95 / 249
魔術師団編
48の2.ヒマなんだモン!
しおりを挟む
あのヘビの拘束とチロっと出た舌、それに黒ヒョウのギラギラした目……ラッセルの使い魔だということを考えると、私を襲うことはないとは思うけど……今後のご対面はもう勘弁してほしい。
動物園とかで獣を目にする機会はいくらでもあったけど、檻越しでない獣に相対する恐怖は、本能がヤバいと悟るみたいなのだ。
とりあえず去った恐怖から立ち直ろうと、ソファに戻ることにした。
「よっこらしょ……て、あれ?」
床に手をついて立とうとしても、膝に力が入らない。俗に言う『腰が抜けた』ということだな。
しょうがないからドアノブに掴まろうとして、自分の手がピタリと止まる。
これに手をかけたら……
またあの獣たちが出てくるかもしれない恐怖にゾクっと鳥肌が立ち、その状態のまま固まってしまった。
ガチャリ、とドアが開き、ラッセルが顔を出す。
「ん? どうした?」
「え……と」
ここで『腰が抜けた』なんて言おうモンなら、小バカにされるかイヤミを言われるかの二択しかないんだろう。言い淀む私を不思議そうに眺めて、詳しくは聞かず、すぐに抱き上げてくれる。
こんなことをスマートにやってくれるあたりは実に紳士的なんだけどな。
そのままソファに座らせられ、新しい絵本を何冊か脇に置かれると「しばらくこれで凌ぎなさい」と指示された。
「あとは……これを渡しておこうか」
机の中から取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな万華鏡だった。端々の飾りが擦り切れてたりしてるので、結構年代物か、と思うシロモノだ。
クルクルと変わる色と形に少し気が紛れる。
「ああ、綺麗だね。小ちゃい頃は自由研究で作ったりしたよなぁ」
万華鏡を片手に、新しい本を取るが、それも最初の何ページかまでですぐに退屈さが戻って……
そしてダダをこねる、という無限ループになるワケなんだよね。
「つまんない」と小さく呟いた時、再びガチャリとドアが開いた。
「長、大変申し訳ないのですが……」
そう言ってコークス先生が部屋のラッセルを呼びにきた。細々としたやり取りが何回か繰り返されたと思ったら、おもむろに机の書類を纏めて片付け、二人で出かける準備を始める。
また置いてきぼりか……
ダダをこねる私を見兼ねてラッセルが戻ってきてくれたのはわかっていたので、これ以上ワガママで足留めさせることはできないだろう。彼に不満を漏らすことで、ちょっとだけ憂さ晴らしできてたんだと思うと、あとは私が我慢するしかない。
泣きそうになりながら、歯を食いしばって笑顔を見せる。
「いってらっしゃい」
ちゃんと笑えてる? 声は震えてない?
無駄な心配はかけないようにしないとね。いいわよ、私は我慢のできる子だもん。小さい時から一人でもお留守番のできる子だったもん。だから平気。こんな大人になってからこれ以上のワガママ言うなんてできるワケがないもの。
哀しい気持ちがバレないように、鼻歌交じりに万華鏡を回して意識を散らせる。
ラッセルはしばらく私を見つめると、自分の杖でコン、と机を一つ叩いた。すると私の姿が黒ネコに変わった。
もう寝ていなさいという合図なのか、とボーっと考えていると、ヒョイと抱えられてドアに向かうようだった。
理解できずにラッセルを見上げると、彼は仕方ないという表情をしながらこう言った。
「一緒に出かける。が、私の側を決して離れるな。私が隠れていろと指示したら懐に入れ、それが条件だ」
コークス先生は、ラッセルと私を交互に見ながら、呆れたような顔をして、次の瞬間、笑いだした。
「長もサーラには勝てないようですね。サーラ、長を自在に動かせるのは王族とあなたくらいなものですよ」
いかにも楽しげに私に向かって言うもんだから、私も負けじと言い返してあげた。
「褒め言葉と受け取っておきますよ。でも私だっていつもこの人の言うこと聞いてるんですもの。十回に一回くらいは私のワガママ聞いてくれてもいいと思いません?」
「言いつけを破って脱走を図るヤツの言い分など聞きたくないな」
「まあっ、レディのお願いくらい聞きなさいよっ」
「どこにレディがいるのかな」
これに言い返そうとするが、うまい言葉が見つからない。ムムッと唸り声をあげるだけになる。
ラッセルが私の言葉に反論するとたまらずコークス先生がお腹を支えて笑い続ける。
