33 / 133
第二章:大いなる冬の訪れ
ニダベリルという国②
しおりを挟む
ナイは、狭い割に人の多い村だった。家と家との間が詰まっていて、まるで全部で一つの建物のように見える。
フリージアはソリンと共に、ウルを医者の元に連れて行ったオルディンの帰りを彼の家で待っていた。オルディンと一緒に行っても良かったのだが、ソリンと――この国の人間と、ゆっくり話をしたかったのだ。
「ありがとね、助かったよ」
二人きりになり、改めて、フリージアはソリンに礼を言う。
「いいってことよ」
少年はフリージアの隣に腰を下ろすと、脚をブラブラさせながら彼女を上から下まで眺めた。そして、率直な感想を述べる。
「しけた格好してるくせに、けっこう金持ってたんだね」
結局、ウルの怪我は足の骨折と全身の打撲で、ナイの医者がその治療の為に吹っかけてきたのは、結構な値段だったのだ。正確に言うと、医者が提示したのは、一つは少々高めな、もう一つは法外な金額だったのだが。それだけの金額を払えば、ウルの怪我を即座に全て治してみせると、医者が豪語した。
骨折ともなれば、少なくともひと月は馬には乗れないだろう。半信半疑ながら、フリージアたちは医者の言う金額を払ったのだ。
「まあね。これは世を忍ぶ姿で、実はイイとこのお嬢さんなんだよ、あたし」
「えぇえ、フリージアが? まっさかぁ!」
一応事実を言ったフリージアを、ソリンは盛大に笑い飛ばした。
まあ、当然の反応だろう。
ソリンには、フリージアたちは他の国からの移民で、狩りをしながらの旅暮らしをしていると伝えてあった。あちらこちらの国を吸収しているこのニダベリルでは、そういった人々もそれほど珍しくはないらしい。様々な国の人間が、流入しているのだ。
彼女の台詞を完全に流したウルは、肩を竦めながら続けた。
「最近は怪我人も病人もなかったから、先生も喜んでるよ。そろそろ、患者が欲しいって、ぼやいてたとこだったんだよ」
「え? でも、お医者さんなんて、暇な方がいいでしょ?」
キョトンとした顔で首をかしげたフリージアに、ソリンは呆れたような眼差しを向けた。
「はあ? そんなこと言ってたら、おまんまの食い上げじゃん。医者だって人間だぜ? 仕事がなけりゃ、食ってけないよ」
「……まあ……そう、なんだけどさ」
グランゲルドでは、診てもらうもらわないに拘らず、普段から医者のところに食べ物やら何やらを持ち寄っている。医者が暇なのは良いことだし、かといって、村から医者がいなくなるのは困るのだから。
その代り、医者が『治療費』として要求するのは実費程度で、それはごくわずかなものだった。だが、そんなやり方が成り立つのは、やはりグランゲルドには『余裕』があるからなのだろうか。
こんなことでもニダベリルとグランゲルドの違いを見せられ、フリージアは戸惑う。彼女は何とか話の接ぎ穂を探した。
「ええっとさ、ソリンのお父さんとお母さんは?」
「母さんは死んだよ」
「え、あ、ゴメン」
あっさりとソリンにそう返され、フリージアは慌てふためいた。だが、彼は肩を竦めただけだ。
「別にいいよ。おれもちっさい頃だったから顔も覚えてないし。飢饉の時だったんだってさ」
「飢饉……」
「そう。隣の国のグランゲルドがうちのエルフィア盗っちゃったから、この国はどんどん土地が痩せてるんだって」
「え……?」
唇を尖らせながらのソリンの台詞に、フリージアは絶句する。
それは、間違いだ。エルフィアたちは彼ら自身の意志でグランゲルドに『亡命』してきたのであって、決してグランゲルドが唆したり略奪したりしたわけではない。
フリージアは思わず反論しそうになって、咄嗟に強く唇を噛み締めた。
ここでソリンの言葉を否定しても、良い結果は招かないのだ。
黙り込んだフリージアの隣で、ソリンが続ける。
「今の王様は、凄いんだよ。アウストル様が王様になってから、あんまり作物が採れない年も、ちゃんとご飯が食べられるようになったんだって」
彼のその台詞に、フリージアはバイダルから教えられたことを思い出した。
ソリンが言うのは、つまり――
「でも、それって、他の国から手に入れたものだよね?」
フリージアは責める口調にならないように細心の注意を払って、慎重にそう訊いた。
「うん。それ以外に、どこから来るって言うのさ」
ソリンは怪訝そうな顔で、逆にそう問い返してくる。
「ええっとさ、その、相手の国の人とか、困ってないかなぁ、とか、思ったことない?」
