捨て猫を拾った日

トウリン

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愛猫日記

彼女のコウゲキ彼のロウバイ⑤

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 下着姿の真白ましろをそのままにして、孝一こういちは手早く自分の服を取り去る。そうして、おもむろに彼女の身体の両脇に手を突いた。

「動くな」
 身体を起こしかけた真白に短く命じると、彼女は浮かせた頭をパタリと枕に戻す。大きく目を見開いて固まっている姿は、不意打ちを食らった仔猫のようだ。
 そんな真白に小さく笑って、孝一は、頭を下げて彼女の目蓋にキスを落とす。

 軽く、触れるだけ。
 目蓋の次は鼻の天辺、そして頬に、耳に、唇。
 どれも、一瞬だけかすめるようにして、離れる。

 顔が終わると、もう少し頭を下げて、今度は首の脈打つ場所と、鎖骨に三か所、喉の付け根のくぼみに肩の丸み。

 孝一の唇が触れるたび、真白の全身に小さな震えが走る。

 胸の膨らみには、下着のラインに沿って。
 まだレースに覆われている一番敏感な所には、触れない。敢えてそこを無視して通り過ぎると、真白はもどかしげに腿をこすり合わせた。

 手は一切使わず、孝一は唇だけで真白を翻弄する。

「コウ……」
 彼の名を呼ぶ小さな声に顔を上げると、物言いたげに潤んだ目が見つめている。真白のその眼差しにニッと笑い返して、孝一はまた探索に戻った。

 臍にふっと息を吹きかけると、彼女は小さく喘ぐ。
 孝一は平らな腹部の柔らかな肌に二つ三つ音を立ててキスをしてから、更に身体を下げた。膝を割り込ませて閉じた腿を開くように真白を促すと、彼女はためらいがちに応じる。嫌なわけではなく単に恥ずかしがっているだけだということはもう判っているから、孝一はさっさと彼女の脚の間に自分の身体を置いてしまう。
 大きく開かれた身体に、真白はやっぱり恥ずかしそうに頬を染め、両手でシーツを握り締めた。

 そんな彼女が、もどかしくも愛おしい。
 孝一はもう一度上に戻って、また真白の唇にキスをする。ついばむようなそれに、彼女はもっと深めて欲しそうに唇を開いたけれど、孝一は気付かぬふりをして顔を離してしまう。

「コウ?」
 物足りなさそうに見つめてくる真白に、孝一は一瞬自制心を放り出しそうになった。身体に刻み込まれている柔らかな唇の甘さ、小さな舌の滑らかさを頭の奥に追いやって、彼はまた身体を下げる。

 皮膚の薄いところは、真白の感じるところだ。
 さっきは触れるだけのキスを落としていった道筋を、今度はもう少し強めに、印を残しながらまた下っていく。

「ふ……ぁ、あ……」
 孝一が動くたび、吐息めいた甘い声が真白の口から零れ落ちる。

 二つの膨らみの頂も、和毛に隠された敏感なその場所も、まだ布に覆われたままだ。まだ、彼はそのどちらにも触れていない。
 にも拘らず真白の身体は汗ばんで、絶え間なくさざ波のような震えを走らせていた。時折引きつるように背中が沿って、彼女の脚の間に入り込んでいる孝一の身体がギュッと締め付けられる。
 こすりつけられる真白の柔らかな腿の感触が心地良くて、孝一は行きつ戻りつしながらキスの雨を降らしていく。

 小さな臍と、柔らかな茂みの間――孝一の欲望を受け止めてくれる場所を秘めているところまで到達して、彼はしばし動きを止めた。そこは快楽の源でもあり、いつか二人の宝物を宿し、育む場所でもある。
 願いと想いと慈しみを込めて孝一がそこに強く唇を押し当てると、まるでその奥にあるものにキスをされたかのように、真白の身体がビクリと跳ねた。
 小さく音を立てながらいくつもキスをすると、柔らかな下腹がキュッと収縮する。

「ふ……ぅ、ん」
 こらえようとしても漏れてしまう声。
 それと共に真白の腰にはもどかしげに力がこもり、言葉でなく身体で、彼を求めていることを伝えてくる。

 だが、まだだ。
 まだ、足りない。

 孝一は名残惜しくもその場を離れ、すぐ下にある、触れれば一気に真白を悶え乱れさせることのできるその場所は通り越した。
 そうして、代わりに、彼の肩辺りにある小さな膝頭に軽く歯を立てる。うっすらと付いた歯の痕を舌先でなぞると、息を呑み込んだ真白の喉がヒュッと微かな音を立てた。

 それまでは下に向かうばかりだったが、一転して今度はそこから上に辿っていく――内側の、より敏感な肌を味わいながら。

「ッ!」
 薄い肌を強く吸われてビクリと跳ね起きた真白をひと睨みすると、彼女は肘をついたところで固まった。大きく見開かれているその目を見つめながら、孝一は続ける。わざと音を立てて柔肌に紅い痕を散らしていくと、見る見るうちに真白の顔も紅く染まっていった。
 腿の半ばを過ぎて、孝一の唇がいよいよ敏感な場所に近付いてくると、触れる度に彼女の腰がビクンと小さく跳ね始める。

 やがて孝一は、足の付け根、薄い布に覆われたその場所のすぐ下まで到達した。力がこもって浮き上がっている筋の間の窪みの薄い皮膚をひときわ強く吸い上げ、紅くなった場所を舌先でねぶる。

「ふ、ぅ」
 抑えた声に目を上げれば、真白は両手を拳に握って口にきつく押し当てていた。
「動くなと言っただろう?」
「だって……」
 潤んだ目が、孝一のキスが彼女の中に掻き立てた炎の強さを教えている。どことなく恨みがましく見えるのは、彼が肝心なところを避けているからだろう。

「何処に触って欲しい?」
 意地悪く微笑みながら、孝一は尋ねる。充分に紅かった真白の顔が、更に赤くなった。
「どこ、って……」
「教えてもらわないと、判らないな」
 そら惚けてそう言うと、彼は白い腿の内側をそっと噛んだ。敏感になった真白は、それだけで達してしまいそうに身もだえする。そのまま肌を味わい続けていると、彼女は泣きそうな声で訴えてきた。
「や、ぁ――なん、で、こんな……いじわる、する」
 フルフルと震えながら涙目で抗議する真白は、最高にそそる――孝一の嗜虐心を。

「まあ、お返しってやつだな」
「おかえし――って?」
「本気で覚えていないのな?」
「何、を?」
 困ったように見返してくる真白に昨晩の仕打ちを洗いざらいぶちまけてやったらどんな顔をするだろう。
 まるで無防備な仔猫のように孝一にすり寄り、その身体中に――素面なら直視もできない場所にも、触りまくったのだと教えてやったら?

(今、あの時と同じことをするように要求したら、どうするんだろうな)

 酒が入っていなくても、時折、真白の方から彼に手を伸ばしてくることはある。しかし、その手はいつもおずおずとしていて、まるで触れてはいけないものに触れるような感じなのだ。
 真白を快楽で駆り立てればしがみ付いてもくるが、それは半ば正気を失ってのことだ。

 もっと、自然に触れて欲しい。
 孝一が真白に触れるように、彼女にも、彼女の方からそう求めて、孝一に触れて欲しい。

 そう思ってしまうのは、多くを望み過ぎだろうか。
 だが、真白には、孝一に対して何かを要求しても構わないのだということを解かって欲しかった。

 真白が孝一に何を望もうと、何を要求しようと、彼は絶対に拒まない。
 真白が彼に触れたければ触れればいいし、どういうふうに彼に触れて欲しいかもちゃんと口に出して望めばいい。

 昨晩酒に酔った真白は孝一に甘え、何のためらいもなく彼に手を伸ばしてきたけれど、あれはきっと、元々彼女の中にあった欲求なのだ。酔ったことで普段の抑制が取れ、隠されていたものが露わになったに過ぎない。
 孝一は身体を起こし、真白と目が合う位置まで戻る。四つん這いで彼女に覆い被さり、頭だけ下げてそっと唇を重ねた。
 そうして、答えを知っている問いを、敢えて口にする。

「真白、お前は俺に触れられて嬉しいか?」
 今更そんなことを訊かれて、真白は困惑したように眉をひそめて、頷いた。
「うれしいよ?」
 孝一は、もう一度キスをした。今度は唇を重ね合わせたままで、言う。
「なら、俺にも触れてくれ」
「え?」
 戸惑う真白の手を取り、孝一は自分の身体へと導く。
「俺がお前に触れるように、お前にも俺に触れて欲しい」
 言いながら、広げさせた真白の手を、みぞおちの辺りに押し当てた。彼の手が離れると同時に小さな手のひらの感触が離れそうになり、彼はその甲に自分の手を重ねて押し付ける。

「もう、何度同じような事を言ってきたんだろうな」
 ため息混じりにそうこぼして、孝一は真白と額を触れ合わせた。

 真白の中にしつこく根付いている、何かを求めること、自分の内側を見せることに対する、恐れ。
 それはきっと、そのこと自身が怖いのではない。その結果拒まれてしまうかもしれないということに対する恐怖なのだ。

「俺はお前の全てが欲しい。俺はお前を拒まない。お前の望み、欲望、感情……お前が表に出さない――出すことをためらっていることも全部、俺は喜んで受け入れる。お前には、何もかも俺に曝け出して欲しいんだよ」
「コウ……」
「解かってる。お前には、それが難しいことなんだってことは。それでも、俺は、お前の全てを見たいんだ」
 心の底からの想いを込めて告げながら、孝一は真白の身体に残されていたちっぽけな二つの布きれも取り去った。

 本当は、もっと真白が泣いて懇願して身もだえするほどに焦らしてやるつもりだった。
 けれど孝一は、彼女と深くつながりたくてもう一秒たりとも待てそうにない。
 かつて繰り返してきた一夜限りのセックスでは相手を思うように翻弄してきた彼が、色目のいの字も知らないような真白を前にすると自制心など紙切れのように吹き飛ばされてしまうのだ。毎晩のように彼女の身体をむさぼり尽くしているというのに、未だに飽くなき欲求に突き動かされてしまう。
 だがそれは、ただ快楽を得たいからではない。性的な欲求よりも、もっと大きな何か――未だ真白の『全て』を手に入れられてはいないもどかしさ、早く手に入れたいという焦燥感、そんなものに駆られてのものだった。

 孝一は真白の身体に触れた手を滑らせ、彼を受け入れる準備が整っていることを確かめる。ふわりとした和毛を掌で包むようにして、その奥に隠されている披裂を人差し指と中指で辿った。
 孝一の指先に、とろりとした蜜が絡み付く。
 真白の身体は、口よりも遥かに雄弁だった。
 二本の指でそっとそこを開くと、堰を切ったように、彼を求めている証が溢れ出してくる。
 今日、この寝室に入ってから、彼がそこに触れるのはそれが初めてだ。
 にも拘らず、充分過ぎるほどに潤っている。

「判るか? もう、トロトロだ」
 忍び笑いと共に真白を見下ろすと、彼女は顔を真っ赤にして目を逸らした。
 何で今更照れるんだろうなと思いつつ、孝一は彼女の耳元で囁く。耳朶を噛むようにして。
「お前の中に、入りたい。深く、一番奥まで」
 真白がどんな顔をしているのか見たくて、少し顔を離した。そこに思った通りの表情があって、思わずクッと笑いを漏らしてしまう。

 真白は一瞬ポカンとして、次いで怒り出した。
「もう! コウのバカ!」
 孝一の肩を叩こうと振り上げられた彼女の拳を捉える。
「からかったわけじゃない。お前に、『来て』と言って欲しかったんだよ」
 真面目な顔でそう言って、手の中の拳にキスをする。
「え……」
「『コウ、来て』って言ってみろ」
「あ……う……」
 まだ充分に理性の残っている今の真白にはハードルの高い一言だろう。だが、理性の残っている今の真白にこそ、言って欲しいのだ。

 ハクハクと口を開け閉めする真白の拳が緩んだ。孝一は小さな爪一つ一つに口付け、最後に手を開かせて手のひらの真ん中に唇を押し当てた。
「頼むから、言ってくれ」
「コ、ウ……」
「『来て』だ。『コウが欲しい』でもいい」
 ねだりながら、孝一は熱く張り詰めた彼自身の先端を、いっそう蜜を滴らせている彼女の入り口に触れさせた。
 そうしておいて、真白に視線を注ぐ。

「シロ?」

 今や、真白の色白の頬は火を吹きそうなほどに紅く染まっていた。
 そんな彼女を見ていると、ズキズキと疼いている身体を一気に押し進めたくなってしまう。そこをグッと堪え、孝一はまた繰り返した。
「お願いだ」
 滅多に孝一の口から出ることのない懇願する言葉たちに、真白がヒュッと小さく息を吸った。

 コクリと、喉が動く。

「……て」
「聞こえない」
「コウ、…………――来て」
 吐息一つで消し飛んでしまいそうな、囁きだった。辛うじて孝一の耳に届いた小さな声だったけれど、確かに聞こえた。

 今の真白にはこの辺が限界だろう。
 その程度で限界になってしまう彼女が、愛おしい。
 懸命に頑張って孝一の欲求に応えようとしてくれる彼女が、愛おしい。

 孝一は、真白の身体を抱き締めた。
「次は、もっと甘くおねだりしてくれよ?」
 からかいを含んだ彼のその言葉に抗議しようと真白の口が開く。けれど、実際にそこから漏れたのは、深々と貫かれた衝撃に押し出されたあえかな喘ぎだった。
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