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愛猫日記
彼と彼女と彼⑨
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この朝食の席で、孝一はここ数日真白に告げようと思い続けていた言葉を口にすることにした――ようやく、その決心がついた。
とはいえ、傍から見れば全くたいしたことではない。
真白のバイトに対する条件、その内の一つ、「昼間だけのシフトにすること」というものを撤回するという事だけなのだから。
むしろ、十八歳にもなった者にそんな条件を付ける方がおかしいという意見の方が多数を占めるかも知れない。
だが、孝一にとっては大きな第一歩――のつもりだった。
真白を信じて、過剰な束縛をやめる。
その為の、第一歩の。
「真白」
改まった口調で呼びかけられて、食事の手を止めて彼女が顔を上げる。
「何?」
「バイトのことだけどな?」
「うん?」
少し緊張した面持ちで、真白がピンと背筋を伸ばした。
彼女の不安が伝わってきて、孝一は苦笑した。
きっと、辞めろと言われるのだと警戒しているのだろう。
「最初に、昼だけにしろと言っただろう?」
真白がやけに恐る恐る頷く。その様子に無性にいじわるをしてやりたくなったが、そんな自分を抑えて孝一は続ける。
「それを無しにしてやるよ」
「……え?」
キョトンと、真白が目を丸くする。固まっている彼女に、孝一はもう一度繰り返した。
「いつシフトを入れてもいい。お前が好きなようにやったらいいよ」
「でも……」
戸惑いを隠さない真白へ、孝一は肩をすくめる。
「まあ、できれば俺が家にいる時にはお前にもいて欲しいがな」
彼女は、まだ半信半疑のようだ。
「ホントに、いいの?」
「ああ。……何だ? 駄目だと言って欲しいのか?」
「ううん、違うよ、嬉しいよ。でも……」
「でも?」
「コウがイヤだと思ってることは、できるだけしたくないの。本当は、わたしがバイトをすること自体が、あんまり嬉しくないんだよね?」
後半は、おずおずとした口調になる。彼女がバイトをすると決まってからは面と向かって口にした記憶はないが、やはり彼の気持ちはバレていたらしい。
「まあ、な。だが、俺が嫌がることをしたくないと言ったら、それこそお前は家を出られなくなるぞ?」
ニヤリと笑って、言う。それは冗談めかした物言いに包んだ本心だったが、真白はそのまま冗談だと受け取ったようだ。
「もう。わたしは本気で言ってるんだよ? もしも……もしもコウがバイトを辞めろって言うなら――」
「言わない。お前には、自分のやりたいことをして欲しい」
きっぱりと、言う。
それは、紛うことなき彼の本心だ。成熟した大人としての孝一は、ちゃんとそう思っている。
ただ、感情に支配されたもう一人の彼が、渋い顔をさせるのだ。
これからも、時折――いや、しばしばかもしれないが、その子どもじみた孝一が頭を出すだろう。だが、可能な限り、そのわがままな自分はコントロールしていくつもりだ。
そうして、真白をちゃんと一人の人間として、見守っていく。
そう、決めたのだ。
「そろそろ出るよ」
孝一は椅子を引いて立ち上がり、スーツを取った。
「あ、うん……」
気もそぞろな様子で真白も腰を上げ、いつものように鞄を取ると玄関まで孝一を見送りにやってくる。
「じゃあな」
鞄を受け取り、真白の頬に軽くキスを残して、孝一はドアノブに手をかけた。
と。
「あ、コウ!」
ドアを押し開けようとしたところで呼び止められて、彼は肩越しに振り返る。
「何だ?」
「あ、えっと……ありがとう」
真白はそう言って、笑った。パッと花開くように。
その短い一言は、バイトについてのことに対してだけなのか。
何となく、孝一には、それ以上の意味が含まれているような気がした。
彼は頷いてまたノブに手をかけ――踵を返して真白に歩み寄る。
戻ってきた孝一に何事かと目を丸くしている彼女の頬に手を添え、そっと唇を重ねた。
「俺は、お前を愛しているよ。何よりも、大事にしたいんだ。だから……時々、度が過ぎてしまう」
彼の唐突な『告白』に、真白の頬が染まる。彼女ははにかみを含んだ笑みを浮かべると、少し背伸びをして彼にキスを返した。
「わたしも、そう。コウが大好き。誰よりも大事な人なの……誰よりも大事にしたいの」
忙しい朝のひと時に、呑気な愛の告白。
額を触れ合わせたまま、二人揃って小さく笑った。
「じゃあ、行ってくる」