ほんの少しのやり取りと、連れ出してくれた気遣いについ嬉しくなって顔の筋肉が緩むのがわかった。
動物園とかで獣を目にする機会はいくらでもあったけど、檻越しでない獣に相対する恐怖は、本能がヤバいと悟るみたいなのだ。
とりあえず去った恐怖から立ち直ろうと、ソファに戻ることにした。
「よっこらしょ……て、あれ?」
床に手をついて立とうとしても、膝に力が入らない。俗に言う『腰が抜けた』ということだな。
しょうがないからドアノブに掴まろうとして、自分の手がピタリと止まる。
これに手をかけたら……
またあの獣たちが出てくるかもしれない恐怖にゾクっと鳥肌が立ち、その状態のまま固まってしまった。
ガチャリ、とドアが開き、ラッセルが顔を出す。
「ん? どうした?」
「え……と」
ここで『腰が抜けた』なんて言おうモンなら、小バカにされるかイヤミを言われるかの二択しかないんだろう。言い淀む私を不思議そうに眺めて、詳しくは聞かず、すぐに抱き上げてくれる。
こんなことをスマートにやってくれるあたりは実に紳士的なんだけどな。
そのままソファに座らせられ、新しい絵本を何冊か脇に置かれると「しばらくこれで凌ぎなさい」と指示された。
「あとは……これを渡しておこうか」
机の中から取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな万華鏡だった。端々の飾りが擦り切れてたりしてるので、結構年代物か、と思うシロモノだ。
クルクルと変わる色と形に少し気が紛れる。
「ああ、綺麗だね。小ちゃい頃は自由研究で作ったりしたよなぁ」
万華鏡を片手に、新しい本を取るが、それも最初の何ページかまでですぐに退屈さが戻って……
そしてダダをこねる、という無限ループになるワケなんだよね。
「つまんない」と小さく呟いた時、再びガチャリとドアが開いた。
「長、大変申し訳ないのですが……」
そう言ってコークス先生が部屋のラッセルを呼びにきた。細々としたやり取りが何回か繰り返されたと思ったら、おもむろに机の書類を纏めて片付け、二人で出かける準備を始める。
また置いてきぼりか……
ダダをこねる私を見兼ねてラッセルが戻ってきてくれたのはわかっていたので、これ以上ワガママで足留めさせることはできないだろう。彼に不満を漏らすことで、ちょっとだけ憂さ晴らしできてたんだと思うと、あとは私が我慢するしかない。
泣きそうになりながら、歯を食いしばって笑顔を見せる。
「いってらっしゃい」
ちゃんと笑えてる? 声は震えてない?
無駄な心配はかけないようにしないとね。いいわよ、私は我慢のできる子だもん。小さい時から一人でもお留守番のできる子だったもん。だから平気。こんな大人になってからこれ以上のワガママ言うなんてできるワケがないもの。
哀しい気持ちがバレないように、鼻歌交じりに万華鏡を回して意識を散らせる。
ラッセルはしばらく私を見つめると、自分の杖でコン、と机を一つ叩いた。すると私の姿が黒ネコに変わった。
もう寝ていなさいという合図なのか、とボーっと考えていると、ヒョイと抱えられてドアに向かうようだった。
理解できずにラッセルを見上げると、彼は仕方ないという表情をしながらこう言った。
「一緒に出かける。が、私の側を決して離れるな。私が隠れていろと指示したら懐に入れ、それが条件だ」
コークス先生は、ラッセルと私を交互に見ながら、呆れたような顔をして、次の瞬間、笑いだした。
「長もサーラには勝てないようですね。サーラ、長を自在に動かせるのは王族とあなたくらいなものですよ」
いかにも楽しげに私に向かって言うもんだから、私も負けじと言い返してあげた。
「褒め言葉と受け取っておきますよ。でも私だっていつもこの人の言うこと聞いてるんですもの。十回に一回くらいは私のワガママ聞いてくれてもいいと思いません?」
「言いつけを破って脱走を図るヤツの言い分など聞きたくないな」
「まあっ、レディのお願いくらい聞きなさいよっ」
「どこにレディがいるのかな」
これに言い返そうとするが、うまい言葉が見つからない。ムムッと唸り声をあげるだけになる。
ラッセルが私の言葉に反論するとたまらずコークス先生がお腹を支えて笑い続ける。
ほんの少しのやり取りと、連れ出してくれた気遣いについ嬉しくなって顔の筋肉が緩むのがわかった。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
スキル【海】ってなんですか?
