52 / 73
サラブレットを蹴飛ばす方法
8
しおりを挟む
ふと目を開けると、弥生はキングサイズのフカフカなベッドに寝かされていた。
――ここはどこ? 何で、わたしはベッドに寝てるの?
頭の中は妙にすっきりしているのに、事態が理解できない。
起き上がって部屋の中を見回してみても、全く見覚えがなかった。
脳を振り絞って記憶を辿っていってみると、伊集院と食事を終えたところまでは到達する。
――その後は……?
空白。
完全に、何も残っていない。
焦る彼女の耳に、控えめなノックの音が届いた。次いで、ゆっくりとドアが開く。
伊集院の姿を想像して身構えた弥生は、現れた人物にポカンと口を開いた。
「あれ、なんで? 一輝君?」
本当に、何故、彼がいるのか。
頭の中を疑問符でいっぱいにした弥生に、一輝はいつもどおりに微笑みながら近付いてくる。
「気分は? 頭が痛かったり、吐き気がしたりしていないですか?」
「え……全然、平気……だけど?」
彼が何故そんなことを訊いてくるのかが判らず、弥生は口ごもりながら答えた。
一輝は混乱している弥生がいるベッドまでやってくると、そこに腰を下ろす。
「弥生さん、伊集院さんとのお食事に出かけたでしょう? そこでお酒を飲まれて、酔ってしまわれたんですよ。で、彼が僕に連絡してきまして」
「わあ、わたし、あの人に迷惑かけちゃったんだ!?」
簡単に説明された自分の醜態に掴んだシーツを顔に押し付けた弥生は、ハタと気付く。
「あれ、だけど、一輝君、伊集院さんのこと知ってるの?」
「ええ、まあ……仕事で、少し」
「ふうん?」
曖昧な一輝の言い方に首を傾げた弥生の髪を、彼がそっと一房掬い取る。そのくすぐったさに、心臓が一つ大きく打った。
「一輝君……?」
彼がそれに口付けるのを目の当たりにして、どぎまぎしながらも視線を逸らせることができない。一輝が、上目遣いに見つめてくる。
「弥生さん?」
「なに?」
「お酒は、僕が一緒の時だけにしておいてくださいね?」
「え?」
「酔ったあなたはとても可愛かった。アレを他の男に見られるなんて、僕には耐えられません」
彼のその台詞に、火照った頬から一瞬にして熱が引いていく。
「わたし……ナニかした?」
恐る恐る尋ねた弥生に、彼はもったいぶった笑みを向ける。
「ナニか? ……ええ、そうですね。したと言えば、しましたねぇ」
「何? 何なの?」
「知りたいんですか?」
言外に、本当にソレを知ってしまってもいいのかと問われ、弥生は混乱の極致に至る。
「え、や、やっぱり言わなくていい!」
「そうですか? でも、人前であんなことをされたので、僕はもうお婿に行けません。弥生さん、責任を取ってくださいね?」
「え……え――っと、『あんなこと』……?」
繰り返した弥生に、一輝はニッコリと笑顔を返してきた。
やはり、知っておいた方がいいのだろうか。
けれど――。
青くなったり赤くなったりを繰り返す弥生に、一輝が、意地悪で優しい眼差しを注ぐ。
そうして、ゆっくりと顔が近付いて。
一瞬後には、そっと唇が触れ合っていた。甘いその感触に、弥生は思わず目を閉じる。
彼の大きな手がすっぽりと彼女の頭を包み込んできた。
唇が離れていっても、温もりはまだすぐ傍にある。
「僕も、あなたのことが大好きです」
不意に耳に届いた囁きに、パッと弥生は目を見開いた。彼女は二、三度目を瞬いて、それから一輝に微笑み返す。
「わたしも、だいすき」
短いけれども思いの全てを注ぎ込んだ彼女のその言葉は、再び近づいた一輝の唇の中に消えていった。
――ここはどこ? 何で、わたしはベッドに寝てるの?
頭の中は妙にすっきりしているのに、事態が理解できない。
起き上がって部屋の中を見回してみても、全く見覚えがなかった。
脳を振り絞って記憶を辿っていってみると、伊集院と食事を終えたところまでは到達する。
――その後は……?
空白。
完全に、何も残っていない。
焦る彼女の耳に、控えめなノックの音が届いた。次いで、ゆっくりとドアが開く。
伊集院の姿を想像して身構えた弥生は、現れた人物にポカンと口を開いた。
「あれ、なんで? 一輝君?」
本当に、何故、彼がいるのか。
頭の中を疑問符でいっぱいにした弥生に、一輝はいつもどおりに微笑みながら近付いてくる。
「気分は? 頭が痛かったり、吐き気がしたりしていないですか?」
「え……全然、平気……だけど?」
彼が何故そんなことを訊いてくるのかが判らず、弥生は口ごもりながら答えた。
一輝は混乱している弥生がいるベッドまでやってくると、そこに腰を下ろす。
「弥生さん、伊集院さんとのお食事に出かけたでしょう? そこでお酒を飲まれて、酔ってしまわれたんですよ。で、彼が僕に連絡してきまして」
「わあ、わたし、あの人に迷惑かけちゃったんだ!?」
簡単に説明された自分の醜態に掴んだシーツを顔に押し付けた弥生は、ハタと気付く。
「あれ、だけど、一輝君、伊集院さんのこと知ってるの?」
「ええ、まあ……仕事で、少し」
「ふうん?」
曖昧な一輝の言い方に首を傾げた弥生の髪を、彼がそっと一房掬い取る。そのくすぐったさに、心臓が一つ大きく打った。
「一輝君……?」
彼がそれに口付けるのを目の当たりにして、どぎまぎしながらも視線を逸らせることができない。一輝が、上目遣いに見つめてくる。
「弥生さん?」
「なに?」
「お酒は、僕が一緒の時だけにしておいてくださいね?」
「え?」
「酔ったあなたはとても可愛かった。アレを他の男に見られるなんて、僕には耐えられません」
彼のその台詞に、火照った頬から一瞬にして熱が引いていく。
「わたし……ナニかした?」
恐る恐る尋ねた弥生に、彼はもったいぶった笑みを向ける。
「ナニか? ……ええ、そうですね。したと言えば、しましたねぇ」
「何? 何なの?」
「知りたいんですか?」
言外に、本当にソレを知ってしまってもいいのかと問われ、弥生は混乱の極致に至る。
「え、や、やっぱり言わなくていい!」
「そうですか? でも、人前であんなことをされたので、僕はもうお婿に行けません。弥生さん、責任を取ってくださいね?」
「え……え――っと、『あんなこと』……?」
繰り返した弥生に、一輝はニッコリと笑顔を返してきた。
やはり、知っておいた方がいいのだろうか。
けれど――。
青くなったり赤くなったりを繰り返す弥生に、一輝が、意地悪で優しい眼差しを注ぐ。
そうして、ゆっくりと顔が近付いて。
一瞬後には、そっと唇が触れ合っていた。甘いその感触に、弥生は思わず目を閉じる。
彼の大きな手がすっぽりと彼女の頭を包み込んできた。
唇が離れていっても、温もりはまだすぐ傍にある。
「僕も、あなたのことが大好きです」
不意に耳に届いた囁きに、パッと弥生は目を見開いた。彼女は二、三度目を瞬いて、それから一輝に微笑み返す。
「わたしも、だいすき」
短いけれども思いの全てを注ぎ込んだ彼女のその言葉は、再び近づいた一輝の唇の中に消えていった。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。

お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。
それでもフランソアは
“僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ”
というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。
そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。
聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。
父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。
聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
偽物のご令嬢は本物の御曹司に懐かれています
玖羽 望月
恋愛
役員秘書で根っからの委員長『千春』は、20年来の親友で社長令嬢『夏帆』に突然お見合いの替え玉を頼まれる。
しかも……「色々あって、簡単に断れないんだよね。とりあえず1回でさよならは無しで」なんて言われて渋々行ったお見合い。
そこに「氷の貴公子」と噂される無口なイケメン『倉木』が現れた。
「また会えますよね? 次はいつ会えますか? 会ってくれますよね?」
ちょっと待って! 突然子犬みたいにならないで!
……って、子犬は狼にもなるんですか⁈
安 千春(やす ちはる) 27歳
役員秘書をしている根っからの学級委員タイプ。恋愛経験がないわけではありません! ただちょっと最近ご無沙汰なだけ。
こんな軽いノリのラブコメです。Rシーンには*マークがついています。
初出はエブリスタ(2022.9.11〜10.22)
ベリーズカフェにも転載しています。
番外編『酸いも甘いも』2023.2.11開始。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる