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魔術師団編

48の2.ヒマなんだモン!

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 あのヘビの拘束とチロっと出た舌、それに黒ヒョウのギラギラした目……ラッセルの使い魔だということを考えると、私を襲うことはないとは思うけど……今後のご対面はもう勘弁してほしい。

 動物園とかで獣を目にする機会はいくらでもあったけど、檻越しでない獣に相対する恐怖は、本能がヤバいと悟るみたいなのだ。

 とりあえず去った恐怖から立ち直ろうと、ソファに戻ることにした。

「よっこらしょ……て、あれ?」

 床に手をついて立とうとしても、膝に力が入らない。俗に言う『腰が抜けた』ということだな。
 しょうがないからドアノブに掴まろうとして、自分の手がピタリと止まる。

 これに手をかけたら……
 またあの獣たちが出てくるかもしれない恐怖にゾクっと鳥肌が立ち、その状態のまま固まってしまった。

 ガチャリ、とドアが開き、ラッセルが顔を出す。

「ん?   どうした?」
「え……と」

 ここで『腰が抜けた』なんて言おうモンなら、小バカにされるかイヤミを言われるかの二択しかないんだろう。言い淀む私を不思議そうに眺めて、詳しくは聞かず、すぐに抱き上げてくれる。
 こんなことをスマートにやってくれるあたりは実に紳士的なんだけどな。

 そのままソファに座らせられ、新しい絵本を何冊か脇に置かれると「しばらくこれで凌ぎなさい」と指示された。

「あとは……これを渡しておこうか」

 机の中から取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな万華鏡だった。端々の飾りが擦り切れてたりしてるので、結構年代物か、と思うシロモノだ。
 クルクルと変わる色と形に少し気が紛れる。

「ああ、綺麗だね。小ちゃい頃は自由研究で作ったりしたよなぁ」

 万華鏡を片手に、新しい本を取るが、それも最初の何ページかまでですぐに退屈さが戻って……
 そしてダダをこねる、という無限ループになるワケなんだよね。

「つまんない」と小さく呟いた時、再びガチャリとドアが開いた。

「長、大変申し訳ないのですが……」

 そう言ってコークス先生が部屋のラッセルを呼びにきた。細々としたやり取りが何回か繰り返されたと思ったら、おもむろに机の書類を纏めて片付け、二人で出かける準備を始める。

 また置いてきぼりか……
 ダダをこねる私を見兼ねてラッセルが戻ってきてくれたのはわかっていたので、これ以上ワガママで足留めさせることはできないだろう。彼に不満を漏らすことで、ちょっとだけ憂さ晴らしできてたんだと思うと、あとは私が我慢するしかない。
 泣きそうになりながら、歯を食いしばって笑顔を見せる。

「いってらっしゃい」

 ちゃんと笑えてる?   声は震えてない?
 無駄な心配はかけないようにしないとね。いいわよ、私は我慢のできる子だもん。小さい時から一人でもお留守番のできる子だったもん。だから平気。こんな大人になってからこれ以上のワガママ言うなんてできるワケがないもの。

 哀しい気持ちがバレないように、鼻歌交じりに万華鏡を回して意識を散らせる。

 ラッセルはしばらく私を見つめると、自分の杖でコン、と机を一つ叩いた。すると私の姿が黒ネコに変わった。

 もう寝ていなさいという合図なのか、とボーっと考えていると、ヒョイと抱えられてドアに向かうようだった。

 理解できずにラッセルを見上げると、彼は仕方ないという表情をしながらこう言った。

「一緒に出かける。が、私の側を決して離れるな。私が隠れていろと指示したら懐に入れ、それが条件だ」

 コークス先生は、ラッセルと私を交互に見ながら、呆れたような顔をして、次の瞬間、笑いだした。

「長もサーラには勝てないようですね。サーラ、長を自在に動かせるのは王族とあなたくらいなものですよ」

 いかにも楽しげに私に向かって言うもんだから、私も負けじと言い返してあげた。

「褒め言葉と受け取っておきますよ。でも私だっていつもこの人の言うこと聞いてるんですもの。十回に一回くらいは私のワガママ聞いてくれてもいいと思いません?」
「言いつけを破って脱走を図るヤツの言い分など聞きたくないな」
「まあっ、レディのお願いくらい聞きなさいよっ」
「どこにレディがいるのかな」

 これに言い返そうとするが、うまい言葉が見つからない。ムムッと唸り声をあげるだけになる。
 ラッセルが私の言葉に反論するとたまらずコークス先生がお腹を支えて笑い続ける。

 ほんの少しのやり取りと、連れ出してくれた気遣いについ嬉しくなって顔の筋肉が緩むのがわかった。
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