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彼女Side

2 朝の占いと姉の報告

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つけっぱなしの朝の情報番組で、今日の星占いでは私の星座は最下位だった。

『ショックな出来事があるかも~。まさに八方塞がり!』

テレビから流れてくる女子アナウンサーの声がやたらと癇に障る。

何で最下位なのに、そんなに楽しそうに言ってるんだろう。

そんな事を思いつつも、その続きを耳をダンボにして聞く。

『でも安心して。現状を打破するラッキーパーソンは…異性のライバル!』

異性のライバル?

…成績面で言うなら、うちのクラスの男子はほぼ全員子供っぽくて、バカな事しか話さないし、成績はみんな私よりほぼ悪い。

大体、順位を張り合う男子なんていつも決まっている。

毎回貼り出されるテスト結果の上位の顔ぶれはあまり変わらないものだ。

しかも同じ進学コースでいうと数人…そのうち一番の強敵でもあるヤツの顔を思い浮かべて、慌てて首を振った。

朝からご飯が不味くなる!やめやめ!

朝からヤツの顔を思い出して気分悪くなるなんて、ラッキーパーソンどころじゃない。


そんな事を考えながらテレビの方を向いていたので、お姉ちゃんがいつのまに私の前に座ったのか気づかなかった。

「のんちゃん」

「んー?何?」

「———することになったの」

「…え?」

私はよく聞き取れなくて、テレビを見ながら食べかけていた卵焼きを口まで持っていきかけて箸を止めた。

前に座っているお姉ちゃんの方を見た。

「結婚、することになったの」

お姉ちゃんが少し顔を赤らめて言った。

「………」

ポロ、と食べかけの卵焼きが下のお皿に跳ね返り床に落ちた。

「…誰と?」

考えればすぐ分かるような間の抜けた質問をした。

お姉ちゃんに結婚するような相手は一人しかいないのは私がよく分かっている。

だって私はずっと数年間、その横に並んでいる姿を見てきたから。

お姉ちゃんは笑って「他に誰がいるのよ」と言った。

「タカちゃん」

——それはお姉ちゃんの高校時代からの彼氏でもあり、私の想い人でもあった。


今朝の事を思い出して、ため息をついた。

『…そうなんだ、やっと、だね』とようやく言葉を発した私の声はうわずってなかったか。

お姉ちゃんはそのあと式場の場所とか何か話していたけど、私の頭の中はぐるぐると『結婚』の二文字が回って、何を話していたのか全然頭に入って来なかった。

思えば、椅子に座ったのに一向に食べないのでなんか変な感じがしたんだ。

私の最悪な一日のスタートはそこから始まっていた。


下に落ちた卵焼きの存在をすっかり忘れていたら、その後うっかり踏んだお母さんからめちゃめちゃ怒られた。

「もう!なんでこんなとこに卵焼きが落ちてんの!落としたら拾いなさい」

朝からヒステリックなお母さんの声は苛々を増幅させる。

朝の衝撃的な報告で何も手につかない状態だった私は、昨日の夜遅くまでかかった英語の課題を持ってくるのを忘れた。

鞄に入れようと思っていて、机の上に置きっぱなしだったのだ。

英語表現の先生からは「珍しいな、佐藤が」と言われただけでそれ以上は責められなかったけど、いつもなら課題忘れには厳しい先生からお咎めなしだったので男子からは贔屓だ、ズルいと言われた。

いつもは言い返す私だけど、今日はそんな気力もない。

三時間目のHRで今月初めに受けた実力テストの結果が返って来た。結構自信があったけど、クラスで1位ではなかった。

「へぇ。英語、思ったより低いね?」

後ろを振り返って私のテスト結果を覗き込んだ、ヤツが楽しそうに言った。


私の前の席のヤツ——小林敦史。

彼がうちの進学文系コース一位。
しかも理数系を含めた学年一位でもある。

コイツが去年転校して来てから、テスト結果では私はコース首位を明け渡した。

それからは数えるほどしか勝った事がない。

しかも勝てたのは国語だけ。

思ったより低いと言われた英語はそれでも79点。

平均よりかは全然上だ。

だけど目に入った、ヤツの手にあったテスト結果を見たら86点だった。

その7点差を埋められる気がしない。

国立私立文系進学コースだから英語や国語を選択している生徒が多い中で、ヤツは他の教科も全般的にいい。

もしその差を埋められたとして、英語と国語以外の教科では絶対に勝てない。

私がいつも悔しがってるのを知っていて、毎回テストの結果が出るたび、私に点数や順位をいつからか聞いてくるようになった。

ものすごく性格がよろしくないヤツだ。

しかも二年になって席は出席番号順なので前後。

何かにつけて後ろを振り返って構って来ては私の心に波風を立てていく。

本当にコイツ嫌い。

最初は点数を聞かれても答えなかったが、テスト後、各コース上位は廊下に貼り出される。

教えなかった翌日。
廊下に貼り出された紙を見上げていたら、気づけば隣でポケットに手を突っ込んでヤツも同じように見上げていた。

初めて負けたショックに悔しがっていいのか、平気な顔しとけばいいのか、ぐるぐる考えていると、通りかかった同じクラスの男子から
「すげーじゃん、小林。お前、一位かよ」
と話しかけられていた。

小林は
「まーね」
とどうでも良さげに返事しながら、私の方を見て片方の唇の端を釣り上げた。

「楽勝」

明らかに私を見てそう言ってそのまま廊下の向こうに行ってしまった。

その日は荒れた。
英語と国語の点数は僅差。
だけど理数系までヤツは良かったので、総合点ではコース一位どころか理数クラスを含めた全学年でトップだった。

職員室で小耳に挟んだところによると編入試験の結果も良かったらしい。

その後からは、結局はバレるし自分より悪かったから見せなかったと思われるのも癪なので、隠さずに見せるようになった。

張り合うように勉強をし挑むものの、私がちょっと上がったと思ったら向こうも少し点数が伸びている。

ヤツと私の点数は、一向に縮まらないままだった。

テストの結果ではらわたが煮えくり返っていた後、さらに昼休みに五時間目の予習をしていると前の席で音楽を聞いていた小林のヘッドホンから音が漏れていて、さらにイライラした。

うるさいなぁ。

前の椅子で背もたれに寄りかかってデカイ態度で漫画を読みながら音楽を聴いているので、ヤツの後頭部が私の机の上まで来ている。

境界線があるなら、ここの机の境目にレーザー光線を張り巡らせて、その後頭部を焼き切ってしまいたい。

ゆらゆらと椅子を揺らしているので、彼の茶色い髪が目の前で揺れて、邪魔でしょうがない。

なんなら真下にコンパスを逆さまに置いて、椅子の足を蹴ってバランスを崩して倒してやりたい。

ぶすっ。

私の心のコンパスがヤツの後頭部に刺さる。

普段ならそこまで考えないのに、今朝の星占い最下位から始まった数々の嫌なことが私を攻撃的にさせた。

「———ちょっとうるさい」

私は痺れを切らしてその後頭部に言った。

無視。

デカい音で音楽を聞いているのでおそらく聞こえていない。

「小林ー」

そこへクラスメイトの山林と堤がやってきた。

小林と仲が良くて、よく一緒にいるヤツら。

成績はコイツらはクラスで下から数えた方が早いけど、何というか人間としての程度というかレベルは小林も一緒だ。

小林は喋るとアホ。

勉強出来るのに、軽くてチャラくて、口を開くと男子と話すその会話の7割は下ネタ。

———去年の夏休み明け、東京から転校してきた彼のその洗練された雰囲気に当時女子は色めきたった。

かくいう私も第一印象は、シュッとしたカッコいいヤツが入ってきた、と思った。

雑誌で見るような髪型、同じ制服を着ているのに漂うお洒落な感じ、テレビで聞くような柔らかい標準語、何よりも顔が整っていて背も高い。
アイドルのようなその甘いマスクから「東京王子」とあだ名がついた。

が、女子からの熱い視線を受ける一方、男子からは嫉妬されやっかまれた。

しかし実際に喋ると下ネタ炸裂で初日から男子達を沸かせた。

聞き慣れない、ナヨッてるようにも聞こえる東京弁をみんな聞きたがり、チャラい芸人の真似かというようなパフォーマンスもキャラとしてウケた。

いや、真似なんだろうけど、実際の東京の若者はみんなあんな喋り方なのか。

軽い。チャラすぎる。

聞いたら意外にも男子校出身なんだそうだ。

でもそれを聞いて思った。

あぁ、男しかいない芸能事務所の某アイドル達もきっとあんな感じなんだろうな。

きっと女子が理想とする、寡黙なエロくない真面目なイケメン王子はこの世には存在しない。

かくして彼は初日から男子に受け入れられ、幻滅した女子達からは「東京王子」改め「エロ王子」と揶揄されるようになった。

そんな小林と仲がいいコイツらもクラスの中では目立つ中心的な存在。
女の子大好きで喋るとアホ。

山林は二次元やアイドルに詳しい女の子好き。

堤は他校に彼女が複数いる女の子好き。

共通は女好きという3人。

くだんないことしか喋らない。

「何」
小林がヘッドホンを外して首にかけて、スマートウォッチを操作して音楽を止めた。

「今度さぁ、カラオケ行こうよ」

「いいよ、いつ?」

「日曜」

「あー、ダメだわ、その日バイト」

聞き耳立ててたわけじゃないけど、小林がバイトをしてる事にビックリした。

あの成績で?
バイトしてて勉強する暇あんの?

もしかして勉強してなくてあの成績なら、本気で勉強し出したら、その差はもっと縮まらない。

私は焦った。

もしかしていい家庭教師とかついてんのかな。

私も塾に通ってるけど週2日と夏休みなどの長期の集中講習だけ。

もっと増やした方がいいのかな。

「えぇ~マジでぇ~。行こうよ、同中の女子にお前の写真送ったら連れて来てって言われたんだよ。H女子高の子だから、友達連れて来るってよ。村山とかも誘うから4:4でさ。山林、お前も来るだろ」

それはもはやカラオケが目的ではなく、合コンじゃないか。

後ろで聞きながら内心呆れた。

「明後日だからシフト変更は急には無理。ていうか勝手に人の写真送んなよ」

「ね、ね、この前の子どうだった?」

堤が机に腕を乗せてしゃがむ。

「あー…まぁまぁ良かったよ」

まぁまぁ良かった?何が!?

数式を解く私の手はもう止まっていた。

「でもなぁ、タイプじゃないんだよなぁ」

出た、クズ発言。

「小林、女なら誰でもいいわりに好みうるさいよな」

「誰でもいいとか言ってないし。でも顔が一番じゃない」

「じゃあ何」

「奥ゆかしいのに大胆なエロさ持ってる子」

「なんだそれ」

ギャハハと笑う。

何、この程度の低い会話は。

思わずチッと舌打ちが出た。

山林が私に気づいた。

「こえ、佐藤がめっちゃ睨んでる」

いつも提出物遅れが多い山林には容赦なく文句を言っているので私を面倒くさい学級委員と思っている。

「え?」
小林が振り返る。

私の机の上に腕を乗せてこちらを見る。
思いきり目があった。

もはやこのクズから嫌われようとも全然気にしない。

だって私も嫌いだから。

「アンタ達うるさい。勉強してんだけど」

思い切り睨みつけた。

「休み時間も勉強してんの?ヒッマだね~」

小林は漫画を手に私の机の上の教科書を見た。

「つーか、むしろそんなに頑張っててあの点?」

はは、と笑われた。

挑発してきた小林の発言に胃から熱い何かが込み上げてくるのを感じた。

山林がそれを聞いてギョッとして口を押さえる。

「…」
カチカチ、とシャーペンの芯を出す。

「?」
小林が私を見ている。

私は無言でその手の甲に振り下ろそうとした。

「うわっ!あっぶね!」
慌てて手を引っ込めた。

もちろん、実際には刺さず途中で止めた。

振り下ろして刺そうとする真似だけ。

「邪魔よ。ここから入って来ないで」
机の境界線を指差した。

「こっわ…今、刺そうとしたよね?」

その手を庇うように抑えて、見た?と山林と堤の方を見る。

「あんまりごちゃごちゃうるさいと、この接着剤でその口塞ぐよ」

私はペンケースに入ったままになっていた、ミニサイズの強力接着剤を取り出して見せた。

コレは昨日夜、勉強中に私のお気に入りのマグカップの取っ手がポキと折れてしまい、その部分をくっつけたら何とかなりそうだったのでその時に使って、間違えてそのままペンケースに入れっぱなしになっていたやつ。

授業中ペンの中から見つけて持って来ちゃったか、と思ったけどこんな時に使える時が来るとは。

「ねぇ、何でそんなん持ってんの。何かそういうプレイ?佐藤、Sだよね?」

さすがの小林も黙るかと思ったら、その口は全然減らない。

ダメだ、もはやコイツには日本語が通じない。

きっと東京から来たんではなくて、エロ国から来たエロ王子だ。

「口出して」

私は接着剤のキャップを外して、まだ黙らないその顎をガッと掴んだ。

間近で見る小林の肌はニキビ一つなく、なんなら私の肌より綺麗だった。

小林は笑って、私のその手を振り払った。

「女の子が塗ってくれるならリップか涎がいいなぁ」

それを見ていた堤が笑い出した。

「こえー。佐藤にそんなん言うのお前しかおらんわ。いつか殺されっぞ」

いや、いつかじゃなくて今すぐ殺したい。

全然堪えてない風の小林は笑って、前を向いた。

三人でまた女の子の話をし始める。

とりあえず今日のところは私のテリトリーは守られた。

しかし残りの数学の問題を解く間もなく、昼休みは終わった。

———授業が終わり、掃除時間。

多目的室の当番だったので、ゴミ捨てに行って戻る間、今日一日の事を思い出していた。

なんかもう最悪な1日だった。

今日は塾がない。

掃除が終わって、HR終わったら帰れる。

真っ直ぐ家に帰って、今日は勉強しないで、フテ寝しよう。

大好きなカフェオレと、ダイエット中だけど帰りにコンビニで好きなクリームどら焼きを買って、自分を甘やかそう。

普段はあんことか和菓子が好きだけど、この前クリームとの禁断のコラボにハマってそれ以来、たまにお小遣いの残りで買う。

けど最近太りつつあるので控えてた。

甘いもの食べた後はお風呂でこっそりと泣くんだ。

お姉ちゃんにもお母さんにも見つかってはいけない。

———一か月前のあの日。
一回きりという約束で抱いてくれた日の事を思い出していた。

痛かった。
でも初めては大好きだった人とだったから幸せだった。

その日は春休みで、夕方お姉ちゃんと用事があった貴典さんは早く仕事が終わったのかいつもより早めに我が家に来た。

だけどお姉ちゃんは仕事が長引いて帰るのがまだかかるから『そのまま待ってもらって』と連絡があった。

お母さんも用事があって遅くなると知ってたから今日しかない、と思った。

意を決して、戸惑っている貴典さんに頼み倒した。
一回きりで諦めるから、お姉ちゃんにも言わないから、初めては好きな人にもらってもらいたい、思い出にしたい、と頼み込み私はあの日処女ではなくなった。

ちょっとエッチな少女漫画のように初めてなのにイったりとか、ドラマのように夜景が見える最上階のホテルとかでもなく、普通に私の部屋の子供の頃から使ってる古いベッドで。
全然、ロマンチックでも、なんでもなかった。

処女でなくなったからといって劇的に世界が変わるとかそんな事はなく、私の中に痛みと後悔と少しの喜びを残した。

諦めると言って抱いてもらったのに、抱いてもらったら余計に募る思いは増すばかりだった。

だけどあの日から本当の妹のようにかわいがってくれていた貴典さんからは避けられまくっている。

どうにかして話して、また身体だけでもいいからあの腕で抱きしめてほしいと思うのに、お姉ちゃんに隠れて熱い視線を送っても逸らされるし、かわされる。

その矢先に今朝の結婚の報告。

諦めるつもり、なんて今思えば分かりやすい嘘だった。

長年付き合った彼女の妹という立ち位置から、ああでもしないとそれ以上にはなれないと分かっていて、賭けだった。

もうダメなんだろうか。

もうチャンスはないんだろうか。

何が足りない?

あと何をしたら振り向いてもらえるんだろうか。


悶々と考えながら、ゴミ箱を持ったまま、多目的室のドアを開けた。

「あっ」

「危ない!」

考え事をしていたので、そんな声が聞こえて一瞬、何のことか分からなかった。

バシ!というような音と衝撃が私の胸に当たった。

思わずガタンとゴミ箱を落とす。

細かい水飛沫みたいなものが顔に飛んだ気がする。

目を瞑った後、恐る恐る自分の胸を見下ろすとパサ、と私の足元にそれが落ちた。

雑巾だ。

「…」
何?雑巾が飛んできた?

顔を上げると口を開けたままの小林と、青ざめた顔の鈴木がいた。


多目的室の掃除は全員で6人。

出席番号順で当番は決まっている。

他の3人は隅にある長机を元に戻そうとしている最中だったのか、移動させようとしていてビックリしてこちらを見ていた。

これは…どう見てもコイツらが投げてきた。
私は鈴木と小林を睨んだ。

鈴木が慌てて
「ち、違う違う。投げたの小林!」
と指差した。

「鈴木が取り損ねるからだろ!」

少し遠くにいた小林が言い返す。

どうやら広くなったスペースで二人で雑巾でキャッチボールのように投げて遊んでいたらしい。

小林が投げた雑巾を鈴木が取れなくて、ちょうどドアを開けた私に当たったという事らしかった。

掃除だから汚れたら嫌だと思ってジャケット脱いでいてまだマシだった。

いや、マシではない。
シャツが濡れた雑巾で汚れている。

「ごめんごめん」
ヘラヘラと小林が笑って近づいてくる。

全然悪いと思ってない。

ブチ、と私の中で何かが音を立てた。

足元に落ちている雑巾を拾って、その顔に投げつけた。

「ぶっ」
至近距離まで来てたので、見事顔面にヒットした。

「…いい加減にしなさいよ」
低い声で凄んで、そのジャケットの襟を掴んだ。

身長差は10センチちょっと。
下に引っ張る形になる。

「何で掃除中に雑巾投げて遊んでんのよ?真面目にやる気あんの?アンタ学級委員でしょ!」

そう、こう見えてもコイツは学級委員。

進路希望コースと前年度の最後のクラス分けのための学内テストの結果も考慮しクラスを編成した後、クラス内での成績1.2位が学級委員に任命される。

つまり、うちのクラスは小林と私が学級委員だ。

要は私の相方。

でもこの前初めて一緒に出た委員会では、コイツは私の隣で寝ていた。

結局、私一人で細かく聞く羽目になり、今年一年ほぼ一人でクラスをまとめる委員をやらないといけなくなる事を覚悟した。

本当に一年間コイツと一緒なんて最悪だ。

「掃除に学級委員、関係なくね?」

小林は悪びれず、自分の顔を手で拭いて
「うわ、くっせ。顔になげんなよ」
と笑いかけて私を見て止まった。

まだ私の怒りはおさまらない。

さっき本当にシャーペンで刺してやればよかった!

まだ文句を言おうとしていた私の手を外して、自分のジャケットを脱いで私にかけた。

「何よ!」

まだ噛み付かんばかりの勢いの私に小林がちょいちょいと下の方を指を差した。

「透けてるから」

見ると胸のあたりに広がったシミの出来たシャツが肌に張り付いて、ブラが透けている。

「!」
固まった私に動じる事なく、小林は私にかけたジャケットの前ボタンを留めた。

「教室戻ったら返して。———あ、オレ顔洗ってくるわ」

近くに居た鈴木や他の当番に声かけて手洗い場の方へ行ってしまった。

言葉を無くして立ちすくむ私に、一緒の当番の女子が
「大丈夫?」
と声をかけてきた。

大丈夫、と答えながら全然大丈夫ではなかった。

自分のジャケットは教室に置いてある。

教室に戻るまでの間、にっくきヤツの着ていたブカブカのジャケットに頼らざるを得ない状況に歯軋りをした。


教室に戻ると1秒足りとも着ていたくなくて、みんなに見られないうちに脱いだ。

すぐ自分のジャケットを羽織った後、小林の机の上にヤツのジャケットを置いた。

しかし着ているシャツの雑巾の臭いが気になって、トイレに行って週末で持って帰る予定だった半袖の体操着に着替えて、上からジャージを羽織った。

下は制服のスカートのまま。
どこかの女マネみたいだ。


———教室に戻るとすでに小林はいた。

隣の女子から
「小林、なんで髪濡れてんのー?」
と聞かれていた。

「顔洗って来たから」

「なんで掃除時間に顔洗ってんのよ」

「エロいの見たから、目ぇ覚まそうと思って」

「キャハハ、掃除時間にエロ動画見んなよー」

隣の女子が手を叩いてウケる。

女子の中でもカースト上位の派手グループの子は、小林のエロトークには慣れているのでサラリとかわす。

いちいち目くじら立てずにああやって笑って流せばいい。

そしたら男子からも疎まれずに、かわいい明るい女子で好かれるのは分かってる。

でも私は出来ない。

別にクラスの男子達から好かれようなんてこれっぽっちも思ってない。

貴典さんにさえ好かれたらいい。

だけどそれが一番難しくて不可能に近い状況だった。

誰か、私にあの人を振り向かせる方法があったら教えてほしい。


小林は近くまで来た私を見て、上着をジャージに着替えたのに気づいたようだった。

小林はすでにジャケットを着ていた。

「あれ、着替えたんだ」

「…お目汚しを致しましたので」
冷たく答える。

「オメヨゴシ!」

大袈裟に言って小林が笑った。

「俺は水色好きだけどね?」

「!」
私はジャージの上から胸を押さえた。

ブラの色は水色だった。

ガン、と後ろからその椅子を蹴る。

そんなの気にせず、ハハと笑う小林に隣の女子が
「オメヨゴシってなあに?」
と聞いた。

「さあ、なんだろね」

二人で笑って話している。

担任が教室に入ってきてその会話は終了となった。
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