悩める子爵と無垢な花

トウリン

文字の大きさ
上 下
57 / 59

SS:明かされた裏事情

しおりを挟む
「ねえ、フィオナちゃん。もしかして副隊長のこと避けてない?」
 そんな台詞が降って来て、ケイティと一緒に夕飯の下ごしらえで芋の皮を剥いていたフィオナの手がピタリと止まる。
「なんですか、アレンさん。藪から棒に」
 固まっているフィオナの代わりに唇を尖らせたのは、ケイティだ。
「や、ケイティだってそう思うでしょ?」
 肩をすくめてそう答えたアレンは警邏隊で一番年が若く、ケイティとフィオナが来る前は詰所の雑用係をしていたためか、今も時々二人を手伝ってくれたりもする。

 彼はきれいに皮が剥かれた芋を器に放り込んだ。
「フランジナから帰ってからさ、何てぇの? 狼さんと兎ちゃん、みたいな? 副隊長もずいぶん思い切りよく羊の皮を脱ぎ捨てたもんだよね」
 アハハと軽く笑いながら言ったアレンに、ケイティがため息をつく。
「まあ、確かに……」
 呟き、フィオナにチラリと眼を走らせた。
「もう少し、手加減してあげて欲しいのだけど」
 フィオナは居た堪れない気分で肩を縮める。

 ウィリスサイド警邏隊詰所に戻ってからというもの、ルーカスは人目があっても構わず甘い言葉を優しく耳元で囁いてくるし、髪や手に口づけてくるのも所構わずだ。
 そうされるたび、フィオナはどう反応したらいいのか判らずに固まってしまうのだけど、それをいいことにルーカスはやりたい放題だ。真面目なデッカー隊長ならたしなめてくれそうなものなのに、彼は渋い顔をするだけで何も言ってはくれない。
 他の隊員も黙って見ているだけだけれども、きっと、おかしいと思っているに違いない。

 小さくなるフィオナに、アレンが身を乗り出す。いかにも興味津々という風情で。
「でさぁ、実際のところ、今の二人ってどこらへんまで行ってるの?」
「どこ――って……」
「副隊長、すんごい気が長いというか、辛抱強いというか、自分には真似できないわ」
 かぶりを振ったアレンは卓に頬杖を突いた。
「かれこれ、五年にはなるだろ? まあ確かに五年前は手を出したらちょっと犯罪だろって感じだったけどさぁ」
 あの人、聖人君子とは程遠いはずだけどなぁとぼやくアレンをケイティが横目で睨んでいたが、フィオナにはそんな彼女の態度に疑問を抱く余裕がなかった。
 今の彼の台詞では、まるで――

「アレンさんは、気付いておられたんですか? その、ルーカスさんの……」
 おずおずと尋ねたフィオナに、アレンがキョトンと目を丸くする。
「え? ああ、あの人がフィオナちゃんにベタ惚れだってこと? そりゃ、滅茶苦茶防壁張り巡らせてたし」
「防、壁?」
「そう。ほら、隊長の方は皆微妙に同情票というか親心的な感じで生温かく見守っていたんだけど、副隊長は堂々と牽制してたから」
「牽制……?」
 アレンが発した言葉をおうむ返しにすることしかできないフィオナの前で、彼が肩をすくめる。
「ごくごくたまに、その辺のこと知らない流れ者がちょっかい出してきてただろ? あいつら、きっとこの先一生女の子に対する態度を改める気になったと思うよ」
 フィオナはまじまじとアレンの顔を見つめた。
 フランジナに行くまでのルーカスは礼儀正しく穏やかで、今アレンが言うようなことがあったとはとうてい思えない。

 言葉もないフィオナを見て、アレンは苦笑した。
「笑顔でやるからたち悪いんだけどね。少なくとも自分はあの人に逆らおうとは思えないよ。色んな意味で、コワい」
 フランジナからの帰路の中で、確かに、ルーカス自身から散々想いの丈を打ち明けられてはきたけれど。
 多分、フィオナは、彼の言葉をどこか信じきれていなかったのだと思う。
 けれど、こうやって第三者の口から色々聞かされても、やっぱり彼女はルーカスから向けられる想いを実感することはできなかった。むしろ、いっそう困惑が深まったくらいだ。
 うつむいたフィオナを、卓に伏せるようにしてケイティが覗き込んでくる。

「フィオナ?」
「ケイティ……」
 呼びかけに応えてはみたものの、その先が続かない。
 より深く顔をうつむけたフィオナの髪をケイティがそっと引っ張った。
「ねぇ、フィオナ。フィオナは、ルーカスさんに好きだって思われてるの、イヤ?」
「そんなこと! ッ――」
 あるわけがない。
 そう声を上げそうになって、フィオナは唇を噛み締めた。
 ずっと、ルーカスのことを想っていたのだ。
 彼に好意を寄せられて、嬉しくないはずがない。

 けれど。

(どうして、わたしなの?)

 彼に好意を寄せられる理由が、どうして彼が想ってくれるのか、解らない――そんな価値が自分にあるとは、思えない。
 言葉を呑み込むフィオナの頬に、柔らかな指が触れる。それに引かれるようにして顔を上げると、綺麗な新緑の瞳が彼女を真っ直ぐに見つめていた。

「あたしはあなたが好きよ」
 唐突に告げたケイティは、少し寂しげに微笑む。
「あたしはあなたが好きで、大事。あなたに幸せになって欲しい。だんな様も――」
「自分もね」
 ヒョイと割って入ったアレンにケイティは頷く。
「警邏隊の皆が、フィオナのことを好きよ。それは、否定しないで。フィオナ以外の人がフィオナを好きだという気持ちは、フィオナがどう思っていようが関係ないの。どれだけフィオナが疑っても否定しても、その人たちの中にあるものだから。あたしが好きだと言ったら、好きなのよ」
 彼女は手を伸ばし、幼い子どもにするように、クシャクシャとフィオナの髪を撫でた。
「誰かがあなたを好きだと言ったらね、フィオナは、ただ黙って受け取ればいいだけなのよ」
 そう断言し、ポンと手のひらでフィオナの頭を叩くと、ケイティはニコリと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...