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜
※書籍化準備中。
※情報の海が解禁してからがある意味本番です。
我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。
だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。
期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。
家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。
……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。
それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。
スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!
だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。
生命の海は思った通りの効果だったけど。
──時空の海、って、なんだろう?
階段を降りると、光る扉と灰色の扉。
灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。
アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?
灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。
そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。
おまけに精霊の宿るアイテムって……。
なんでこんなものまで入ってるの!?
失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!
そっとしておこう……。
仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!
そう思っていたんだけど……。
どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?
そんな時、スキルが新たに進化する。
──情報の海って、なんなの!?
元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?
婚約破棄から始まるジョブチェンジ〜私、悪役令嬢を卒業します!〜
空飛ぶパンダ
恋愛
この物語の主人公は悪役令嬢ローゼリア。彼女は悪役令嬢らしく他者を虐げ、婚約破棄からの断罪で、ショックを受けて気絶。目が覚めたら、前世の価値観だけが蘇りました。自らの行いを悔いるも時すでに遅し。彼女は罰として、隣国へ嫁ぐよう命じられます。彼女は悪役令嬢を卒業し、隣国で幸せになれるのでしょうか?
※R15は保険です。
婚約破棄が成立しない悪役令嬢~ヒロインの勘違い~
鷲原ほの
ファンタジー
侯爵令嬢と男爵令嬢、三人の異世界転生者が関わる婚約破棄騒動。
乙女ゲームの登場人物が出会うところから終演の物語は動き出す。
『完結』
異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜
アーエル
ファンタジー
女神に愛されて『加護』を受けたために、元の世界から弾き出された主人公。
「元の世界へ帰られない!」
だったら死ぬまでこの世界で生きてやる!
その代わり、遺骨は家族の墓へ入れてよね!
女神は約束する。
「貴女に不自由な思いはさせません」
異世界へ渡った主人公は、新たな世界で自由気ままに生きていく。
『小説家になろう』
『カクヨム』
でも投稿をしています。
内容はこちらとほぼ同じです。
自重知らずの転生貴族は、現在知識チートでどんどん商品を開発していきます!!
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
無限の時空間の中、いきなり意識が覚醒した。
女神の話によれば、異世界に転生できるという。
ディルメス侯爵家の次男、シオン・ディルメスに転生してから九年が経ったある日、邸の執務室へ行くと、対立国の情報が飛び込んできた。
父であるディルメス侯爵は敵軍を迎撃するため、国境にあるロンメル砦へと出発していく。
その間に執務長が領地の資金繰りに困っていたため、シオンは女神様から授かったスキル『創造魔法陣』を用いて、骨から作った『ボーン食器』を発明する。
食器は大ヒットとなり、侯爵領全域へと広がっていった。
そして噂は王国内の貴族達から王宮にまで届き、シオンは父と一緒に王城へ向かうことに……『ボーン食器』は、シオンの予想を遥かに超えて、大事へと発展していくのだった……
成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~
m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。
書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。
【第七部開始】
召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。
一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。
だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった!
突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか!
魔物に襲われた主人公の運命やいかに!
※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。
※カクヨムにて先行公開中
【完結】あなたの思い違いではありませんの?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?!
「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」
お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。
婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。
転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!
ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/19……完結
2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位
2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位
2024/08/12……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる