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王宮編
97の1.アンタ誰っ!
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あの時、ヤツは女だった。
学生に紛れ込んで、誰一人として彼女の存在を疑わなかった。あの時と同じ。たぶんここら一帯の人はみんな洗脳されているのかもしれない。
前回はハルの友人、フィリーズ・コークスの報告書と私の証言から、かろうじて信じてもらえたが、今回はどうだろう。
私自身、あの赤い男に変わる前の王太子を知らないし、療養でしばらく王宮を離れていたため、ここ最近の様子を知る人も少ないはず。
一番変化に気づくであろう存在の妻三人をまとめて処分してしまえば、誰が彼を偽物だと言うことができるのだろうか。
ヤツの企みが王宮の占拠や、この国を乗っ取るなどであるならば、私はこの身を犠牲にしてでも対峙しなければならない。
それが、この国にお世話になった恩返しだと思う。
気持ちを確たるものにして、ヤツに対してギッとキツく睨みを利かせた。
その気配がヤツにも届いたのか、私の方に顔を向け、視線が交差した。
ヤツは、こちらに足を一歩動かすと、その場に踏み止まり、ハルに向かって何やら囁きかける。それを受けてハルは、一度私の方をみて、小さく手を振ってから赤い髪の男へ囁き返す。
二人で王様に挨拶すると、それが合図となったのから親子の時間はお開きとなったようだ。警備の武官が王様を護衛し、一般の人々にも立ち去るように指示出しを始める。
バラバラと蜘蛛の子を散らすように人が履けていき、残った人がまばらになってきた頃、足並みを揃えて王太子もどきとハルが仲良く語り合いながら、こちらに向かってやってきた。
「サーラ、こちらが一番上の兄上、アンドリュー王太子だ。素敵だろ? 俺の自慢の兄上だ」
胸を張って誇らしげに紹介するハルは、隣にいるのが全くの別人だとは思いもせずに、ただ目を輝かせている。
「はじめまして、サーラ嬢。カシアスが世話になったと聞いた。君がカシアスの恋人かと思っていたのだがな、違ったのだな。なら遠慮はするまい。いずれ君とはじっくり話し合いたいものだ」
言いながら、王太子もどきはグイッと私に顔を近づけてきた。表情に笑顔を貼り付けてはいるが、その目は……
遠目からみると赤い髪と同様、赤い目をしていたはず。なのに至近距離からみると、私にはその目は真っ黒に見えた。白目も何もない、ただの黒。いや、空洞と言った方が正解なのかもしれない。
ヤバい、これを見続けていると吸い込まれる。周りの光をどんどん吸い取っていくような二つの穴に、恐れおののいて、半歩下がって体を固くする。
すでにカタカタと震えが小刻みにきていて、声を出すことすら厳しい。
「お嬢さん? 私がどうかしたかい? 別にとって食おうと言うわけじゃない。安心して」
そう言ってニイッと笑う口元は、ゆっくりと口角をあげて半月のような形でピタリと止まる。
ヤツの口から出てくる言葉は、普通の会話の一片だ。なのになんでだろう、見えない触手で全身を撫でられているかのように不快感が増してくる。
「んひぃ……」
「サーラ、何? 緊張してんの? 兄上は優しいから平気だよ。あ、あと兄上? 私のことは昔みたいに『カーシュ』でいいですよ。お疲れでしょうから、後日にしますが、またいろいろとお話ししてください」
ビビって掠れた声しか出てこない私に、クスクスと笑うハル。かなりご機嫌で、今まで会えなかった時間を埋めようと王太子もどきに話しかける。
「カーシュか。そうだね、昔みたいに。私はこれで失礼するよ。ふふふ…」
表面上は王太子として振る舞っているヤツに対して、失礼に当たらない程度で無言の挨拶をした。頭を下げて、ヤツの足音が遠くに消えていくまでその態勢を崩せなかった。
学生に紛れ込んで、誰一人として彼女の存在を疑わなかった。あの時と同じ。たぶんここら一帯の人はみんな洗脳されているのかもしれない。
前回はハルの友人、フィリーズ・コークスの報告書と私の証言から、かろうじて信じてもらえたが、今回はどうだろう。
私自身、あの赤い男に変わる前の王太子を知らないし、療養でしばらく王宮を離れていたため、ここ最近の様子を知る人も少ないはず。
一番変化に気づくであろう存在の妻三人をまとめて処分してしまえば、誰が彼を偽物だと言うことができるのだろうか。
ヤツの企みが王宮の占拠や、この国を乗っ取るなどであるならば、私はこの身を犠牲にしてでも対峙しなければならない。
それが、この国にお世話になった恩返しだと思う。
気持ちを確たるものにして、ヤツに対してギッとキツく睨みを利かせた。
その気配がヤツにも届いたのか、私の方に顔を向け、視線が交差した。
ヤツは、こちらに足を一歩動かすと、その場に踏み止まり、ハルに向かって何やら囁きかける。それを受けてハルは、一度私の方をみて、小さく手を振ってから赤い髪の男へ囁き返す。
二人で王様に挨拶すると、それが合図となったのから親子の時間はお開きとなったようだ。警備の武官が王様を護衛し、一般の人々にも立ち去るように指示出しを始める。
バラバラと蜘蛛の子を散らすように人が履けていき、残った人がまばらになってきた頃、足並みを揃えて王太子もどきとハルが仲良く語り合いながら、こちらに向かってやってきた。
「サーラ、こちらが一番上の兄上、アンドリュー王太子だ。素敵だろ? 俺の自慢の兄上だ」
胸を張って誇らしげに紹介するハルは、隣にいるのが全くの別人だとは思いもせずに、ただ目を輝かせている。
「はじめまして、サーラ嬢。カシアスが世話になったと聞いた。君がカシアスの恋人かと思っていたのだがな、違ったのだな。なら遠慮はするまい。いずれ君とはじっくり話し合いたいものだ」
言いながら、王太子もどきはグイッと私に顔を近づけてきた。表情に笑顔を貼り付けてはいるが、その目は……
遠目からみると赤い髪と同様、赤い目をしていたはず。なのに至近距離からみると、私にはその目は真っ黒に見えた。白目も何もない、ただの黒。いや、空洞と言った方が正解なのかもしれない。
ヤバい、これを見続けていると吸い込まれる。周りの光をどんどん吸い取っていくような二つの穴に、恐れおののいて、半歩下がって体を固くする。
すでにカタカタと震えが小刻みにきていて、声を出すことすら厳しい。
「お嬢さん? 私がどうかしたかい? 別にとって食おうと言うわけじゃない。安心して」
そう言ってニイッと笑う口元は、ゆっくりと口角をあげて半月のような形でピタリと止まる。
ヤツの口から出てくる言葉は、普通の会話の一片だ。なのになんでだろう、見えない触手で全身を撫でられているかのように不快感が増してくる。
「んひぃ……」
「サーラ、何? 緊張してんの? 兄上は優しいから平気だよ。あ、あと兄上? 私のことは昔みたいに『カーシュ』でいいですよ。お疲れでしょうから、後日にしますが、またいろいろとお話ししてください」
ビビって掠れた声しか出てこない私に、クスクスと笑うハル。かなりご機嫌で、今まで会えなかった時間を埋めようと王太子もどきに話しかける。
「カーシュか。そうだね、昔みたいに。私はこれで失礼するよ。ふふふ…」
表面上は王太子として振る舞っているヤツに対して、失礼に当たらない程度で無言の挨拶をした。頭を下げて、ヤツの足音が遠くに消えていくまでその態勢を崩せなかった。
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