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彼女Side

14 初めてのお泊まりと彼と過ごす夜

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———結局私が降りた駅は、学校の最寄り駅だった。

なぜって定期で乗れる範囲がここまでだったのだ。

親と出かけるつもりで来たから、お金もそんなに持ってきていない。

ICカードにもチャージ分は少ししか残って無かった。

帰りたくないな…。

駅のベンチでかれこれ一時間経っていた。

足が痛いので歩き回らない方が良いと思ったのだ。

お腹や頭の痛みは落ち着いた。

極度のストレス状態だったのだと思う。

家に帰ったところで鬼のように怒っているお母さんが帰って来るだろう。

そう考えるとまたお腹が痛みそうだった。

友達の家に行くにも、このお金じゃ移動できる範囲が限られる。

出来れば家に帰らずに泊まりたい。

誰に頼もう。

泊まらせてくれるような友達の家となればさらに限られる。

友海は今日は一日塾の定期テストって言ってた。

弘子は部活。

どちらも今はメッセージを送ったところでスマホは見てないだろう。

泊まったことないけどネカフェとか?

いや、ネカフェは多分高校生一人じゃ泊まれないし、そもそもお金ないし。

とりあえずまだ2時半。

どこ行こうかな。

「…」

私は連絡先アプリを開いて、次々と友達の名前をスクロールしながら、とある名前で指をとめた。

そしてそこに映った連絡先の受話器のマークをゆっくりタップした。

数回呼び出し音が鳴る。

5回鳴って取らなかったら切ろう。

出るはずはない。

だってバイトって言ってた。

内心、取らないと思ってたから、油断していた。

4回目のコールで、プツと繋がった。

『もしもし?』

「…」

5時までバイトって言ってたじゃない…。

『…佐藤?』

小林の声が聞こえる。

「…」

その声を聞いて、一回止まった涙が出てくる。

「アンタ…バイトじゃなかったの」

震える声を隠そうと強い口調で言ってしまう。

『バイトの人が日曜と変わってって言われたからシフト変わった。何?どした?』

ずっとメッセージもスルーしていたのに、小林の相変わらずな口調にホッとして涙が次々と出てくる。

土曜の昼下がり。

駅近くには学校しかないから、土日のこの時間にこの駅を利用する人は少ない。

ズズッと鼻をすする。

『…何、泣いてんの?…今どこ?』

ひっく、と声が出た。

「え…えきぃ」

泣きながらだったから、ものすごくマヌケな声が出た。

『プツッ…ツーツー』

突然途切れて、スマホを見る。

通話終了のマークと通話時間が表示される。

そのマークを眺めながら電波不良とかではなくて、これは切られたと気づくまでちょっとかかった。

ズズッと鼻をすする。

…ひどい。切りやがった。

いきなり泣いててドン引きされたんだろうか。

ずっと既読スルーしやがって、とか仕返し?

でもガチャ切りひどくない?

ストンとベンチに座る。

どこ行こうかな…。

とりあえずこの泣いてる顔をどうにかしたい。

その時スマホがピロンと鳴った。

見ると、小林とのトークでさっきの通話終了マークの下に新着メッセージが来ていた。

『待ってて。迎え行く』

え。
迎え?駅まで?

小林ん家からここまで学校を越えて歩いて20分弱。

時計を見た。

どっちにしてもどこかで時間を潰すつもりだったから、待つのは全然平気。

予想外にも待つ事10分ほどで、小林は駅まで来た。

制服ばかり見慣れているので私服が新鮮。

腹立つけど、外見だけは無駄にいい。

ポケットに手を突っ込んで、私を見つけるとゆっくり近づいて来た。

近くで見るとそのシャツの腕にロゴ。

これ、私の好きなブランドのヤツだ。

ちくしょう、服のセンスまで私好みか。

中身以外だけなら理想の彼氏像。

「…何そのカッコ。どこぞのお嬢様かよ」

ベンチに座ってる私を見て爆笑した。

ひどい。

一気に涙が引っ込んだ。

でもワンピースはたしかにガラじゃない。

「…今日はきちんとしたところで会食だったから」

私のその言葉で
「あぁ、何かおねーちゃんの結婚前の顔合わせ?だっけ」
と納得したようだった。

どうでもよさそうだけどね。

「…で、何で泣いてんの」

「…言いたくない」

小林は笑った。

「せっかくかわいいカッコしてんのに、中身はかわいくない」

「うるさいな馬鹿」

「あ、迎えに来てやったのにそんな事言うんだ?わざわざバスで来てやったのに、あー帰ろ」

小林が背中向けてバイバイと後ろ手を振った。

バスで来てくれたから早かったのか。

私は立ち上がった。

「うそ、ごめん」

小林が立ち止まって振り返った。

「…うち来る?」

私はこくん、と頷いた。

「バス乗る?」

ロータリーに止まってるバスを指差す。

この顔じゃ乗りたくない。

「歩く…」

小林がポケットから手出してホイ、とこちらに伸ばした。

「…」
これは手を繋げって事だろうか。

私は周りをキョロキョロ見た。

「今日、学校ないから誰も見てないよ。裏道から行こ」

その言葉に安心して、私は小林の手を握り返した。

初めて外で手を繋いだ。

最中なら何回かあるけど。

エッチもしてるのに外で手を繋ぐのが初めてってどうなの…。


裏道だと学校を回らず、駅からそのまま小林のマンションへショートカットできるから、15分くらいで着くみたいだった。

ただちょっと坂がある。

ヒョコヒョコっと変な歩き方をしていたら「何、足痛いの?」
と足元を見られた。

「靴擦れ」

「そんな靴履くからじゃん」

当たり前のことを言われた。

「この服に合う靴がこれしかなかったんだもん」

「ふーん」

小林がしゃがむ。

「何」

「おぶってしんぜよう」

「やだよ、何言ってんの。馬鹿じゃないの」

人通りがないとはいえ、ワンピースだし、恥ずかしい。

しゃがんでいる小林の横をすり抜ける。

「おっまえ、かわいくないなぁ」

立ち上がってついてくる。

かわいくなくて結構だ。

でもそう言いながら、歩く速度はさっきよりゆっくりだ。

小林の横顔をチラリと見上げる。

その優しさに救われた。

「今日お母さんは?家いるんじゃないの?」

「今日と明日、社員旅行でいない。鹿児島だって」

「へぇ、いいね。お土産なんだろ。かすたどんだったらいいね」

「なんでいいねって、お前がもらう前提なんだよ」

「いいじゃない、学校持ってきてよ」

「お前に食わすか」

そんなこと言いながら、再び手を繋ぐタイミングを失った右手でそっと小林の服の袖あたりを持った。

「…ありがと」

「だからやんねーって」
と笑う。

違うよ、馬鹿。

私は訂正せず、袖を掴んだままだった。


それに気づいた小林がポケットに手を入れたまま「ん」と肘を出した。

そのまま小林の肘に手を回し、寄り添う形でヒョコヒョコと歩く。

「歩くの遅っ」

「しょうがないじゃん」

憎まれ口を叩きながら、でもそのやり取りが心地いい。

「あ、そーだわ、俺ずっと無視されてたんだった」

その時、小林が冷ややかな目で私を見下ろした。

そうだった。

返信を3回ほど返してない。

「今時、既読スルーする?」

「…ごめん。でもアンタが変な事言うからでしょ」

「変な事って何」

何だったっけ。

「…忘れた」
なんかもうどうでもよくなっちゃった。

小林が笑う。

「なんか昼食った?」

そういや昼ごはん食べてない。

今頃は高級料亭の会席でお腹いっぱいのはずだった。

「俺もだらだらしてたら食いそびれた。うち、レトルトのカレーとかしかないけどいい?米ならあるけど」

会席からのレトルトカレー。
この落差。

でも今の私にはちょうどいいのかもしれない。

敷居の高い、味もよく分からない会席料理のような貴典さん。

レトルトカレーみたいにお手軽だけど、慣れてる味のような小林。

レンジもかけられてすぐ食べられるし、毎日食べても飽きない。

作法なんて気にせずに好きなように食べられる。

カレーはどれ食べても基本美味しい。

こうしてみるといいとこばかり。

…ただ万人受けして、みんな好きな味だけど。

コイツは外見だけは大衆向け。

カレーの言葉に反応して、途端に食欲が湧いてくる。

朝からお腹痛かったから、朝ごはんもあまり食べてなかった。

「全然いい。カレー好き」

レトルトじゃなくても、うちのお母さんの作るカレーが美味しくて、カレー全般好き。

「あ、ホント?カレーやだったら外食べ行ってもいいと思ったけど、外は嫌なんだろ。何時に帰る?」

その言葉に一瞬黙る。

帰りたくないな…。

それを察したのか、小林が「…泊まる?」と聞いてきた。

今夜、お母さんはいないと言っていた。

でも放課後ちょっと行って帰るならまだしも、泊まりなんてさすがにそれはちょっと。

「お母さんがいない時泊まるって非常識じゃない?」

「別に気づかないよ。その代わり、オレ明日は10時からバイトだから9時半には出るけど」

そうなんだ。

「じゃあ…泊まろうかな」

なんかでも泊まったら一晩中エッチしてそうだな。

三回イッてもまだ元気そうなヤツだもん。

「泊まる準備して来てないけど」

「パジャマ代わりならあるから貸すよ」

「下着とかないんだけど」

「ずっと脱いどけばいいじゃん」

小林が笑う。

ほらね。やる気満々だ。

ま、いっか。

「一晩何回出来るか試す?」

「バカ」

「限界に挑戦してみたくない?」

アンタの頭の中はそれしかないのか。

そんな馬鹿な事ばっか話してると、あっという間にマンションについた。

———部屋に上がる。

「先に食う?」

いつもは小林の部屋に直行なのに、廊下の先のリビングに続くドアを指差す。

リビングに入るのは初めてだ。
手前のトイレとお風呂場には入った事あるけど。

キッチンとダイニング、リビングと一つ続きの広い部屋だった。

「あ、ちょっと待って」

棚をゴソゴソとあさって、ハイ、と絆創膏と消毒液を出した。

「靴擦れ。ひどかったら貼っといた方がいいよ」

いつもエッチなひどい事をする割には二人の時は私の身体への気遣いはいつも忘れない。

基本的に痛がる事はしない。

学校ではそうは見えないけど、ちゃんと優しい。

「ついでに顔洗って、そのブス治してきたら」

…一言多いけど。

私は舌打ちしてその手から絆創膏と消毒液を奪い取った。

優しくてトキめいて損したよ。

私は洗面所を借りて、手と顔を洗った。

ちょっと目がまだ赤い。

踵を見たら片方だけ皮が剥けていたので、消毒して絆創膏を貼った。

洗面所から出てくると、台所にいた小林がリビングにある私のバッグを差した。

「さっきからスマホずっと鳴ってる」

バッグからスマホを出すと、着信履歴がものすごい事になっていた。

一番直近の着信はお母さんだった。

「…」

小林は何も言わずに、キッチンでコップとかを用意している。

そのままポケットにしまおうとした時、ブルブルとスマホが震えた。

ビクッとして画面を見ると、お姉ちゃんからだった。

「———出れば?」

パッと顔を上げると小林がお茶のペットボトルとコップを二つテーブルに置いてくれていた。

「泊まるなら連絡しないといけないだろ」

そのまま台所に戻って行く。

そうだ、家に連絡は入れないとまずい。

無断外泊したらもう怒られるどころじゃない。
家に入れてもらえない。

でもお母さんと話す気にはなれず、私は意を決して通話ボタンをタップした。

「…もしもし」

『あ、のんちゃん!?大丈夫!?』

第一声は私を思いやる言葉だった。

私、お姉ちゃんの大事な席を放ったらかして帰ってきたのに…。

『今、終わったとこなのよ。のんちゃん、今どこ?』

「う、うん…」なんて答えよう。

『家ならまだ誰も帰ってないから鍵ないんじゃないかと思って。のんちゃん、具合悪いのに無理させちゃってごめんね』

「…まだ家帰ってない…」

『そっか、そうなんだ。タカちゃんものんちゃん体調悪そうだったから大丈夫かなって心配してたし』

「…うん…」

話を合わせるしかないだろう。

『何時頃帰ってくるの?』

「…今日友達ん家泊まる」

それだけやっと言った。

『…』

お姉ちゃんは少し黙った。

『…のんちゃん、なんかあった?』

ドキッとした。

…やっぱり聞かれてた?

『タカちゃんも様子おかしかったし…。ねぇ、なんかあった?』

心臓がバクバクと音を立てる。

多分聞かれてはいないと思う。

でもいつからお姉ちゃんはあそこにいた?

結婚しないで、とは言った。

私、他に変な事口走らなかった?

諦めきれないって言ったかも。

もし全部聞かれていたら?

いろんな言葉が頭をグルグルと回る。

『のんちゃん、もしかして…』

お姉ちゃんが言いかけた時、私は大きな声で
「か、彼氏!」
と遮った。

「今、彼氏ん家いるんだ。さっき、友達って言っちゃったけど、このまま彼氏ん家泊まる…」

チラ、と台所を見るとカレーの準備をしていた小林の目がまんまるになっていた。

『…え!?そうなの?!っていうか、のんちゃんいつのまに!』

「ちょっとお姉ちゃん、声大きい。だから、お母さん達にはうまく言っといて。…ちゃんと明日の朝には帰るから」

私がそう言うとお姉ちゃんはちょっと黙った。

『…分かった。お父さんとお母さんには私から誤魔化しとく。…でもちゃんと帰ってくるんだよ?彼氏のお家の人にもお泊まりするならちゃんと礼儀正しく挨拶するんだよ?』

親公認で泊まらせてもらうと思っている。

そりゃそうか。

「うん、わかった」

『あと、のんちゃんの彼氏、ちゃんと家に連れて来て紹介してね』

「う、うん…」

それは出来ない。
彼氏なんていないもん。

『絶対だよ?』

お姉ちゃんはまだ心配そうに何か言っていたが、わかったから、と言って切った。

「…」

私が通話を切って画面を眺めていると、目の前にレンジで温められたカレーがコト、と置かれた。

「どうぞー。彼氏特製のカレーでーす」

めっちゃ棒読み。

「彼氏じゃなくて、ハウ○特製でしょ」

有名食品メーカー名を言った。

「彼氏ん家泊まるって言うとか馬鹿なの?」

呆れられた。確かに。

そもそも彼氏ではないし、セフレみたいなもんだし。

いや、問題はそこじゃないか。

セフレという関係も問題だけど。

「大丈夫、うちのお姉ちゃんは口は堅いから」

「友達ん家でいいじゃん、わざわざ男ん家泊まるとか自分から地雷踏むやつ初めて見たわ」

スプーンをこっちに渡しながらブツブツ言う。

「…諸事情がありまして」

私はありがとうとスプーンを受け取った。

「…ま、いーや、食お」

いただきますと手を合わせて、カレーを食べる。

レトルトカレーは普通に美味しかった。

———食べ終わって、食器は私が片付けると言った。

小林はリビングのソファーで座って、テレビでネット配信動画を見ている。

学校での小林しか知らなかったけど、私服でくつろいでる姿を見ると、本当の彼氏彼女みたいだなと思った。

友海とか家呼んだことあるのかな。

でもコイツの事だから家呼んだら、絶対襲うよね?

性欲半端ないもん。

でもキスしてないくらいだから、家に呼んだ事はきっとないか。

…でも他の子は?

こうやっていきなり土曜に来ても、バイト休みになっても一人でいるし、遊んでいる子はいないのかな。

そんな事を考えながら2人分の食器を洗い終わり、ソファーに座る小林の隣に座った。

「あ、終わった?」

サンキュ、とお礼を言われた。

リモコン置いて
「じゃあやる?」
と私のカーディガンを脱がせようとした。

ホント、コイツのこういうとこクズだなと思い、笑ってしまった。

「あんた、やる事しか考えてないの」

「一週間ほったらかしにするからだろ。溜まってたから昨日一人で抜いたわ」

「知らんわ」

私は笑った。

「ここでする?部屋行く?」

「なんでやるしかない二択なのよ」

せめてそこはやる?やらない?の二択でしょ。

「やんないの?」

「だって…カレー食べたばっかでしょ」

「キスしないからいいじゃん」

そうだけど。

小林は最初の数回だけ嫌がらせのようにキスしようとして来たものの、あれからはきちんと約束を守ってくれる。

他のとこにはキスするけど、唇にはもうして来なかった。

キスは好きな人と、という私の気持ちを分かってくれてるようだった。

そのままカーディガンを肩から下ろした。

ワンピースも脱がせようとする。

「何コレどうなってんの」

「後ろがボタンとチャックになってる」

後ろを振り向く。

「何だよ、知恵の輪かよ」

背後で四苦八苦してる。
意外と不器用なのかな。

途中で諦めたのか
「もー、このままやっていい?」
とか言い出した。

もうほんとクズ。

笑いが出てくる。

「これしかないから汚したくない」

「ま、確かに。…似合ってるしね」

そう言った後にポツリと
「この色、超似合う」
と言うのが聞こえた。

背中を向けたままで、私は顔が赤くなるのを感じた。

ピンクじゃなくて良かったかもしれない。

ボタンがようやく外れたらしく、ジッパーが下ろされ背中にふいにひんやりした空気が触れた。

そのまま後ろから背中を舐められる。

「ひゃ」

このままやっていい発言があったから、すぐ入れられちゃうのかと思いきや、ちゃんと愛撫してくれる。

ちゅ、ちゅ…と背中から脇腹の方へと移動する。
くすぐったい。

「佐藤って結構スタイルいいよね」

後ろから声が聞こえる。

「身体、好み」

そう言ってブラのカップの隙間から手を入れて直接触る。

「身体だけ?」
私はツッコミを入れた。

「中身は問題ありでしょ」

「どういう意味よ」

「すぐ叩くし、ズバズバ言うし、性格きついし、なんかいきなり襲ってくるし」

はじめの事を言ってるのだろう。

「普通の女子、あんなことしないからね」

後ろから抱きしめて来て、胸を触る。

確かに…。

「でもアンタ勃ってたじゃない」

「そりゃあ咥えられたら勃つでしょ」

ちょっと恥ずかしくなった。

たしかに痴女だ。

あの時はお姉ちゃんから結婚を聞かされてちょっと自暴自棄になってた。

「…好きなヤツにはすんなよ。ドン引かれるから」

「しない」

もうしない。

貴典さんの困った顔とお姉ちゃんの心配している顔を思い出す。

「…」

…なんか集中できない。

触られてるおっぱいもいつもと違う違和感。

先端がチリッとなってかすかに痛い。

「———あ」

私は顔を上げた。

「何」
小林が手を止める。

「ちょっと待って」

私は腰まで下ろされたワンピースを上まで引っ張り上げ、立ち上がってトイレにかけこんだ。


「———ごめん」

トイレから出た私は、ソファーでそのままの体勢で待てをしているような小林に謝った。

まるでご主人様を待つ大型犬のようだった。

「きちゃった…生理」

朝からお腹痛い原因はこれだったのだ。

私のセリフを聞いて、一瞬小林が黙ったが、すぐハーとため息をついてわかりやすいくらいに肩を落とした。

「マジか」

「…ちょっとそんなに凹む?」

隣に座る。

ヤるつもりでお預けくらったのがかなりショックだったのか、顔を覆ったまま
「用はない、帰れ」
とシッシッと手で払った。

本当最悪だな、コイツ。

「アンタ、マジで殺す」

小林の首を絞める。

「ちょ、冗談冗談!ウソ!泊まっていっていいから」

小林が笑って私の絞めようとしている手を外そうと握った。

ソファーの上で私が馬乗りになる体勢になる。

「今、あんたの本性を見たわ」

ぐぬぬぅと力を入れるが、笑いながら抑えられた手はびくともしない。
力は強い。

「今そう言わないといけない流れだったでしょ?」

いやいや、結構本気だったよね?

「今の佐藤の顔、般若みたいだったわ、ウケる」

小林が「鬼瓦」とお笑い芸人のギャグを真似した。

クオリティの高い変顔に思わず笑う。

それ般若じゃないけどね。

本気で怒るのも馬鹿らしくなって、馬乗りのまま二人でゲラゲラ笑う。

ひとしきり笑って、私は涙を拭ったあと、ふと見ると、下から小林が私を優しく見上げていた。

手を伸ばしてさっき笑った時に出た涙を拭く。

「やっぱ佐藤は笑ってる顔がいいよ」

「…」

小林といたおかげで今日の出来事を今だけ忘れていた事に気づいた。

「あと怒ってる顔も」

また鬼瓦をする。

「もう、その顔やめて。ツボるから」

最低なヤツなのか、いいヤツなのか本当分かんない。


ショーツにおりものシートをしていたから下着は無事だった。

初日の夜だけだから、もしもの時のためのポーチに常備してる1枚のナプキンで事足りる。

夕飯は近くのファミレスに行く?と言われたけど、学校が休みとは言え誰が見ているか分からない。

そう言うと、出前でピザを取ってくれた。

軽く済ませたあとお風呂から上がった私は小林のデカいトレーナーを借りた。

デカい。
袖も長い。
下は短パンだから丈はまだいいけど、ウエストはブカブカだから紐をぎゅーっと絞った。

やはり男子だ。

雑巾を投げつけられてジャケットを借りた時はあんなに毛嫌いするほどイヤだったのに、今は上下全て彼の服でもイヤじゃない。

むしろこの匂い、好き。

くん、と袖の匂いを嗅いだ。

なんだろう、柔軟剤?

小林のお母さんは全然料理出来ない、と言っていた代わりに、家の中はとてもきれいで清潔だった。

小林がこの年齢の男子の割に清潔で小綺麗にしてるのは、きっとお母さんが洗濯とか掃除は得意な人なんだろうなと思った。

ただ、ちょっと普段の制服の着方はだらしないんだよねぇ…。


お風呂から出てきた私を小林が手招きする。

先に上がったその手にはさっきまで乾かしてたのかドライヤーが握られてる。

いつものワックスでセットしてる髪じゃなくて、サラサラ。

イメージ違う。

けどこれはこれで少年っぽくていい。

座って、というように足の間を差した。

大人しくそこに座ると温風で髪を乾かしてくれた。

あったかい。

何、この扱い。お姫様か。

なんだかんだで優しい。

中身クズだけど。
エッチの事しか考えてないどうしようもないヤツだけど。

優しいのは優しいのだ。

「意外とマメだよねぇ、小林は」

乾かされながら温風の音で聞こえないと思って、少し大きな声で言う。

「でしょ?」

「何で彼女いないかなぁ」

「いないんじゃないんだよ、作らないんだよ」

いないんだ。やっぱ一応。

その他にセフレがいたとしても含まれてないだけかもしれないけど。

「それ、モテない男子の9割が言うやつ」

私は茶化したが、実際は転入したばかりの頃はモテてたのは知ってる。

でも最近エロでチャラ男のイメージが強過ぎていて、校内の女子からは真面目に相手にされず付き合う対象ではなくなっている。

ノリいいし、カッコいいから一緒には遊ぶけど、本命ではないみたいな。

他校の子なら実態を知らないからエロキャラを封印すればモテると思う。

「好きな子いないの、ガチのやつ」

聞いてみた。
多分知ってるけど。

間があって「いない」との返答。

何、その間。
わかりやすいな。

友海の顔を思い出す。

こんな風に大事にしてもらってただろうに。

第三者には分かんないもんだな。

「じゃあ好きな子のタイプどんなんよ」

「おっぱい大きい子」

「死ね」

私が言うと小林は笑った。

聞いた私がアホだったわ。

そうか。あとはテクニックだったな。

「いや、男子の9割はそうだって」

温風から冷風に切り替わった。

乾かす手が気持ちいい。

「じゃ私は残り1割と付き合う」

「俺の周りじゃ和幸くらいしかいねーよ」

「じゃあ久住くんと付き合う。友海と別れてもらう」

「彼女いるいないじゃなくて、お前じゃ相手されねーだろ」

ひどいな。

「佐藤のタイプは?年上とか?」

それは今回たまたま年上だっただけで…でも貴典さんが同級生だったとして好きになってただろうか?

「どんなヤツ?27歳、エリート・リーマンの他」

タイプを聞いてたのに、いつのまにか貴典さんの事を聞いてくる。

「えっとね…優しい」

語彙力ない。

一生懸命考える。

どこが好きだっけ?

「あとは包容力。大人~って感じの余裕?」

「で、ロリコン」

「違うってば。ロリコンじゃないから」

「絶対変な性癖あるって。たとえば女子高生に罵られるのが快感とか」

「その人には罵ってないし。アンタ殺すよ?」

「こえー」

ケタケタ笑う。

「よし乾いた。何する?」

その後は二人でゲームをしたり、好きなアーティストのライブ動画を見たりした。

私の苦手なホラー映画の新作を見出したので、実は苦手と言い出せず一緒に見ていたけど結局最後まで観れなかった。

怖いシーンで小林が驚かせて来たからだ。

ホントに意地悪で憎たらしい。

「何、今のキャアって声、女か」
と指差して笑うので、ビックリした時にしがみついたその腕をつねった。

「イテテ」

「元から女だよ!」

もうホント失礼なヤツ。

その後はお笑いの動画チャンネルを二人で見てお腹を抱えて笑った。

お泊まりして、彼のトレーナー着て、ゲームしたり音楽聴いたりして、映画を観たりするなんて、本物のカレカノみたいだ。

彼氏がいたらこんな感じだろうか。

でも小林はセフレだ。

気の合う男友達みたいになってるけど。

でも前みたいに大嫌いじゃない。

むしろ好き。

…好き?

貴典さんみたいなドキドキする好きではない。

だけど、軽口叩き合って、ズバズバ言えてエッチの時も感じてるまま素を出せる。

飾らなくていいからすごく楽。

すごく居心地がいい。

小林にも幸せになってもらいたい。

久住くんのことを思うと、友海と復活するのは応援できないけど。



「———一緒のベッドでいい?布団ないし」

寝る事になって、いつもの小林の部屋に移動した。

スマホのタイマーもセットした。

充電もしてる。

「うん」

ゴソゴソとベッドに入る。

セックスしないのに、一緒に寝るって変な感じ。

シングルベッドで狭いから落っこちそうになって、くっつく。

本物の恋人同士じゃなくてもその温もりに幸せを感じる。

さすがに抱きつきはしないけど。

男の子と泊まるのなんて人生初。

小林の足はあったかい。

私は寄り添って冷えている自分の足をくっつけた。

「冷たっ」

布団ごと離れられた。

「ちょっと寒い!布団とんないでよ」

「足くっつけるからだろ。俺から熱を奪うな」

「ちょっとくらいいいじゃん、ケチ」

「お前、今から歩いて帰れ」

向こう向いたまま言う。

本気じゃないのはだんだん分かって来た。

「…ねえ寒い」

「…」

小林がこっち向く。

しょうがないなぁ、と布団を持ち上げた。

「おいで」

私はその胸に顔を埋めた。

頭をポンポンとされる。

温かい。

この匂い、やっぱり好き。癒される。

これが体臭ってやつ?

体臭が好きって、なんか変態みたい。

この匂いに包まれていると、今日の出来事も生理痛もあまり気にならない。

すぐ、すぅと落ちていく感覚があった。

「…」
頭を撫でられながら何か言われた気がするけど覚えていない。

その日は二人抱き合って眠った。


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