「何で?」
「何でって……」
「だって、ニダベリルの方が強いんだよ? 弱いもんが強いもんの言うこと聞くのは、当たり前じゃん」
「うん、まあ、そうだよね……」
「でしょ?」
負けた国が勝った国に従わなければならないのは、確かに当然の事だろう。けれど、それが国と国――人と人との関係として良いものだとは、フリージアには思えなかった。
が、そうは思っても、自分の国のことを一心に信じている少年を説き伏せられるほどの言葉は、持ち合わせていない。
「ソリンは、この国のことが好きなんだね」
「当たり前じゃん! ま、楽には暮せてないけどさ、でも、すごい国だもん」
そう言ったソリンの目は、誇らしげに輝いている。
「父さんは今訓練に行ってるんだけどさ、今度の遠征に呼ばれてるんだ」
「今度の遠征って、グランゲルドとの?」
「そう。王様が、エルフィアを取り返してくれるんだって。おれの父さん、強いんだぜ。おれも早く戦えるようになりたいや」
胸を張るソリンに、フリージアは何と答えたらいいものか、判らなかった。こんなにも幼い子どもでも、戦に対する躊躇いがない。いや、むしろ望んでいるように見える。
グランゲルドでは、戦う者とそうでない者とは明確に別れている。
兵士は兵士、平民は平民だ。
当然のことながら、平民は戦が起きても戦いには関与しない。死地に赴く兵士たちの身を案じこそすれ、「共に戦う」という意識を持つ者は、恐らくいない。
兵士も、戦うことが『責務』であると充分に理解しているが、彼らの中の誰一人として戦いを望んではいない。国を護る戦いに対する士気は高いが、人を殺し、自分や仲間が殺されるかもしれないということに対する抵抗は、伝わってくる。
ソリンは、戦になるという状況を、どんなふうに思っているのだろう。父親が誰かを殺し、父親もまた誰かに殺されるかもしれないという状況を。
「戦わなくてもいい方法とか、考えたことない?」
「え?」
「お父さんが戦に行くのって、怖くない? 悲しくない?」
「まっさかぁ! 国の為に戦うんだぜ?」
「でも……死んじゃうかもよ?」
おずおずと、躊躇いがちに、フリージアは『死』という言葉を口にする。だが、ソリンは、一瞬視線を揺るがせたものの、またすぐに彼女を真っ直ぐに見返してきた。
「それは、怖いよ。でも、このニダベリルの為だもん。この村でも何人か戦争で死んじゃった人いるけど、この国の『イシズエ』になったんだよ。それは、すごいことなんだ」
「そう……」
「この国は、ドンドン強くなるんだ」
確信に満ちた、ソリンの強い眼差し。
それは、この国の者に共通するものなのだろうか。
彼が子どもだからこその一途さなのかもしれない――そうであって欲しいと、フリージアは思う。まだ、話し合いで解決できる余地は残されているのだと、彼女は思いたかった。
この国が『徴兵制』という、一般の民から兵を集める制度を採用しているということは、事前に聞いていた。だが、フリージアは、そんな仕組みが成り立つとは思っていなかったのだ。
普段鍬や鋤を持つ手に武器を持ったところで、急に戦う意識が芽生える筈がない――そう思っていた。
現状では、グランゲルドとニダベリル間には戦力に大きな差があるが、ニダベリルの兵の半数は『軍人』ではない。だから、実質、そう大差ないのでは、とフリージアは考えていた。
けれども、今、目の前にいるソリン。
この国の者が皆彼と同じくらいの士気を持っているのだとしたら――。
子どもだから、強く思い込んでいるということもあるかもしれない。
けれど、子どもは大人の鏡であるとも言える。身近な人間の言動を吸収して、一人の人間が形作られていくのだ――それを模範とするにしろ、反面教師とするにしろ。
フリージアは道中で目にした荒れた大地を思い出す。
確かに、この土地で人を飢えさせない為には、他所から食料を手に入れるしかないのだろう。けれど、それではいったいどこまで拡げればいいというのか。
そうやって奪うばかりでは、果てがない。いずれ、このニダベリルだって行き詰る。
他人の物を一方的に奪うのではなく、もっと対等に、与え合うこともできる筈だと、フリージアは思うのだ。
これまでにも、グランゲルドのフレイからニダベリルのアウストルへ、何度も平和的解決を促す親書は送られている。だが、色良い返事は一度もない。ただ、要求に応じなければ開戦、その一点張りだ。
話し合う気のない相手と話すには、相手を自分の土俵に引きずり込むか、自分が相手の土俵に立つか、そのどちらかを選ばないとならない。
「フリージア?」
物思いにふけっていたフリージアを、ソリンの声が引き戻す。ハッと我に返った彼女は、笑顔を作って答えた。
「あ、ごめん、何でもないよ。ちょっと、考え事。あ、ウルの治療、そろそろ終わったかな」
「どうかな」
ソリンは首を捻りながら言う。
提示された金額の違いは、きっと、治療の丁寧さの違いなのだろう。高い方を選んだのだから手をかけてくれている筈だ。フリージアも旅生活の中で医者の真似事程度ならしたことがあるから、治療にかかるだいたいの時間ぐらいは予測できる。
「脚が折れてるのは、副木を当てて固定するくらいだろ? もう終わってるんじゃないかな」
見えないところが余程ひどいことになっていなければ、もうそろそろ終わる頃合いなのだが。
そう思うと、フリージアは急に不安になってくる。
予想よりも時間がかかるということは、実はもっとひどい怪我が隠れていたのだろうか。
「ちょっと、見に行きたいな」
「『混ざりもの』に治してもらってるんだから死ぬほどの大怪我じゃなけりゃ、キレイに治るよ」
「『混ざりもの』――?」
ソリンの口から出た聞き慣れない言葉に、フリージアは眉根を寄せる。薬草の名前にしては、少々文脈がおかしかったような気がした。
フリージアのその顔に、今度はソリンが怪訝そうな眼差しになる。
「フリージア、『混ざりもの』を知らないの?」
どうやら、ソレはこの国ではごくごく一般的なものらしい。知らないと答えるか、知ったかぶりをするか、フリージアは一瞬迷った後、決める。
「ああ、『混ざりもの』ね。そりゃ良かった。助かったよ」
感心して見せたフリージアに、ソリンは我が事のように胸を張った。
「だろ? 先生んとこの『混ざりもの』はスゲェんだぜ。どんな怪我も病気も、あっという間に治っちまうんだ」
「へえ……そりゃ、凄い」
確かに、それは『凄い』の一言だ。内心で、いったい何なのだろうと首をかしげつつ、フリージアは頷く。
「まだ治してるところかもな。じゃ、先生んとこに行ってみようよ」
そう言うと、ソリンはピョンと椅子から飛び降り、フリージアの手を引っ張った。
フリージアはソリンと共に、ウルを医者の元に連れて行ったオルディンの帰りを彼の家で待っていた。オルディンと一緒に行っても良かったのだが、ソリンと――この国の人間と、ゆっくり話をしたかったのだ。
「ありがとね、助かったよ」
二人きりになり、改めて、フリージアはソリンに礼を言う。
「いいってことよ」
少年はフリージアの隣に腰を下ろすと、脚をブラブラさせながら彼女を上から下まで眺めた。そして、率直な感想を述べる。
「しけた格好してるくせに、けっこう金持ってたんだね」
結局、ウルの怪我は足の骨折と全身の打撲で、ナイの医者がその治療の為に吹っかけてきたのは、結構な値段だったのだ。正確に言うと、医者が提示したのは、一つは少々高めな、もう一つは法外な金額だったのだが。それだけの金額を払えば、ウルの怪我を即座に全て治してみせると、医者が豪語した。
骨折ともなれば、少なくともひと月は馬には乗れないだろう。半信半疑ながら、フリージアたちは医者の言う金額を払ったのだ。
「まあね。これは世を忍ぶ姿で、実はイイとこのお嬢さんなんだよ、あたし」
「えぇえ、フリージアが? まっさかぁ!」
一応事実を言ったフリージアを、ソリンは盛大に笑い飛ばした。
まあ、当然の反応だろう。
ソリンには、フリージアたちは他の国からの移民で、狩りをしながらの旅暮らしをしていると伝えてあった。あちらこちらの国を吸収しているこのニダベリルでは、そういった人々もそれほど珍しくはないらしい。様々な国の人間が、流入しているのだ。
彼女の台詞を完全に流したウルは、肩を竦めながら続けた。
「最近は怪我人も病人もなかったから、先生も喜んでるよ。そろそろ、患者が欲しいって、ぼやいてたとこだったんだよ」
「え? でも、お医者さんなんて、暇な方がいいでしょ?」
キョトンとした顔で首をかしげたフリージアに、ソリンは呆れたような眼差しを向けた。
「はあ? そんなこと言ってたら、おまんまの食い上げじゃん。医者だって人間だぜ? 仕事がなけりゃ、食ってけないよ」
「……まあ……そう、なんだけどさ」
グランゲルドでは、診てもらうもらわないに拘らず、普段から医者のところに食べ物やら何やらを持ち寄っている。医者が暇なのは良いことだし、かといって、村から医者がいなくなるのは困るのだから。
