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第二章:大いなる冬の訪れ
訓練場にて②
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「足を止めるな!」
後ろに大きく跳んでオルディンの剣をかわし、思わず一つ息をついたフリージアに、即座に彼の声が飛ぶ。
息が乱れ始めたフリージアに対し、オルディンは平然としている。
悔しい。
フリージアは唇を噛んだ。身体が違うのだから持久力が違うのは当然と言えば当然なのだが、それでも悔しかった。
一瞬にして再び距離を詰められ振り下ろされたオルディンの刃を膝を屈めてかわし、伸ばすその勢いでフリージアは彼の懐に跳び込んだ。
突き出した刃。
だが、それは彼の腕の皮を薄く削いだだけ。
「どこ狙ってんだ? そんなじゃ仕留められねぇだろ!」
フリージアの剣を打ち払い、オルディンが嘲笑う。
これまで、彼が教えてくれていたのは『相手を殺さず自分の身を護る剣』だった。どこを狙えば人の命を奪えるかということを教えてくれたが、それは、うっかりそこを傷付けて殺してしまわないように、教えられたのだ。
だが、この紅竜軍を率いることになったフリージアが更なる強さを求めた時、オルディンが彼女に命じたのは、その急所を狙うことだった。
「どこをやったらいいか、ちゃんと教えてあるだろうが。しっかり狙え!」
オルディンの叱責に、フリージアは唇を噛む。そうは言われても、やはりためらいが生じてしまってわずかに剣先が鈍るのだ。フリージアは大きく息をついて剣を握り直すと、再び彼に向かう。
首、胸、腹。
各所にある致命傷を与える場所めがけて次々と切っ先を繰り出した。
フリージアの細身の剣は、斬るよりも突く方が適している。正確さが求められる剣だった。彼女の狙いの確かさも突き出す速度も充分で、なまじな兵士であれば一瞬にして勝負がついていたことだろう。
だが、オルディンはそれらをことごとくかわし、払っていく。
――ああ、もう!
フリージアが心の中で舌打ちをした、その時だった。
わずかに乱れた剣筋の隙をついて、オルディンが身体を捻じる。
――しまった!
そう思った時は、遅かった。
繰り出された回し蹴り。
とっさにフリージアは胴を腕で防御し、彼の脚が迫るのとは逆の方に跳んだ。が、勢いを殺し切ることはできない。
下ろした腕に感じた衝撃と共に飛ばされ、もんどりうって地面に転がる。
「ったぁ……」
痛むのはオルディンの脚を受けた左腕なのか、それとも地面に打ち付けた背中なのか。いや、両方かもしれない。
「隙見せてるんじゃねぇよ」
見下ろしてくるオルディンに呆れた声で言われ、地面に仰向けになったままフリージアは呻いた。
「だって……全然ダメなんだもん……」
「そういう時こそ、冷静になれって言ってんだよ。イラついてよくなることはねぇんだから」
「そうなんだけどさぁ」
ぼやきつつ身体を起こしたフリージアに、オルディンが手を伸ばす。痛みのない方の腕を掴んで引き起こしてくれた。
「お前が痣作るとあいつらがうるさいんだよな」
立ち上がって左腕をさすっているフリージアに、オルディンがボソリと呟いた。彼の目は、蹴りを食らったその場所に注がれている。
『あいつら』とは家令のグンナや侍女頭のフリン達のことだ。サーガにも、フリージアが怪我をしているのを見つかると騒がれる。
確かに、彼らに怪我を見られると毎度毎度蜂の巣を突いたような大騒ぎになるが、オルディンが渋い顔をしているのは、それだけではないに違いない。
多分、彼は、フリージアが『戦う為の力』を手に入れたがっていることを良く思っていない。最初に護身の為に剣や体術を教え始めたのはオルディンだというのに、「強くなりたいから鍛えて欲しい」と頼んだフリージアには、いい顔をしなかった。
「戦場で戦うなら、俺がやる。お前にゃ必要ねぇだろ」
絡み付くフリージアに手を振りながら、オルディンはその一点張りだった。そんな彼を何とか説き伏せて訓練は始まったのだが、かなり手厳しい。今まで旅の空の下でも護身術を仕込まれてきたが、こんなに痣だらけになったことはなかった。
もしかすると、そうやって、フリージアが音を上げるのを待っているのかもしれない。だが、そうはいかないのだ――彼女は強くなることを諦めるわけにはいかないのだから。今の彼女では、まだまだ足りていない。どれだけ強くなったら充分と言えるのか、フリージア自身にも判らなかったが、とにかく今のままでは駄目なのだということだけは判っている。
「そろそろみんなの休憩時間が終わるから、どかないと」
「そうだな……歩けるか?」
苦い声で、オルディンが訊いてくる。何だか彼自身が怪我をしているようだ。