もう一度触れるだけのキスをして、孝一は身体を起こす。
「行ってらっしゃい」
真白の涼やかな声に送られて、彼はいつもの一日へと足を踏み出した。
とはいえ、傍から見れば全くたいしたことではない。
真白のバイトに対する条件、その内の一つ、「昼間だけのシフトにすること」というものを撤回するという事だけなのだから。
むしろ、十八歳にもなった者にそんな条件を付ける方がおかしいという意見の方が多数を占めるかも知れない。
だが、孝一にとっては大きな第一歩――のつもりだった。
真白を信じて、過剰な束縛をやめる。
その為の、第一歩の。
「真白」
改まった口調で呼びかけられて、食事の手を止めて彼女が顔を上げる。
「何?」
「バイトのことだけどな?」
「うん?」
少し緊張した面持ちで、真白がピンと背筋を伸ばした。
彼女の不安が伝わってきて、孝一は苦笑した。
きっと、辞めろと言われるのだと警戒しているのだろう。
「最初に、昼だけにしろと言っただろう?」
真白がやけに恐る恐る頷く。その様子に無性にいじわるをしてやりたくなったが、そんな自分を抑えて孝一は続ける。
「それを無しにしてやるよ」
「……え?」
キョトンと、真白が目を丸くする。固まっている彼女に、孝一はもう一度繰り返した。
「いつシフトを入れてもいい。お前が好きなようにやったらいいよ」
「でも……」
戸惑いを隠さない真白へ、孝一は肩をすくめる。
「まあ、できれば俺が家にいる時にはお前にもいて欲しいがな」
彼女は、まだ半信半疑のようだ。
「ホントに、いいの?」
「ああ。……何だ? 駄目だと言って欲しいのか?」
「ううん、違うよ、嬉しいよ。でも……」
「でも?」
「コウがイヤだと思ってることは、できるだけしたくないの。本当は、わたしがバイトをすること自体が、あんまり嬉しくないんだよね?」
後半は、おずおずとした口調になる。彼女がバイトをすると決まってからは面と向かって口にした記憶はないが、やはり彼の気持ちはバレていたらしい。
「まあ、な。だが、俺が嫌がることをしたくないと言ったら、それこそお前は家を出られなくなるぞ?」
ニヤリと笑って、言う。それは冗談めかした物言いに包んだ本心だったが、真白はそのまま冗談だと受け取ったようだ。
「もう。わたしは本気で言ってるんだよ? もしも……もしもコウがバイトを辞めろって言うなら――」
「言わない。お前には、自分のやりたいことをして欲しい」
きっぱりと、言う。
それは、紛うことなき彼の本心だ。成熟した大人としての孝一は、ちゃんとそう思っている。
ただ、感情に支配されたもう一人の彼が、渋い顔をさせるのだ。
これからも、時折――いや、しばしばかもしれないが、その子どもじみた孝一が頭を出すだろう。だが、可能な限り、そのわがままな自分はコントロールしていくつもりだ。
そうして、真白をちゃんと一人の人間として、見守っていく。
そう、決めたのだ。
「そろそろ出るよ」
孝一は椅子を引いて立ち上がり、スーツを取った。
「あ、うん……」
気もそぞろな様子で真白も腰を上げ、いつものように鞄を取ると玄関まで孝一を見送りにやってくる。
「じゃあな」
鞄を受け取り、真白の頬に軽くキスを残して、孝一はドアノブに手をかけた。
と。
「あ、コウ!」
ドアを押し開けようとしたところで呼び止められて、彼は肩越しに振り返る。
「何だ?」
「あ、えっと……ありがとう」
真白はそう言って、笑った。パッと花開くように。
その短い一言は、バイトについてのことに対してだけなのか。
何となく、孝一には、それ以上の意味が含まれているような気がした。
彼は頷いてまたノブに手をかけ――踵を返して真白に歩み寄る。
戻ってきた孝一に何事かと目を丸くしている彼女の頬に手を添え、そっと唇を重ねた。
「俺は、お前を愛しているよ。何よりも、大事にしたいんだ。だから……時々、度が過ぎてしまう」
彼の唐突な『告白』に、真白の頬が染まる。彼女ははにかみを含んだ笑みを浮かべると、少し背伸びをして彼にキスを返した。
「わたしも、そう。コウが大好き。誰よりも大事な人なの……誰よりも大事にしたいの」
忙しい朝のひと時に、呑気な愛の告白。
額を触れ合わせたまま、二人揃って小さく笑った。
「じゃあ、行ってくる」
もう一度触れるだけのキスをして、孝一は身体を起こす。
「行ってらっしゃい」
真白の涼やかな声に送られて、彼はいつもの一日へと足を踏み出した。
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