捨て猫を拾った日

トウリン

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愛猫日記

彼と彼女と彼⑦

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 幾度も繰り返される触れてくるだけのキスを受け止めて、孝一こういちは彼の方から動いてしまいたくのを懸命にこらえた。
 真白ましろがくれるキスは、官能的な技巧も何もない。柔らかな唇が一瞬触れて、離れていくだけだ。それなのに、今までされたことのあるどんなキスよりも心地良かった。
 その心地良さの隙間を抜けて、暗い気持ちも挿し込んでくる。

 今こうしていられるのは、必然なのか、それとも偶然なのか。

(もしも五十嵐にもう少し勇気があったら……)
 孝一は、真白の顔の両側に置いた手を拳に握る。
 そんな考えを口に出すつもりなど全くなかったのに、気付けば彼はこぼしていた。

「俺と出会うより前にあいつから好きだと言われていたら、あいつの方を好きになっていたのか……?」
「え?」

 キスを止めた真白が、微かに見開いた目で見上げてくる。そのキョトンとした眼差しに、孝一はほぞを噛んだ。

(なんて、間抜けなことを)
「悪い。忘れてくれ」
 呟くようにそう言って、彼女が言葉を発する前に封じてしまおうと頭を下げた。が、唇が触れ合おうとする寸前、彼の口と鼻を真白の手のひらが押しつぶす。
「……シロ?」
 くぐもった孝一の声に、真白が答える。いつものように、あまりにも真っ直ぐな眼差しで。

「わたしが今好きなのは、コウだよ? もしもって言われても、わたしには判らないよ。だって、もうコウを好きになっちゃった後なんだもの。他の人を好きになる気持ちなんて、全然解からない。わたしの『好き』っていう気持ちはコウの分で使い切っちゃったから、他の人の分は、もうないの」
 きっぱりと言い切った真白に、ほんのわずかな揺らぎも見られない。そこにあるのは、孝一に対する想いだけだ。

「真白……」
 名前を呟くだけで胸の中がいっぱいで、孝一はそれ以上の言葉を紡ぎだすことができなかった。
 真白の身体を挟むようにして肘をつき、まだ彼の口にあてがわれている彼女の手を取った。右手で右手を、左手で左手を包み込み、指の一本一本に丁寧に口付ける。そうして最後に親指を使って小さな手を広げさせ、その掌《たなごころ》に唇を寄せた。
「俺達は、お互い相手を死ぬほど愛してるのに、相手の気持ちは信じ切ってないんだよな」
 真白が何かを言おうとするより先に、身を乗り出してそっと彼女の唇にキスを落とす。
 そうして、体温を感じるほどの距離に留まったまま、囁く。

「俺は、もう疑わない。お前は俺を好きなんだ」
「何で、今更?」
「そう、今更だ。でも、お互い様だろう? お前だって、未だに俺がお前を好きでなくても構わないとか言うじゃないか」
「それは……」
 真白が、困ったように目蓋を伏せる。孝一がそのまつ毛の先に口付けると、彼女はハッと目を上げた。その反応に、孝一は浅く笑う――少し、意地が悪げに。
「ああ、もしかして、俺の愛情表現が足りないとか? いいぞ? まだまだ俺の方も示し足りないからな。そうだな……まだ、百分の一もお前に注げてないんじゃないかな」
 彼のその台詞に、真白がオタオタと狼狽を見せる。

「え、や、そんなことはないと思う」
「遠慮するなよ」
 そう返して温く微笑み、彼は握っている真白の両手をさりげなく左手で一つに束ね、彼女の頭の上で固定する。
「あの、コウ……?」
 おずおずと窺うような声を出した真白に、唇を重ねた。舌の先で促すと、彼女の口がためらいがちに開かれる。
 艶やかな歯列を舌でなぞってから、その奥へと進んだ。
 舌をこすり合わせ、わざと音を立てて絡ませてやると、真白がビクリと身体を震わせた。その柔らかさと甘さを味わいながら、右手を下げて、彼女が身に着けているトレーナーの前身頃をめくり上げる。

 頭をくぐらせそのまま脱がせようとして、ふと手を止めた。そうして捉えていた真白の手を放し、代わりに背中を支えて少し持ち上げると、トレーナーの両袖は抜かないままで前身頃と後ろ身頃を一緒に捻じっていく。
 痛くはない程度に、けれどそこそこしっかり捻じり上げると、さながら後ろ手に縛られているような形になった。真白が戸惑ったような、ほんの少し不安げな眼差しで彼を見上げてくる。

「これじゃ、腕が……」
 こういう目も結構そそられるな、という考えは微塵も表情には出さず、孝一は優しげに微笑んだ。
「今日はかなりやきもきさせられたからな。ちょっとした、罰だ。しばらくそのままでいろよ」
「でも――んんッ」
 真白の抗議は、孝一が彼女の脇腹をひと撫でしただけで阻止された。
「でも?」
 からかうような笑みを崩さず、孝一はブラジャーを押し上げた。
 彼が触れれば真白は何も考えられなくなる。
 それが解かっていて、声をかけておきながらその返事は待とうとせずに、孝一は柔らかなふくらみに顔を寄せる。 

「でも――あ、やッ」
 孝一が薄紅色の頂を口に含み、硬くなり始めたそこを舌の先で円を描くようになぶった途端に、真白の身体がビクリと跳ねた。いじるほどにはっきりと形を取り始める突起を、孝一は甘噛みする。
 こりこりとしたそれを噛んで、舌先で転がして、また噛んで。
 刺激を変える度に、真白の身体が大きく震えた。

 充分に右の胸を堪能し、そして左へ。

「あ、あ、や、だめ」
 後ろ手に拘束されている真白の上半身が、もどかしげに捻じられる。
 同じようにしているのに、若干、さっきとは反応が違う。

「お前は、左の胸の方が敏感だよな」
 唇と舌と歯での愛撫を続けながら、孝一はほったらかしになってしまった右の胸へと左手を伸ばした。硬くなった部分のすぐ傍を焦らすようにゆっくりと爪で引っ掻いてから、しこった粒を摘まんで捻るように転がす。

「ふぁ、ぁあん!」
 両方を同時に攻め立てられて、真白の声が高くなった。
 だが、孝一が使えるものは、まだあと一つある。
 彼は真白が履いているジーンズのファスナーを下ろし、その中の下着ごと一息にはぎ取った。
「あ……」
 反射的に閉じそうになる彼女の膝をすかさず割って、孝一はさっさと細い両脚の間に身を置いてしまう。そうしてジーンズを放り出すと、その手を彼女の腹にひたりと押し当てた。
 ちょうど子宮がある辺りの、真上。そこで、孝一と真白の体温が混ざり合う。
 しばらくその温もりを慈しんでから、彼はゆっくりと下へと這わせていった。
 その動きと共に、フルッと彼女の身体に震えが走る。

「ん」
 柔らかな茂みに孝一の指先が忍び込むと、真白が小さく息を呑んだ。更に進んで、彼はその中に隠されている敏感な芯を探り当てる。
「ふッ」
 真白の口からこらえきれずに漏れる吐息。いつもなら両手で顔を覆ってしまうのだが、今はそれができない。

 隠そうにも隠せず、恥ずかしさで薄紅色に染まった頬に、孝一はたまらなくそそられる。真白は、感じてしまうことが恥ずかしいのだ。そして、そんな自分を見られることも。
 真白が見られたくないと思うほど、彼はそんな彼女が見たくて仕方がなくなる。
 快感に全てを奪われ、全てを剥き出しにした彼女を、見たくてたまらなくなるのだ。
 孝一は、一番鋭敏な部分の少し上を、薬指の腹でゆっくりと撫でる。繰り返し、何度も。その動きに応じてヒクヒクと震える太腿にキュッと力が入るのが伝わってきた。

「あ、ぁん」
 孝一の指が動くたびに、真白の中で何かが高まっていくのが感じられる。時折我慢しきれず漏れてしまう声が艶を増し、肌がしっとりと湿り始める。
「や、コウ、コウ……」
 孝一は、ボウッと夢見るような眼差しになった真白の顔を見つめ続けた。頬は上気し、艶やかな唇は薄く開かれている。

 彼は、真白のそんな顔が好きだ。
 彼のすることに感じ、全てを委ねてくるような、その顔が。
 孝一と目が合って、真白の瞳の中に何かを乞うような光が宿る。
 彼女が求めているものが何なのか、彼は知っていた。
 あっという間に真白を満たしてしまえる方法もわかっていたけれど、孝一は敢えて緩やかに彼女を導いた。

 時折真白は目を閉じ、微かにのけ反る。
 そしてまた目を開き、孝一にすがるような視線を注ぐ。

 その間隔が次第に狭まっていき、そして、その時が訪れた。

「ふ、ぁ、あっん、んんッ」
 抑えたあえかな声と共にキュッと真白の全身に力が入り、次の瞬間ガクガクと震える。堪えた息を一気に吐き出し、喘ぐ。
 脱力して息を乱す真白に、孝一はそっとついばむようなキスを落とした。
 耳元への囁きと共に。

「まだまだ、序の口だからな?」

 孝一のその台詞に真白の肩がピクンと跳ね、見開いた目が彼に向けられる。
 そんな彼女ににっこりと――にやりと笑いかけ、孝一はもう一度キスをした。
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