捨て猫を拾った日

トウリン

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捨て猫が懐いた日

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 パジャマは、まるで手品のようにあっという間にはぎ取られてしまった。
 部屋の中は煌々と灯りが点けられていて、全てがさらけ出されていた。真白ましろは全身に孝一こういちの視線を感じる。

 自分の身体が貧相だということは、充分に自覚していた。けれど彼は、その貧相な身体がまるでかけがえのないものであるかのように見つめ、触れる。
 孝一がそんなふうだから、真白にもほんの少し特別なもののように感じられるようになった。

 仰向けになると殆ど平らに近くなってしまう胸を、孝一の両手が包んだ。他のところよりかは幾分柔らかいそこを、彼の手のひらが押し上げるように撫でる。
 あっという間に硬くなった先端を、孝一が親指の腹で転がした。
「ん、ん……」
 いつものように声を殺そうと噛み締めた唇に、キスが落とされる。唇の次はこめかみに。
「声を出せよ」
「だけ、ど――」

 大きな声を出したら、嫌われる。
 それは真白の中にこびりついた『恐怖』だ。

 瞳を揺るがせる彼女に、孝一は少し意地悪そうな笑みを浮かべる。
「出し惜しみするな。俺はお前の啼き声も好きなんだ。滅茶苦茶煽られる。お前の声を聞くだけでも、イきそうになるな」
 そう言って、彼は頭を下げて固くとがった先端ごと真白の胸を口に含む。
「あ、ンッ」
 小さな蕾に歯を立てられ、舌で転がされ、強く吸い上げられると、たったそれだけで真白の身体は蕩け始めてくる。孝一が何かをするたびに、普段は意識することのない身体の深いところが、ジンジンと存在を主張し始める。
 真白の左の胸を口で、右の胸を左手で絶え間なく攻めながら、彼は残った右手を彼女の身体に沿って這わせていく。

 ただ、触れられているだけ。
 それなのに、孝一の右手が辿った痕が、熱を持って疼いてならない。まるで身体中が敏感な場所になってしまったようで、真白は怖くなる。

「や、ダメ、触らないで……」
 思わずそう言ってしまったけれど、それが彼女の心とは裏腹の言葉だと確信しているかのように、孝一はためらうことなく動き続ける。
 ジリジリと進む彼の手はやがて茂みに行き着いて、そこを探り始めた。
「ん、ふ……」
 指先で柔らかな毛を掻き回しているのは感じられる。けれど、そこから先に進まない。
 孝一は、真白のどこに触れたらいいのか、判っている筈。
 それなのに、触れそうで触れないところをくすぐるばかりだ。

 真白は懇願の色を浮かべて孝一を見つめる。
(触って、欲しい)
 ――いつものように。
 けれど、彼は真白に二、三度優しく口づけると、言ったのだ。

「どうして欲しいか、ちゃんと言ってみろ」
「え……」
 ボウッと霞み始めた頭で孝一を見上げたけれど、からかっている様子も意地悪そうな様子もない。そう囁いた声も、見返してくる眼差しも、優しい。
「お前が俺に『されて』いるんじゃないってことを態度で示してみろよ。お前も望んで、こうしてるんだってな。……どうして欲しい?」
 孝一が、もう一度繰り返す。

(わたしも、望んでいる)
 それは真実だった。
 孝一に触れて欲しいし、彼をこの身体の奥深くで感じたい。

 真白は孝一の手を取り、彼を求めて蜜を溢れさせる場所へと導いた。そして彼女も彼に触れる。
「触って、欲しいの。わたしも、コウに触りたい……」
 言いながら、指先を彼の高まりへと伸ばした。両手で包み込むとそれはとても熱く、脈打っているのが感じられる。
(こんなに大きなものが、わたしの中に入っていたの……?)
 何だか不思議な感じがして、真白はそっとそれを撫でてみた。と、手の中でそれが更に膨らんで、ビクリと身体を震わせた孝一が呻き声をあげる。

「ごめんなさい!」
「……謝らなくていい」
 思わずパッと手を放した真白に、孝一が何となく情けなさそうな顔で苦笑する。いつも自信満々な彼のどこか弱っているようなその表情に、何故か彼女の胸がきゅんと締め付けられた。
「痛くは、ないの?」
「違う。が、それ以上に、ヤバい」
「?」
 首をかしげた真白に、孝一が彼女の敏感な花芽を撫でる。
「ッ!」
 突然の刺激に身を竦ませた彼女の耳元で孝一が笑った。
「これと同じだ」
「気持ち、いいの?」
「ああ」
 それならば、と真白は再びそこに手を伸ばそうとした。が、到達する前にブロックされる。
「あんまり触られたら、お前の中に入る前に終わってしまうんだよ」
 そうして、苦しげな息をついた。
「悪い。もう耐えられない。お前の中に入りたくて仕方がないんだ」
 いつもしつこいほどにいじり倒してくる孝一の切羽詰まった声に、真白は目を丸くする。
「頼む。お前が欲しい」

 彼の眼差しに溢れる切望の色に、真白の胸が疼く。それだけで、彼女の身体は溶け出しそうな感覚に襲われた。お腹の奥が熱く脈打って、そこを満たすものを欲しがっている。

「いいよ。わたしも――コウが欲しい」
 そう囁いて孝一にしがみ付くと、その大きな背中がブルリと震えた。真白を抱き締め返しながら、孝一は唸るように言う。
「あのな、お前を直接感じたいんだ」
「え?」
「このままで、お前の中に入りたい。何かで隔てられることなく、じかにお前と触れ合いたい」
 それは即ち――そういうこと、だ。
 苦しそうな彼の要求に、真白が『否』と言う筈がなかった。孝一の全てを信じると決めたのだから。

「いいよ」
「……本当に?」
 返事の代わりに、キスをした。孝一が、ハッと息を呑むのが唇に感じられる。
 おずおずと、いつも孝一が真白にしているように彼の中へ舌を挿し入れようとしたけれど、届かない。ちょっとつついて諦めようとした彼女を、孝一は猛然と追い掛けてきた。
「は、んッ」
 真白はひっこめかけた舌を絡め取られ、同時に息も奪われる。唇の端から唾液がこぼれるのが感じられても、どうすることもできなかった。

 酸素が足りなくて、クラクラする。
 ボウッとしかけた真白の中に、何の前触れもなく、熱い塊が分け入ってきた。
「んッ!」
 ゴツリと音がしたのではないだろうかと思うほど、一息に奥まで突き上げられる。その瞬間、彼女の最奥で痺れるような快感が弾けた。
「ん、ふ、……ぅ」
 ピンと身体を突っ張った真白を、唇を離して孝一が見下ろしてくる。額に汗の浮いたその顔は、何かをこらえるように微かにしかめられていた。
「今、入れただけでイッたのか?」
「や、だって……」

 そんなの、わざわざ訊かなくても判るくせに。
 真白は少し恨めしくなってしまう。今、こうやってただ中にとどまっているだけの孝一を、彼女の内部は勝手に締め付けてしまっているのだ。彼に判らない筈がない。
 真っ赤になっているに違いない頬を両手で隠そうとしたけれど、それより先にキスが降ってきた。目蓋や頬や鼻の天辺や唇や、ありとあらゆるところに彼が触れていく。
 孝一は、真白の中のわななきが収まるまでそうしてくれていたけれど、やがて彼女の耳元に顔を伏せて熱い吐息と共に囁いた。
「もう、限界だ。『次』はゆっくりやるから……」

 どういう意味かと問い返す暇はなかった。
 唐突に身体を起こした孝一が、真白の腰を掴む。
「あッ」
 腰から下を持ち上げられて背中を反らせる形になった真白は、最奥の一番感じるところを彼の高まりの先端でえぐられ思わず息を詰めた。その一瞬で、ビリビリと感電したかのようなしびれが走る。
「ゃ、あ……」
 全身を震わせている真白を、孝一は今にも離れてしまいそうなほどに腰を引き、また一息に貫いた。熱い塊がお腹の裏側を浅い所から一番奥の突き当りまで、こすり上げる。

「あ、や、待っ……て……」
 快楽に震えるか細い声でのお願いでは、止まってはくれなかった。一突きされる毎に襲ってくる快感の波に、真白は為す術もなく揺り動かされる。

 苦しい。
 苦しいのに、孝一を受け入れている彼女の内部は、貪欲に彼を求めていた。

「あ……あ……ゃあ……あ、ふ……ぁあッ」
 どうすれば彼女が感じてしまうのか、孝一は真白以上に彼女の身体のことを知っている。真白の身体は、今にも溶けてなくなってしまいそうだった。
 孝一の荒い息と共に次第に速く、強くなっていく突き上げに、真白はどんどん高みに押し上げられていく。
「や、ダメ、ダメ……ぁあ、あ、ん!」
 不意にはじけた白い光。身体の奥から溢れ出した快感で、まるで時間が止まったかのように何もかもが白くなる。
 真白の全身は脱力しきっているのに、孝一を包み込んでいる彼女の内部は激しく収縮した。
 唸り声と共に一際深く孝一が突き上げ、直後、唐突に質感を増した彼の高まりが真白の中で跳ねまわるのが感じられる。

「ふあ……」
 それは、不思議な恍惚感だった。お腹の中がじんわりと温かくなって、それまでの快感を上回る幸福感が全身に満ちていく。
 一拍遅れて孝一が真白に覆い被さってきた。重なり合った胸に、真白と同じくらい激しく乱れた彼の鼓動と呼吸が、感じられる。ズシリとした大きな身体の重みが心地良かった。力の入らない腕を何とかあげて、さわさわと彼の後ろ頭を撫でる。真白の髪と違ってまっすぐで硬い孝一の髪は、少しチクチクした。

「悪かった」
 しばらくして、真白の耳元でボソリと呟かれた孝一の謝罪に、彼女は首をかしげる。
「……え、なんで?」
 真白の顔の両側に手をついて身体を起こした孝一は、気まり悪そうな顔をしていた。
「歯止めがきかなかった。……痛くなかったか?」
 真白は一瞬目を丸くし、そして微笑んだ。何だか、彼が可愛く感じられてしまう。胸の中に込み上げる温かなものに後押しされて、両手を伸ばして彼の頬に触れた。そして、自分の中にある精一杯の想いを言葉にする。

「あのね、わたしは、コウになら何をされてもいいんだよ。コウがしてくれることは、何でも嬉しいの。すごく、幸せ――すごく、すごく」

 こんなに脱力していなければ、抱き締められたのに。
 そう思った瞬間、伸ばしていた真白の両手が引っ張られた。
 グイと引き起こされて、あぐらをかいた孝一の上にまたがって座る形で真白は彼と向き合う。強い腕で力の入らない身体をギュッと抱き締められて、息が止まりそうになる。
「コウ……え、あれ……?」
 気付けば、まだ彼女の中にとどまっていた彼の身体がしっかりと脈打ち始めていた。
 戸惑いを含んだ眼差しを向けた真白に、孝一は鮫のように笑う。
「『次』はゆっくり、と言っただろう?」
「え、でも……」

 こんなにすぐは、ムリだ。
 そう思ったけれど、見る見るうちに大きくなっていく彼の高まりが真白の奥深くを押し上げ始めていて、彼女は小さく息を呑む。その唇に孝一はついばむようなキスをして、ニッと笑った。

「俺には何をされてもいい、と、たった今、その口で言ったよな?」
「言った、けど……んんッ」
 ゆさりと腰を揺らされ、真白は言葉を失う。
「十日間、我慢していたんだ。あと二、三回は覚悟しとけ」

 ほんの少し――ほんの少しだけだけれども、真白は先ほどの自分の言葉を取り消せたら、と思ってしまった。

   *

 心地良い温もりに包まれてウトウトしていた真白に、わずかに冷たい空気が触れる。それにうたた寝から引き揚げかけられた彼女は、左手をまさぐる何かに、重い目蓋を上げた。
 間近にあったのは、孝一の顔だ。
「ああ、悪い。起こしたか」
 見れば彼はもう一筋の乱れもなくびしりと髪を整え、いつもの出勤用のスーツに着替えている。
「ごめんなさい、朝ごはんを……」
 起き上がりかけて、真白は身体のあちこちで軋みをあげた痛みに固まる。

「いいから、寝てろ」
 トンと額を小突かれて、真白の頭は枕に逆戻りした。寝転がったまま見上げた孝一は、彼女と同じように夜通し起きていた筈なのにやけにはつらつとしている。
 目だけで孝一を追いかける真白に、彼は身体を折ってチョンと唇に触れるだけのキスを寄越した。次いで彼女の左手を取り、その薬指にも口づける。

「それ、ちゃんと着けておけよ」
 言われて目をやると、いつの間にかそこには指輪がはめられていた。
「あれ……?」
 以前にもらった婚約指輪かと思ったら、違った。あれは、ダイアモンドとそれを囲むブルートパーズの付いたもの。今、彼女の指にあるのは、透明な淡いピンクの石が一つ付いただけのものだ。
「それなら、気軽に着けられるだろう? あっちのはお前が着ける気になったら着けてくれ」
「そんな、二つもなんて――」
「それは、首輪だよ。お前は俺のもんだっていう、証だ。嫌じゃなければ着けてくれ」

 ズルい、と思った。そんなふうに言われると、外せないではないか。
 ムッと唇を尖らせた真白に孝一は小さく笑って、そして真顔になった。
「お前、学校も行っておけよ?」
 唐突に出てきたその単語に、真白は眉をひそめる。
「学校……?」
「ああ。お前、十二月からずっと休んでいるだろう? 高校の方に確認したんだがな、このまま休んでしまうと、卒業は難しいらしい。だが、これまでが真面目だったから、卒業式まで登校すればいいと言ってもらえた」
 彼の言葉に、真白は軽く頭を傾ける。
「別に、高校なんてよかったのに」

 どうせ、目的があって通っていたわけではないのだ。何となく惰性で入学して、何となく惰性で登校していた。特に真面目だったわけではなく、他にすることがなかったから、毎日通っていただけだ。

 真白のそんな呟きに、孝一は頭《かぶり》を振る。
「いいから、卒業証書だけもらっとけ。お前の人生はまだまだ続くんだ。どんな未来を進むのかは、決まっていない。なら、選択肢は多い方がいいだろう?」
「わかった……」
 そんなものかと取り敢えず頷いた真白に、孝一はもう一度、今度は額にキスをした。
「いい子だ。じゃあ行ってくるからな」
「うん。いってらっしゃい」
 コクリと頷く真白に、孝一は優しげな笑顔を投げて、部屋を出て行った。

 しんと静まり返った部屋の中、真白はそろそろとベッドの上に起き上がる。
 ツキンと微かな痛みが下腹に走って、思わず小さく笑ってしまった。そして、ふとそこを撫でてみる。
 孝一の熱を、受け止めた場所。

「わたしの、未来」
 もしかしたら、ここにその『未来』が宿ったかもしれない。今はまだでも、この先、いつか、宿るかもしれない。
 不意に、何とも思っていなかった自分の身体が、かけがえのないものに思えてきた。無二の、愛おしいものに。
 真白は、両の腕で自分自身を抱き締める。

(わたしは、捨てられた子ども)

 だけど、こんなわたしでも、大事に想ってくれる人はいる。
 そして、その大事に想ってくれる人の大事な人を、生み出せるのかもしれないのだ。

「早く、逢いたいな」
 もう一度その場所を撫でて、真白はそっと囁いた。

 ――祈るように、願うように。
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