ジア戦記

トウリン

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第二章:大いなる冬の訪れ

焦燥①

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 王宮の廊下を歩きながら、彼は二日前に黒衣の男から受けた報告を思い返していた。

 彼が契約を交わしている組織は、ありとあらゆる影の仕事を引き受けてくれる。

 ロウグ家の隠し子の情報をもたらしたのは組織の者だったし、他国の者が不穏な考えを抱いたと知らされれば、それなりの対処も依頼した。ゲルダを仕留めたのも彼らだ――もっとも、戦回避の為に試みた筈の行為は、娘が現れたことで結局意味のないものになってしまったが。

 彼女を殺したことへの微かな後悔は、彼の中にも確かにある。だが、あれも熟慮の上の決断だった。あの時は、それが一番の方法だと思ったのだ。

 この美しい国を美しいままで保つには、あらゆる手段を用いなければならない。
 優しい王、穏やかな国民、豊かで争いのない国。それらを護る為には、汚泥に手を突っ込むこともしよう――彼なりの正義に則って。

 彼にとっては、手段ではなく結果が全てだった。最終的に、このグランゲルドが平穏なままで保たれていればいい。

 殆どの場合、組織は期待に沿う結果をもたらしてくれた。数少ない例外はロウグ家の娘に関する依頼ばかりだったが、ようやくそれも成し遂げられたようだ。

 組織は、遠く離れた者と言葉を交わせるエルヴン――エルフィアとヒトとの間に生まれる存在のことも、彼はこの組織の者から教えられた――を擁している。その者の力によって、彼の依頼の首尾の報せは速やかに届けられた。

 彼女は、確かにあの毒を受けたという――彼女の母親の命を奪った、あの毒を。あれの効果は、彼もよく知っていた。ひとたび食らえば逃れる術はない。
 短剣は彼女の腕を削いだ程度だというから、今は怪我を気にすることもなく襲撃をしのいだことに胸を撫で下ろしていることだろう。だが、遅かれ早かれ、彼女の命は失われるのだ。

 念の為に、まだ刺客たちは彼女の近くに忍ばせてある。だが、敢えて刃で仕留めずとも、毒が効いてくるのを待てばいいのだ。

 常に娘の傍から離れずその身を護る者――オルディン。あの男は、腕が立つ。それもそうだ。かつて幼い彼女を殺そうとした時、組織の中で最も優れた者をと注文を出し、そして選ばれた男だったのだから。

 まさか、暗殺者が守護者に転じるとは、思いも寄らなかったが。

 力押しで彼女の命を狙えば、あのオルディンに阻まれるだろう。無駄に屍が増えるだけで、それは男の望むことではない。元組織の者とは言え、出奔して十年以上になる今の彼があの毒の解毒薬を持っているということはない筈だ。

 だから、ただ、待てばいい。
 待てばいいのだが――

 男の胸中は何故か落ち着かない。

「さて、どうしたものか」
 ポツリと呟く。

 確実に息の根を止めるなら、今が好機だ。二日経って、きっと、気が緩み始めている頃だろう。逆に、時間を置けば再襲撃への警戒心がまた高まってきてしまう。

 狙うなら、今。彼の短い合図一つで、男たちは直ちに動く。

 だが。

 ――あの毒を受けてなお生き延びるというのなら、それは天が彼女の側にある、ということなのかもしれない。

 彼の胸を、そんな考えがよぎる。
 と、不意に、中庭の方が騒がしくなった。
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