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第1章
10話
しおりを挟む……と思った私の考えが甘かった。
何と執務室にある書類を全て整理して、最終的には団長のハンコ一つで周りが機能するようにしろ、という指示だった。
おいおい、昨日床に山と散らばってた書類を整理しろと? 一体どんだけ時間がかかるんだよ。全部に目を通して重要度や優先順位を決めなきゃいけないだろ? しかも関連付けしなきゃ不備がでても分からない状態になるし。
「あのー、これをいつまでに整理しろと?」
「三日だ」
ん? なんかあり得ない言葉が耳に届いたが?
理解できずに小首を傾げて、もう一度団長を見た。
「三日間で仕上げろ、お前得意だろ?」
「三日なんて無理に決まってるじゃないですか! この量ですよ? 処理能力にも限界がありますって!」
引きつった顔をしながら、手でバッテンを組んで拒否する。が、団長は切ない顔をしながら、トドメの言葉を吐く。
「うう……殴られた腹がシクシク痛むなあ、これって王に報告あげたら、お前死ぬよ?」
鬼ーー! 悪魔ーー! 魔王ーー!
拳を握りしめ、一番手前の書類から目を通し始めた。作成日と期限の有る無しなど、ザックリと分けながら、徐々に細分化していこう。
残業が無い仕事だあ? ウソつけっ、完全にブラックやないかーーいっ!
泊まり込んでも終わるかどうか……でも、一度は家に帰らないと。変装がバレたらそれこそ死んでしまう。
一週間のうちの半分は書類とのお付き合いだから、周りの団員たちとの接触はない。ある意味ラッキーだ。とりあえず三日間乗り切るぞ。
******
「ニコルお嬢様、何か目だけギラギラしてるんですけど、大丈夫ですか? 確か書類整理の最終日ですよね?」
「平気、神は乗り越えられない試練は与えないの。この試練という山を登り切った先には、きっといい男が転がっているはずだから」
よろめく私だったが、ミイラボディという気合いの塊を注入したサーラによって、無理やり馬車に押し込められ、今日も戦場へと向かった。
「お、終わった……」
「くくく、ホントにやるとはな。お前最高だよ」
期限の三日目、日付けがもう少しで変わるかもって時間。
最後の書類を未決済の箱に入れ、私に与えられた無茶振り仕事は完了した。
この三日間で私はたぶん、速読スキルがレベルマックスまで上がったように思う。
机に突っ伏して、これ以上文字と数字を見なくてもいい安心感に笑顔が溢れてきた。
「なあ、三日間なんて無茶言って悪かったな。途中で放ってここにこないとか、お前の親父さんに泣きついて、裏から手を回して軽減してもらうとか、楽する方法はいくらでもあったんだぞ?」
おんやぁ? この人結構心配してくれてたんだ。根は悪いワケじゃなかったのね。
「そういう前向きな意見は最初の頃に教えて欲しかったです。まあ、聞いたとしても意地で最後までやったと思いますけどね」
そう言い返したら、団長はハトが豆鉄砲喰らったような顔してこちらを凝視していた。
ん? 私何か変なこと言ったかな?
ハッと頭を押さえたが、別にカツラがズレてるワケでもなさそうだ。あんまり見られると、心なしか照れるんですけどー。
「な、何ですか? 私何か変でした?」
「あ……いや、今まで俺の言うことにマトモに返すヤツなんぞほとんど居なかったから……少し驚いただけだ」
「ふうん、そうなんですか? でもここの書類任せてくれる程度には私を信用してくれたんですよね。ならそれに応えるのが部下なんじゃないですか? こちらの団員は皆さんそうなんでしょ?」
私としては当たり前のことを言ったつもりだった。なのに、団長が少しだけあたふたしている。顔の下半分を右手で隠し、左手で私をシッシッと追い払うような仕草をする。
全く、私ゃ犬猫かいっ! ちょっとムカついたけど挨拶だけは礼儀だからきちんとして帰るよ。
明日、といっても日付けが変わっちゃったから、今日になるんだけど、出勤は夕方でいいと言われた。
街の巡回をしに行くお仕事をするんだって。ただ、制服を着ないで街の人たちに紛れ込むらしいから、普段着を指定された。
んー、ニコラスのデート用の服を借りればいいのかな? 男の子の服って今ひとつピンとこないのよね。ここはまたサーラの出番かしら。きっと小鼻が膨らむんだろうなぁ。
そこらへんは全てサーラに丸投げってことで。
私は襲ってくる睡魔の波を何度かやり過ごして、へろへろになりながら家路についた。
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