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第二章:大いなる冬の訪れ
ニダベリルという国②
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ナイは、狭い割に人の多い村だった。家と家との間が詰まっていて、まるで全部で一つの建物のように見える。
フリージアはソリンと共に、ウルを医者の元に連れて行ったオルディンの帰りを彼の家で待っていた。オルディンと一緒に行っても良かったのだが、ソリンと――この国の人間と、ゆっくり話をしたかったのだ。
「ありがとね、助かったよ」
二人きりになり、改めて、フリージアはソリンに礼を言う。
「いいってことよ」
少年はフリージアの隣に腰を下ろすと、脚をブラブラさせながら彼女を上から下まで眺めた。そして、率直な感想を述べる。
「しけた格好してるくせに、けっこう金持ってたんだね」
結局、ウルの怪我は足の骨折と全身の打撲で、ナイの医者がその治療の為に吹っかけてきたのは、結構な値段だったのだ。正確に言うと、医者が提示したのは、一つは少々高めな、もう一つは法外な金額だったのだが。それだけの金額を払えば、ウルの怪我を即座に全て治してみせると、医者が豪語した。
骨折ともなれば、少なくともひと月は馬には乗れないだろう。半信半疑ながら、フリージアたちは医者の言う金額を払ったのだ。
「まあね。これは世を忍ぶ姿で、実はイイとこのお嬢さんなんだよ、あたし」
「えぇえ、フリージアが? まっさかぁ!」
一応事実を言ったフリージアを、ソリンは盛大に笑い飛ばした。
まあ、当然の反応だろう。
ソリンには、フリージアたちは他の国からの移民で、狩りをしながらの旅暮らしをしていると伝えてあった。あちらこちらの国を吸収しているこのニダベリルでは、そういった人々もそれほど珍しくはないらしい。様々な国の人間が、流入しているのだ。
彼女の台詞を完全に流したウルは、肩を竦めながら続けた。
「最近は怪我人も病人もなかったから、先生も喜んでるよ。そろそろ、患者が欲しいって、ぼやいてたとこだったんだよ」
「え? でも、お医者さんなんて、暇な方がいいでしょ?」
キョトンとした顔で首をかしげたフリージアに、ソリンは呆れたような眼差しを向けた。
「はあ? そんなこと言ってたら、おまんまの食い上げじゃん。医者だって人間だぜ? 仕事がなけりゃ、食ってけないよ」
「……まあ……そう、なんだけどさ」
グランゲルドでは、診てもらうもらわないに拘らず、普段から医者のところに食べ物やら何やらを持ち寄っている。医者が暇なのは良いことだし、かといって、村から医者がいなくなるのは困るのだから。
その代り、医者が『治療費』として要求するのは実費程度で、それはごくわずかなものだった。だが、そんなやり方が成り立つのは、やはりグランゲルドには『余裕』があるからなのだろうか。
こんなことでもニダベリルとグランゲルドの違いを見せられ、フリージアは戸惑う。彼女は何とか話の接ぎ穂を探した。
「ええっとさ、ソリンのお父さんとお母さんは?」
「母さんは死んだよ」
「え、あ、ゴメン」
あっさりとソリンにそう返され、フリージアは慌てふためいた。だが、彼は肩を竦めただけだ。
「別にいいよ。おれもちっさい頃だったから顔も覚えてないし。飢饉の時だったんだってさ」
「飢饉……」
「そう。隣の国のグランゲルドがうちのエルフィア盗っちゃったから、この国はどんどん土地が痩せてるんだって」
「え……?」
唇を尖らせながらのソリンの台詞に、フリージアは絶句する。
それは、間違いだ。エルフィアたちは彼ら自身の意志でグランゲルドに『亡命』してきたのであって、決してグランゲルドが唆したり略奪したりしたわけではない。
フリージアは思わず反論しそうになって、咄嗟に強く唇を噛み締めた。
ここでソリンの言葉を否定しても、良い結果は招かないのだ。
黙り込んだフリージアの隣で、ソリンが続ける。
「今の王様は、凄いんだよ。アウストル様が王様になってから、あんまり作物が採れない年も、ちゃんとご飯が食べられるようになったんだって」
彼のその台詞に、フリージアはバイダルから教えられたことを思い出した。
ソリンが言うのは、つまり――
「でも、それって、他の国から手に入れたものだよね?」
フリージアは責める口調にならないように細心の注意を払って、慎重にそう訊いた。
「うん。それ以外に、どこから来るって言うのさ」
ソリンは怪訝そうな顔で、逆にそう問い返してくる。
「ええっとさ、その、相手の国の人とか、困ってないかなぁ、とか、思ったことない?」
「何で?」
「何でって……」
「だって、ニダベリルの方が強いんだよ? 弱いもんが強いもんの言うこと聞くのは、当たり前じゃん」
「うん、まあ、そうだよね……」
「でしょ?」
負けた国が勝った国に従わなければならないのは、確かに当然の事だろう。けれど、それが国と国――人と人との関係として良いものだとは、フリージアには思えなかった。
が、そうは思っても、自分の国のことを一心に信じている少年を説き伏せられるほどの言葉は、持ち合わせていない。
「ソリンは、この国のことが好きなんだね」
「当たり前じゃん! ま、楽には暮せてないけどさ、でも、すごい国だもん」
そう言ったソリンの目は、誇らしげに輝いている。
「父さんは今訓練に行ってるんだけどさ、今度の遠征に呼ばれてるんだ」
「今度の遠征って、グランゲルドとの?」
「そう。王様が、エルフィアを取り返してくれるんだって。おれの父さん、強いんだぜ。おれも早く戦えるようになりたいや」
胸を張るソリンに、フリージアは何と答えたらいいものか、判らなかった。こんなにも幼い子どもでも、戦に対する躊躇いがない。いや、むしろ望んでいるように見える。
グランゲルドでは、戦う者とそうでない者とは明確に別れている。
兵士は兵士、平民は平民だ。
当然のことながら、平民は戦が起きても戦いには関与しない。死地に赴く兵士たちの身を案じこそすれ、「共に戦う」という意識を持つ者は、恐らくいない。
兵士も、戦うことが『責務』であると充分に理解しているが、彼らの中の誰一人として戦いを望んではいない。国を護る戦いに対する士気は高いが、人を殺し、自分や仲間が殺されるかもしれないということに対する抵抗は、伝わってくる。
ソリンは、戦になるという状況を、どんなふうに思っているのだろう。父親が誰かを殺し、父親もまた誰かに殺されるかもしれないという状況を。
「戦わなくてもいい方法とか、考えたことない?」
「え?」
「お父さんが戦に行くのって、怖くない? 悲しくない?」
「まっさかぁ! 国の為に戦うんだぜ?」
「でも……死んじゃうかもよ?」
おずおずと、躊躇いがちに、フリージアは『死』という言葉を口にする。だが、ソリンは、一瞬視線を揺るがせたものの、またすぐに彼女を真っ直ぐに見返してきた。
「それは、怖いよ。でも、このニダベリルの為だもん。この村でも何人か戦争で死んじゃった人いるけど、この国の『イシズエ』になったんだよ。それは、すごいことなんだ」
「そう……」
「この国は、ドンドン強くなるんだ」
確信に満ちた、ソリンの強い眼差し。
それは、この国の者に共通するものなのだろうか。
彼が子どもだからこその一途さなのかもしれない――そうであって欲しいと、フリージアは思う。まだ、話し合いで解決できる余地は残されているのだと、彼女は思いたかった。
この国が『徴兵制』という、一般の民から兵を集める制度を採用しているということは、事前に聞いていた。だが、フリージアは、そんな仕組みが成り立つとは思っていなかったのだ。
普段鍬や鋤を持つ手に武器を持ったところで、急に戦う意識が芽生える筈がない――そう思っていた。
現状では、グランゲルドとニダベリル間には戦力に大きな差があるが、ニダベリルの兵の半数は『軍人』ではない。だから、実質、そう大差ないのでは、とフリージアは考えていた。
けれども、今、目の前にいるソリン。
この国の者が皆彼と同じくらいの士気を持っているのだとしたら――。
子どもだから、強く思い込んでいるということもあるかもしれない。
けれど、子どもは大人の鏡であるとも言える。身近な人間の言動を吸収して、一人の人間が形作られていくのだ――それを模範とするにしろ、反面教師とするにしろ。
フリージアは道中で目にした荒れた大地を思い出す。
確かに、この土地で人を飢えさせない為には、他所から食料を手に入れるしかないのだろう。けれど、それではいったいどこまで拡げればいいというのか。
そうやって奪うばかりでは、果てがない。いずれ、このニダベリルだって行き詰る。
他人の物を一方的に奪うのではなく、もっと対等に、与え合うこともできる筈だと、フリージアは思うのだ。
これまでにも、グランゲルドのフレイからニダベリルのアウストルへ、何度も平和的解決を促す親書は送られている。だが、色良い返事は一度もない。ただ、要求に応じなければ開戦、その一点張りだ。
話し合う気のない相手と話すには、相手を自分の土俵に引きずり込むか、自分が相手の土俵に立つか、そのどちらかを選ばないとならない。
「フリージア?」
物思いにふけっていたフリージアを、ソリンの声が引き戻す。ハッと我に返った彼女は、笑顔を作って答えた。
「あ、ごめん、何でもないよ。ちょっと、考え事。あ、ウルの治療、そろそろ終わったかな」
「どうかな」
ソリンは首を捻りながら言う。
提示された金額の違いは、きっと、治療の丁寧さの違いなのだろう。高い方を選んだのだから手をかけてくれている筈だ。フリージアも旅生活の中で医者の真似事程度ならしたことがあるから、治療にかかるだいたいの時間ぐらいは予測できる。
「脚が折れてるのは、副木を当てて固定するくらいだろ? もう終わってるんじゃないかな」
見えないところが余程ひどいことになっていなければ、もうそろそろ終わる頃合いなのだが。
そう思うと、フリージアは急に不安になってくる。
予想よりも時間がかかるということは、実はもっとひどい怪我が隠れていたのだろうか。
「ちょっと、見に行きたいな」
「『混ざりもの』に治してもらってるんだから死ぬほどの大怪我じゃなけりゃ、キレイに治るよ」
「『混ざりもの』――?」
ソリンの口から出た聞き慣れない言葉に、フリージアは眉根を寄せる。薬草の名前にしては、少々文脈がおかしかったような気がした。
フリージアのその顔に、今度はソリンが怪訝そうな眼差しになる。
「フリージア、『混ざりもの』を知らないの?」
どうやら、ソレはこの国ではごくごく一般的なものらしい。知らないと答えるか、知ったかぶりをするか、フリージアは一瞬迷った後、決める。
「ああ、『混ざりもの』ね。そりゃ良かった。助かったよ」
感心して見せたフリージアに、ソリンは我が事のように胸を張った。
「だろ? 先生んとこの『混ざりもの』はスゲェんだぜ。どんな怪我も病気も、あっという間に治っちまうんだ」
「へえ……そりゃ、凄い」
確かに、それは『凄い』の一言だ。内心で、いったい何なのだろうと首をかしげつつ、フリージアは頷く。
「まだ治してるところかもな。じゃ、先生んとこに行ってみようよ」
そう言うと、ソリンはピョンと椅子から飛び降り、フリージアの手を引っ張った。
フリージアはソリンと共に、ウルを医者の元に連れて行ったオルディンの帰りを彼の家で待っていた。オルディンと一緒に行っても良かったのだが、ソリンと――この国の人間と、ゆっくり話をしたかったのだ。
「ありがとね、助かったよ」
二人きりになり、改めて、フリージアはソリンに礼を言う。
「いいってことよ」
少年はフリージアの隣に腰を下ろすと、脚をブラブラさせながら彼女を上から下まで眺めた。そして、率直な感想を述べる。
「しけた格好してるくせに、けっこう金持ってたんだね」
結局、ウルの怪我は足の骨折と全身の打撲で、ナイの医者がその治療の為に吹っかけてきたのは、結構な値段だったのだ。正確に言うと、医者が提示したのは、一つは少々高めな、もう一つは法外な金額だったのだが。それだけの金額を払えば、ウルの怪我を即座に全て治してみせると、医者が豪語した。
骨折ともなれば、少なくともひと月は馬には乗れないだろう。半信半疑ながら、フリージアたちは医者の言う金額を払ったのだ。
「まあね。これは世を忍ぶ姿で、実はイイとこのお嬢さんなんだよ、あたし」
「えぇえ、フリージアが? まっさかぁ!」
一応事実を言ったフリージアを、ソリンは盛大に笑い飛ばした。
まあ、当然の反応だろう。
ソリンには、フリージアたちは他の国からの移民で、狩りをしながらの旅暮らしをしていると伝えてあった。あちらこちらの国を吸収しているこのニダベリルでは、そういった人々もそれほど珍しくはないらしい。様々な国の人間が、流入しているのだ。
彼女の台詞を完全に流したウルは、肩を竦めながら続けた。
「最近は怪我人も病人もなかったから、先生も喜んでるよ。そろそろ、患者が欲しいって、ぼやいてたとこだったんだよ」
「え? でも、お医者さんなんて、暇な方がいいでしょ?」
キョトンとした顔で首をかしげたフリージアに、ソリンは呆れたような眼差しを向けた。
「はあ? そんなこと言ってたら、おまんまの食い上げじゃん。医者だって人間だぜ? 仕事がなけりゃ、食ってけないよ」
「……まあ……そう、なんだけどさ」
グランゲルドでは、診てもらうもらわないに拘らず、普段から医者のところに食べ物やら何やらを持ち寄っている。医者が暇なのは良いことだし、かといって、村から医者がいなくなるのは困るのだから。
その代り、医者が『治療費』として要求するのは実費程度で、それはごくわずかなものだった。だが、そんなやり方が成り立つのは、やはりグランゲルドには『余裕』があるからなのだろうか。
こんなことでもニダベリルとグランゲルドの違いを見せられ、フリージアは戸惑う。彼女は何とか話の接ぎ穂を探した。
「ええっとさ、ソリンのお父さんとお母さんは?」
「母さんは死んだよ」
「え、あ、ゴメン」
あっさりとソリンにそう返され、フリージアは慌てふためいた。だが、彼は肩を竦めただけだ。
「別にいいよ。おれもちっさい頃だったから顔も覚えてないし。飢饉の時だったんだってさ」
「飢饉……」
「そう。隣の国のグランゲルドがうちのエルフィア盗っちゃったから、この国はどんどん土地が痩せてるんだって」
「え……?」
唇を尖らせながらのソリンの台詞に、フリージアは絶句する。
それは、間違いだ。エルフィアたちは彼ら自身の意志でグランゲルドに『亡命』してきたのであって、決してグランゲルドが唆したり略奪したりしたわけではない。
フリージアは思わず反論しそうになって、咄嗟に強く唇を噛み締めた。
ここでソリンの言葉を否定しても、良い結果は招かないのだ。
黙り込んだフリージアの隣で、ソリンが続ける。
「今の王様は、凄いんだよ。アウストル様が王様になってから、あんまり作物が採れない年も、ちゃんとご飯が食べられるようになったんだって」
彼のその台詞に、フリージアはバイダルから教えられたことを思い出した。
ソリンが言うのは、つまり――
「でも、それって、他の国から手に入れたものだよね?」
フリージアは責める口調にならないように細心の注意を払って、慎重にそう訊いた。
「うん。それ以外に、どこから来るって言うのさ」
ソリンは怪訝そうな顔で、逆にそう問い返してくる。
「ええっとさ、その、相手の国の人とか、困ってないかなぁ、とか、思ったことない?」
「何で?」
「何でって……」
「だって、ニダベリルの方が強いんだよ? 弱いもんが強いもんの言うこと聞くのは、当たり前じゃん」
「うん、まあ、そうだよね……」
「でしょ?」
負けた国が勝った国に従わなければならないのは、確かに当然の事だろう。けれど、それが国と国――人と人との関係として良いものだとは、フリージアには思えなかった。
が、そうは思っても、自分の国のことを一心に信じている少年を説き伏せられるほどの言葉は、持ち合わせていない。
「ソリンは、この国のことが好きなんだね」
「当たり前じゃん! ま、楽には暮せてないけどさ、でも、すごい国だもん」
そう言ったソリンの目は、誇らしげに輝いている。
「父さんは今訓練に行ってるんだけどさ、今度の遠征に呼ばれてるんだ」
「今度の遠征って、グランゲルドとの?」
「そう。王様が、エルフィアを取り返してくれるんだって。おれの父さん、強いんだぜ。おれも早く戦えるようになりたいや」
胸を張るソリンに、フリージアは何と答えたらいいものか、判らなかった。こんなにも幼い子どもでも、戦に対する躊躇いがない。いや、むしろ望んでいるように見える。
グランゲルドでは、戦う者とそうでない者とは明確に別れている。
兵士は兵士、平民は平民だ。
当然のことながら、平民は戦が起きても戦いには関与しない。死地に赴く兵士たちの身を案じこそすれ、「共に戦う」という意識を持つ者は、恐らくいない。
兵士も、戦うことが『責務』であると充分に理解しているが、彼らの中の誰一人として戦いを望んではいない。国を護る戦いに対する士気は高いが、人を殺し、自分や仲間が殺されるかもしれないということに対する抵抗は、伝わってくる。
ソリンは、戦になるという状況を、どんなふうに思っているのだろう。父親が誰かを殺し、父親もまた誰かに殺されるかもしれないという状況を。
「戦わなくてもいい方法とか、考えたことない?」
「え?」
「お父さんが戦に行くのって、怖くない? 悲しくない?」
「まっさかぁ! 国の為に戦うんだぜ?」
「でも……死んじゃうかもよ?」
おずおずと、躊躇いがちに、フリージアは『死』という言葉を口にする。だが、ソリンは、一瞬視線を揺るがせたものの、またすぐに彼女を真っ直ぐに見返してきた。
「それは、怖いよ。でも、このニダベリルの為だもん。この村でも何人か戦争で死んじゃった人いるけど、この国の『イシズエ』になったんだよ。それは、すごいことなんだ」
「そう……」
「この国は、ドンドン強くなるんだ」
確信に満ちた、ソリンの強い眼差し。
それは、この国の者に共通するものなのだろうか。
彼が子どもだからこその一途さなのかもしれない――そうであって欲しいと、フリージアは思う。まだ、話し合いで解決できる余地は残されているのだと、彼女は思いたかった。
この国が『徴兵制』という、一般の民から兵を集める制度を採用しているということは、事前に聞いていた。だが、フリージアは、そんな仕組みが成り立つとは思っていなかったのだ。
普段鍬や鋤を持つ手に武器を持ったところで、急に戦う意識が芽生える筈がない――そう思っていた。
現状では、グランゲルドとニダベリル間には戦力に大きな差があるが、ニダベリルの兵の半数は『軍人』ではない。だから、実質、そう大差ないのでは、とフリージアは考えていた。
けれども、今、目の前にいるソリン。
この国の者が皆彼と同じくらいの士気を持っているのだとしたら――。
子どもだから、強く思い込んでいるということもあるかもしれない。
けれど、子どもは大人の鏡であるとも言える。身近な人間の言動を吸収して、一人の人間が形作られていくのだ――それを模範とするにしろ、反面教師とするにしろ。
フリージアは道中で目にした荒れた大地を思い出す。
確かに、この土地で人を飢えさせない為には、他所から食料を手に入れるしかないのだろう。けれど、それではいったいどこまで拡げればいいというのか。
そうやって奪うばかりでは、果てがない。いずれ、このニダベリルだって行き詰る。
他人の物を一方的に奪うのではなく、もっと対等に、与え合うこともできる筈だと、フリージアは思うのだ。
これまでにも、グランゲルドのフレイからニダベリルのアウストルへ、何度も平和的解決を促す親書は送られている。だが、色良い返事は一度もない。ただ、要求に応じなければ開戦、その一点張りだ。
話し合う気のない相手と話すには、相手を自分の土俵に引きずり込むか、自分が相手の土俵に立つか、そのどちらかを選ばないとならない。
「フリージア?」
物思いにふけっていたフリージアを、ソリンの声が引き戻す。ハッと我に返った彼女は、笑顔を作って答えた。
「あ、ごめん、何でもないよ。ちょっと、考え事。あ、ウルの治療、そろそろ終わったかな」
「どうかな」
ソリンは首を捻りながら言う。
提示された金額の違いは、きっと、治療の丁寧さの違いなのだろう。高い方を選んだのだから手をかけてくれている筈だ。フリージアも旅生活の中で医者の真似事程度ならしたことがあるから、治療にかかるだいたいの時間ぐらいは予測できる。
「脚が折れてるのは、副木を当てて固定するくらいだろ? もう終わってるんじゃないかな」
見えないところが余程ひどいことになっていなければ、もうそろそろ終わる頃合いなのだが。
そう思うと、フリージアは急に不安になってくる。
予想よりも時間がかかるということは、実はもっとひどい怪我が隠れていたのだろうか。
「ちょっと、見に行きたいな」
「『混ざりもの』に治してもらってるんだから死ぬほどの大怪我じゃなけりゃ、キレイに治るよ」
「『混ざりもの』――?」
ソリンの口から出た聞き慣れない言葉に、フリージアは眉根を寄せる。薬草の名前にしては、少々文脈がおかしかったような気がした。
フリージアのその顔に、今度はソリンが怪訝そうな眼差しになる。
「フリージア、『混ざりもの』を知らないの?」
どうやら、ソレはこの国ではごくごく一般的なものらしい。知らないと答えるか、知ったかぶりをするか、フリージアは一瞬迷った後、決める。
「ああ、『混ざりもの』ね。そりゃ良かった。助かったよ」
感心して見せたフリージアに、ソリンは我が事のように胸を張った。
「だろ? 先生んとこの『混ざりもの』はスゲェんだぜ。どんな怪我も病気も、あっという間に治っちまうんだ」
「へえ……そりゃ、凄い」
確かに、それは『凄い』の一言だ。内心で、いったい何なのだろうと首をかしげつつ、フリージアは頷く。
「まだ治してるところかもな。じゃ、先生んとこに行ってみようよ」
そう言うと、ソリンはピョンと椅子から飛び降り、フリージアの手を引っ張った。
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