ジア戦記

トウリン

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第二章:大いなる冬の訪れ

エルフィアの里へ②

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 秋の陽光を遮る頭上の梢は、鮮やかな緑色の葉で覆われている。
 季節は秋、標高の高い山の上、そして陽の光を遮る森の中、と三拍子そろっているというのに、不思議と寒さは感じられない。温かく、まるで穏やかな春の日の草原にいるかのようだ。

 森の様子は、進めば進むほど、一本一本の樹が太く、高くなっていく。スレイプの背の上から見た時は地面が盛り上がっている所為かと思っていたが、そうではない。個々の樹が徐々に巨大化しているから、そう見えたのだ。

 きっと、これがエルフィアたちの力なのだろう。
 常春の地、マナヘルム。生命に満ち溢れた土地。
 そして、そこに棲まう不可思議な力を操る者達。

 フリージアはその光景に目を奪われながら、エイルとつないだ手に力を込める。

「あれが里の入口だ」

 その言葉と共にラタが手を上げ、前方を真っ直ぐに指差した。その先に目をやれば、木々の間に形ばかりの柵が見える。

「よし!」

 小さく呟き、彼女は自分自身に気合を入れた。

 腰ほどまでの高さしかない柵を通り抜け、フリージアたちはエルフィアの里に足を踏み入れる。
 そこには、不思議な光景が広がっていた。彼女もオルディンと共にグランゲルドの中をあちらこちら旅してきたが、こんなのは見たことがない。

 人が十人手をつないでも囲みきれないような巨木の間に建てられた、質素な木造の家々。殆ど『小屋』と言っていいほどの、雨露をしのげる程度の代物だ。大木の葉に遮られて陽の光は柔らかいのに、下生えは青々としている。

 村に入り込んだフリージア達に、住民の視線が集まった。

「何か、夢の中の世界みたい……」

 思わず、フリージアは呟いた。

 里の様子自体も幻想的だったが、そこに輪をかけて見える景色を現実離れしたものにしているのは、その住人だ。

 フリージアは何度か目をこすり、瞬きをして、見えているものが本物なのかを確認する。
 それほど、エルフィア達は美しかったのだ。容姿もそうだが、皆それぞれに、銀色を基にしてそこに赤や青、緑といった様々な色を含んだ髪をしている。ざっと見渡した範囲では、エイルやラタのように白銀色をした者は一人もいなかった。

 フリージア達に気付いた何人かが、彼女達を横目で見ながら囁き合っている。

「オル! ちょっとあれ見てよ」

 フリージアは自分の目が見ているものが現実かどうか自信が持てず、オルディンの袖を引きながらそれを指差した。
 そこにいるのは、一人の幼女だ。銀色に朱色が混じる髪の色、年の頃は五歳かそこらくらいか。彼女は少し年上の子どもたちの前でクルクルと手を動かしている。それだけなら、手遊びか何かをしているのだろうと、思うだけだ。

 だが、そうではない。
 あろうことか、幼女の前には、炎が浮かんでいたのだ――彼女の握り拳ほどの大きさの。
 幼女の手の動きに伴って、その炎が踊る。まるで、意思があるかのように。

「すごぉい」

 美しくも不可思議なその光景に、フリージアは思わず感嘆の声を上げる。
 と、そこへ。

「……ゲルダ?」

 不意に耳に届いた母の名前に、フリージアは振り返る。

 その先にいたのは、銀色に緑が混じった髪に柔らかな茶色の目をした男性だった。年の頃は、オルディンとそう変わらないように見える。男性――ラタもエイルも性別がはっきりしないが、ここのエルフィア達は性別がはっきりと見て取れる容姿をしていた。確かに皆非常に美しいのだが、男女の区別ははっきりとつく。

「貴女は、亡くなったと……」

 銀緑色のエルフィアが眉をひそめながら訝しげにそう呟くのへ、フリージアは彼を真っ直ぐに見上げて答える。

「あたしはフリージア。新しくロウグ家を継いだ者です」
 彼女のその返事に、エルフィアは目を瞬かせた。
「ゲルダに、娘が? ……確かに、良く似ている。目の色以外はまるで同じだ」
「よく、そう言われます」
 そうしてフリージアがニコリと笑うと、ふとエルフィアの目元が和らいだ。
「私はフォルスだ。この里の長をしている。そちらの――ラタは知っているが、他の者は?」
 フォルスは視線を薙ぐように走らせ、そう訊いてきた。

 彼のその様子に、フリージアは微かな違和感を覚える。何となく、彼はラタを真っ直ぐには見ようとしていないように感じられたのだ。彼の視線の動きが、オルディンに気を取られているから、ではなく、意図してラタを視界に入れないようにしているように見える。
 フリージアの勘繰り過ぎだろうか。内心で首をかしげながらも、彼女は自分の左右に立つ二人を紹介した。

「大きいのがオルディン、こっちはエイルです」

 フォルスはオルディンを見て――そしてフリージアを見た。エイルには一瞥もくれない。

 これは、いったいどういうことなのだろうかと、彼女は首を捻る。ラタもエイルも、彼らの仲間の筈だ。にも拘らず、まるで見えていないかのように振る舞うのはいったい何故なのか。
 さすがにおかしいと思ったが、フリージアがその疑問を頭の中でまとめようとしているうちにフォルスが問いを投げてきた。

「それで、何故ここに? ヒトがここまで来るのは、容易なことではなかったろうに」

 フリージアを見下ろすフォルスの眼差しの中に、咎める色はない。純粋に、疑問に思っているだけのようだ。
 その台詞に、フリージアは自分の中に生まれたモヤモヤしたものは、取り敢えず脇に追いやった。ミミルからもらった時間は、決して多くは無いのだ。まずは一番肝心な用件を切り出さなければならない。

 フリージアは顎を上げてフォルスを真っ直ぐに見つめながら、答える。

「ニダベリルとのことについて、王様から手紙は届いていますよね?」
「ああ……あれには、すでに返書を出した筈だ。使者に――そのラタに、しかと渡したぞ?」
「はい、届いてるらしいです。王様も、その返事でも仕方ないって」
「では、何故」
 フォルスが微かに眉根を寄せた。そんな彼に、フリージアははっきりと答える。
「あたしが、納得できなかったからです」
「え?」
「あたしは、あんなの全然納得いかないんです。だから、自分で訊きに来ました」

 怪訝な顔で見下ろしてくるフォルスに、フリージアはもう一度繰り返した。
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