48 / 73
サラブレットを蹴飛ばす方法
4
しおりを挟む
短い逢瀬を終え、弥生を家まで送り届けた帰りの車の中。一輝は彼女のことをゆっくりと思い返していた。
しばらく色々な話をした後、弥生が、おずおずと『写真』について問い掛けてきたのだ。一輝は、考えなくても何のことを言っているのか察しがついた。一瞬、すぐに答えようかどうしようか迷ったが、モジモジしている彼女を見ていたら、ついイジメてみたくなってしまったのだ。
何のことを言っているのか判らない、という態度を貫き通す一輝に、弥生は更に頬を染めながら、小さな声で「メイドの……」とだけ口にした。そら惚けて「あれですか」と答えると、彼女は口ごもりつつ、データの消去を希望してきたのだ。
だが、弥生のコスプレ姿という貴重なものを、手放すつもりはさらさらない。そもそも、彼女の写真を消去するなど、有り得ない話だ。
一輝がニッコリ笑って「イヤです」と断言した時の彼女の様は、抱き潰してやりたくなるほどだった。思わず口元が緩んだが、隣から掛けられた声で真顔に戻る。
「一輝様」
視線をそちらに投げると、橘が何やら神妙な顔をしていた。
「何だ?」
「それが、ですね。弥生様はお伝えしなくていいと仰っていたのですが……」
そこで橘は口ごもる。しかし、弥生の名前を出しておいて途中で止められても気分が悪い。一輝は目だけで先を促した。
「今日、弥生様をお迎えに上がった時、伊集院蓮司様をお見かけしました」
「伊集院……? 伊集院グループの?」
「はい」
伊集院グループは、新藤商事とは比較にならない由緒と財力を持つ、日本のトップ企業だ。加えて、跡取り息子である蓮司は容姿も優れており、その周囲には常に女性の噂がまとわり着いている人物である。そんな彼が、普通であれば、弥生と接点を持つ筈がない。となると、原因は自分だろうと、一輝は容易に思い至った。
振り返ってみれば、何かとちょっかいをかけてくる男だ。企業レベルとしたら獅子と鼠のようなものなのだから、放っておいてくれればいいと思うのだが、遥かに年下の者が色々と話題になるのが、余程楽しくないと見える。彼が跡継ぎと思うと伊集院グループの先行きが不安になるが、あれほどの企業になると参謀役が固められているから、トップに多少難があっても許されるのかもしれない。
「いかがいたしましょうか?」
呆れたような小さな溜息をついた一輝に、橘が伺いを立てる。だが、一輝はそれに肩を竦めただけだった。
「別に、放っておけ」
「よろしいので?」
「何が心配なんだ?」
平然とした顔の主に逆に問い返されて、橘は面食らう。弥生に対する一輝の独占欲の強さは、半端ではなかった筈だ。
「伊集院様が弥生様に言い寄っても、構わないのですか?」
恐る恐るそう尋ねた橘に、一輝は小さく笑みを漏らした。
「……一輝様?」
「いや――弥生さんは、あの森口さんの気持ちにも気付いていなかった人だぞ? 伊集院の上っ面の言葉に騙される筈がない。万一口説かれていると認識できたとしても、彼女がフラフラすることはないさ。あのお坊ちゃんは育ちがいいからな、弥生さんに対して無体な手を使うこともないだろうし」
伊集院が耳にしたら激怒しそうな台詞だが、幸いなことに当人はこの場にいない。
一輝にとって不満なのは、あのボンボンが弥生に手を出そうとしていることよりも、何故その経緯に至ったかの方だ。弥生のことはまだ公にしたくはないので、彼女のことが漏れないように細心の注意を払ってきたつもりだった。
妙に意図的な噂の流れ方からして、誰かが裏で糸を引いているのに間違いはない。となると、思い浮かぶのは、『あの人』だけだ。どうせ、弥生に男を近づけさせて一輝を焦らせようとでもいう腹積もりなのだろうが、今回は完全な計画倒れだ。あんな男相手では、妬く気も起きない。
――一応、弥生さんの身の安全の為に、何か手は打っておくか。
ヤレヤレと溜息をつき、一輝はシートに身を沈めた。
しばらく色々な話をした後、弥生が、おずおずと『写真』について問い掛けてきたのだ。一輝は、考えなくても何のことを言っているのか察しがついた。一瞬、すぐに答えようかどうしようか迷ったが、モジモジしている彼女を見ていたら、ついイジメてみたくなってしまったのだ。
何のことを言っているのか判らない、という態度を貫き通す一輝に、弥生は更に頬を染めながら、小さな声で「メイドの……」とだけ口にした。そら惚けて「あれですか」と答えると、彼女は口ごもりつつ、データの消去を希望してきたのだ。
だが、弥生のコスプレ姿という貴重なものを、手放すつもりはさらさらない。そもそも、彼女の写真を消去するなど、有り得ない話だ。
一輝がニッコリ笑って「イヤです」と断言した時の彼女の様は、抱き潰してやりたくなるほどだった。思わず口元が緩んだが、隣から掛けられた声で真顔に戻る。
「一輝様」
視線をそちらに投げると、橘が何やら神妙な顔をしていた。
「何だ?」
「それが、ですね。弥生様はお伝えしなくていいと仰っていたのですが……」
そこで橘は口ごもる。しかし、弥生の名前を出しておいて途中で止められても気分が悪い。一輝は目だけで先を促した。
「今日、弥生様をお迎えに上がった時、伊集院蓮司様をお見かけしました」
「伊集院……? 伊集院グループの?」
「はい」
伊集院グループは、新藤商事とは比較にならない由緒と財力を持つ、日本のトップ企業だ。加えて、跡取り息子である蓮司は容姿も優れており、その周囲には常に女性の噂がまとわり着いている人物である。そんな彼が、普通であれば、弥生と接点を持つ筈がない。となると、原因は自分だろうと、一輝は容易に思い至った。
振り返ってみれば、何かとちょっかいをかけてくる男だ。企業レベルとしたら獅子と鼠のようなものなのだから、放っておいてくれればいいと思うのだが、遥かに年下の者が色々と話題になるのが、余程楽しくないと見える。彼が跡継ぎと思うと伊集院グループの先行きが不安になるが、あれほどの企業になると参謀役が固められているから、トップに多少難があっても許されるのかもしれない。
「いかがいたしましょうか?」
呆れたような小さな溜息をついた一輝に、橘が伺いを立てる。だが、一輝はそれに肩を竦めただけだった。
「別に、放っておけ」
「よろしいので?」
「何が心配なんだ?」
平然とした顔の主に逆に問い返されて、橘は面食らう。弥生に対する一輝の独占欲の強さは、半端ではなかった筈だ。
「伊集院様が弥生様に言い寄っても、構わないのですか?」
恐る恐るそう尋ねた橘に、一輝は小さく笑みを漏らした。
「……一輝様?」
「いや――弥生さんは、あの森口さんの気持ちにも気付いていなかった人だぞ? 伊集院の上っ面の言葉に騙される筈がない。万一口説かれていると認識できたとしても、彼女がフラフラすることはないさ。あのお坊ちゃんは育ちがいいからな、弥生さんに対して無体な手を使うこともないだろうし」
伊集院が耳にしたら激怒しそうな台詞だが、幸いなことに当人はこの場にいない。
一輝にとって不満なのは、あのボンボンが弥生に手を出そうとしていることよりも、何故その経緯に至ったかの方だ。弥生のことはまだ公にしたくはないので、彼女のことが漏れないように細心の注意を払ってきたつもりだった。
妙に意図的な噂の流れ方からして、誰かが裏で糸を引いているのに間違いはない。となると、思い浮かぶのは、『あの人』だけだ。どうせ、弥生に男を近づけさせて一輝を焦らせようとでもいう腹積もりなのだろうが、今回は完全な計画倒れだ。あんな男相手では、妬く気も起きない。
――一応、弥生さんの身の安全の為に、何か手は打っておくか。
ヤレヤレと溜息をつき、一輝はシートに身を沈めた。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる