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第二章:大いなる冬の訪れ
国を想う者②
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それは、スラリと抜き放った短剣を父親に突き付けているサーガの姿。
「サーガ様!」
「サーガ!?」
フリージアとほぼ同時に王も驚愕に声を上げて立ち上がる。ビグヴィルも二人を前に目を丸くしていた。ミミルは冷静な眼差しを親子に注ぎ、短剣を突き付けられているスキルナは娘の行為を黙って受け止めている。
サーガ達の方へ一歩を踏み出そうとしたフリージアだったが、後ろから伸びてきたオルディンの手で引き止められた。
「オル、放してよ。サーガ様が……」
肩越しに振り返って腕を掴んでいる彼の手を振り払おうとしたが、ビクともしない。
「殺しはしないだろう。少し様子を見ろ」
「そんなこと言ったって! 親子であんなの、良くないよ!」
フリージアが言い募っても、やはりオルディンの手は開かなかった。やきもきしながら、彼女は王妃とスキルナに目を戻す。彼女の手の中の短剣はピタリと父親の喉元に当てられていて、その場の者は皆、息を呑んで見守るばかりだ。
やがて、サーガがその唇を開いた。
「貴方ですのね?」
シンと静まり返った謁見室に、彼女の声だけが響く。
「ゲルダ様の命を奪ったのも、フリージアを襲わせたのも」
淡々とサーガは続けた。
フリージアはフッと息をつく。彼女が目星をつけたのも、スキルナだった。確かな根拠があるわけではなく、あくまでも消去法だったが。
オルディンと離れていた二日間、フリージアは考えていたのだ。彼女を消したいと思う者は誰なのだろうかと。
候補は、あまり挙がらなかった。
国外の者の仕業だとすれば、可能性があるのは当然ニダベリルだ。宣戦布告をしておいて、十六年前に手こずったゲルダを殺して勝利を確実なものにする。
――作戦としては有り得そうだが、それは、あの国らしくない感じがしたのだ。そう深く知ったわけではないが、民に自国の強さを見せつけなければならないニダベリルなら、何が何でも実力で捻じ伏せてきそうな気がした。
では、もしも国内の者の仕業なのだとすれば。
ゲルダとフリージアを消したいと思うのは、戦を望まぬ者だろう。それは、ミミルとスキルナだ。
戦をするかしないか。
その結論が出た後であれば、ミミルが黒幕だと思っていたかもしれない。だが、まだ話し合いは終わっていない、中途半端な状態で彼が行動を起こすことはない気がした。ミミルであれば、きっと、とことんまで話し合う。
そうして弾いていって残ったのがスキルナだったが、フリージアには確信が持てなかった。だから、二人きりで話してみたかったのだが。
よもや、こんな展開になるとは思わなかった。
「お父様、お答えいただけます?」
サーガの軽やかなその声は、まるで「天気はどうかしら」とか、ちょっとした質問の答えを求めているかのようだ。
実の娘に短剣を向けられたまま、スキルナが口を開く。そこから発せられたのは、いつもと変わらぬ穏やかな声。
「その通りです」
「肯定されるのですか?」
「そう、私が命じました」
「何故?」
その声を発したのは、サーガではない。それは、玉座から投げかけられた。フレイは立ち上がり、蒼褪めた顔でスキルナを凝視している。
「『何故』? もちろん、この国を戦場にしたくなかったからです。ニダベリルはあまりに強国――勝ち目などありません」
「だが、ロウグ将軍はかつてかの国に勝利した」
「あの頃のニダベリルと今のニダベリルは大きく違います。ロウグ将軍、あなたはご覧になったでしょう? あの国の現状を」
「え、あ……うん……」
唐突に水を向けられ、フリージアはしどろもどろに頷く。そんな彼女を、スキルナはどこか悲しげに見た。
「それで考えを変えていただければ良かったのですが、あなたはより一層、意志を固めてしまわれた――望ましくない方向へ」
「戦う気を無くさせようと思って、あたしがニダベリルに行くのを許してくれたの?」
「他にどのような理由が?」
フリージアの問いへ、スキルナは平然と問いで返してくる。彼の様子に、後悔や罪の意識などは全く見られなかった。
「戦争にしたくなくて、母さんを――人を殺したの?」
「戦いになれば、それよりも遥かに多くの人の命が失われるのですよ? ニダベリル軍を食い止められなければ、兵だけでなく平民たちも殺されるかもしれない。この美しい国土も踏みにじられる。ただ一人を殺してそれを回避できるのであれば、それに越したことはありません」
スキルナの言うことは間違っていない。けれど、フリージアには頷けない。それは、殺されたのが自分の母親だからだろうかと考えてみたが、仮に見ず知らずの赤の他人であっても、やはり素直に同意はできない気がする。
ムッと口を引き結んだフリージアに、スキルナが微かに笑みを浮かべた。
「何が面白くて、お父様?」
「ああやって、疑問に思えることが。私はロウグ将軍――ゲルダ殿を犠牲にすることに対して、ゲルダ殿は兵士を戦場に送り出すことに対して、どちらも躊躇いを持ちませんでした。似ているようでも、やはり違う。ゲルダ殿であれば、即座に私に『是』と声を上げることでしょう。戦については正反対の意見を持っていましたが、根本的な考え方は、私達は良く似ていましたから」
スキルナの目がフリージアに真っ直ぐ向けられる。
「我が国の兵は九百七十二名。これは十六年前もほぼ同じ人数でした。そして、あの時の戦で命を落とした兵士の数は二十三名。ニダベリル軍三千を相手にして、上出来な結果でしょう」
「二十三人……」
フリージアはその数を繰り返す。
「今度の戦いでは、もっと死ぬかもしれません。どうですか? エルフィアの一部と一定の作物を貢ぎさえすれば、その死は免れる――母上は迷わず戦いを選びました。さて、貴女なら、どちらを選びますか?」
「サーガ様!」
「サーガ!?」
フリージアとほぼ同時に王も驚愕に声を上げて立ち上がる。ビグヴィルも二人を前に目を丸くしていた。ミミルは冷静な眼差しを親子に注ぎ、短剣を突き付けられているスキルナは娘の行為を黙って受け止めている。
サーガ達の方へ一歩を踏み出そうとしたフリージアだったが、後ろから伸びてきたオルディンの手で引き止められた。
「オル、放してよ。サーガ様が……」
肩越しに振り返って腕を掴んでいる彼の手を振り払おうとしたが、ビクともしない。
「殺しはしないだろう。少し様子を見ろ」
「そんなこと言ったって! 親子であんなの、良くないよ!」
フリージアが言い募っても、やはりオルディンの手は開かなかった。やきもきしながら、彼女は王妃とスキルナに目を戻す。彼女の手の中の短剣はピタリと父親の喉元に当てられていて、その場の者は皆、息を呑んで見守るばかりだ。
やがて、サーガがその唇を開いた。
「貴方ですのね?」
シンと静まり返った謁見室に、彼女の声だけが響く。
「ゲルダ様の命を奪ったのも、フリージアを襲わせたのも」
淡々とサーガは続けた。
フリージアはフッと息をつく。彼女が目星をつけたのも、スキルナだった。確かな根拠があるわけではなく、あくまでも消去法だったが。
オルディンと離れていた二日間、フリージアは考えていたのだ。彼女を消したいと思う者は誰なのだろうかと。
候補は、あまり挙がらなかった。
国外の者の仕業だとすれば、可能性があるのは当然ニダベリルだ。宣戦布告をしておいて、十六年前に手こずったゲルダを殺して勝利を確実なものにする。
――作戦としては有り得そうだが、それは、あの国らしくない感じがしたのだ。そう深く知ったわけではないが、民に自国の強さを見せつけなければならないニダベリルなら、何が何でも実力で捻じ伏せてきそうな気がした。
では、もしも国内の者の仕業なのだとすれば。
ゲルダとフリージアを消したいと思うのは、戦を望まぬ者だろう。それは、ミミルとスキルナだ。
戦をするかしないか。
その結論が出た後であれば、ミミルが黒幕だと思っていたかもしれない。だが、まだ話し合いは終わっていない、中途半端な状態で彼が行動を起こすことはない気がした。ミミルであれば、きっと、とことんまで話し合う。
そうして弾いていって残ったのがスキルナだったが、フリージアには確信が持てなかった。だから、二人きりで話してみたかったのだが。
よもや、こんな展開になるとは思わなかった。
「お父様、お答えいただけます?」
サーガの軽やかなその声は、まるで「天気はどうかしら」とか、ちょっとした質問の答えを求めているかのようだ。
実の娘に短剣を向けられたまま、スキルナが口を開く。そこから発せられたのは、いつもと変わらぬ穏やかな声。
「その通りです」
「肯定されるのですか?」
「そう、私が命じました」
「何故?」
その声を発したのは、サーガではない。それは、玉座から投げかけられた。フレイは立ち上がり、蒼褪めた顔でスキルナを凝視している。
「『何故』? もちろん、この国を戦場にしたくなかったからです。ニダベリルはあまりに強国――勝ち目などありません」
「だが、ロウグ将軍はかつてかの国に勝利した」
「あの頃のニダベリルと今のニダベリルは大きく違います。ロウグ将軍、あなたはご覧になったでしょう? あの国の現状を」
「え、あ……うん……」
唐突に水を向けられ、フリージアはしどろもどろに頷く。そんな彼女を、スキルナはどこか悲しげに見た。
「それで考えを変えていただければ良かったのですが、あなたはより一層、意志を固めてしまわれた――望ましくない方向へ」
「戦う気を無くさせようと思って、あたしがニダベリルに行くのを許してくれたの?」
「他にどのような理由が?」
フリージアの問いへ、スキルナは平然と問いで返してくる。彼の様子に、後悔や罪の意識などは全く見られなかった。
「戦争にしたくなくて、母さんを――人を殺したの?」
「戦いになれば、それよりも遥かに多くの人の命が失われるのですよ? ニダベリル軍を食い止められなければ、兵だけでなく平民たちも殺されるかもしれない。この美しい国土も踏みにじられる。ただ一人を殺してそれを回避できるのであれば、それに越したことはありません」
スキルナの言うことは間違っていない。けれど、フリージアには頷けない。それは、殺されたのが自分の母親だからだろうかと考えてみたが、仮に見ず知らずの赤の他人であっても、やはり素直に同意はできない気がする。
ムッと口を引き結んだフリージアに、スキルナが微かに笑みを浮かべた。
「何が面白くて、お父様?」
「ああやって、疑問に思えることが。私はロウグ将軍――ゲルダ殿を犠牲にすることに対して、ゲルダ殿は兵士を戦場に送り出すことに対して、どちらも躊躇いを持ちませんでした。似ているようでも、やはり違う。ゲルダ殿であれば、即座に私に『是』と声を上げることでしょう。戦については正反対の意見を持っていましたが、根本的な考え方は、私達は良く似ていましたから」
スキルナの目がフリージアに真っ直ぐ向けられる。
「我が国の兵は九百七十二名。これは十六年前もほぼ同じ人数でした。そして、あの時の戦で命を落とした兵士の数は二十三名。ニダベリル軍三千を相手にして、上出来な結果でしょう」
「二十三人……」
フリージアはその数を繰り返す。
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