56 / 133
第二章:大いなる冬の訪れ
エルフィアの里へ②
しおりを挟む
秋の陽光を遮る頭上の梢は、鮮やかな緑色の葉で覆われている。
季節は秋、標高の高い山の上、そして陽の光を遮る森の中、と三拍子そろっているというのに、不思議と寒さは感じられない。温かく、まるで穏やかな春の日の草原にいるかのようだ。
森の様子は、進めば進むほど、一本一本の樹が太く、高くなっていく。スレイプの背の上から見た時は地面が盛り上がっている所為かと思っていたが、そうではない。個々の樹が徐々に巨大化しているから、そう見えたのだ。
きっと、これがエルフィアたちの力なのだろう。
常春の地、マナヘルム。生命に満ち溢れた土地。
そして、そこに棲まう不可思議な力を操る者達。
フリージアはその光景に目を奪われながら、エイルとつないだ手に力を込める。
「あれが里の入口だ」
その言葉と共にラタが手を上げ、前方を真っ直ぐに指差した。その先に目をやれば、木々の間に形ばかりの柵が見える。
「よし!」
小さく呟き、彼女は自分自身に気合を入れた。
腰ほどまでの高さしかない柵を通り抜け、フリージアたちはエルフィアの里に足を踏み入れる。
そこには、不思議な光景が広がっていた。彼女もオルディンと共にグランゲルドの中をあちらこちら旅してきたが、こんなのは見たことがない。
人が十人手をつないでも囲みきれないような巨木の間に建てられた、質素な木造の家々。殆ど『小屋』と言っていいほどの、雨露をしのげる程度の代物だ。大木の葉に遮られて陽の光は柔らかいのに、下生えは青々としている。
村に入り込んだフリージア達に、住民の視線が集まった。
「何か、夢の中の世界みたい……」
思わず、フリージアは呟いた。
里の様子自体も幻想的だったが、そこに輪をかけて見える景色を現実離れしたものにしているのは、その住人だ。
フリージアは何度か目をこすり、瞬きをして、見えているものが本物なのかを確認する。
それほど、エルフィア達は美しかったのだ。容姿もそうだが、皆それぞれに、銀色を基にしてそこに赤や青、緑といった様々な色を含んだ髪をしている。ざっと見渡した範囲では、エイルやラタのように白銀色をした者は一人もいなかった。
フリージア達に気付いた何人かが、彼女達を横目で見ながら囁き合っている。
「オル! ちょっとあれ見てよ」
フリージアは自分の目が見ているものが現実かどうか自信が持てず、オルディンの袖を引きながらそれを指差した。
そこにいるのは、一人の幼女だ。銀色に朱色が混じる髪の色、年の頃は五歳かそこらくらいか。彼女は少し年上の子どもたちの前でクルクルと手を動かしている。それだけなら、手遊びか何かをしているのだろうと、思うだけだ。
だが、そうではない。
あろうことか、幼女の前には、炎が浮かんでいたのだ――彼女の握り拳ほどの大きさの。
幼女の手の動きに伴って、その炎が踊る。まるで、意思があるかのように。
「すごぉい」
美しくも不可思議なその光景に、フリージアは思わず感嘆の声を上げる。
と、そこへ。
「……ゲルダ?」
不意に耳に届いた母の名前に、フリージアは振り返る。
その先にいたのは、銀色に緑が混じった髪に柔らかな茶色の目をした男性だった。年の頃は、オルディンとそう変わらないように見える。男性――ラタもエイルも性別がはっきりしないが、ここのエルフィア達は性別がはっきりと見て取れる容姿をしていた。確かに皆非常に美しいのだが、男女の区別ははっきりとつく。
「貴女は、亡くなったと……」
銀緑色のエルフィアが眉をひそめながら訝しげにそう呟くのへ、フリージアは彼を真っ直ぐに見上げて答える。
「あたしはフリージア。新しくロウグ家を継いだ者です」
彼女のその返事に、エルフィアは目を瞬かせた。
「ゲルダに、娘が? ……確かに、良く似ている。目の色以外はまるで同じだ」
「よく、そう言われます」
そうしてフリージアがニコリと笑うと、ふとエルフィアの目元が和らいだ。
「私はフォルスだ。この里の長をしている。そちらの――ラタは知っているが、他の者は?」
フォルスは視線を薙ぐように走らせ、そう訊いてきた。
彼のその様子に、フリージアは微かな違和感を覚える。何となく、彼はラタを真っ直ぐには見ようとしていないように感じられたのだ。彼の視線の動きが、オルディンに気を取られているから、ではなく、意図してラタを視界に入れないようにしているように見える。
フリージアの勘繰り過ぎだろうか。内心で首をかしげながらも、彼女は自分の左右に立つ二人を紹介した。
「大きいのがオルディン、こっちはエイルです」
フォルスはオルディンを見て――そしてフリージアを見た。エイルには一瞥もくれない。
これは、いったいどういうことなのだろうかと、彼女は首を捻る。ラタもエイルも、彼らの仲間の筈だ。にも拘らず、まるで見えていないかのように振る舞うのはいったい何故なのか。
さすがにおかしいと思ったが、フリージアがその疑問を頭の中でまとめようとしているうちにフォルスが問いを投げてきた。
「それで、何故ここに? ヒトがここまで来るのは、容易なことではなかったろうに」
フリージアを見下ろすフォルスの眼差しの中に、咎める色はない。純粋に、疑問に思っているだけのようだ。
その台詞に、フリージアは自分の中に生まれたモヤモヤしたものは、取り敢えず脇に追いやった。ミミルからもらった時間は、決して多くは無いのだ。まずは一番肝心な用件を切り出さなければならない。
フリージアは顎を上げてフォルスを真っ直ぐに見つめながら、答える。
「ニダベリルとのことについて、王様から手紙は届いていますよね?」
「ああ……あれには、すでに返書を出した筈だ。使者に――そのラタに、しかと渡したぞ?」
「はい、届いてるらしいです。王様も、その返事でも仕方ないって」
「では、何故」
フォルスが微かに眉根を寄せた。そんな彼に、フリージアははっきりと答える。
「あたしが、納得できなかったからです」
「え?」
「あたしは、あんなの全然納得いかないんです。だから、自分で訊きに来ました」
怪訝な顔で見下ろしてくるフォルスに、フリージアはもう一度繰り返した。
季節は秋、標高の高い山の上、そして陽の光を遮る森の中、と三拍子そろっているというのに、不思議と寒さは感じられない。温かく、まるで穏やかな春の日の草原にいるかのようだ。
森の様子は、進めば進むほど、一本一本の樹が太く、高くなっていく。スレイプの背の上から見た時は地面が盛り上がっている所為かと思っていたが、そうではない。個々の樹が徐々に巨大化しているから、そう見えたのだ。
きっと、これがエルフィアたちの力なのだろう。
常春の地、マナヘルム。生命に満ち溢れた土地。
そして、そこに棲まう不可思議な力を操る者達。
フリージアはその光景に目を奪われながら、エイルとつないだ手に力を込める。
「あれが里の入口だ」
その言葉と共にラタが手を上げ、前方を真っ直ぐに指差した。その先に目をやれば、木々の間に形ばかりの柵が見える。
「よし!」
小さく呟き、彼女は自分自身に気合を入れた。
腰ほどまでの高さしかない柵を通り抜け、フリージアたちはエルフィアの里に足を踏み入れる。
そこには、不思議な光景が広がっていた。彼女もオルディンと共にグランゲルドの中をあちらこちら旅してきたが、こんなのは見たことがない。
人が十人手をつないでも囲みきれないような巨木の間に建てられた、質素な木造の家々。殆ど『小屋』と言っていいほどの、雨露をしのげる程度の代物だ。大木の葉に遮られて陽の光は柔らかいのに、下生えは青々としている。
村に入り込んだフリージア達に、住民の視線が集まった。
「何か、夢の中の世界みたい……」
思わず、フリージアは呟いた。
里の様子自体も幻想的だったが、そこに輪をかけて見える景色を現実離れしたものにしているのは、その住人だ。
フリージアは何度か目をこすり、瞬きをして、見えているものが本物なのかを確認する。
それほど、エルフィア達は美しかったのだ。容姿もそうだが、皆それぞれに、銀色を基にしてそこに赤や青、緑といった様々な色を含んだ髪をしている。ざっと見渡した範囲では、エイルやラタのように白銀色をした者は一人もいなかった。
フリージア達に気付いた何人かが、彼女達を横目で見ながら囁き合っている。
「オル! ちょっとあれ見てよ」
フリージアは自分の目が見ているものが現実かどうか自信が持てず、オルディンの袖を引きながらそれを指差した。
そこにいるのは、一人の幼女だ。銀色に朱色が混じる髪の色、年の頃は五歳かそこらくらいか。彼女は少し年上の子どもたちの前でクルクルと手を動かしている。それだけなら、手遊びか何かをしているのだろうと、思うだけだ。
だが、そうではない。
あろうことか、幼女の前には、炎が浮かんでいたのだ――彼女の握り拳ほどの大きさの。
幼女の手の動きに伴って、その炎が踊る。まるで、意思があるかのように。
「すごぉい」
美しくも不可思議なその光景に、フリージアは思わず感嘆の声を上げる。
と、そこへ。
「……ゲルダ?」
不意に耳に届いた母の名前に、フリージアは振り返る。
その先にいたのは、銀色に緑が混じった髪に柔らかな茶色の目をした男性だった。年の頃は、オルディンとそう変わらないように見える。男性――ラタもエイルも性別がはっきりしないが、ここのエルフィア達は性別がはっきりと見て取れる容姿をしていた。確かに皆非常に美しいのだが、男女の区別ははっきりとつく。
「貴女は、亡くなったと……」
銀緑色のエルフィアが眉をひそめながら訝しげにそう呟くのへ、フリージアは彼を真っ直ぐに見上げて答える。
「あたしはフリージア。新しくロウグ家を継いだ者です」
彼女のその返事に、エルフィアは目を瞬かせた。
「ゲルダに、娘が? ……確かに、良く似ている。目の色以外はまるで同じだ」
「よく、そう言われます」
そうしてフリージアがニコリと笑うと、ふとエルフィアの目元が和らいだ。
「私はフォルスだ。この里の長をしている。そちらの――ラタは知っているが、他の者は?」
フォルスは視線を薙ぐように走らせ、そう訊いてきた。
彼のその様子に、フリージアは微かな違和感を覚える。何となく、彼はラタを真っ直ぐには見ようとしていないように感じられたのだ。彼の視線の動きが、オルディンに気を取られているから、ではなく、意図してラタを視界に入れないようにしているように見える。
フリージアの勘繰り過ぎだろうか。内心で首をかしげながらも、彼女は自分の左右に立つ二人を紹介した。
「大きいのがオルディン、こっちはエイルです」
フォルスはオルディンを見て――そしてフリージアを見た。エイルには一瞥もくれない。
これは、いったいどういうことなのだろうかと、彼女は首を捻る。ラタもエイルも、彼らの仲間の筈だ。にも拘らず、まるで見えていないかのように振る舞うのはいったい何故なのか。
さすがにおかしいと思ったが、フリージアがその疑問を頭の中でまとめようとしているうちにフォルスが問いを投げてきた。
「それで、何故ここに? ヒトがここまで来るのは、容易なことではなかったろうに」
フリージアを見下ろすフォルスの眼差しの中に、咎める色はない。純粋に、疑問に思っているだけのようだ。
その台詞に、フリージアは自分の中に生まれたモヤモヤしたものは、取り敢えず脇に追いやった。ミミルからもらった時間は、決して多くは無いのだ。まずは一番肝心な用件を切り出さなければならない。
フリージアは顎を上げてフォルスを真っ直ぐに見つめながら、答える。
「ニダベリルとのことについて、王様から手紙は届いていますよね?」
「ああ……あれには、すでに返書を出した筈だ。使者に――そのラタに、しかと渡したぞ?」
「はい、届いてるらしいです。王様も、その返事でも仕方ないって」
「では、何故」
フォルスが微かに眉根を寄せた。そんな彼に、フリージアははっきりと答える。
「あたしが、納得できなかったからです」
「え?」
「あたしは、あんなの全然納得いかないんです。だから、自分で訊きに来ました」
怪訝な顔で見下ろしてくるフォルスに、フリージアはもう一度繰り返した。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
あなたはだあれ?~Second season~
織本 紗綾
恋愛
“もう遅いよ……だって、好きになっちゃったもん”
今より少し先の未来のこと。人々は様々な原因で減ってしまった人口を補う為、IT、科学、医療などの技術を結集した特殊なアンドロイドを開発し、共に暮らしていました。
最初は、専業ロイドと言って仕事を補助する能力だけを持つロイドが一般的でしたが、人々はロイドに労働力ではなく共にいてくれることを望み、国家公認パートナーロイドという存在が産まれたのです。
一般人でもロイドをパートナーに選び、自分の理想を簡単に叶えられる時代。
そんな時代のとある街で出逢った遥と海斗、惹かれ合う二人は恋に落ちます。でも海斗のある秘密のせいで結ばれることは叶わず、二人は離れ離れに。
今回は、遥のその後のお話です。
「もう、終わったことだから」
海斗と出逢ってから二回目の春が来た。遥は前に進もうと毎日、一生懸命。
彼女を取り巻く環境も変化した。意思に反する昇進で忙しさとプレッシャーにのまれ、休みを取ることもままならない。
さらに友人の一人、夢瑠が引っ越してしまったことも寂しさに追い打ちをかけた。唯一の救いは新しく出来た趣味の射撃。
「遥さんもパートナーロイドにしてはいかがです? 忙しいなら尚更、心の支えが必要でしょう」
パートナーロイドを勧める水野。
「それも……いいかもしれないですね」
警戒していたはずなのに、まんざらでもなさそうな雰囲気の遥。
「笹山……さん? 」
そんな中、遥に微笑みかける男性の影。その笑顔に企みや嘘がないのか……自信を失ってしまった遥には、もうわかりません。
オーバーゲート
JUN
ファンタジー
迷宮と呼ばれるものを通じて地球に魔力が流れ込み、生活が一変してから半世紀。人工魔素実験の暴走事故で大きな犠牲が出、その首謀者の子供である鳴海は、人に恨まれながら生きていた――とされているが、真実は違う。迷宮を囲い込んだ門の内側で、汚名をそそぎ、両親を取り戻すため、鳴海は今日も探索に打ち込む。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
りーさん
ファンタジー
ある日、異世界に転生したルイ。
前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。
そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。
「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。


チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる