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第二章:大いなる冬の訪れ
訓練場にて①
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紅竜軍訓練所
そこに響き渡るのは鋼と鋼のぶつかる音――ではない。金属の立てる音は殆どしていなかった。代わりに聞こえるのは、激しく土が踏みにじられる音と空気が切り裂かれる音。
今、紅竜軍の士官達は、自分たちの将軍とその護衛の男が剣を交える様を、言葉もなく見守っていた。
とにかく、早い。そして、容赦がない。
「何度言えば解かる! 足を止めるな!」
オルディンが飛ばした怒号に、兵の間にはまるきり同じ考えがよぎる。
即ち、「そりゃ無理だ」というものである。
フリージアとオルディンは、かれこれ半刻はやり合っていた。しかも、ほんのわずかも息をつく間もなく、まるで本当の戦場のような激しさで。
大剣のオルディンに対してフリージアは細剣だ。絶え間なく彼女目がけて振り下ろされるオルディンの太刀をかわしつつ、フリージアも舞うような軽やかさで剣を繰り出している。
オルディンの腕前が桁違いであることは、普段バイダルと彼が手合せするところを見ているから充分に知っている。だが、フリージアが剣を握るところは、彼らは初めて目にしたのだ。
フリージアとオルディンとは体格の違いが歴然としているから、バイダルとの時の様にまともに打ち合うことはない。だが、速さと正確さから言えば、フリージアはバイダルよりも上だろう。
ニダベリルから戻った翌日から、フリージアとオルディンはこうやって訓練場でやり合うようになった。繰り広げられる彼女の身のこなしを見るに、多分、ここの士官の五、六人が束になってかかっても歯が立たないに違いない。
年端もいかない華奢な少女の剣技に、兵士たちは息を呑むばかりなのだ。
「ニダベリルに行った時も、敵兵三人をあっという間に倒しちゃったんですよ。すごかったです」
勇姿を思い出しているのか、ウルが陶然とした眼差しでそう言った。
「本当に、すごいな」
ウルよりもゲルダのことをよく知る壮年の兵が、呟く。
太刀筋は全く違うが、赤い髪をなびかせ舞うように剣を振るうフリージアのその姿は、まるでゲルダが再び彼らの前に戻ってきてくれたかのようだった。
士官たちの誰もが、フリージアのその外見をもって彼女を偶像化していることを自覚していた。フリージアは見た目こそゲルダと瓜二つだが、今まで戦いとは全く関係なく、平和に暮らしてきたただの少女に過ぎないのだということも。
だが、それでもすがらずにはいられなかった。
ニダベリルという強大な戦闘国家と戦いになるかもしれないというこの時期の、ゲルダの死。それは、兵たちにとって、木切れすら浮いていない大海原に放り出されたも同然の事態だった。
そんな時に現れた、ゲルダそのものの少女。
初めてフリージアが紅竜軍の前に姿を見せた時、ずらりと並んだ男たちを前にして、笑った。屈強な男たちの視線が集まる中で、パッと、まるで大輪の花が開くように笑ったのだ。ゲルダがかつてそうしたように。
その瞬間、彼らの心は掴まれた――見た目だけ同じ、だが中身は全く別物であるはずの彼女に、彼らは情けなくもすがったのだ。
「フリージア様は、僕が川に落ちた時、何のためらいもなく助けてくれました。敵の兵士を前にした時も、あの方よりもずっと大きな男たちを前にして、少しも怯むことなかった。僕は何があっても、あの方についていきます。あの方の為なら、この命だって、惜しくない」
最も年若な士官は、目を輝かせてきっぱりと言い切った。
フリージアは、ただのお飾りではない。
彼らの新たな支柱となってくれるに違いない。
――そんな期待を抱いてしまう。
固く両手を握るウルから目を離し、兵たちは再び訓練場の真ん中へと向ける。
