?

俺は何も言わずに、コップを準備した。

「…」

佐藤はスマホをポケットにしまおうとしたがすぐ取り出す。

また鳴ってる。

「——出れば?」

俺はお茶のペットボトルとコップを二つテーブルに置いた。

「泊まるなら連絡しないといけないだろ」

親からの電話じゃないかもしれないけど。

もしあの年上のアイツなら話してるとこ聞いてみたい。

キッチンに戻る。

佐藤は迷っていたようだったが画面をタップした。


「…もしもし。———う、うん…まだ家帰ってない…」

誰かな。

「…うん…」

何か喋りながら俯いている。

「…今日友達ん家泊まる」

親か。

だけどそう言ったきり、固まっている。

怒られてるんだろうか。

俺は様子を気にしながらご飯にカレーをかけてレンジに入れた。

その時佐藤が大きな声で「か、彼氏!」と言った。

「い、今、彼氏ん家いるんだ。さっき、友達って言っちゃったけど、このまま彼氏ん家泊まる…」

チラ、とキッチンにいる俺の方を見る。

…は?
何言ってんの?

こちらをチラチラと気にしながらも話している。

「ちょっとお姉ちゃん、声大きい。だから、お母さん達にはうまく言っといて。…ちゃんと明日の朝には帰るから」

なんだ、ねーちゃんか。

親に彼氏ん家泊まるって言ってんのかと思ってビビったわ。

つーか彼氏じゃないのに、何で彼氏とか言う必要があるんだ?

ピーっピーっとレンジが温め終わったのを知らせる。

「うん、わかった…う、うん…」

そう言って佐藤は電話が終わったのかスマホを眺めている。

俺はカレーのお皿を運んで、テーブルの上に置いた。

「どうぞー彼氏特製のカレーでーす」

無表情で言ってみる。

どんな顔していいかわからない。

本当に佐藤の考えている事が分からない。

喜ぶべきなのか、突っ込むべきなのか、笑い飛ばすべきなのか。

「彼氏じゃなくて、ハウ○特製でしょ」

某食品メーカーの名前を言う。

そのセリフに、突っ込むべきなんだと正解が導き出された。

「彼氏ん家泊まるって言うとかバカなの?」

いや、ほんとびっくりすんじゃん。

ねーちゃんに言ったら、絶対親にバレるじゃん。

しかも何でわざわざそんな嘘つくの?

いや、正直にセフレの家に泊まりますと言うよりかはマシか。

でもそれなら友達ん家のままでよくね?

「大丈夫、うちのお姉ちゃんは口は堅いから」

だから問題はそこじゃない。

「友達ん家でいいじゃん、わざわざ男ん家泊まるとか自分から地雷踏むやつ初めて見たわ」

「…諸事情がありまして」

だからなんだよ、諸事情って。

それを教えてくれよ。

聞いても言わないだろうな。

「…ま、いーや、食お」

話していても埒があかないので、二人でカレーを食うことにした。


食べ終わった食器は佐藤が片付けてくれた。
一宿一飯の恩義だそうだ。

別に俺は身体で返してくれたらいいから、といつもみたいにふざけようかと思ったが、多分これからやるし、そうなると冗談にならないのでやめた。

俺はリビングのソファーで座って、テレビでネット配信サイトに繋いで見て待つ事にした。

好きなバンドの夏フェスライブのだけど、ほとんどBGM。

見ているフリをしてたまに台所にいる佐藤を見た。

佐藤が家に泊まる。

一晩中一緒。

夢みたいだ。

ずっと抱き合って眠りたい。

寝かさないかもしんないけど。

結局涙の理由は分からないけど、抱きしめて癒やして笑わせて、元気にさせたい。


2人分の食器を洗い終わった佐藤が俺の隣に座る。

「あ、終わった?」

俺はお礼を言って、リモコンを置いた。

別にライブはもういい。

そんなに聞いてなかったし。

「じゃあやる?」

佐藤のカーディガンに手をかけた。

…癒すつもりが、欲望に負けた。

だって高校生男子だもん。

「あんた、やる事しか考えてないの」

そういうわけじゃないけど。
って説得力ないか。

「一週間ほったらかしするからだろ。溜まってたから昨日一人で抜いたわ」

俺のセリフに佐藤が笑った。

あ、ようやく笑顔。

「ここでする?部屋行く?」

「なんでやるしかない二択なのよ」

「やんないの?」

「だって…カレー食べたばっかでしょ」

「キスしないからいいじゃん」

俺は佐藤とならカレー味のキスでも気にしないけど。

でも佐藤はキスは本当に好きなヤツとしかしないんだろ?

