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世界編

108の1.なんですとっ!

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「ああ、ありがとう。もう少し休んだら元に戻るから」

 もともと『全身が白い』という特殊体質のシンが、今では一層白くなったように感じ、声をかけることさえ躊躇していた。

 シンもどきが抜けた、と思われるシンは、文字通り抜け殻のようにグッタリと蹲ったまま、その場に崩れるようにして気を失った。
 そのシンをラッセルと私の二人がかりでソファに寝かしつけ、介抱して現在に至っている。

 今ですら喋っている相手がゾンビかも、って思うくらい血の気を感じない。

「エンリィ王、あなたはアレが何者だったのか知っているのか?   もしや、アレがやはり私の母上だったのか……」

 ラッセルは自分の中から湧き上がる疑問を抑え切れず、シンに問いかける。その声には、もし自分の母親だったのならば、という怯えを含んだような響きを伴っていた。

 それに対しシンは、ソファから上半身だけ起こして、ラッセルを落ち着かせるようにゆっくりと返事をする。

「安心してくれ、エーデル。アレは君の母親ではないから。彼女はむしろ被害者だ。アレに魂を乗っ取られかけている」
「やだ、乗っ取られてんのっ?   気持ち悪っ!」

 あ……つい口を挟んでしまった。
 また話を遮ったことで冷たくあしらわれるかも……肩をすくめてギュッと目を閉じ、窺うように薄目を開けてシンの反応をみる。

 そのシンといえば、別に気にする風でもなくコクリと頷くだけだ。話を中断させたわけではなかったことに安心して、私は改めて今の話について想像を巡らせた。

 魂を乗っ取られるなんて聞いたら、気持ち悪過ぎて思わず叫んでしまったわよ。
 自分が得体の知れない何かに、頭の半分をバリバリ喰われている姿を想像して、全身に鳥肌が立つ。

「私も少し油断したんだ。彼女が内にアレを抱えているのは知っていたが、上手く押さえ込めていると思っていた。彼女と意思交換する時には毎時、注意していたんだが……」

 そう言ってシンは大きくため息をひとつついた。普段の白さを通り越して、幽霊かと見間違えるくらいに白かった顔色も、だいぶ回復してきているようだ。その証拠に、唯一、その人は生きているのだと証明している唇に赤みがさしている。

 その様子を見てなぜかホッとした。

「なんだ、サーラちゃんがそんなに心配してくれるなら、こうして死にかけるのも悪くないね」
「ば、バカなこと言わないでよっ。私はただ……そう、ただご近所のお兄さんが倒れたら心配するのと同じ反応してるだけだもんっ。ただそれだけよっ」

 シンはフッと口元で小さく笑い、真っ直ぐに私をみた。

「うん、それでもいいよ。誰かが僕のために心から心配してくれてることが嬉しいんだ。ありがとう」
「い、いや、そんなことでお礼を言われても……」

 生真面目にお礼をされて、思いのほか動揺する自分にびっくりして、さらに動揺してしまう。

「エンリィ王、あの得体の知れない何かについて、もう少しお伺いできますか?」

 ラッセルは、私とシンのやりとりを途中でバチンと切るように、本来の話へと引き戻す。
 ものすごく不機嫌な表情で私に一瞥をくれると、シンの視線の先にいる私を彼から隠すように間に入り、その視界から遠ざけようとする。

「きゃあっ……」

 ラッセルが動くのと同時に、私の手首を思い切り掴んで、自分の背中の後ろへと囲いこむものだから、あまりの痛さに悲鳴がでた。

「……ねえエーデル。そこまでサーラちゃんのガードをしなくていいよ。僕から彼女に手を出すことはもうしないから。あとはサーラちゃんが自分で決めることだ。君やこの世界やサーラちゃん自身のことを考えて出す、彼女の最終結論に従うよ」

 そう言うと、シンは穏やかな笑顔を私たちに向けた。実際のところ、ラッセルの背中に隠れていたので、その笑顔はラッセルだけに向けられていたのだが。それは後ろにいる私に向けているのだな、と声の響きから感じた。

 よかった。
 これでシンから私が結婚を迫られることはなくなった。ラッセルのやっかみがすごかったから、これについては本当に助かる。
 陰にいて見えない分、胸に手を当てて、小さく安堵のためをついた。
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