捨て猫を拾った日

トウリン

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捨て猫が懐いた日

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 たった今、爪の先まで駆け巡った痺れるような快感に全身を震わせて、真白ましろは目を閉じて荒い息をつく。手も足も力が入らず、小指の先も動かせない。それなのに、彼女の意思には関係なく、時々ヒクンと身体が跳ねてしまう。
 真白の上で孝一こういちが滑るように動いて、目蓋を下ろしたままの彼女の唇に温かなものが触れた。

 ついばむような優しいキス。それは真白が苦しくならないように、息を継ぐ合間を縫って落とされる。
 そうしている間も、孝一の指は彼女の中をまさぐっていた――まるで、どうにも離れられないかのように。

 穏やかな動きは真白を次の高みへと駆り立てようとしているものではない。むしろ彼女が反応してしまうところは避けていて、真白の中にはいつもの身をよじるような快感ではなく、ゆったりとした温かな心地良さが溢れてくる。
 こうやって孝一に包まれていると、真白は彼に大事にされているのだと思えた。
 時々せっかちに、少し強引に触れてくることがあるけれど、そんな時には、自分は彼に求められているのだと思うことができた。
 ――実際にはそうじゃないとしても、そんなふうに思わせてくれるだけで、真白は孝一の為なら何でもしてあげたい気持ちになる。

 少しずつ息も整って、真白は目を開け、そっと孝一にキスを返す。見上げた彼の目の中には何かに飢えたような荒々しい光が瞬いていて、真白はキュッと胸が締め付けられた。
 こんな目をしていても、孝一の手も唇も何かを怖がっているのかと思わせるほど丁寧で、真白のまぶたの裏が熱くなる。

 孝一が真白を乱暴に扱ったのは、クリスマスイブのあの夜だけだ。
 あの時を除けば、彼自身がどんなに昂ぶっていても、いつも孝一は真白の準備が充分過ぎるほど整うまで待ってくれる。強引な時でも触れる指はやっぱり優しくて、それがあんまり優しいから、時々、彼女は泣きたいような気分になってしまう。

 真白は少し身体を起こして、もう一度、孝一の唇の端にそっと口づける。
 二度目のそれが合図であったかのように、孝一が身じろぎした。彼女の中をゆるゆると探っていた指が出て行って、代わりにもっと熱いものがそこに押し当てられる。
「ッ」
 思わずビクリと跳ねてしまった身体を、温かな手がそっと撫でてくれた。

 孝一の身体は大きくて、その瞬間は、いつも真白は思わず息を詰めてしまう。彼の手にそっと頬を撫でられて、真白はホッと吐息をこぼした。
「は……ふ」
 息を吸って、吐いて。
 真白の呼吸に合わせて、ゆっくりと孝一が動く。彼の視線を感じながら、彼が自分の中を満たしていくその感覚に、真白はボウッとなる。

(あ……)
 真白の中が孝一でいっぱいになって、彼女の身体がふるりと震える。爪を立てて彼にしがみつくと、ギュッと抱き締め返してくれた。自分の身体の中心でヒクついているのが彼女自身なのか、それとも彼の方なのか、真白には判らなかった。
 身体が震えてならない真白を宥めるように、孝一が目蓋に、頬に、耳たぶに、いくつもキスをしてくれる。

「動いて、いいか?」
 歯を食いしばるようにして孝一が軋んだ声でそう訊いてくるのへ、真白はただ頷きだけを返した。
 初めのうちは、ゆっくりと、まるで真白をお腹の中から揺すろうとしているかのような、押し上げられるような動きだった。
 だんだん、それが速く、大きくなっていく。

「ん……ぁ、あ!」
 今にも離れてしまいそうなほどに遠ざかった直後、グッと一気に腰を押し付けられて、真白はビクリとのけ反った。身体の奥が熱くて痺れてムズムズする。
 どうしようもなく感じてしまう場所を何度も突き上げられるたび、真白の頭からは抑制のたががポロポロと砕け落ちていく。

 大きな声は、出したくない。
 それなのに、抑えられない。

 込み上げてくる不安を目に宿して目を上げると、額に汗の玉を浮かばせながら真っ直ぐに彼女だけを見つめている孝一の目と行き合った。
 その眼差しに、頭の芯が痺れる。快感が、膨れ上がる。
「や、あ、あぁん、ん」
 漏れてしまう声を押しとどめようと、真白は手の甲に歯を立てた。けれど、すぐにそれに気付いた孝一が彼女の手を絡め取り、ベッドに縫い付けてしまう。

「ぁ……ん……」
 手の代わりに餌食になりかけた真白の唇を、頭を下げた孝一が塞いだ。

 手を拘束されて身動きできないのがもどかしい。
 息が荒いのに唇を塞がれて窒息しそう。
 グイグイと絶え間なく貫かれ、苦しい。
 それなのに――

(気持ち、いい)

 目を閉じ、霞む頭で真白がそう思った途端、キスから唇を浮かせて孝一が小さな呻き声を漏らす。

「コ、ウ……?」
 彼を苦しませるような事をしてしまったのだろうかと薄らと目を開けると、孝一は微かな苦笑を口元に刻んでいた。
「良すぎて、お前に殺されそうだよ」
 そう言って、彼は何かをこらえるように「ハ」と小さく息をついた。そして乞うような眼差しを真白に注ぐ。

「もっと、お前の深くに入りたい……いいか?」
 真白には、今でも精一杯だった。けれど、もっと孝一を喜ばせたい。孝一が望むことなら、何でも叶えたい。
「だい、じょうぶ」
 息を切らしながらそう答えると、彼はそっと軽いキスを落としてきた。そうして真白の手を放し、今度は彼女の両腿を左右の手で掴んだかと思うと、踵を引っかけさせるような形で彼女の脚を肩に担ぎ上げる。落ちないようにか膝裏には孝一の腕が回され、彼が身を乗り出して真白の頭の両脇に手を突くと、グイと彼女の腰が持ち上がった。

「え……ぁあッ!」
 予想外の格好に狼狽の声を上げかけた真白より先に、孝一が動いた。
 グッと、それまでとは比べものにならないほどの深みを刺激されて、真白の目の前にちかちかと火花が散る。
 思わず息を詰めた彼女に、孝一が切羽詰まったぎらつく光と、それとは相反する案じる色を同時に浮かべた目を向けた。
「……つらいか?」
 頷けば、孝一はやめてくれる。
 けれど彼は、真白をこんなにも求めてくれているのだ。
 確かに息ができないほどの圧迫感は苦しいし、少し――ほんの少しだけ痛みもある。
 それでも真白は微かな笑みを浮かべた。彼女の顔の両側に置かれた彼の手に指先を這わせ、頬をすり寄せる。

「へいき。だいじょうぶ、だから……して?」
 彼女のその言葉に、彼からの返事はなかった。短く低い呻き声を漏らすなり、動き出す。
「ぁ……あ、や、は、ぁあんッ!」
 孝一の動きは、穏やかなものだった。真白と奥深くでつながったまま、彼女の中をゆっくりとした一定のリズムで押し上げてくる。

 ただそれだけなのに。

 彼の一突きごとに襲ってくる大きな快感の波に、真白は為す術もなく翻弄される。宙に浮いたつま先が力なく空気を蹴るのを、止められなかった。
(何、これ、何で……)
 もう何度も孝一と身体をつなげてきた。
 けれど、今までとは全然違う。
 攻め立てられているのは身体の中心だけのはずなのに、孝一が動くたびに神経を経て伝播しているかのように真白の身体のあちらこちらが同じ快楽に打ち震える。

「いやぁ、あ、あ、ダメ、ダメ、んぁ……あ!」
 ひときわ高く喉から声が飛び出して、勝手に全身がガクガクと震えたかと思うと、ピクリとも動かせないほどピンと突っ張った。お腹から溢れ出した快感に頭の中が真っ白になる。
 あと一秒でも続いたら、きっとおかしくなってしまう。
 そう思うのに、孝一の昂ぶりを包んでいる真白の体内は放したくないと言っているかのようにキュウキュウとそれを締め付けてしまう。

「うッ……!」
 孝一は低く呻いて一瞬固まったけれど、ギリ、と歯が軋む音がして、またすぐに同じリズムで動き出した。
「ゃあ、う」
 もう、真白は何度も達している。それなのに、次から次へとまた波がやってくる。
「コウ、コウ、あ……ふ、あ、ぁ、コウ」

 強すぎる快感が、怖い。
 彼に抱き付きたいけれど、身体を折った形では手を伸ばしても届かなかった。切なくて、真白は代わりに彼の腕に爪を立てる。
「もう少し、もう少しだけ、耐えてくれ」
 汗を滴らせながら、唸るような声で、孝一がそう言った。そして、彼の動きが変わる――何かに追い立てられるような、速く大きな動きに。何度も達して潤みきった彼女の中は、何の抵抗もなくそれを受け入れる。
 キシキシと、頑丈な筈のベッドが軋みを上げて微かに揺れる。

「いや……コウ、おね、がい」
 のけ反るほどに突き上げられて、どこかに放り投げられそうな怖さが込み上げてくる。
 腕では嫌だった。彼の大きな身体にしがみ付きたい。
 懸命に両手を伸ばす真白を、孝一は、彼女の脚を肩から下ろして抱き締めてくれる。彼の荒い息が、頭のすぐ上で聞こえた。耳元でドクドクと高鳴っている鼓動が彼のものなのか自分のものなのかは判断できない。
 大きな胸に埋まるように包まれて、真白の全ては目がくらむほどの幸福感でいっぱいになる。

 お腹の中を揺さぶるように突き上げられるのは苦しかったけれど、それ以上の喜びで真白は我を忘れた。
「コウ、大好き、大好き、お願い、放さないで――」
 全身がピリピリして、頭の中はちかちかして、自分が何を口走っているのかもわかっていない。
「真白……ッ」
 彼女の名前を呻いた孝一の腕に力がこもった。直後、真白の中で彼が膨れ上がったかと思うと次の瞬間ビクビクと跳ね回る。

 自分の中に、彼がいる――そう、強く実感する。

「ふ、あ……」
 小さなため息を漏らしながら、きつく抱き締められる息苦しさの中で真白は陶然となった。何も考えられない。何も覚えていない――身体中をジンジンと疼かせる快感の他には。

 しばらく真白の上に覆い被さっていた孝一は、やがて彼女を抱き締めたままゴロリと寝返った。勢いを失ったとは言え彼はまだ真白の中にいて、ボウッとしながらも彼女は腰をずらして離れようとしたけれど、首の後ろとお尻の少し上を抑えられていてはピクリとも動けない。
 時折、真白の意思とは関係なく彼女の身体の奥がヒクついて、そのたびにそこにとどまっている彼自身もピクンと跳ねる。
 それがやけに生々しくて、恥ずかしい。

「……寒いか?」
 思わずふるりと身体を震わせた真白に、孝一が布団に手を伸ばした。そうして彼女の首の後ろに置いていた手で、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
 静かに後ろ頭から背中を行き来する感触が、心地良い。強張っていた身体から力が抜けて、真白は孝一の胸に頭を預けた。彼の鼓動はいつの間にかゆっくりとしたものに戻っていて、身体の疲れと相まって真白を眠りへと誘う。

 孝一の手に誘われてトロトロと眠りの淵に向かいかけた真白だったけれど、耳に届いた言葉にハッと正気に返った。

「え?」
 首をもたげて孝一を見上げると、彼は微かな苦笑を浮かべていた。
「忘れているわけじゃないよな? 明日――いや、もう今日か。お前の荷物を取りに行くと言っておいただろうが。朝一で勝手に買い物とか行くなよ?」

 その台詞に、真白は一瞬身体を固くする。孝一はそれに気付いたのかどうなのか、彼は無言で彼女の頭に手のひらを当てて自分の胸に引き寄せた。

 真白は目を閉じて聞こえてくる孝一の鼓動に集中する。
 集中しようとしたけれど、できなかった。
 荷物を取りに行く――あそこに戻る。
 真白が十八年間過ごしたその場所は、彼女の大好きな人たちがいる場所だった。

 懐いてくれた可愛い子どもたち。
 世話をしてくれた優しい大人たち。
 けっして嫌いじゃない。みんな、大好きなのに。
 それなのに、帰りたくない場所だった。

 真白はしっかりと抱きしめてくれている孝一の胸に頬をすり寄せる。
 今の彼女には、ここが居場所だった。

 けれど。

(ここを離れないといけなくなったら、今度はどこに行ったらいいのだろう?)

 真白の背が、ぞくりとあわ立った。と、すかさず大きな手が宥めるように動く。
 その手を失いたくないと、思った。ずっと彼と一緒に居たい、と。
 それは真白が望んだからといって叶うものではなくて、望むことすらいけないことだとは、判っていたけれど。

 それでも、真白は願わずにはいられなかった。
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