と、彼らが目にしたのは、オルディンの放った回し蹴りでフリージアが吹き飛ぶところであった。
そこに響き渡るのは鋼と鋼のぶつかる音――ではない。金属の立てる音は殆どしていなかった。代わりに聞こえるのは、激しく土が踏みにじられる音と空気が切り裂かれる音。
今、紅竜軍の士官達は、自分たちの将軍とその護衛の男が剣を交える様を、言葉もなく見守っていた。
とにかく、早い。そして、容赦がない。
「何度言えば解かる! 足を止めるな!」
オルディンが飛ばした怒号に、兵の間にはまるきり同じ考えがよぎる。
即ち、「そりゃ無理だ」というものである。
フリージアとオルディンは、かれこれ半刻はやり合っていた。しかも、ほんのわずかも息をつく間もなく、まるで本当の戦場のような激しさで。
大剣のオルディンに対してフリージアは細剣だ。絶え間なく彼女目がけて振り下ろされるオルディンの太刀をかわしつつ、フリージアも舞うような軽やかさで剣を繰り出している。
オルディンの腕前が桁違いであることは、普段バイダルと彼が手合せするところを見ているから充分に知っている。だが、フリージアが剣を握るところは、彼らは初めて目にしたのだ。
フリージアとオルディンとは体格の違いが歴然としているから、バイダルとの時の様にまともに打ち合うことはない。だが、速さと正確さから言えば、フリージアはバイダルよりも上だろう。
ニダベリルから戻った翌日から、フリージアとオルディンはこうやって訓練場でやり合うようになった。繰り広げられる彼女の身のこなしを見るに、多分、ここの士官の五、六人が束になってかかっても歯が立たないに違いない。
年端もいかない華奢な少女の剣技に、兵士たちは息を呑むばかりなのだ。
「ニダベリルに行った時も、敵兵三人をあっという間に倒しちゃったんですよ。すごかったです」
勇姿を思い出しているのか、ウルが陶然とした眼差しでそう言った。
「本当に、すごいな」
ウルよりもゲルダのことをよく知る壮年の兵が、呟く。
太刀筋は全く違うが、赤い髪をなびかせ舞うように剣を振るうフリージアのその姿は、まるでゲルダが再び彼らの前に戻ってきてくれたかのようだった。
士官たちの誰もが、フリージアのその外見をもって彼女を偶像化していることを自覚していた。フリージアは見た目こそゲルダと瓜二つだが、今まで戦いとは全く関係なく、平和に暮らしてきたただの少女に過ぎないのだということも。
だが、それでもすがらずにはいられなかった。
ニダベリルという強大な戦闘国家と戦いになるかもしれないというこの時期の、ゲルダの死。それは、兵たちにとって、木切れすら浮いていない大海原に放り出されたも同然の事態だった。
そんな時に現れた、ゲルダそのものの少女。
初めてフリージアが紅竜軍の前に姿を見せた時、ずらりと並んだ男たちを前にして、笑った。屈強な男たちの視線が集まる中で、パッと、まるで大輪の花が開くように笑ったのだ。ゲルダがかつてそうしたように。
その瞬間、彼らの心は掴まれた――見た目だけ同じ、だが中身は全く別物であるはずの彼女に、彼らは情けなくもすがったのだ。
「フリージア様は、僕が川に落ちた時、何のためらいもなく助けてくれました。敵の兵士を前にした時も、あの方よりもずっと大きな男たちを前にして、少しも怯むことなかった。僕は何があっても、あの方についていきます。あの方の為なら、この命だって、惜しくない」
最も年若な士官は、目を輝かせてきっぱりと言い切った。
フリージアは、ただのお飾りではない。
彼らの新たな支柱となってくれるに違いない。
――そんな期待を抱いてしまう。
固く両手を握るウルから目を離し、兵たちは再び訓練場の真ん中へと向ける。
と、彼らが目にしたのは、オルディンの放った回し蹴りでフリージアが吹き飛ぶところであった。
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