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眠り姫の起こし方
八
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森口と別れて、弥生は帰路につく。
電車の中でも、歩いている時でも、考えた。
――わたしの気持ち……一輝君の気持ち。
自分の気持ちは、どんなものなのか。
美香が持ってきた週刊誌の写真を見た時、胸がドキンとした。
――ドキン?
違う。
こんなふうに、自分自身に対してさえも何かをごまかそうとしている自分に、弥生は思わず苦笑する。
あれはドキンではなくて、ズキン、だ。
一輝と並んで写っていた女性はすらりと背が高くて、荒い写真でも綺麗なひとだというのは一目で判った。
週刊誌の記事なんてでたらめが多いことは弥生も判っている。けれど、あの彼女ではなくても、いつか必ずあんなふうに一輝の隣に誰かが並ぶ日がやってくるということも、判り切ったことだった。
――一輝君は『特別』な人だから、一緒に生きていく人も、『特別』な人なんだよね。
のろのろと進めていた足が、止まる。
一輝と、一緒に生きていく人――いつでも、隣にいる人。
弟の睦月や葉月とも、父親の達郎とも、いつまでも一緒にいたい。美香や森口もだ。
一輝とは……?
もちろん、一緒にいたい。だって、『弟』みたいなものだもの。
そんなふうに、自分自身に言い聞かせるように弥生が胸の中で呟くと、また、あの週刊誌の写真が頭に浮かぶ。
あの女性はとても綺麗で、一輝と並んでいても遜色なかった。
なら、自分が同じように一輝の隣に立ったら、どうなるのだろう? と、弥生は自分に問いかけてみる。
想像した画の中の弥生と一輝は、まるで釣り合っていない。自分を隣に立たせたら、きっと一輝は笑いものになる。自分が指差されるのは気にならなかったけれど、あんなに頑張っている一輝が何か言われるのは、耐えられない。
それに、写真の女性は園城寺建設の一人娘とあった。園城寺建設と言えば、テレビのスポンサーやコマーシャルでも時々名前が出てきていて、弥生でも知っているくらい大きな会社だ。
一輝と結婚する人は、そういう人である必要もあるのだろう。
彼にとって、だけではなくて、彼が大事にしている会社にとっても必要な、人。
――どっちかっていうと、一輝君って、そっちの方を優先しそうだよね。
はは、と小さな笑いを、弥生は漏らす。
一輝は『好き』とか、『一緒にいたい』とか、そういうことでは動かないのじゃないかと思う。
彼は、けっして、マスコミが言うような冷たい人ではない。
けれど、冷静な人ではある。
そんな曖昧な感情よりも、理論とか、理屈とか、損得とか、常に色々な要素を考えて、最も良い行動を選ぶ。
考えてみたら、一輝が弥生たちに関わるようになったきっかけは、父が知人の借金を肩代わりする羽目になったことだったけれど、それを放っておいて父の工場が潰れてしまったら一輝の会社が困るからだった。
その後一輝が弥生の家に滞在することになったのは、彼の祖父にそうするように言われたからだ。
別に、一輝がそうしたいと思ったから、したわけじゃない。
弥生の家にいた時の彼はとても楽しそうだったけれど、最初から、彼が望んだわけじゃない。
――今、時々わたしと逢ってくれるのも、その延長なのかな。
また、胸がチクンと痛んだ。
弥生と逢っている時、いつも彼は嬉しそうに微笑んでいてくれるけれど、あんな写真を見てしまうと、彼女の中の何かが揺らいでしまう。
弥生は無意識のうちに、胸元を探る。
そこにあるのは、一輝がくれたペンダントだ――弥生に似合うと彼自身が選んでくれた、ペンダント。
――一輝君って、何考えてるんだろ。
弥生は服の中から引っ張り出したペンダントトップを見つめて、改めてそんなふうに思う。
そもそも、一輝は弥生のことをどう思っているのか。
また歩き出した彼女は、機械的に脚を繰り出しながら考える。
一輝の方から誘いがかかるくらいだから、好かれてはいる筈だ。でも、その態度は常に礼儀正しい――最近は、何か妙に触るようになってきているけれども。
友達、とはちょっと違うと思う。
母親、というには、彼の方がしっかりし過ぎている。
姉? それがいちばんぴったりくるのかもしれない。そうだ、きっと彼は、弥生のことは姉のように思ってくれているに違いない。
――ほら、やっぱり、それなら一緒にいられるじゃない。
弥生は、そう結論付ける。
それは一番正しい答えの筈なのに、何だかお腹の辺りがモヤモヤした。
――何だろな。
気付くと、家の近くまで帰り着いていた。家の中に入る前に、一度大きく深呼吸する。
何度か繰り返していると、胸の中に溜まった空気と一緒に、濁った何かも吐き出せているような、気がした。
電車の中でも、歩いている時でも、考えた。
――わたしの気持ち……一輝君の気持ち。
自分の気持ちは、どんなものなのか。
美香が持ってきた週刊誌の写真を見た時、胸がドキンとした。
――ドキン?
違う。
こんなふうに、自分自身に対してさえも何かをごまかそうとしている自分に、弥生は思わず苦笑する。
あれはドキンではなくて、ズキン、だ。
一輝と並んで写っていた女性はすらりと背が高くて、荒い写真でも綺麗なひとだというのは一目で判った。
週刊誌の記事なんてでたらめが多いことは弥生も判っている。けれど、あの彼女ではなくても、いつか必ずあんなふうに一輝の隣に誰かが並ぶ日がやってくるということも、判り切ったことだった。
――一輝君は『特別』な人だから、一緒に生きていく人も、『特別』な人なんだよね。
のろのろと進めていた足が、止まる。
一輝と、一緒に生きていく人――いつでも、隣にいる人。
弟の睦月や葉月とも、父親の達郎とも、いつまでも一緒にいたい。美香や森口もだ。
一輝とは……?
もちろん、一緒にいたい。だって、『弟』みたいなものだもの。
そんなふうに、自分自身に言い聞かせるように弥生が胸の中で呟くと、また、あの週刊誌の写真が頭に浮かぶ。
あの女性はとても綺麗で、一輝と並んでいても遜色なかった。
なら、自分が同じように一輝の隣に立ったら、どうなるのだろう? と、弥生は自分に問いかけてみる。
想像した画の中の弥生と一輝は、まるで釣り合っていない。自分を隣に立たせたら、きっと一輝は笑いものになる。自分が指差されるのは気にならなかったけれど、あんなに頑張っている一輝が何か言われるのは、耐えられない。
それに、写真の女性は園城寺建設の一人娘とあった。園城寺建設と言えば、テレビのスポンサーやコマーシャルでも時々名前が出てきていて、弥生でも知っているくらい大きな会社だ。
一輝と結婚する人は、そういう人である必要もあるのだろう。
彼にとって、だけではなくて、彼が大事にしている会社にとっても必要な、人。
――どっちかっていうと、一輝君って、そっちの方を優先しそうだよね。
はは、と小さな笑いを、弥生は漏らす。
一輝は『好き』とか、『一緒にいたい』とか、そういうことでは動かないのじゃないかと思う。
彼は、けっして、マスコミが言うような冷たい人ではない。
けれど、冷静な人ではある。
そんな曖昧な感情よりも、理論とか、理屈とか、損得とか、常に色々な要素を考えて、最も良い行動を選ぶ。
考えてみたら、一輝が弥生たちに関わるようになったきっかけは、父が知人の借金を肩代わりする羽目になったことだったけれど、それを放っておいて父の工場が潰れてしまったら一輝の会社が困るからだった。
その後一輝が弥生の家に滞在することになったのは、彼の祖父にそうするように言われたからだ。
別に、一輝がそうしたいと思ったから、したわけじゃない。
弥生の家にいた時の彼はとても楽しそうだったけれど、最初から、彼が望んだわけじゃない。
――今、時々わたしと逢ってくれるのも、その延長なのかな。
また、胸がチクンと痛んだ。
弥生と逢っている時、いつも彼は嬉しそうに微笑んでいてくれるけれど、あんな写真を見てしまうと、彼女の中の何かが揺らいでしまう。
弥生は無意識のうちに、胸元を探る。
そこにあるのは、一輝がくれたペンダントだ――弥生に似合うと彼自身が選んでくれた、ペンダント。
――一輝君って、何考えてるんだろ。
弥生は服の中から引っ張り出したペンダントトップを見つめて、改めてそんなふうに思う。
そもそも、一輝は弥生のことをどう思っているのか。
また歩き出した彼女は、機械的に脚を繰り出しながら考える。
一輝の方から誘いがかかるくらいだから、好かれてはいる筈だ。でも、その態度は常に礼儀正しい――最近は、何か妙に触るようになってきているけれども。
友達、とはちょっと違うと思う。
母親、というには、彼の方がしっかりし過ぎている。
姉? それがいちばんぴったりくるのかもしれない。そうだ、きっと彼は、弥生のことは姉のように思ってくれているに違いない。
――ほら、やっぱり、それなら一緒にいられるじゃない。
弥生は、そう結論付ける。
それは一番正しい答えの筈なのに、何だかお腹の辺りがモヤモヤした。
――何だろな。
気付くと、家の近くまで帰り着いていた。家の中に入る前に、一度大きく深呼吸する。
何度か繰り返していると、胸の中に溜まった空気と一緒に、濁った何かも吐き出せているような、気がした。
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