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世界編
118の1.詰み!
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ほぼ絶望感しか感じられない今の状況に、ほんのちょっとだけ変化が現れた。
「う、ぐっ……な、やめ、ろ……」
シャドウの焦った声と同時に、私の拘束が外れたのをきっかけに、そのまま身を翻してシャドウと対峙した。
彼女は見えない誰かによって行動を制限されているかのように体をギクシャクと動かして、私に向けていた短剣を取り落とし、全身を震わせている。
彼女に何が起きているのかわからないが、これはラッキー。
「ラッセル! このままシャドウの息の根を止めて!」
絶好のチャンス!
私の背中側にいるラッセルに叫んだ。
一秒、二秒……
次に起こるであろうシャドウの最後を想像し、勝利を確信して私は自分の顔がほころんでくるのがわかった。
三秒……あれ? ラッセル?
振り返ると、彼の剣は下を向いたまま、その顔はうなだれていて、私がシャドウから離れたことすら気付かないような状態だった。
「ラッセル? 今ならシャドウに対抗できるんだけど?」
彼の中で何が起きているのかわからず、戦闘モードを一旦解除して、首だけ捻ってラッセルに声をかける。
「……きない……私にはできない。中身はシャドウでも、この方は母上なのだ。私が手を下すなど……」
「ええっ! そ、んな……」
このチャンスを逃したら、反撃できる手段はほぼ閉ざされてしまうだろう。同時にそれは私の命が脅かされるということ、さらには世界が脅かされることにも通じるのだと直感した。
一瞬止まっていた死へのカウンターが再び動き出すのを感じ、目の前が真っ暗になる。
やっぱり無理か……どんなに割り切って考えたとしても、自分を産んでくれたお母さんなんだから。無慈悲に殺すなんて鬼畜なこと、よっぽど覚悟しなければできるわけがない。
だったらどうする? このままシャドウの思うがままに破滅の階段を上る?
シャドウを見ると、相変わらず苦しそうに体を震わせている。
まだ大丈夫。まだ猶予が残っている。考えろ、どうするのが最善か?
『やめろっ、貴様の力などほぼ残っていないはずだ。なぜそこまで抵抗するっ!』
『私にも『ケン』を勤めあげてきたプライドがあります。お前に全てを奪われる訳にはいかない!』
どうやらひとつの体にふたつの意志、シャドウとラッセルのお母さんが存在し、それぞれが体の支配権を巡っての攻防を繰り広げているようだ。
『エーデル、約束です。私ごとシャドウを!』
必死な声で彼の母が息子に向かって叫ぶ。
「だ、め……嫌、です……わた、し、に、は……無理……」
『氷の魔術師』という異名まで持っていたラッセルが、ハラハラと涙を流している。それほど、彼には受け入れがたい願いなのだと想像できてしまう。私までつられて涙がこみ上げてきた。
『私が今まで護ってきた全てのものを、すんなりとは渡せない。お願いよ、もう長くは持たない』
母に懇願されるもラッセルは俯いたまま。荒い息を繰り返しているが、やはりその場からは動けないようだ。
……いやだよ、こんな終わり方、みんなが辛すぎる。
だって最後はやっぱり笑った顔でさよならしたいもの。
ラッセルができないのなら私がやるしかないのか……
恨まれたっていい。彼が愛してるお母さんを私が殺そうとしてるんだもの。
ただし、これをしてしまったら、もう今までの関係には戻れないだろう。
彼のことだ、私が隣にいることに関しては何の不満もなく受け入れてくれるはず。だけど心の中にできるであろう、わだかまりは決して取り除くことができないと思う。
一度入った亀裂は最終的には大きな溝になることだって考えられる。心が冷え切った時に別れるよりなら、この場所から出る時にさよならしよう。
うん、ちょっと寂しいけど平気。
平気だと思わなきゃね。
どこか行く宛あるかなぁ…… ま、そん時に考えりゃいっか。
ラッセルの方へしっかりと向き直ると、今日一番の笑顔を作り、ニッコリと笑ってこう言った。
「う、ぐっ……な、やめ、ろ……」
シャドウの焦った声と同時に、私の拘束が外れたのをきっかけに、そのまま身を翻してシャドウと対峙した。
彼女は見えない誰かによって行動を制限されているかのように体をギクシャクと動かして、私に向けていた短剣を取り落とし、全身を震わせている。
彼女に何が起きているのかわからないが、これはラッキー。
「ラッセル! このままシャドウの息の根を止めて!」
絶好のチャンス!
私の背中側にいるラッセルに叫んだ。
一秒、二秒……
次に起こるであろうシャドウの最後を想像し、勝利を確信して私は自分の顔がほころんでくるのがわかった。
三秒……あれ? ラッセル?
振り返ると、彼の剣は下を向いたまま、その顔はうなだれていて、私がシャドウから離れたことすら気付かないような状態だった。
「ラッセル? 今ならシャドウに対抗できるんだけど?」
彼の中で何が起きているのかわからず、戦闘モードを一旦解除して、首だけ捻ってラッセルに声をかける。
「……きない……私にはできない。中身はシャドウでも、この方は母上なのだ。私が手を下すなど……」
「ええっ! そ、んな……」
このチャンスを逃したら、反撃できる手段はほぼ閉ざされてしまうだろう。同時にそれは私の命が脅かされるということ、さらには世界が脅かされることにも通じるのだと直感した。
一瞬止まっていた死へのカウンターが再び動き出すのを感じ、目の前が真っ暗になる。
やっぱり無理か……どんなに割り切って考えたとしても、自分を産んでくれたお母さんなんだから。無慈悲に殺すなんて鬼畜なこと、よっぽど覚悟しなければできるわけがない。
だったらどうする? このままシャドウの思うがままに破滅の階段を上る?
シャドウを見ると、相変わらず苦しそうに体を震わせている。
まだ大丈夫。まだ猶予が残っている。考えろ、どうするのが最善か?
『やめろっ、貴様の力などほぼ残っていないはずだ。なぜそこまで抵抗するっ!』
『私にも『ケン』を勤めあげてきたプライドがあります。お前に全てを奪われる訳にはいかない!』
どうやらひとつの体にふたつの意志、シャドウとラッセルのお母さんが存在し、それぞれが体の支配権を巡っての攻防を繰り広げているようだ。
『エーデル、約束です。私ごとシャドウを!』
必死な声で彼の母が息子に向かって叫ぶ。
「だ、め……嫌、です……わた、し、に、は……無理……」
『氷の魔術師』という異名まで持っていたラッセルが、ハラハラと涙を流している。それほど、彼には受け入れがたい願いなのだと想像できてしまう。私までつられて涙がこみ上げてきた。
『私が今まで護ってきた全てのものを、すんなりとは渡せない。お願いよ、もう長くは持たない』
母に懇願されるもラッセルは俯いたまま。荒い息を繰り返しているが、やはりその場からは動けないようだ。
……いやだよ、こんな終わり方、みんなが辛すぎる。
だって最後はやっぱり笑った顔でさよならしたいもの。
ラッセルができないのなら私がやるしかないのか……
恨まれたっていい。彼が愛してるお母さんを私が殺そうとしてるんだもの。
ただし、これをしてしまったら、もう今までの関係には戻れないだろう。
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うん、ちょっと寂しいけど平気。
平気だと思わなきゃね。
どこか行く宛あるかなぁ…… ま、そん時に考えりゃいっか。
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