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サラブレットを蹴飛ばす方法
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短い逢瀬を終え、弥生を家まで送り届けた帰りの車の中。一輝は彼女のことをゆっくりと思い返していた。
しばらく色々な話をした後、弥生が、おずおずと『写真』について問い掛けてきたのだ。一輝は、考えなくても何のことを言っているのか察しがついた。一瞬、すぐに答えようかどうしようか迷ったが、モジモジしている彼女を見ていたら、ついイジメてみたくなってしまったのだ。
何のことを言っているのか判らない、という態度を貫き通す一輝に、弥生は更に頬を染めながら、小さな声で「メイドの……」とだけ口にした。そら惚けて「あれですか」と答えると、彼女は口ごもりつつ、データの消去を希望してきたのだ。
だが、弥生のコスプレ姿という貴重なものを、手放すつもりはさらさらない。そもそも、彼女の写真を消去するなど、有り得ない話だ。
一輝がニッコリ笑って「イヤです」と断言した時の彼女の様は、抱き潰してやりたくなるほどだった。思わず口元が緩んだが、隣から掛けられた声で真顔に戻る。
「一輝様」
視線をそちらに投げると、橘が何やら神妙な顔をしていた。
「何だ?」
「それが、ですね。弥生様はお伝えしなくていいと仰っていたのですが……」
そこで橘は口ごもる。しかし、弥生の名前を出しておいて途中で止められても気分が悪い。一輝は目だけで先を促した。
「今日、弥生様をお迎えに上がった時、伊集院蓮司様をお見かけしました」
「伊集院……? 伊集院グループの?」
「はい」
伊集院グループは、新藤商事とは比較にならない由緒と財力を持つ、日本のトップ企業だ。加えて、跡取り息子である蓮司は容姿も優れており、その周囲には常に女性の噂がまとわり着いている人物である。そんな彼が、普通であれば、弥生と接点を持つ筈がない。となると、原因は自分だろうと、一輝は容易に思い至った。
振り返ってみれば、何かとちょっかいをかけてくる男だ。企業レベルとしたら獅子と鼠のようなものなのだから、放っておいてくれればいいと思うのだが、遥かに年下の者が色々と話題になるのが、余程楽しくないと見える。彼が跡継ぎと思うと伊集院グループの先行きが不安になるが、あれほどの企業になると参謀役が固められているから、トップに多少難があっても許されるのかもしれない。
「いかがいたしましょうか?」
呆れたような小さな溜息をついた一輝に、橘が伺いを立てる。だが、一輝はそれに肩を竦めただけだった。
「別に、放っておけ」
「よろしいので?」
「何が心配なんだ?」
平然とした顔の主に逆に問い返されて、橘は面食らう。弥生に対する一輝の独占欲の強さは、半端ではなかった筈だ。
「伊集院様が弥生様に言い寄っても、構わないのですか?」
恐る恐るそう尋ねた橘に、一輝は小さく笑みを漏らした。
「……一輝様?」
「いや――弥生さんは、あの森口さんの気持ちにも気付いていなかった人だぞ? 伊集院の上っ面の言葉に騙される筈がない。万一口説かれていると認識できたとしても、彼女がフラフラすることはないさ。あのお坊ちゃんは育ちがいいからな、弥生さんに対して無体な手を使うこともないだろうし」
伊集院が耳にしたら激怒しそうな台詞だが、幸いなことに当人はこの場にいない。
一輝にとって不満なのは、あのボンボンが弥生に手を出そうとしていることよりも、何故その経緯に至ったかの方だ。弥生のことはまだ公にしたくはないので、彼女のことが漏れないように細心の注意を払ってきたつもりだった。
妙に意図的な噂の流れ方からして、誰かが裏で糸を引いているのに間違いはない。となると、思い浮かぶのは、『あの人』だけだ。どうせ、弥生に男を近づけさせて一輝を焦らせようとでもいう腹積もりなのだろうが、今回は完全な計画倒れだ。あんな男相手では、妬く気も起きない。
――一応、弥生さんの身の安全の為に、何か手は打っておくか。
ヤレヤレと溜息をつき、一輝はシートに身を沈めた。
しばらく色々な話をした後、弥生が、おずおずと『写真』について問い掛けてきたのだ。一輝は、考えなくても何のことを言っているのか察しがついた。一瞬、すぐに答えようかどうしようか迷ったが、モジモジしている彼女を見ていたら、ついイジメてみたくなってしまったのだ。
何のことを言っているのか判らない、という態度を貫き通す一輝に、弥生は更に頬を染めながら、小さな声で「メイドの……」とだけ口にした。そら惚けて「あれですか」と答えると、彼女は口ごもりつつ、データの消去を希望してきたのだ。
だが、弥生のコスプレ姿という貴重なものを、手放すつもりはさらさらない。そもそも、彼女の写真を消去するなど、有り得ない話だ。
一輝がニッコリ笑って「イヤです」と断言した時の彼女の様は、抱き潰してやりたくなるほどだった。思わず口元が緩んだが、隣から掛けられた声で真顔に戻る。
「一輝様」
視線をそちらに投げると、橘が何やら神妙な顔をしていた。
「何だ?」
「それが、ですね。弥生様はお伝えしなくていいと仰っていたのですが……」
そこで橘は口ごもる。しかし、弥生の名前を出しておいて途中で止められても気分が悪い。一輝は目だけで先を促した。
「今日、弥生様をお迎えに上がった時、伊集院蓮司様をお見かけしました」
「伊集院……? 伊集院グループの?」
「はい」
伊集院グループは、新藤商事とは比較にならない由緒と財力を持つ、日本のトップ企業だ。加えて、跡取り息子である蓮司は容姿も優れており、その周囲には常に女性の噂がまとわり着いている人物である。そんな彼が、普通であれば、弥生と接点を持つ筈がない。となると、原因は自分だろうと、一輝は容易に思い至った。
振り返ってみれば、何かとちょっかいをかけてくる男だ。企業レベルとしたら獅子と鼠のようなものなのだから、放っておいてくれればいいと思うのだが、遥かに年下の者が色々と話題になるのが、余程楽しくないと見える。彼が跡継ぎと思うと伊集院グループの先行きが不安になるが、あれほどの企業になると参謀役が固められているから、トップに多少難があっても許されるのかもしれない。
「いかがいたしましょうか?」
呆れたような小さな溜息をついた一輝に、橘が伺いを立てる。だが、一輝はそれに肩を竦めただけだった。
「別に、放っておけ」
「よろしいので?」
「何が心配なんだ?」
平然とした顔の主に逆に問い返されて、橘は面食らう。弥生に対する一輝の独占欲の強さは、半端ではなかった筈だ。
「伊集院様が弥生様に言い寄っても、構わないのですか?」
恐る恐るそう尋ねた橘に、一輝は小さく笑みを漏らした。
「……一輝様?」
「いや――弥生さんは、あの森口さんの気持ちにも気付いていなかった人だぞ? 伊集院の上っ面の言葉に騙される筈がない。万一口説かれていると認識できたとしても、彼女がフラフラすることはないさ。あのお坊ちゃんは育ちがいいからな、弥生さんに対して無体な手を使うこともないだろうし」
伊集院が耳にしたら激怒しそうな台詞だが、幸いなことに当人はこの場にいない。
一輝にとって不満なのは、あのボンボンが弥生に手を出そうとしていることよりも、何故その経緯に至ったかの方だ。弥生のことはまだ公にしたくはないので、彼女のことが漏れないように細心の注意を払ってきたつもりだった。
妙に意図的な噂の流れ方からして、誰かが裏で糸を引いているのに間違いはない。となると、思い浮かぶのは、『あの人』だけだ。どうせ、弥生に男を近づけさせて一輝を焦らせようとでもいう腹積もりなのだろうが、今回は完全な計画倒れだ。あんな男相手では、妬く気も起きない。
――一応、弥生さんの身の安全の為に、何か手は打っておくか。
ヤレヤレと溜息をつき、一輝はシートに身を沈めた。
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