ジア戦記

トウリン

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第二章:大いなる冬の訪れ

遭遇②

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 オルディンの見守る中、フリージアは瞬く間に男二人を昏倒させた。残るは一人、まず問題ないだろう。フリージアの腕は信じていたが、やはり、気になってしまうのは仕方がない。

 ホッと一息ついた彼に、ふてくされたような声がかかった。

「おい、ちょっと、兄さんよ。無視はねぇんじゃねぇの、無視は?」
 声の主は最初に誰何してきた男だ。
「ああ、悪いな。じゃ、やるか」
 言いながら、オルディンは剣を片手にニダベリル兵二人に向き直る。

「随分と余裕かましてくれてるねぇ」
「まあな」

 挑発する気はないが、実際、腕の差は明白だ。見たところ、この赤目の男はそこそこの技を持っていそうだが、もう一人は殆ど戦力外だ。

「俺とやり合うなら、骨の一本や二本は覚悟しとけよ?」
「は! 弱い犬ほどよく吠えるもんだろ?」
 赤目の男が、せせら笑う。
 だが、オルディンの宣告は脅しでもはったりでもなかった。

 元々、彼の剣は殺す為のものだ。フリージアと過ごすようになって手加減というものを覚えたが、それでもつい加減をし損ねることがある。フリージアに相手を殺さず戦闘不能に陥らせるような体術を教えたのはオルディンだが、同じ意識でその腕を振るえるとは、限らない。

「いくぞ」

 一声かけて、オルディンは地面を蹴った。と、鏡のように相手二人も動く。

 左右からほぼ同時に攻撃を仕掛けてきた二人だったが、やはり赤目の方が少し早かった。ギィンと鋼と鋼がぶつかる音を響かせて、オルディンは迫る刃を手にした大剣で打ち払う。と、その勢いのまま、赤目の男に体当たりを食らわせた。直後、オルディンの身体があったその場所を、もう一人が振り下ろした剣が削いでいく。

 もんどりうって地面に転がる赤目の男は放っておいて、オルディンはすかさず身を翻し、もう一人の男と向き直った。斜めに切りつけてくるのを易々と払いのけ、がら空きになった胴へと回し蹴りを叩き込む。ボキリ、と、肋の折れる鈍い音を響かせて男は吹っ飛び、その先にある樹へ叩き付けられた。そして、微動だにしなくなる。

 振り返れば、頭を振りながら赤目の男が手をついて起き上がろうとしているところだ。

「お前ひとりになっちまったが、まだやるのか?」

 耳を向ければ背後は静かになっていて、フリージアの方は片が着いているようだ。オルディンのその台詞に、赤目の男が怯む気配はない。いや、むしろ、高揚したような空気が漂ってきて、オルディンは微かに眉をひそめた。

「あんたたち、スゲェな。ただのコソ泥かと思ってたけどよ、そうじゃねぇな。何なんだよ。どこの誰なんだ?」

 駄賃でも待つ子どもの様な、浮き立った、声。
 立ち上がった男は、剣を構える。

「こんな楽しいのは、初めてだ。なぁ、殺すまでやり合おうぜ?」
「ああ?」

 五人中四人が倒され、どう見ても形勢不利だというのにやる気に満ち満ちている男に、オルディンは眉間の皺を深めた。どうやら、おかしなのに捕まってしまったらしい。

「おら! 呆けてんじゃねぇよ!」
 怒号と共に、男が跳ぶ。

 繰り出された刃を、オルディンは大剣で払う。と、手首を返し、男に向けて下から上へと斬り上げた。

「ッぁぶねッ!」

 その腕を狙ったオルディンを、男は後ろに跳んでやり過ごす。すかさず一歩を踏み出し、男を追った。息をつく暇を与えず、剣を振るう。

 素早さでは、男もそこそこなものだった。
 間断なく襲いかかるオルディンの刃を、かわし、あるいは自らの剣で受け流していく。防戦一方だというのに男の目には焦りも苛立ちもなく、剣を交えれば交えるほど、生き生きと輝きを増していくようだった。

 ――さて、どうしたもんかな。

 オルディンは一際強烈な一撃をお見舞いし、男が受け止め損ねてふら付いたところを蹴り飛ばす。
 このままでは、本当に殺すまでケリがつかないかもしれない。だが、そんなことをしたらフリージアからどんな目で見られるか、今からでもその眼差しがありありと脳裏に浮かぶ。殺すのは論外だとして、となれば、腕の一本や二本、へし折るか。

 吹っ飛んだ拍子に口の中でも切ったのか、顎を伝う血を拭いながら――嬉しそうに――立ち上がる男を眺めつつ、オルディンはそんなことを考える。

「イイなぁ、おい。ホント、あんた、イイわ」
 陶然とした口調で呟く男を、オルディンは少々うんざりした思いで見やった。

「もう止めとかねぇか?」
「は! 寝言は寝て言え!」

 無駄だろうなと思いつつ口にした台詞を、予想通り男は一蹴する。そして彼は、再び地を蹴りオルディンに迫った。

「せぃッ!」

 気合と共に振り下ろされた剣を、オルディンもまた己の得物で受け止める。

 ギィン、と、夜闇を貫く耳障りな金属音。
 その余韻を残したまま、二人はギリギリと剣を交叉させる。

 赤目の男の長剣は、オルディンのものの半分の厚みも太さもない。にも拘らず、激しい打ち合いに刃こぼれひとつせず、渾身の鍔迫り合いで折れもしない。それもまた、ニダベリルの優れた精鉄技術の賜物なのだろう。

 どちらも一歩も引かない膠着状態。
 先に押し負けた方が手傷を負う。

 互いに、それが判っていた。

 力は拮抗しているかと思われたが、次第にその差が明らかになってくる。
 剣を抜いた時からまるで変わらぬオルディンに対し――

「クッ……!」

 赤目の男の額に、汗がにじむ。わずかに震え始める、その身体。
 喰いしばった歯の間から唸りが漏れた、その時だった。

「あ!」

 背後で上がった、小さな声。それが誰のものなのかなど、オルディンには考える必要などない。殆ど反射のように彼の体は動き、男を力任せに薙ぎ倒した。
 振り返る彼の視界に入ってきたのは――

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