その代り、医者が『治療費』として要求するのは実費程度で、それはごくわずかなものだった。だが、そんなやり方が成り立つのは、やはりグランゲルドには『余裕』があるからなのだろうか。
こんなことでもニダベリルとグランゲルドの違いを見せられ、フリージアは戸惑う。彼女は何とか話の接ぎ穂を探した。
「ええっとさ、ソリンのお父さんとお母さんは?」
「母さんは死んだよ」
「え、あ、ゴメン」
あっさりとソリンにそう返され、フリージアは慌てふためいた。だが、彼は肩を竦めただけだ。
「別にいいよ。おれもちっさい頃だったから顔も覚えてないし。飢饉の時だったんだってさ」
「飢饉……」
「そう。隣の国のグランゲルドがうちのエルフィア盗っちゃったから、この国はどんどん土地が痩せてるんだって」
「え……?」
唇を尖らせながらのソリンの台詞に、フリージアは絶句する。
それは、間違いだ。エルフィアたちは彼ら自身の意志でグランゲルドに『亡命』してきたのであって、決してグランゲルドが唆したり略奪したりしたわけではない。
フリージアは思わず反論しそうになって、咄嗟に強く唇を噛み締めた。
ここでソリンの言葉を否定しても、良い結果は招かないのだ。
黙り込んだフリージアの隣で、ソリンが続ける。
「今の王様は、凄いんだよ。アウストル様が王様になってから、あんまり作物が採れない年も、ちゃんとご飯が食べられるようになったんだって」
彼のその台詞に、フリージアはバイダルから教えられたことを思い出した。
ソリンが言うのは、つまり――
「でも、それって、他の国から手に入れたものだよね?」
フリージアは責める口調にならないように細心の注意を払って、慎重にそう訊いた。
「うん。それ以外に、どこから来るって言うのさ」
ソリンは怪訝そうな顔で、逆にそう問い返してくる。
「ええっとさ、その、相手の国の人とか、困ってないかなぁ、とか、思ったことない?」
「何で?」
「何でって……」
「だって、ニダベリルの方が強いんだよ? 弱いもんが強いもんの言うこと聞くのは、当たり前じゃん」
「うん、まあ、そうだよね……」
「でしょ?」
負けた国が勝った国に従わなければならないのは、確かに当然の事だろう。けれど、それが国と国――人と人との関係として良いものだとは、フリージアには思えなかった。
が、そうは思っても、自分の国のことを一心に信じている少年を説き伏せられるほどの言葉は、持ち合わせていない。
「ソリンは、この国のことが好きなんだね」
「当たり前じゃん! ま、楽には暮せてないけどさ、でも、すごい国だもん」
そう言ったソリンの目は、誇らしげに輝いている。
「父さんは今訓練に行ってるんだけどさ、今度の遠征に呼ばれてるんだ」
「今度の遠征って、グランゲルドとの?」
「そう。王様が、エルフィアを取り返してくれるんだって。おれの父さん、強いんだぜ。おれも早く戦えるようになりたいや」
胸を張るソリンに、フリージアは何と答えたらいいものか、判らなかった。こんなにも幼い子どもでも、戦に対する躊躇いがない。いや、むしろ望んでいるように見える。
グランゲルドでは、戦う者とそうでない者とは明確に別れている。
兵士は兵士、平民は平民だ。
当然のことながら、平民は戦が起きても戦いには関与しない。死地に赴く兵士たちの身を案じこそすれ、「共に戦う」という意識を持つ者は、恐らくいない。
兵士も、戦うことが『責務』であると充分に理解しているが、彼らの中の誰一人として戦いを望んではいない。国を護る戦いに対する士気は高いが、人を殺し、自分や仲間が殺されるかもしれないということに対する抵抗は、伝わってくる。
ソリンは、戦になるという状況を、どんなふうに思っているのだろう。父親が誰かを殺し、父親もまた誰かに殺されるかもしれないという状況を。
「戦わなくてもいい方法とか、考えたことない?」
「え?」
「お父さんが戦に行くのって、怖くない? 悲しくない?」
「まっさかぁ! 国の為に戦うんだぜ?」
「でも……死んじゃうかもよ?」
おずおずと、躊躇いがちに、フリージアは『死』という言葉を口にする。だが、ソリンは、一瞬視線を揺るがせたものの、またすぐに彼女を真っ直ぐに見返してきた。
「それは、怖いよ。でも、このニダベリルの為だもん。この村でも何人か戦争で死んじゃった人いるけど、この国の『イシズエ』になったんだよ。それは、すごいことなんだ」