そのままカーディガンを肩から下ろした。

ワンピースも脱がせようとしたが、後ろのファスナーとボタンが分からない。

「何コレどうなってんの」

「後ろがボタンとチャックになってる」

佐藤が後ろを振り向く。

ファスナーが布で隠れている。

わかりにくい上に、ファスナーの上にホックとボタン。

まるで鉄壁な防御。

しかもホック小さいし。

「何だよ、知恵の輪かよ」

勉強は好きだけど、パズルは嫌い。

「もー、このままやっていい?」

ワンピース姿かわいいし、着たままここでしたい。

だけど今のセリフだけ聞くと、はっきり言ってクズ発言。

いや、自覚あります。

ちょっと暴走気味なだけで。

「これしかないから汚したくない」
と断られた。

「ま、確かに」

着替えがないもんな。

「…似合ってるしね。この色、超似合う」

いつもポニーテールにしてる髪もおろしていて、別人みたい。

いつものきついイメージが和らいで、さらにかわいい。

借りて来た猫みたい。

ボタンがようやく外せた。

今度、知恵の輪買ってきて指先鍛えるか。

ホント佐藤の事になると俺アホだ。

いや、恋がそうさせるのか。

さっきの好きなバンドの歌みたいだな。

ファスナーを下ろした。

後ろ姿も凛として綺麗。

髪をかきあげるようにして前に流す。

ピンと伸びた背筋や後ろ姿がとても綺麗で、背中をそのまま舐める。

「ひゃ」

かわいい声。

もっと聞きたい。

後ろから全部食べてしまいたいくらい好きだ。

まるで食べるように唇を少しずつ横にズラしていく。

このまま食べ尽くして、一緒になってしまえたら、佐藤の未知の部分が分かるだろうか。

「佐藤って結構スタイルいいよね。身体、好み」

そう言って後ろからブラのカップの隙間から手を入れて直接触った。

「身体だけ?」

身体だけじゃない。

好みのとこなら5個、いや10個はあげられる。

涼やかな目元。
笑うと目が三日月みたいになって猫みたいになるとこ。
ズバズバなんでも言っちゃうとこ。
誰に対しても態度が変わらないところ。
責任感が強いところ。
しっかり者でクラスのみんなから頼りにされてるところ。
なんだかんだで面倒見がいいところ。
大胆なところ。
ツンケンしてるのに、抱かれてる時は甘えてくるところ。
脱いだら身体のラインがきれいなところ。
んでもっておっぱいの形がいいところ。

あ、余裕で10個超えるわ。

しかも最後の方、身体ばっかだし。


俺は唇を離して「中身は問題ありでしょ」と言った。

「どういう意味よ」

「すぐ叩くし、ズバズバ言うし、性格きついし、なんかいきなり襲ってくるし」

あの破壊力はすごかった。

「普通の女子、あんなことしないからね」

後ろから抱きしめながら、胸を触る。

「でもアンタ勃ってたじゃない」

「そりゃあ咥えられたら勃つでしょ」

あれで勃たないヤツがいたら教えて欲しい。

「…好きなヤツにはすんなよ。ドン引きされるから」

あんなの、27歳のおっさんにしないでほしい。

他の男子にもしてほしくないけど。

あんなのされたらどの男子も多分、すぐ佐藤に夢中になっちゃうから。

童貞の山林なんか以ての外。

そう、アイツは女の子好きな割には実は奥手の童貞くん。

「…しない」

「…」

好きなヤツにはしない事を俺はされてるのか。

複雑な心境。

優越感なのか敗北感なのか分からなかった。

そのまま胸を触り続ける。

ちょっといつもより固い気がする。

「-———あ」

そこで佐藤が顔を上げた。

「何」

手を止める。

「ちょっと待って」

佐藤が腰まで下ろされたワンピースを上まで引っ張り上げ立ち上がり、トイレに消えた。




「ごめん」

トイレから出て来た佐藤が、ソファーでそのままの体勢で待っていた俺に謝った。

まさかの?

「きちゃった…生理」

「マジか」
とは言ったものの、なんかそんな気がした。

我慢しないで昨日抜いとけば良かった。

いや、しょうがない。
こればっかりは。

出来なくはないのかもしれないけど、さすがに俺もそこまでゲスじゃない。

女の子の身体は大切にしないと。

あんな事やこんな事もしてる俺が言っても説得力ないか。

昂った気持ちと下半身を抑えるため、ちょっと一人になりたい。

ハーとため息をついて肩を落とした。

方程式唱えようかな。

「ちょっとそんなに凹む?」

隣に佐藤が座る。

ちょっと今はあんま近くに来ないで。

今触られたら爆発するわ、俺。

そのかわいい姿見ても興奮するくらいだから、顔を覆った。

その佐藤の匂いも今は俺にとっては毒でしかない。

「用はない、帰れ」

シッシッと手で払ってみた。

今はそっとしといて。

時間おけばなんとかなるから。

「アンタ、マジ殺す」

ものすごい顔の佐藤から首を絞められた。

「ちょ、冗談冗談!ウソ!泊まっていっていいから」

さすがに酷すぎたか。

首を掴む佐藤の手を笑って押さえる。

倒れた俺に佐藤が馬乗りになる体勢になる。

「今あんたの本性を見たわ」

待って。

顔がマジだから。
怖い。

ディズニーの悪い女王どころじゃない。

「いや、今そう言わないといけない流れだったでしょ」

そうは言ってみたものの機嫌はなおらない。

「今の佐藤の顔、般若みたいだったわ、ウケる」

俺はお笑い芸人のギャグを真似して変顔した。

佐藤が思わず笑う。

あ、笑った。

馬乗りにされたまま二人でゲラゲラ笑う。

ひとしきり笑って、佐藤が笑いすぎて涙を拭う。

良かった。

笑顔になった。

佐藤の頬に手を伸ばして、さっき笑った時に出た涙を拭く。

「やっぱ佐藤は笑ってる顔がいいよ」

「…」

「あと怒ってる顔も」

また変顔する。

「もう、その顔やめて。ツボるから」

本当に好きだ。

佐藤が笑うならずっと変顔しててその顔になっても平気。



———その後は、テレビ見たり、同じチームで一緒に協力して戦う戦闘系ゲームをした。

昼間カレー食べたけど、6時過ぎるとお腹空いたので、近くのファミレス行く?と聞いてみたら、やっぱり誰かに見られたらイヤだと言われた。

どんだけ俺の事やなの?

今に始まった事じゃないので、宅配ピザを取った。

性欲はとりあえず食欲で満たす。

先に俺が風呂に入った。

この前のトラウマがあるので、風呂から上がったら「やっぱり泊まるのやめる」って居なくなってたりしないよな、と心配になり早めに上がる。

上がった後にリビングに居たのでホッとした。

続いて風呂に入った佐藤が上がって来た。

貸したトレーナーはブカブカ。

そのままでも全然お尻隠れるけど、冷えたらいけないと思って貸した短パンは膝下まである。

「…」
そのカッコ反則。

貸しといてなんだけど、マジでやめてほしい。

せめて長い袖ブラブラさせずに捲って。

猫感が増す。

俺には耳とシッポが見える。

理性を失いそうになるので、目を合わすのもそこそこに手招きをする。

さっきまで自分の髪を乾かしてたからドライヤーが手にある。

俺は、開いて座った足の間の床に座って、というように指をさした。

大人しく足の間にちょこんと座る。

濡れてる髪はじめて見た。

俺はドライヤーのスイッチを入れて佐藤の髪を乾かし始めた。

大人しい。

気持ちいいんだろうか。

今まで別の気持ちいい事はして来たけど、ゴロゴロと喉を鳴らしそうな気持ちいい顔してる。

こんな顔見るの初めて。

拾ってきてそのまま居着いた猫みたいだ。

このまま飼っていいかな?

「意外とマメだよねぇ、小林は」

佐藤が大きめの声で言った。

「でしょ?」

今頃気づいたか。

佐藤だけにだけどね。

「何で彼女いないかなぁ」

なんで彼女になってくれないかなぁ。

そんなことは口が裂けても言えないので
「いないんじゃないんだよ、作らないんだよ」
と答える。

佐藤が彼女になってくれないなら、別に他のコは要らない。

「それ、モテない男子の9割が言うやつ」

失礼だな、ホント。

でもこのキャラのせいで女子からドン引きされて、最近は全くモテてないので、否定はできない。

「好きな子いないの、ガチのやつ」

「…」

それ、佐藤が聞く?
絶対俺から言うか。

「いない」
と答えた。

「じゃあ好きな子のタイプどんなんよ」

「おっぱい大きい子」
即答。

嘘。佐藤です。

「死ね」
と罵倒された。

好きな子から死ねって言われるって俺ってどんだけクズ?

「いや、男子の9割はそうだって」

髪を手櫛で乾かしながら、乾いて来たので冷風に切り替える。

ついこの前、美容室で髪を乾かす時のテクニックを聞いた。

こんなところで役立つとは。

「じゃ私は残り1割と付き合う」

おっぱい好きじゃない男がこの世にいるかよ。

いや、そんな事言わないヤツが一人いたわ。

「俺の周りじゃ和幸くらいしかいねーよ」

「じゃあ久住くんと付き合う。友海と別れてもらお」

オイオイ。

「彼女いるいないじゃなくて、お前じゃ相手されねーだろ」

ていうか相手してほしくない。

アイツに元カノも奪われて、さらに好きな子まで奪われるってどうよ。

話を切り替えるべく、佐藤に聞いた。

「佐藤のタイプは?年上とか?」

佐藤が言い淀む。

「どんなヤツ?27歳、エリート・リーマンの他」

これはタイプじゃなくて佐藤の好きなヤツの事を聞いてる。

質問のすり替え。

「えっとね…優しい。あとは包容力。大人~って感じの余裕?」

のってきた。腹立つな。

俺に優しさと包容力はあっても、大人の余裕はない。

「で、ロリコン」
悔しいので付け加える。

「違うってば。ロリコンじゃないから」

10個下に手出すなんてロリコンだろ。

俺が小一女子に手ェ出してみろ。
ヤバいだろ。

「絶対変な性癖あるって。たとえば女子高生に罵られるのが快感とか」

俺、しょっちゅう罵られてるし。

快感になりつつある。

じゃあ、俺も変な性癖か。

「その人には罵ってないし。あんた殺すよ?」

佐藤に殺されるなら本望。

「こえー」

一緒に笑った。

もうすでにいろんな意味でだいぶヤられてるわ。


「———よし乾いた。何する?」

その後は二人でゲームの続きをしたり、動画を見たりした。

意外にも音楽の趣味が一緒でハマった。

加入している有料の動画配信サービスで、観たいと思ってたホラー映画の新作が視聴開始になっていたので、一緒に見始めたら佐藤はビビってるのか、途中から震える手で俺の袖を掴んで来た。

イタズラ心が湧いて来て、わざと耳元で大きな声出したら、叫んでしがみついて来た。

通りで初めは平気な顔してたのにどんどん近寄ってくる訳だ。

実は相当怖がりなんだと思う。

かわいい。

いや、語彙力崩壊。

俺、佐藤にかわいいしか言えねーや。

照れ隠しで大笑いしたら、グーパンされた。

痛い。

ホント暴力女だ。

結局、途中で観るのやめて、お笑いを二人で見てゲラゲラ笑った。

教室ではこんなに大口開けて笑わない。

俺の前で見せるこの姿が素なんだろうな。

普段のツンとしたのもそそるけど、よく笑う佐藤も大好き。

気づくとホラー映画を観てた時から普通に俺にピッタリくっついて観ている。

俺の腕に手を回して、笑いすぎてお腹痛いのか寄り添って顔を埋めて来たりする。

まるで彼氏彼女。

これでエッチもしてるし、もはやもうこれ付き合ってんじゃないの?

ただ俺の事好きじゃないだけで。

…それが一番足んないんだな。

———
「一緒のベッドでいい?布団ないし」

寝る事になって、いつもの俺の部屋に移動した。

「うん」

セックスできないのに、一晩一緒に寝るって地獄だ。

でも我慢。

煩悩を捨てるため、背中を向けて略称を唱えた。

WTOは世界貿易機関、
NAFTAは北米自由貿易協定、
FTAは自由貿易協定、
とブツブツ。

佐藤が寝たらリビングに行って一回抜こう。

なのに、佐藤は擦り寄ってくっついて来ただけでなく足さえもぴと、とくっつけて来た。

びっくりした。

ホント今はやめて。

せっかく収まりかけたのに復活しちゃうから。

「冷たっ」

叫んで誤魔化して、布団を引っ張って端っこに逃げる。

「ちょっと寒い!布団とんないでよ」

「足くっつけるからだろ。俺から熱を奪うな」

「ちょっとくらいいいじゃん、ケチ」

「お前今から歩いて帰れ」

なんの修行なの。これ。

好きな子と同じ布団で一晩一緒で何も出来ないって。

背中越しに
「…ねえ寒い」
という声が聞こえる。

「…」

佐藤の方に寝返りをうつ。

暗闇の中で瞳が揺れる。

目が合う。

しょうがないなぁ、と布団を持ち上げた。

「おいで」

佐藤を抱きしめる。

同じシャンプーの匂いがした。

幸せに満たされる。

頭をポンポンと撫でた。

ようやく俺の腕の中に来た猫。

なんて可愛くて、愛おしいんだろう。

幸福な香りに包まれたのも束の間、すぐ、俺の腕の中で寝息が聞こえる。

「…」
絶句。

寝るの早っ!

のび◯かよ。

「…」
俺が乾かした髪を撫でる。

———佐藤、好きだ。

どうしたら俺を好きになってくれる?

27のおっさんなんてやめて俺にしとけよ。

優しくするし、大切にして守ってあげる。

ゲームだって教えてあげられるし、好きなバンドのライブも一緒に行ける。

嫌がるかもしんないけど、テストの度に一緒に復習して、出そうなところ教えてあげる。

毎日好きだよって言って、たくさん気持ち良くしてあげる。

同い年だから永遠に大人には感じられないかもしれないけど、たくさんの好きをあげる。

「大好きだよ」

唇はダメって言うから、その髪にそっとキスして、一晩中抱きしめて眠った。
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