「大丈夫だって。こんなのかすり傷だよ」
そう言ってフリージアが笑うと、彼は少し顔を歪めた。
後ろに大きく跳んでオルディンの剣をかわし、思わず一つ息をついたフリージアに、即座に彼の声が飛ぶ。
息が乱れ始めたフリージアに対し、オルディンは平然としている。
悔しい。
フリージアは唇を噛んだ。身体が違うのだから持久力が違うのは当然と言えば当然なのだが、それでも悔しかった。
一瞬にして再び距離を詰められ振り下ろされたオルディンの刃を膝を屈めてかわし、伸ばすその勢いでフリージアは彼の懐に跳び込んだ。
突き出した刃。
だが、それは彼の腕の皮を薄く削いだだけ。
「どこ狙ってんだ? そんなじゃ仕留められねぇだろ!」
フリージアの剣を打ち払い、オルディンが嘲笑う。
これまで、彼が教えてくれていたのは『相手を殺さず自分の身を護る剣』だった。どこを狙えば人の命を奪えるかということを教えてくれたが、それは、うっかりそこを傷付けて殺してしまわないように、教えられたのだ。
だが、この紅竜軍を率いることになったフリージアが更なる強さを求めた時、オルディンが彼女に命じたのは、その急所を狙うことだった。
「どこをやったらいいか、ちゃんと教えてあるだろうが。しっかり狙え!」
オルディンの叱責に、フリージアは唇を噛む。そうは言われても、やはりためらいが生じてしまってわずかに剣先が鈍るのだ。フリージアは大きく息をついて剣を握り直すと、再び彼に向かう。
首、胸、腹。
各所にある致命傷を与える場所めがけて次々と切っ先を繰り出した。
フリージアの細身の剣は、斬るよりも突く方が適している。正確さが求められる剣だった。彼女の狙いの確かさも突き出す速度も充分で、なまじな兵士であれば一瞬にして勝負がついていたことだろう。
だが、オルディンはそれらをことごとくかわし、払っていく。
――ああ、もう!
フリージアが心の中で舌打ちをした、その時だった。
わずかに乱れた剣筋の隙をついて、オルディンが身体を捻じる。
――しまった!
そう思った時は、遅かった。
繰り出された回し蹴り。
とっさにフリージアは胴を腕で防御し、彼の脚が迫るのとは逆の方に跳んだ。が、勢いを殺し切ることはできない。
下ろした腕に感じた衝撃と共に飛ばされ、もんどりうって地面に転がる。
「ったぁ……」
痛むのはオルディンの脚を受けた左腕なのか、それとも地面に打ち付けた背中なのか。いや、両方かもしれない。
「隙見せてるんじゃねぇよ」
見下ろしてくるオルディンに呆れた声で言われ、地面に仰向けになったままフリージアは呻いた。
「だって……全然ダメなんだもん……」
「そういう時こそ、冷静になれって言ってんだよ。イラついてよくなることはねぇんだから」
「そうなんだけどさぁ」
ぼやきつつ身体を起こしたフリージアに、オルディンが手を伸ばす。痛みのない方の腕を掴んで引き起こしてくれた。
「お前が痣作るとあいつらがうるさいんだよな」
立ち上がって左腕をさすっているフリージアに、オルディンがボソリと呟いた。彼の目は、蹴りを食らったその場所に注がれている。
『あいつら』とは家令のグンナや侍女頭のフリン達のことだ。サーガにも、フリージアが怪我をしているのを見つかると騒がれる。
確かに、彼らに怪我を見られると毎度毎度蜂の巣を突いたような大騒ぎになるが、オルディンが渋い顔をしているのは、それだけではないに違いない。
多分、彼は、フリージアが『戦う為の力』を手に入れたがっていることを良く思っていない。最初に護身の為に剣や体術を教え始めたのはオルディンだというのに、「強くなりたいから鍛えて欲しい」と頼んだフリージアには、いい顔をしなかった。
「戦場で戦うなら、俺がやる。お前にゃ必要ねぇだろ」
絡み付くフリージアに手を振りながら、オルディンはその一点張りだった。そんな彼を何とか説き伏せて訓練は始まったのだが、かなり手厳しい。今まで旅の空の下でも護身術を仕込まれてきたが、こんなに痣だらけになったことはなかった。
もしかすると、そうやって、フリージアが音を上げるのを待っているのかもしれない。だが、そうはいかないのだ――彼女は強くなることを諦めるわけにはいかないのだから。今の彼女では、まだまだ足りていない。どれだけ強くなったら充分と言えるのか、フリージア自身にも判らなかったが、とにかく今のままでは駄目なのだということだけは判っている。
「そろそろみんなの休憩時間が終わるから、どかないと」
「そうだな……歩けるか?」
苦い声で、オルディンが訊いてくる。何だか彼自身が怪我をしているようだ。
「大丈夫だって。こんなのかすり傷だよ」
そう言ってフリージアが笑うと、彼は少し顔を歪めた。
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