「そう……」
「この国は、ドンドン強くなるんだ」
確信に満ちた、ソリンの強い眼差し。
それは、この国の者に共通するものなのだろうか。
彼が子どもだからこその一途さなのかもしれない――そうであって欲しいと、フリージアは思う。まだ、話し合いで解決できる余地は残されているのだと、彼女は思いたかった。
この国が『徴兵制』という、一般の民から兵を集める制度を採用しているということは、事前に聞いていた。だが、フリージアは、そんな仕組みが成り立つとは思っていなかったのだ。
普段鍬や鋤を持つ手に武器を持ったところで、急に戦う意識が芽生える筈がない――そう思っていた。
現状では、グランゲルドとニダベリル間には戦力に大きな差があるが、ニダベリルの兵の半数は『軍人』ではない。だから、実質、そう大差ないのでは、とフリージアは考えていた。
けれども、今、目の前にいるソリン。
この国の者が皆彼と同じくらいの士気を持っているのだとしたら――。
子どもだから、強く思い込んでいるということもあるかもしれない。
けれど、子どもは大人の鏡であるとも言える。身近な人間の言動を吸収して、一人の人間が形作られていくのだ――それを模範とするにしろ、反面教師とするにしろ。
フリージアは道中で目にした荒れた大地を思い出す。
確かに、この土地で人を飢えさせない為には、他所から食料を手に入れるしかないのだろう。けれど、それではいったいどこまで拡げればいいというのか。
そうやって奪うばかりでは、果てがない。いずれ、このニダベリルだって行き詰る。
他人の物を一方的に奪うのではなく、もっと対等に、与え合うこともできる筈だと、フリージアは思うのだ。
これまでにも、グランゲルドのフレイからニダベリルのアウストルへ、何度も平和的解決を促す親書は送られている。だが、色良い返事は一度もない。ただ、要求に応じなければ開戦、その一点張りだ。
話し合う気のない相手と話すには、相手を自分の土俵に引きずり込むか、自分が相手の土俵に立つか、そのどちらかを選ばないとならない。
「フリージア?」
物思いにふけっていたフリージアを、ソリンの声が引き戻す。ハッと我に返った彼女は、笑顔を作って答えた。
「あ、ごめん、何でもないよ。ちょっと、考え事。あ、ウルの治療、そろそろ終わったかな」
「どうかな」
ソリンは首を捻りながら言う。
提示された金額の違いは、きっと、治療の丁寧さの違いなのだろう。高い方を選んだのだから手をかけてくれている筈だ。フリージアも旅生活の中で医者の真似事程度ならしたことがあるから、治療にかかるだいたいの時間ぐらいは予測できる。
「脚が折れてるのは、副木を当てて固定するくらいだろ? もう終わってるんじゃないかな」
見えないところが余程ひどいことになっていなければ、もうそろそろ終わる頃合いなのだが。
そう思うと、フリージアは急に不安になってくる。
予想よりも時間がかかるということは、実はもっとひどい怪我が隠れていたのだろうか。
「ちょっと、見に行きたいな」
「『混ざりもの』に治してもらってるんだから死ぬほどの大怪我じゃなけりゃ、キレイに治るよ」
「『混ざりもの』――?」
ソリンの口から出た聞き慣れない言葉に、フリージアは眉根を寄せる。薬草の名前にしては、少々文脈がおかしかったような気がした。
フリージアのその顔に、今度はソリンが怪訝そうな眼差しになる。
「フリージア、『混ざりもの』を知らないの?」
どうやら、ソレはこの国ではごくごく一般的なものらしい。知らないと答えるか、知ったかぶりをするか、フリージアは一瞬迷った後、決める。
「ああ、『混ざりもの』ね。そりゃ良かった。助かったよ」
感心して見せたフリージアに、ソリンは我が事のように胸を張った。
「だろ? 先生んとこの『混ざりもの』はスゲェんだぜ。どんな怪我も病気も、あっという間に治っちまうんだ」
「へえ……そりゃ、凄い」
確かに、それは『凄い』の一言だ。内心で、いったい何なのだろうと首をかしげつつ、フリージアは頷く。
「まだ治してるところかもな。じゃ、先生んとこに行ってみようよ」
そう言うと、ソリンはピョンと椅子から飛び降り、フリージアの手を引っ張った。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。

廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる