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世界編

昔語り その2.前編

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 僕を育ててくれたケンは、僕が十歳になった時に死んだ。

 ある日ケンは、一族の者を集めてこう言ったんだ。

「次のケンはまだ、ある女の腹の中にいる。自分は後継を育てることができないから、シンと同じように、一族の者たちで育てていくことになるだろう」

 僕は嬉しかった。だって僕は育てられただけで、僕が育てるなんてこと、やったことがなかったから。
 ケンの助けになることなら、僕は一生懸命に頑張ろうと思ったよ。

 僕がただ手を叩いて喜んでいる時、トカゲ使いのソンはある質問をした。ケンの次代はどうやって決まるのか、なぜ後継を育てることができないのか、と。

 さっき話した、一族の世代交代はケンがその引き継ぎを行う。しかしケンは、というと若干の違いがあるんだ。

 ケンはこの世界の要。ケンの消失は世界の消失にあたる。だからケンの引き継ぎは、ケン自身が生きてる間に行われるのが常なんだ。

『後継を育てる』

 これはケンの死期が近づいたために、次の世代のケンを見いだして速やかに引き継ぎを行うーー後継を育てる、とはそういうこと。

 そして次にケンから聞かされた言葉は、自分の耳を疑うくらいの衝撃だった。

『自分は病に侵されている。おそらく長くて一年、いや半年だろう』

 なんてことだ。僕を育ててくれたケンが居なくなる……目の前が真っ暗になったよ。
 両親を、自分の不手際で殺した僕を、見捨てずに根気強く導いてくれたケンがこの世から消えてしまうなんて。

 目の前で両親が死んだ時も涙を流さなかった僕が、この時初めて泣いたよ。子供のように大声でわんわんと。後にも先にも、僕が声を我慢せずに涙を流したのはこの時一度きりだ。

 ……ごめんね、ちょっとばかり感傷的になっちゃったね。話を元に戻そうか。

 我々は全員で次代のケンに会いに行った。
 どんな女が次代を産むのか、興味もあったし、生まれたら即座に引き渡しをお願いするために。

 その女は、ちょうど輿入れの時期に当たってたらしく、我々は話し合いのために一時彼女を足留めすることにした。

 びっくりしたよ。普通の貴族のお姫様だったら、我々が目の前に現れたら気を失うか泣き叫ぶかでしょ?

 ところが彼女は違った。
 凛として背筋を伸ばし、真っ直ぐにケンを見つめていた。誰も声を発していないのに、誰がトップの人間か、自分の交渉相手が誰なのか、既にわかっていたみたいだった。

 そして彼女から溢れ出る魔力の大きさ。
 それが彼女のものなのか、彼女の子が発しているものなのか。

 あの場にいた者ならば、どちらの魔力にせよ、そこに次代が存在するってことを実感しただろう。

 その場はやはりケンが仕切った。
 我々一族の役割を説明して、腹の子の魔力の高さを説明して。欠けたら困る存在なのだからと説明して。

 ところが女はケンの引き渡しの話を聞いてもどうしても首を縦に振らなかった。
 腹の子は、自分と愛する人との間に出来た子だから、手離すわけにはいかない。
 そう言って、頑として譲らなかった。

 ふふふ、サーラちゃんってさ、初めて会った時、彼女に似てるなって思ったんだ。

 容姿がって訳じゃないよ?   雰囲気かな、君から感じられるオーラみたいなのが似てるんだろうね。不思議だよ、彼女とは正反対で、サーラちゃんからは魔力のカケラも感じられないのに。

 でも二人とも同じものを持っているんだ。僕らの魔力に触れても怯まない、その根性。そしてバイタリティ。
 僕が惹かれたと同じようにエーデル、君もそこに惹かれたのかねぇ。

 さて、また脇道に逸れちゃった。元に戻すね。

 彼女への説得は何日も続いた。
 この世界は『ケン』という存在を欠いてはいけないからね。何としても首を縦に振ってもらわなければならなくて、脅したり、宥めたり。

 何度交渉しても彼女は納得せず、話し合いは決裂、腹の子が生まれた瞬間に奪いにくると宣言して立ち去ろうとした時だった。
 彼女の方から、ひとつの提案がなされた。

『この子が『ケン』としての役割を理解して受け入れる時がくるまで、自分が『ケン』としての役割を果たす』

 みんな唖然としていたよ。
 ふざけるな、と恫喝する者、鼻で笑う者、呆れて天を仰ぐ者、様々だった。

 しかしケンはその提案に真剣に向き合って考えていた。
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