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SS:明かされた裏事情
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「ねえ、フィオナちゃん。もしかして副隊長のこと避けてない?」
そんな台詞が降って来て、ケイティと一緒に夕飯の下ごしらえで芋の皮を剥いていたフィオナの手がピタリと止まる。
「なんですか、アレンさん。藪から棒に」
固まっているフィオナの代わりに唇を尖らせたのは、ケイティだ。
「や、ケイティだってそう思うでしょ?」
肩をすくめてそう答えたアレンは警邏隊で一番年が若く、ケイティとフィオナが来る前は詰所の雑用係をしていたためか、今も時々二人を手伝ってくれたりもする。
彼はきれいに皮が剥かれた芋を器に放り込んだ。
「フランジナから帰ってからさ、何てぇの? 狼さんと兎ちゃん、みたいな? 副隊長もずいぶん思い切りよく羊の皮を脱ぎ捨てたもんだよね」
アハハと軽く笑いながら言ったアレンに、ケイティがため息をつく。
「まあ、確かに……」
呟き、フィオナにチラリと眼を走らせた。
「もう少し、手加減してあげて欲しいのだけど」
フィオナは居た堪れない気分で肩を縮める。
ウィリスサイド警邏隊詰所に戻ってからというもの、ルーカスは人目があっても構わず甘い言葉を優しく耳元で囁いてくるし、髪や手に口づけてくるのも所構わずだ。
そうされるたび、フィオナはどう反応したらいいのか判らずに固まってしまうのだけど、それをいいことにルーカスはやりたい放題だ。真面目なデッカー隊長ならたしなめてくれそうなものなのに、彼は渋い顔をするだけで何も言ってはくれない。
他の隊員も黙って見ているだけだけれども、きっと、おかしいと思っているに違いない。
小さくなるフィオナに、アレンが身を乗り出す。いかにも興味津々という風情で。
「でさぁ、実際のところ、今の二人ってどこらへんまで行ってるの?」
「どこ――って……」
「副隊長、すんごい気が長いというか、辛抱強いというか、自分には真似できないわ」
かぶりを振ったアレンは卓に頬杖を突いた。
「かれこれ、五年にはなるだろ? まあ確かに五年前は手を出したらちょっと犯罪だろって感じだったけどさぁ」
あの人、聖人君子とは程遠いはずだけどなぁとぼやくアレンをケイティが横目で睨んでいたが、フィオナにはそんな彼女の態度に疑問を抱く余裕がなかった。
今の彼の台詞では、まるで――
「アレンさんは、気付いておられたんですか? その、ルーカスさんの……」
おずおずと尋ねたフィオナに、アレンがキョトンと目を丸くする。
「え? ああ、あの人がフィオナちゃんにベタ惚れだってこと? そりゃ、滅茶苦茶防壁張り巡らせてたし」
「防、壁?」
「そう。ほら、隊長の方は皆微妙に同情票というか親心的な感じで生温かく見守っていたんだけど、副隊長は堂々と牽制してたから」
「牽制……?」
アレンが発した言葉をおうむ返しにすることしかできないフィオナの前で、彼が肩をすくめる。
「ごくごくたまに、その辺のこと知らない流れ者がちょっかい出してきてただろ? あいつら、きっとこの先一生女の子に対する態度を改める気になったと思うよ」
フィオナはまじまじとアレンの顔を見つめた。
フランジナに行くまでのルーカスは礼儀正しく穏やかで、今アレンが言うようなことがあったとはとうてい思えない。
言葉もないフィオナを見て、アレンは苦笑した。
「笑顔でやるからたち悪いんだけどね。少なくとも自分はあの人に逆らおうとは思えないよ。色んな意味で、コワい」
フランジナからの帰路の中で、確かに、ルーカス自身から散々想いの丈を打ち明けられてはきたけれど。
多分、フィオナは、彼の言葉をどこか信じきれていなかったのだと思う。
けれど、こうやって第三者の口から色々聞かされても、やっぱり彼女はルーカスから向けられる想いを実感することはできなかった。むしろ、いっそう困惑が深まったくらいだ。
うつむいたフィオナを、卓に伏せるようにしてケイティが覗き込んでくる。
「フィオナ?」
「ケイティ……」
呼びかけに応えてはみたものの、その先が続かない。
より深く顔をうつむけたフィオナの髪をケイティがそっと引っ張った。
「ねぇ、フィオナ。フィオナは、ルーカスさんに好きだって思われてるの、イヤ?」
「そんなこと! ッ――」
あるわけがない。
そう声を上げそうになって、フィオナは唇を噛み締めた。
ずっと、ルーカスのことを想っていたのだ。
彼に好意を寄せられて、嬉しくないはずがない。
けれど。
(どうして、わたしなの?)
彼に好意を寄せられる理由が、どうして彼が想ってくれるのか、解らない――そんな価値が自分にあるとは、思えない。
言葉を呑み込むフィオナの頬に、柔らかな指が触れる。それに引かれるようにして顔を上げると、綺麗な新緑の瞳が彼女を真っ直ぐに見つめていた。
「あたしはあなたが好きよ」
唐突に告げたケイティは、少し寂しげに微笑む。
「あたしはあなたが好きで、大事。あなたに幸せになって欲しい。だんな様も――」
「自分もね」
ヒョイと割って入ったアレンにケイティは頷く。
「警邏隊の皆が、フィオナのことを好きよ。それは、否定しないで。フィオナ以外の人がフィオナを好きだという気持ちは、フィオナがどう思っていようが関係ないの。どれだけフィオナが疑っても否定しても、その人たちの中にあるものだから。あたしが好きだと言ったら、好きなのよ」
彼女は手を伸ばし、幼い子どもにするように、クシャクシャとフィオナの髪を撫でた。
「誰かがあなたを好きだと言ったらね、フィオナは、ただ黙って受け取ればいいだけなのよ」
そう断言し、ポンと手のひらでフィオナの頭を叩くと、ケイティはニコリと笑った。
そんな台詞が降って来て、ケイティと一緒に夕飯の下ごしらえで芋の皮を剥いていたフィオナの手がピタリと止まる。
「なんですか、アレンさん。藪から棒に」
固まっているフィオナの代わりに唇を尖らせたのは、ケイティだ。
「や、ケイティだってそう思うでしょ?」
肩をすくめてそう答えたアレンは警邏隊で一番年が若く、ケイティとフィオナが来る前は詰所の雑用係をしていたためか、今も時々二人を手伝ってくれたりもする。
彼はきれいに皮が剥かれた芋を器に放り込んだ。
「フランジナから帰ってからさ、何てぇの? 狼さんと兎ちゃん、みたいな? 副隊長もずいぶん思い切りよく羊の皮を脱ぎ捨てたもんだよね」
アハハと軽く笑いながら言ったアレンに、ケイティがため息をつく。
「まあ、確かに……」
呟き、フィオナにチラリと眼を走らせた。
「もう少し、手加減してあげて欲しいのだけど」
フィオナは居た堪れない気分で肩を縮める。
ウィリスサイド警邏隊詰所に戻ってからというもの、ルーカスは人目があっても構わず甘い言葉を優しく耳元で囁いてくるし、髪や手に口づけてくるのも所構わずだ。
そうされるたび、フィオナはどう反応したらいいのか判らずに固まってしまうのだけど、それをいいことにルーカスはやりたい放題だ。真面目なデッカー隊長ならたしなめてくれそうなものなのに、彼は渋い顔をするだけで何も言ってはくれない。
他の隊員も黙って見ているだけだけれども、きっと、おかしいと思っているに違いない。
小さくなるフィオナに、アレンが身を乗り出す。いかにも興味津々という風情で。
「でさぁ、実際のところ、今の二人ってどこらへんまで行ってるの?」
「どこ――って……」
「副隊長、すんごい気が長いというか、辛抱強いというか、自分には真似できないわ」
かぶりを振ったアレンは卓に頬杖を突いた。
「かれこれ、五年にはなるだろ? まあ確かに五年前は手を出したらちょっと犯罪だろって感じだったけどさぁ」
あの人、聖人君子とは程遠いはずだけどなぁとぼやくアレンをケイティが横目で睨んでいたが、フィオナにはそんな彼女の態度に疑問を抱く余裕がなかった。
今の彼の台詞では、まるで――
「アレンさんは、気付いておられたんですか? その、ルーカスさんの……」
おずおずと尋ねたフィオナに、アレンがキョトンと目を丸くする。
「え? ああ、あの人がフィオナちゃんにベタ惚れだってこと? そりゃ、滅茶苦茶防壁張り巡らせてたし」
「防、壁?」
「そう。ほら、隊長の方は皆微妙に同情票というか親心的な感じで生温かく見守っていたんだけど、副隊長は堂々と牽制してたから」
「牽制……?」
アレンが発した言葉をおうむ返しにすることしかできないフィオナの前で、彼が肩をすくめる。
「ごくごくたまに、その辺のこと知らない流れ者がちょっかい出してきてただろ? あいつら、きっとこの先一生女の子に対する態度を改める気になったと思うよ」
フィオナはまじまじとアレンの顔を見つめた。
フランジナに行くまでのルーカスは礼儀正しく穏やかで、今アレンが言うようなことがあったとはとうてい思えない。
言葉もないフィオナを見て、アレンは苦笑した。
「笑顔でやるからたち悪いんだけどね。少なくとも自分はあの人に逆らおうとは思えないよ。色んな意味で、コワい」
フランジナからの帰路の中で、確かに、ルーカス自身から散々想いの丈を打ち明けられてはきたけれど。
多分、フィオナは、彼の言葉をどこか信じきれていなかったのだと思う。
けれど、こうやって第三者の口から色々聞かされても、やっぱり彼女はルーカスから向けられる想いを実感することはできなかった。むしろ、いっそう困惑が深まったくらいだ。
うつむいたフィオナを、卓に伏せるようにしてケイティが覗き込んでくる。
「フィオナ?」
「ケイティ……」
呼びかけに応えてはみたものの、その先が続かない。
より深く顔をうつむけたフィオナの髪をケイティがそっと引っ張った。
「ねぇ、フィオナ。フィオナは、ルーカスさんに好きだって思われてるの、イヤ?」
「そんなこと! ッ――」
あるわけがない。
そう声を上げそうになって、フィオナは唇を噛み締めた。
ずっと、ルーカスのことを想っていたのだ。
彼に好意を寄せられて、嬉しくないはずがない。
けれど。
(どうして、わたしなの?)
彼に好意を寄せられる理由が、どうして彼が想ってくれるのか、解らない――そんな価値が自分にあるとは、思えない。
言葉を呑み込むフィオナの頬に、柔らかな指が触れる。それに引かれるようにして顔を上げると、綺麗な新緑の瞳が彼女を真っ直ぐに見つめていた。
「あたしはあなたが好きよ」
唐突に告げたケイティは、少し寂しげに微笑む。
「あたしはあなたが好きで、大事。あなたに幸せになって欲しい。だんな様も――」
「自分もね」
ヒョイと割って入ったアレンにケイティは頷く。
「警邏隊の皆が、フィオナのことを好きよ。それは、否定しないで。フィオナ以外の人がフィオナを好きだという気持ちは、フィオナがどう思っていようが関係ないの。どれだけフィオナが疑っても否定しても、その人たちの中にあるものだから。あたしが好きだと言ったら、好きなのよ」
彼女は手を伸ばし、幼い子どもにするように、クシャクシャとフィオナの髪を撫でた。
「誰かがあなたを好きだと言ったらね、フィオナは、ただ黙って受け取ればいいだけなのよ」
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