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望みが叶ったその先は
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省吾たちは先に退却していたリオンたちと無事合流を果たした。
彼らの姿を確認したリオンは眉間の皺を消し、ほっとした顔をする。
「遅かったな。てこずったのか」
そう問うたリオンに向かって、勁捷は首を振った。
「いんや、全然」
「それにしては……」
「いやぁ、こいつが彼女との遭遇接近にのぼせ上がっちまってよ」
危うく砦の中にまで駆け込みそうになった、と余計なことまで言う勁捷を、省吾が睨む。
息を呑み、怒鳴りつけそうになったリオンの機先を制し、エルネストが口を挟んだ。
「まぁまぁ、リオン様。無事戻ってきたのですから……」
「当たり前だ! 何かあったら省吾殿は今ここにはおるまい!?」
まさに頭から湯気を立てそうな勢いで、リオンがエルネストに食って掛かる。
頭に血が昇ったリオンはその応対に慣れているエルネストに任せ、ロイが省吾に向き直った。彼の眼差しも、やはり険しいものを含んでいる。
「確かに今回は無事だったが、あのまま入ってしまっていたら、公開処刑まで直行だったぞ?戦いに身を置く者が冷静さを失ってはいかん」
常に穏やかだったこの男が見せた厳しい言葉に、己の行動が愚かなものであったことを充分承知している省吾はうな垂れる。この世界に入ってまだ一年ほどでしかないが、これほど我を失ったのは初めてだった──いや、物心ついて以来、初めてだった。
そんな省吾の様子に、ロイはやや語調を弱める。
「いいか、省吾。どんな時でも、決して状況を見失うな。ほんの一瞬でも自分の立っている場所を忘れれば、待っているのは死だけだ。逆に、どんなに危険な状況だったとしても、落ち着いて周りを見れば、必ず活路は見出せる」
ロイは口を噤んで、俯いている省吾を見つめた。
そのまだ細い肩が、旋毛が、失ってしまった者のそれと重なる。それ以上の叱責を口にすることができず、ロイは省吾の肩を軽く叩いて締め括った。
未だいきり立ったままのリオンにてこずっているエルネストの助太刀をするべく歩み去ったロイに代わって、勁捷が口を開く。
「俺も、結構怒ってんだぜ? 解ってっか?」
持ち前の軽さを感じさせない勁捷をチラリと見て、省吾が返す。
「……解っている」
「なら、いいさ。色恋沙汰で身を滅ぼすにゃ、お前はちょいと若過ぎんだよ」
肩を竦めて、勁捷がそう呟いた。そして、いつもの口調に戻る。
「で、どうだ? 欲が出てきたろうよ?」
問われ、省吾は頷く。
もう一度会えさえすればそれでいいと思っていたことが、嘘のようだった。
省吾を見て、怯えていた少女。
けれど、何故か、彼女が省吾自身に怯えているわけではないということが解かった。
もっと、あの子に触れていたい。傍にいて、不安に揺れるあの少女を脅かすもの全てから、護ってやりたい。
心底そう思った。
「そんじゃ、今度はお姫様奪取作戦だな」
何処まで本気なのかわからないその言葉に、ロイの協力の元にリオンを宥め終わったエルネストが口を挟む。
「けれど、彼女の方の意思はどうなるんですか? 強奪してみても、彼女が抵抗すればこちらは全滅ですよ」
不安の残るエルネストを、勁捷は軽くいなした。
「いや、それが、あっちの方でも満更じゃない様子なんだな、これが。あそこで最終兵器扱いされてるよか、省吾に掻っ攫われた方が遥かにましなんじゃないの?」
そこへ、まだ何か言いたそうだったリオンが、気を取り直して先のことに目を向けるべく話に参加する。
「我々としても、彼女が戦線を離脱してくれるなら願ってもない。確かに彼女の力は脅威だが、それ以前に、やはりあんな少女と戦うというのは気が向かん」
「まあ、それは言えていますね。あちらの方が遥かに凄い力を持っているとはいえ、あの外見ですからねぇ」
苦笑しつつエルネストが頷いた。大の大人が数十人がかりで十歳かそこらの少女を取り囲んでいるという図は、想像するだにあまり嬉しくないものである。
「ま、お子様相手にあんまりむきになりたかねぇしな」
照れ隠しのように唇を歪めて、勁捷も同意した。
「すまない」
省吾は首を折るようにして頭を下げる。彼にはそれが精一杯だった。
「謝るようなことじゃねぇだろ」
少年の不器用さに、勁捷が苦笑する。リオンは真面目な顔で省吾の言葉を受け止め、ロイは穏やかな微笑を浮かべるだけだった。
「ああ、それから、遅くなりましたが、私たちを出迎えたのは、ごく普通の兵士だけでした。どうやら、今のところは、他にあのような力を持つ者はいないようですね」
エルネストのその言葉で場が切り替わる。
「そいつぁ助かった」
大仰に勁捷が胸を撫で下ろした。声には出なかったが、リオンとエルネストも同様の顔を並べていた。
「まあ、取り敢えず、これで何とか方針が立てられるようになったということかな」
ロイの台詞に、一同が頷く。
確かに、これで手の打ちようが見えてきた。
彼らの姿を確認したリオンは眉間の皺を消し、ほっとした顔をする。
「遅かったな。てこずったのか」
そう問うたリオンに向かって、勁捷は首を振った。
「いんや、全然」
「それにしては……」
「いやぁ、こいつが彼女との遭遇接近にのぼせ上がっちまってよ」
危うく砦の中にまで駆け込みそうになった、と余計なことまで言う勁捷を、省吾が睨む。
息を呑み、怒鳴りつけそうになったリオンの機先を制し、エルネストが口を挟んだ。
「まぁまぁ、リオン様。無事戻ってきたのですから……」
「当たり前だ! 何かあったら省吾殿は今ここにはおるまい!?」
まさに頭から湯気を立てそうな勢いで、リオンがエルネストに食って掛かる。
頭に血が昇ったリオンはその応対に慣れているエルネストに任せ、ロイが省吾に向き直った。彼の眼差しも、やはり険しいものを含んでいる。
「確かに今回は無事だったが、あのまま入ってしまっていたら、公開処刑まで直行だったぞ?戦いに身を置く者が冷静さを失ってはいかん」
常に穏やかだったこの男が見せた厳しい言葉に、己の行動が愚かなものであったことを充分承知している省吾はうな垂れる。この世界に入ってまだ一年ほどでしかないが、これほど我を失ったのは初めてだった──いや、物心ついて以来、初めてだった。
そんな省吾の様子に、ロイはやや語調を弱める。
「いいか、省吾。どんな時でも、決して状況を見失うな。ほんの一瞬でも自分の立っている場所を忘れれば、待っているのは死だけだ。逆に、どんなに危険な状況だったとしても、落ち着いて周りを見れば、必ず活路は見出せる」
ロイは口を噤んで、俯いている省吾を見つめた。
そのまだ細い肩が、旋毛が、失ってしまった者のそれと重なる。それ以上の叱責を口にすることができず、ロイは省吾の肩を軽く叩いて締め括った。
未だいきり立ったままのリオンにてこずっているエルネストの助太刀をするべく歩み去ったロイに代わって、勁捷が口を開く。
「俺も、結構怒ってんだぜ? 解ってっか?」
持ち前の軽さを感じさせない勁捷をチラリと見て、省吾が返す。
「……解っている」
「なら、いいさ。色恋沙汰で身を滅ぼすにゃ、お前はちょいと若過ぎんだよ」
肩を竦めて、勁捷がそう呟いた。そして、いつもの口調に戻る。
「で、どうだ? 欲が出てきたろうよ?」
問われ、省吾は頷く。
もう一度会えさえすればそれでいいと思っていたことが、嘘のようだった。
省吾を見て、怯えていた少女。
けれど、何故か、彼女が省吾自身に怯えているわけではないということが解かった。
もっと、あの子に触れていたい。傍にいて、不安に揺れるあの少女を脅かすもの全てから、護ってやりたい。
心底そう思った。
「そんじゃ、今度はお姫様奪取作戦だな」
何処まで本気なのかわからないその言葉に、ロイの協力の元にリオンを宥め終わったエルネストが口を挟む。
「けれど、彼女の方の意思はどうなるんですか? 強奪してみても、彼女が抵抗すればこちらは全滅ですよ」
不安の残るエルネストを、勁捷は軽くいなした。
「いや、それが、あっちの方でも満更じゃない様子なんだな、これが。あそこで最終兵器扱いされてるよか、省吾に掻っ攫われた方が遥かにましなんじゃないの?」
そこへ、まだ何か言いたそうだったリオンが、気を取り直して先のことに目を向けるべく話に参加する。
「我々としても、彼女が戦線を離脱してくれるなら願ってもない。確かに彼女の力は脅威だが、それ以前に、やはりあんな少女と戦うというのは気が向かん」
「まあ、それは言えていますね。あちらの方が遥かに凄い力を持っているとはいえ、あの外見ですからねぇ」
苦笑しつつエルネストが頷いた。大の大人が数十人がかりで十歳かそこらの少女を取り囲んでいるという図は、想像するだにあまり嬉しくないものである。
「ま、お子様相手にあんまりむきになりたかねぇしな」
照れ隠しのように唇を歪めて、勁捷も同意した。
「すまない」
省吾は首を折るようにして頭を下げる。彼にはそれが精一杯だった。
「謝るようなことじゃねぇだろ」
少年の不器用さに、勁捷が苦笑する。リオンは真面目な顔で省吾の言葉を受け止め、ロイは穏やかな微笑を浮かべるだけだった。
「ああ、それから、遅くなりましたが、私たちを出迎えたのは、ごく普通の兵士だけでした。どうやら、今のところは、他にあのような力を持つ者はいないようですね」
エルネストのその言葉で場が切り替わる。
「そいつぁ助かった」
大仰に勁捷が胸を撫で下ろした。声には出なかったが、リオンとエルネストも同様の顔を並べていた。
「まあ、取り敢えず、これで何とか方針が立てられるようになったということかな」
ロイの台詞に、一同が頷く。
確かに、これで手の打ちようが見えてきた。
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