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第三章:角笛の音色と新たな夜明け
背にあるものの重み
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日一日と決戦の時が近付く中、フリージアはエイルとソルを連れて皆の様子を見て回っていた。この場所に陣取っているのは紅竜軍と黒鉄軍だけだ。青雲軍は別の場所で野営している。ルト川の北岸で歩哨をしている兵からは、まだ異状の報告はない。
ニダベリル軍を迎え討つ準備は整っている。あとは、実際に戦いになってみないとどう転ぶのかは判らない
「ここまできたら、いっそさっさと始まってしまって欲しい気もするよ」
フリージアは夕食の支度で慌ただしくしている兵士達を見渡しながら、ぼやく。
「もしかしたら、来ないかもよ?」
希望的観測を口にしたのはソルだ。
そうであればいいとフリージアも思うけれど、あれだけ挑発した後でおとなしく引き下がるニダベリル軍ではあるまい。小さなエルフィアに苦笑を返す。
「無理だと思うなぁ」
「だめかしら」
兵士達を見るソルの眼差しがふと曇ったのは、彼らを案じてのことだろうか。
長く寝食を共にしているうちに、ソルと兵士達はすっかり打ち解けた。ソルの中身は五十歳過ぎだが見た目は五歳そこそこだ。兵達は彼女を見て遠くに置いてきた弟妹や我が子を思い出すのだろう。皆、ソルのことを可愛がってくれている――時折、子ども扱いが過ぎて彼女を憤慨させてはいるが。
戦の経験の乏しさにもかかわらず、グランゲルドの兵士たちは落ち着いていた。まるで訓練の為に遠出をしてきているだけ、という雰囲気で、誰一人として、過剰な高揚も不要な怯えも見せていない。
ブラブラと目的もなくうろついていたフリージア達に、はきはきと朗らかな声がかかる。
「あ、将軍、お疲れ様です!」
「ウル、調子はどう?」
紅竜軍で一番年若のウルの様子も、いつもと全く変わりがない。
「ばっちりです。いつニダベリル軍が来ても大丈夫ですよ」
そこに緊張した響きは微塵もなく、フリージアは小さく首をかしげてウルを見た。彼女のその眼差しに気付いて、彼もまた頭を傾ける。
「フリージア様、どうかしましたか?」
「え……あ……うん……」
フリージアは一瞬口ごもる。兵の士気は高い。それを、彼女が抱いた疑問を口にすることで削いでしまうのではないだろうかという考えがよぎって。
「フリージア様?」
あまり見ることのないフリージアの歯切れの悪さに、ウルは怪訝そうな声になる。
「ん……えっとさ、ウルは初陣でしょ?」
「そうですね、へき地の村へ害獣退治に行ったりはしましたが、人間相手は初めてです」
他国と争うことのないグランゲルドの軍は、殆ど国の何でも屋のようなものだ。災害で壊れた橋や家屋を直しに行ったり、ウルが言ったように村を襲う獣を退治しに行ったりすることが主な任務だった。それらと戦とは、大きく違うだろう。
「……不安じゃないの?」
「不安?」
「うん」
フリージアが頷くと、ウルは視線を天に向けて何やら考え始めた。
待つことしばし。
「ないですね」
「え?」
「不安なんて全然ないです」
「何で? だって初めて戦うんだよ?」
眉をひそめたフリージアに、ウルが笑う。あっけらかんと、当然のように。
「フリージア様がいますから」
「あたし?」
「はい」
ウルの目にあるのは、フリージアに対する信頼だけだ。そこに一点の迷いもない。
何故、そんなふうに信じ切れるのか。
同じような気持ちを、フリージアはオルディンに抱いている。だが、彼との付き合いは長い。十年以上も寝食を共にしてきて培った絆だ。
こんな絶対の信頼を抱かせるほどのことをした覚えが、フリージアにはなかった。
――自分は、そんなものを受けられるほどの人間じゃない。
そう言いたくなるのを喉の奥にとどめ、彼女は笑いの形を作る。
「……そっか。じゃあ、あたしも頑張らないとね」
「フリージア様なら大丈夫ですよ!」
その言葉と共に、ウルが満面の笑みを浮かべた。フリージアの笑顔よりも、よほど晴れやかなものを。
同じように笑い返そうとして――できず、フリージアは口元を歪めただけになってしまう。その中途半端な笑顔に気付かれる前に、少し離れたところからウルを呼ぶ声が届いた。そちらへチラリと目を走らせ、彼はフリージアにペコリと頭を下げる。
「じゃあ僕もう行かないといけませんので」
「あ、うん、引き止めてごめんね。訓練頑張ってね」
「はい!」
屈託のない声でそう答えると、ウルは仲間の元へと駆けていった。
フリージアは、他の兵士に比べるとまだ線の細いその背を無言で見送る。数日のうちに、彼を戦いの場に送り込むことになるのだ。
無意識のうちに硬く握り込んだフリージアの拳に、そっと何かが触れる。
「エイル……」
彼女の手を両手で包み込んだエイルが、もの問いたげに見上げていた。
「何?」
「……エイルは、フリージアの為なら何でもするよ」
唐突に、エイルはそんなことを言う。その台詞が何を指しているのかは、たいして考えなくてもフリージアにはすぐに察しがついた。頭を振って答える。
「エイルにも――ラタにも、もう力は使わせないよ。少なくとも、あたしの為には、使わせない」
エルフィアとヒトとの間に生まれたエルヴンは、特殊な力を持っている。エイルが持つのは治癒の力だ。このエルヴンの子どもは、フリージアが望めば瀕死の者でも助けようとするだろう。だが、行使すれば彼らの命を削るその力を、安易に使うわけにはいかないのだ。
「何度も言ってるでしょ?」
眉間に皺を寄せて怒った顔をして見せるフリージアに、エイルは怯むことなく真っ直ぐな視線を返してきた。
「エイルの命はエイルのもの。エイルが使いたいように使う」
「だから、力使ったら、寿命が縮んじゃうんだよ。それは解かってるんでしょ?」
このやり取りは、今まで何度も繰り返されてきたものだ。普段なら、フリージアも穏やかに諭すことができる。だが、先ほどのウルとの会話で気持ちがささくれ立っていた彼女は、いつまでも聞き分けのないエイルの答えを耳にして苛立ち混じりにそう問い返した。
いつもは、エイルもそれ以上は何も言おうとしない。ただ、口を閉ざしてフリージアを見つめるだけになる。
だが、今日は違った。
「長く生きても、意味がない」
「え?」
「エイルもラタも、ヒトより長く生きる。それは、フリージアがいなくなっても、エイルは生きる、ということ。それは、イヤ」
「エイル!」
叱るような声で名を呼んだフリージアを、エイルはヒタと見据えてきた。
「フリージアが最初にエイルに手を伸ばしてくれた時から、エイルの全部が始まった。じゃあ、フリージアがいなくなったら、エイルの全部も終わるんだ。それは、ラタも同じ」
「ラタ、も……?」
「そう。ラタの生きる理由はゲルダだった。ゲルダはいなくなってしまったけれど、約束したから生きているんだって」
「約束?」
フリージアは繰り返す。そんな彼女に殆ど睨むような眼差しを向けて、エイルは続けた。自分がこぼした言葉には気付かなかったように。
「あの村で閉じ込められていた頃、エイルは生きているということがどんなものか知らなかった。ご飯を食べて、誰かを治すように言われたら治して、夜になったら寝る。エイルを閉じ込めていた人間は何回か変わったけれど、ずっと同じことの繰り返しだった。それで毎日を過ごしていた」
「エイル……」
エイルが自分の過去のことを口にするのは、初めてのことだった。良い思いではないだろうと、フリージアも敢えて訊かずにいたのだ。
二の句を継げないフリージアの前で、エイルが続ける。
「生きるというのはそれだけじゃないということをエイルに教えたのはフリージアだ。フリージアと会う前は、エイルは何も考えていなかった。考えていなかったから、何もしなかった。今はエイルも考えてる。でも、そうやって考えてしたいと思ったことをさせてもらえないなら、あの頃と同じになってしまう」
それは違う、とフリージアは言いたかった。彼女がエイルにダメと言うのは、その身を案じてのことなのだから、と。
けれども、そう思う頭の中で本当にそうなのだろうかという声もした。雁字搦めにして、エイルの気持ちを無視して、ただ守るだけ。それは本当の意味ではエイルを尊重していることにならないのではないのではないか、と。
自分の中の相反する考えに戸惑い言葉を失ったフリージアの前で、エイルは一度彼女をジッと見つめたかと思うとクルリと身を翻して駆けていってしまった。
エイルの方から彼女の傍を離れることなど、今までなかったことなのに。
遠ざかるその背を見送るしかないフリージアに、それまで黙って二人のやり取りを聞いていたソルが声をかける。
「フリージア?」
「ソル……」
「大丈夫?」
「……あたし、間違ってる?」
自分が正しい筈だ、と胸を張れないことに、フリージアは項垂れる。ナイの村でエイルを閉じ込めていた医者と同じことをしていることになるのだとは、全然思っていなかった。
視線を落としたフリージアの腕に、ソルがそっと手を伸ばしてくる。
「間違ってはいないわよ。フリージアも――エイルも。でも、エイルも成長しちゃったのよね。誰もみんな、いつまでもただ護られているだけの存在ではいられないのよ。どんなに力のない者でも、大事に想うもののことは護りたいと思うようになるのだわ」
「成長、か」
フリージアはソルが口にしたその一言を繰り返す。
「ええ」
ニッコリと頷くソルに、フリージアも微かな笑みを返した。
エイルの世界が拡がっていくことは、彼女にとっても喜ばしいことだ。確かに、いつまでも彼女の手の中に包み込んでおくわけにはいかないのだから。
けれど――
「何か、ちょっと寂しいや」
思わずそう呟いた。その横でソルが漏らした忍び笑いに、フリージアは何だか自分一人が変われずにいるような気がしてくる。
本当は、フリージアが一番変わらなければならないというのに。
ビグヴィルが初めて彼女とオルディンの前に現れて、ロウグ家を継いで、ニダベリルの事を知って、戦うことを決めて。
何も知らなかった頃とは、全く違う。何も背負うものがなかったあの頃と、同じままではいけない筈なのに。
フリージアには、どうやったら自分を変えられるのかが、わからないのだ。
もう一度、フリージアは周囲を見渡した。彼女を信頼し、その命を預けてくれている者達を。
――意図せず、フリージアの口からは小さな吐息がこぼれた。
ニダベリル軍を迎え討つ準備は整っている。あとは、実際に戦いになってみないとどう転ぶのかは判らない
「ここまできたら、いっそさっさと始まってしまって欲しい気もするよ」
フリージアは夕食の支度で慌ただしくしている兵士達を見渡しながら、ぼやく。
「もしかしたら、来ないかもよ?」
希望的観測を口にしたのはソルだ。
そうであればいいとフリージアも思うけれど、あれだけ挑発した後でおとなしく引き下がるニダベリル軍ではあるまい。小さなエルフィアに苦笑を返す。
「無理だと思うなぁ」
「だめかしら」
兵士達を見るソルの眼差しがふと曇ったのは、彼らを案じてのことだろうか。
長く寝食を共にしているうちに、ソルと兵士達はすっかり打ち解けた。ソルの中身は五十歳過ぎだが見た目は五歳そこそこだ。兵達は彼女を見て遠くに置いてきた弟妹や我が子を思い出すのだろう。皆、ソルのことを可愛がってくれている――時折、子ども扱いが過ぎて彼女を憤慨させてはいるが。
戦の経験の乏しさにもかかわらず、グランゲルドの兵士たちは落ち着いていた。まるで訓練の為に遠出をしてきているだけ、という雰囲気で、誰一人として、過剰な高揚も不要な怯えも見せていない。
ブラブラと目的もなくうろついていたフリージア達に、はきはきと朗らかな声がかかる。
「あ、将軍、お疲れ様です!」
「ウル、調子はどう?」
紅竜軍で一番年若のウルの様子も、いつもと全く変わりがない。
「ばっちりです。いつニダベリル軍が来ても大丈夫ですよ」
そこに緊張した響きは微塵もなく、フリージアは小さく首をかしげてウルを見た。彼女のその眼差しに気付いて、彼もまた頭を傾ける。
「フリージア様、どうかしましたか?」
「え……あ……うん……」
フリージアは一瞬口ごもる。兵の士気は高い。それを、彼女が抱いた疑問を口にすることで削いでしまうのではないだろうかという考えがよぎって。
「フリージア様?」
あまり見ることのないフリージアの歯切れの悪さに、ウルは怪訝そうな声になる。
「ん……えっとさ、ウルは初陣でしょ?」
「そうですね、へき地の村へ害獣退治に行ったりはしましたが、人間相手は初めてです」
他国と争うことのないグランゲルドの軍は、殆ど国の何でも屋のようなものだ。災害で壊れた橋や家屋を直しに行ったり、ウルが言ったように村を襲う獣を退治しに行ったりすることが主な任務だった。それらと戦とは、大きく違うだろう。
「……不安じゃないの?」
「不安?」
「うん」
フリージアが頷くと、ウルは視線を天に向けて何やら考え始めた。
待つことしばし。
「ないですね」
「え?」
「不安なんて全然ないです」
「何で? だって初めて戦うんだよ?」
眉をひそめたフリージアに、ウルが笑う。あっけらかんと、当然のように。
「フリージア様がいますから」
「あたし?」
「はい」
ウルの目にあるのは、フリージアに対する信頼だけだ。そこに一点の迷いもない。
何故、そんなふうに信じ切れるのか。
同じような気持ちを、フリージアはオルディンに抱いている。だが、彼との付き合いは長い。十年以上も寝食を共にしてきて培った絆だ。
こんな絶対の信頼を抱かせるほどのことをした覚えが、フリージアにはなかった。
――自分は、そんなものを受けられるほどの人間じゃない。
そう言いたくなるのを喉の奥にとどめ、彼女は笑いの形を作る。
「……そっか。じゃあ、あたしも頑張らないとね」
「フリージア様なら大丈夫ですよ!」
その言葉と共に、ウルが満面の笑みを浮かべた。フリージアの笑顔よりも、よほど晴れやかなものを。
同じように笑い返そうとして――できず、フリージアは口元を歪めただけになってしまう。その中途半端な笑顔に気付かれる前に、少し離れたところからウルを呼ぶ声が届いた。そちらへチラリと目を走らせ、彼はフリージアにペコリと頭を下げる。
「じゃあ僕もう行かないといけませんので」
「あ、うん、引き止めてごめんね。訓練頑張ってね」
「はい!」
屈託のない声でそう答えると、ウルは仲間の元へと駆けていった。
フリージアは、他の兵士に比べるとまだ線の細いその背を無言で見送る。数日のうちに、彼を戦いの場に送り込むことになるのだ。
無意識のうちに硬く握り込んだフリージアの拳に、そっと何かが触れる。
「エイル……」
彼女の手を両手で包み込んだエイルが、もの問いたげに見上げていた。
「何?」
「……エイルは、フリージアの為なら何でもするよ」
唐突に、エイルはそんなことを言う。その台詞が何を指しているのかは、たいして考えなくてもフリージアにはすぐに察しがついた。頭を振って答える。
「エイルにも――ラタにも、もう力は使わせないよ。少なくとも、あたしの為には、使わせない」
エルフィアとヒトとの間に生まれたエルヴンは、特殊な力を持っている。エイルが持つのは治癒の力だ。このエルヴンの子どもは、フリージアが望めば瀕死の者でも助けようとするだろう。だが、行使すれば彼らの命を削るその力を、安易に使うわけにはいかないのだ。
「何度も言ってるでしょ?」
眉間に皺を寄せて怒った顔をして見せるフリージアに、エイルは怯むことなく真っ直ぐな視線を返してきた。
「エイルの命はエイルのもの。エイルが使いたいように使う」
「だから、力使ったら、寿命が縮んじゃうんだよ。それは解かってるんでしょ?」
このやり取りは、今まで何度も繰り返されてきたものだ。普段なら、フリージアも穏やかに諭すことができる。だが、先ほどのウルとの会話で気持ちがささくれ立っていた彼女は、いつまでも聞き分けのないエイルの答えを耳にして苛立ち混じりにそう問い返した。
いつもは、エイルもそれ以上は何も言おうとしない。ただ、口を閉ざしてフリージアを見つめるだけになる。
だが、今日は違った。
「長く生きても、意味がない」
「え?」
「エイルもラタも、ヒトより長く生きる。それは、フリージアがいなくなっても、エイルは生きる、ということ。それは、イヤ」
「エイル!」
叱るような声で名を呼んだフリージアを、エイルはヒタと見据えてきた。
「フリージアが最初にエイルに手を伸ばしてくれた時から、エイルの全部が始まった。じゃあ、フリージアがいなくなったら、エイルの全部も終わるんだ。それは、ラタも同じ」
「ラタ、も……?」
「そう。ラタの生きる理由はゲルダだった。ゲルダはいなくなってしまったけれど、約束したから生きているんだって」
「約束?」
フリージアは繰り返す。そんな彼女に殆ど睨むような眼差しを向けて、エイルは続けた。自分がこぼした言葉には気付かなかったように。
「あの村で閉じ込められていた頃、エイルは生きているということがどんなものか知らなかった。ご飯を食べて、誰かを治すように言われたら治して、夜になったら寝る。エイルを閉じ込めていた人間は何回か変わったけれど、ずっと同じことの繰り返しだった。それで毎日を過ごしていた」
「エイル……」
エイルが自分の過去のことを口にするのは、初めてのことだった。良い思いではないだろうと、フリージアも敢えて訊かずにいたのだ。
二の句を継げないフリージアの前で、エイルが続ける。
「生きるというのはそれだけじゃないということをエイルに教えたのはフリージアだ。フリージアと会う前は、エイルは何も考えていなかった。考えていなかったから、何もしなかった。今はエイルも考えてる。でも、そうやって考えてしたいと思ったことをさせてもらえないなら、あの頃と同じになってしまう」
それは違う、とフリージアは言いたかった。彼女がエイルにダメと言うのは、その身を案じてのことなのだから、と。
けれども、そう思う頭の中で本当にそうなのだろうかという声もした。雁字搦めにして、エイルの気持ちを無視して、ただ守るだけ。それは本当の意味ではエイルを尊重していることにならないのではないのではないか、と。
自分の中の相反する考えに戸惑い言葉を失ったフリージアの前で、エイルは一度彼女をジッと見つめたかと思うとクルリと身を翻して駆けていってしまった。
エイルの方から彼女の傍を離れることなど、今までなかったことなのに。
遠ざかるその背を見送るしかないフリージアに、それまで黙って二人のやり取りを聞いていたソルが声をかける。
「フリージア?」
「ソル……」
「大丈夫?」
「……あたし、間違ってる?」
自分が正しい筈だ、と胸を張れないことに、フリージアは項垂れる。ナイの村でエイルを閉じ込めていた医者と同じことをしていることになるのだとは、全然思っていなかった。
視線を落としたフリージアの腕に、ソルがそっと手を伸ばしてくる。
「間違ってはいないわよ。フリージアも――エイルも。でも、エイルも成長しちゃったのよね。誰もみんな、いつまでもただ護られているだけの存在ではいられないのよ。どんなに力のない者でも、大事に想うもののことは護りたいと思うようになるのだわ」
「成長、か」
フリージアはソルが口にしたその一言を繰り返す。
「ええ」
ニッコリと頷くソルに、フリージアも微かな笑みを返した。
エイルの世界が拡がっていくことは、彼女にとっても喜ばしいことだ。確かに、いつまでも彼女の手の中に包み込んでおくわけにはいかないのだから。
けれど――
「何か、ちょっと寂しいや」
思わずそう呟いた。その横でソルが漏らした忍び笑いに、フリージアは何だか自分一人が変われずにいるような気がしてくる。
本当は、フリージアが一番変わらなければならないというのに。
ビグヴィルが初めて彼女とオルディンの前に現れて、ロウグ家を継いで、ニダベリルの事を知って、戦うことを決めて。
何も知らなかった頃とは、全く違う。何も背負うものがなかったあの頃と、同じままではいけない筈なのに。
フリージアには、どうやったら自分を変えられるのかが、わからないのだ。
もう一度、フリージアは周囲を見渡した。彼女を信頼し、その命を預けてくれている者達を。
――意図せず、フリージアの口からは小さな吐息がこぼれた。
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