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蝶にはなれない
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フィオナは姿見に映った自分をまじまじと見つめた。
ふんだんにレースと布を使った紅いドレスはとても豪華だった。けれど、みぞおち近くまでくれた胸元や完全に露出している肩は落ち着かないし、きつく締め付けられたお腹周りは苦しくて動きにくい。耳にも首にもキラキラと輝く宝石が下げられていて、何だか重りを付けられているようだった。
確かにこんな衣装や装飾品を身に着ければフィオナも貴族の娘に見えるけれども、この姿が自分に似合っているとは思えなかった。鏡の中にいる自分が、まるで、見知らぬ他人のように見える。
今日は父の友人の伯爵が開く舞踏会に出席するのだと母から知らされたのは、朝食の席でのことだった。あまり食欲が湧かないままパンを千切っていたフィオナに、アデライドは冷やかな一瞥を投げて告げたのだ。晩に出かけるから、と。
てっきり、他の家族だけの話だと思って頷いたフィオナに、アデライドは鼻にしわを寄せながら言った。
「あなたのドレスは部屋に用意させたわ。少しは見られるようになるといいけれど」
「え……? わたくしも、ですか……?」
思わずルーカスに目を走らせたけれども彼は何だか渋い顔をして考え込んでいる様子で、フィオナの視線に気付きそうになかった。
「わたくしは、ここで――」
「駄目よ」
おずおずと口にしたフィオナの拒否の言葉は、アデライドの一言で切って捨てられた。それきり母はチラリともフィオナを見ようとしなかったから、出席の是非について更に言い募ることはできなかった。
ここに着いてからまだ七日で、来たとき以外に外に出たこともない。
自分がダンスを踊れるのかどうかも知らない。
見知らぬ高貴な人々を前にして、適切な言葉遣いや態度を取れるのかも、自信がなかった。
それなのに、突然舞踏会なんて。
フィオナが呆然としているうちに朝食は片付けられ、昼も過ぎてしまった。
ルーカスに相談したかったけれども、日中は常に傍にコンスタンスがいるから近寄りがたく、午後になって身支度の為に現れたメイドたちにあれやこれやを飾り付けられ、我に返って今に至る。
(本当に、行かなければいけないのかしら)
頭が痛いとかお腹が痛いとか言えば、では休んでおけと言ってもらえるだろうか。
――そんな気はしない。
もう一度鏡の中の自分の姿を見遣ってフィオナがため息をこぼした、その時。
突然、前触れなしに扉が開け放たれる。
「あら、多少はマシじゃない」
フィオナが振り返るよりも早く、澄んだ高い声がそう言った。その声で、入ってきたのが誰なのか、フィオナは悟る。
「コンスタンスお姉さま」
呼んだフィオナに応えることはなく、コンスタンスは優雅な身のこなしで近寄ってくると、ぐるりとフィオナの周りを一周した。そうして彼女の正面に立つと、頭の天辺からつま先まで、頭を動かして眺め遣る。
「手間と時間とお金さえかければ、貧相な娘もそれなりになるものなのね」
そう言ったコンスタンスは着飾らされたフィオナに輪をかけて華やかだから、反論はせずに静かに姉を見返した。
押し黙ったままのフィオナに、コンスタンスは小さく鼻を鳴らす。
「いつものあなたの格好ったら、本当、みっともないったらないものね。あんなみすぼらしい服を着ていられるなんて、すっかり品が無くなってしまって」
同情しているふうを装ったコンスタンスのため息混じりの台詞には、明らかな侮蔑が含まれていた。
それまでおとなしく口をつぐんでいたフィオナは、コンスタンスのその言葉は受け入れ難く、顎を上げる。
確かに、ここに来てからも、用意されたドレスではなく、グランスから持ってきた所謂『庶民の服』を身に着けている。けれど、誰であれ、それを蔑むことは、けっして許容できなかった。
「あの服は、わたくしが自分の力で手に入れたものです」
「え?」
まさかフィオナが口答えをするとは思っていなかったのか、コンスタンスは一瞬呆気に取られた顔になった。そんな彼女を真っ直ぐに見つめ、フィオナは続ける。
「わたくしはグランスで街の皆さんの為に身を粉にしている警邏隊の方々のお世話をして、そのお給金で身に着けるものを手に入れていました。確かに質素なものですが、わたくしは、あの服を身にまとうことを、誇りに思っています」
コンスタンスやアデライドの前ではいつも伏し目がちなフィオナが向ける射貫くような眼差しに、姉は鼻白んだように唇を引き結ぶ。
「何を、生意気な!」
甲高い声でそう言い放ち、コンスタンスが眉を逆立てて睨み据えてくる。けれど、フィオナは耐えた。真っ向から、彼女の視線を受け止める。
と、怯まぬフィオナにコンスタンスが悔しげに顔を歪めた。
「あなたなんて……ようやくお母さまが厄介払いしたのかと思っていたのに、まさか出戻ってくるなんてね!」
低い声での台詞だったから、ところどころ、はっきりとは聞こえない部分があった。
けれども、確かにコンスタンスはそう言ったと思う。
(どういう意味?)
フィオナが問い返そうとした矢先に、姉の顔に浮かんでいるのが、打って変わって機嫌が良さそうな笑みになる――そう、弱った鼠を前にした猫を思わせるような笑みに。
「まあ、いいわ。あなたも一つだけこの家に良いことをしてくれたのだから」
「え?」
「ルーカスさまよ。彼って伯爵家の三男なんでしょ? 自由になる財産も結構あるらしいじゃない。なんならわたくしの夫にしてもいいわね」
呆気に取られてポカンと目を丸くしたフィオナの前で、コンスタンスがクスクスと笑う。
「見栄えもいいし、わたくしにお似合いだと思わない?」
コンスタンスは、自信に満ち溢れた笑みでそう言った。
その台詞を否定することは、フィオナにはできなかった。確かにコンスタンスは艶やかな美女で、ルーカスは怜悧な美貌を備えている。まるで炎と氷のように正反対だけれども、どちらも美しさではお互いを引き立て合うだろう。
言葉を失ったフィオナを愉しげに嗤い、コンスタンスは身を翻して部屋を出て行く。
扉が閉まるのを待って、フィオナは近くにあった椅子を引き寄せ、腰を下ろした。まだ今晩の一番の大仕事が始まってもいないというのに、丸一日働き詰めだった日のような――いや、それ以上の疲労感にみまわれていた。
フィオナは力なく首を巡らせ、見るともなしに姿見に映る自分を眺める。
そぐわない。
似合う似合わないよりも、この衣装を身にまとっている自分に、フィオナは違和感しか覚えなかった。同時に、コンスタンスが姉であるということにも。
ケイティの方が、遥かに姉の様だった。
彼女が姉であって欲しかった。
切実に、フィオナはそう願った。
けれど、どんなに嘆いたところで、フィオナがトラントゥール家の娘でコンスタンスの妹であるという事実は変わらない。
きっと、もう少し、もう少しだけ一緒に過ごしてみれば、この家の人たちに対しても何か心に響くものを感じられるようになるに違いない。
フィオナは気持ちを奮い立たせて立ち上がり、気を取り直して階下の広間へ向かう。母には支度ができたらそこで待つように言われていた。
階段の上まで来たときに、下の広間に立つ人影に気がつく。
コンスタンスと――ルーカスだ。
フィオナに背を向けて立つルーカスに、コンスタンスがピタリと寄り添っていた。
姉は華やかで、艶やかで、まるで蝶のようだった。そしてルーカスは、たとえるならば、凛とした一輪の白薔薇か。コンスタンスが自負するように、二人は良く似合っている。フィオナでは、きっとあんなふうには並べない。
ルーカスがどんな表情をしているのかはフィオナの位置からは見て取れなかったけれども、コンスタンスの満面の笑みを見れば、彼も楽しげに笑っているのだろうことが察せられる。
ここに来てから、フィオナが見ることができるルーカスの顔は何か考え込んでいるようなものばかりのような気がする。笑顔は、コンスタンスと一緒の時に垣間見ることができるくらいで。
ルーカスがここに残っている理由は、なんなのだろう。
まるで一枚の絵画のような二人の立ち姿をぼんやりと見つめながら、フィオナは思った、
少し前までは、フィオナの為だと思えていた。最初は、フィオナが落ち着くまではいてくれるのだろうか、そして、彼女がグランスに帰りたいのだという気持ちを吐露してからは、一緒に帰ってくれるつもりなのだろうかと。
けれど、最近、それが揺らぎ始めている。
(もしかして、お姉さまといたいから……?)
充分に有り得るような気がした。
コンスタンスとルーカスならば、年齢も、身分も、容姿も、どれも見事に釣り合いが取れているのだから。
思わずフィオナが階段の手すりを握り締めた時、背後から声がかかる。
「よぉ、馬子にも衣裳じゃないか」
パッと振り返ると、いつの間に来ていたのか、兄のセルジュがそこに立っていた。
彼はしげしげとフィオナを眺め、そしてニヤリと笑う。
「へぇ、いいな」
そう言って、セルジュは手を伸ばしてフィオナの肩に置く。親指で鎖骨のくぼみを撫でられて、全身にブワリと鳥肌が立った。
咄嗟に一歩後ずさる。
と、何か貫くような視線を感じてフィオナは振り返った。
視線の主は――ルーカス、だ。
ルーカスが自分に気付いてくれたことにホッとしてフィオナは笑みを浮かべかけたけれども、彼が浮かべている今まで見たことのないような怖い顔に、その笑みが強張った。
怒っている。
すぐに、それは見て取れた。
(でも、どうして……?)
フィオナは戸惑い、鋭い眼差しを投げかけてくるルーカスを見つめ返す。
コンスタンスがルーカスに声をかけたから、すぐに彼の眼はフィオナから逸らされた。
けれど、理由の解らないルーカスの怒りに立ちすくんだフィオナは、やがて現れたアデライドが苛立たしげに彼女の名前を呼ばわるまで、ピクリとも動けなかった。
ふんだんにレースと布を使った紅いドレスはとても豪華だった。けれど、みぞおち近くまでくれた胸元や完全に露出している肩は落ち着かないし、きつく締め付けられたお腹周りは苦しくて動きにくい。耳にも首にもキラキラと輝く宝石が下げられていて、何だか重りを付けられているようだった。
確かにこんな衣装や装飾品を身に着ければフィオナも貴族の娘に見えるけれども、この姿が自分に似合っているとは思えなかった。鏡の中にいる自分が、まるで、見知らぬ他人のように見える。
今日は父の友人の伯爵が開く舞踏会に出席するのだと母から知らされたのは、朝食の席でのことだった。あまり食欲が湧かないままパンを千切っていたフィオナに、アデライドは冷やかな一瞥を投げて告げたのだ。晩に出かけるから、と。
てっきり、他の家族だけの話だと思って頷いたフィオナに、アデライドは鼻にしわを寄せながら言った。
「あなたのドレスは部屋に用意させたわ。少しは見られるようになるといいけれど」
「え……? わたくしも、ですか……?」
思わずルーカスに目を走らせたけれども彼は何だか渋い顔をして考え込んでいる様子で、フィオナの視線に気付きそうになかった。
「わたくしは、ここで――」
「駄目よ」
おずおずと口にしたフィオナの拒否の言葉は、アデライドの一言で切って捨てられた。それきり母はチラリともフィオナを見ようとしなかったから、出席の是非について更に言い募ることはできなかった。
ここに着いてからまだ七日で、来たとき以外に外に出たこともない。
自分がダンスを踊れるのかどうかも知らない。
見知らぬ高貴な人々を前にして、適切な言葉遣いや態度を取れるのかも、自信がなかった。
それなのに、突然舞踏会なんて。
フィオナが呆然としているうちに朝食は片付けられ、昼も過ぎてしまった。
ルーカスに相談したかったけれども、日中は常に傍にコンスタンスがいるから近寄りがたく、午後になって身支度の為に現れたメイドたちにあれやこれやを飾り付けられ、我に返って今に至る。
(本当に、行かなければいけないのかしら)
頭が痛いとかお腹が痛いとか言えば、では休んでおけと言ってもらえるだろうか。
――そんな気はしない。
もう一度鏡の中の自分の姿を見遣ってフィオナがため息をこぼした、その時。
突然、前触れなしに扉が開け放たれる。
「あら、多少はマシじゃない」
フィオナが振り返るよりも早く、澄んだ高い声がそう言った。その声で、入ってきたのが誰なのか、フィオナは悟る。
「コンスタンスお姉さま」
呼んだフィオナに応えることはなく、コンスタンスは優雅な身のこなしで近寄ってくると、ぐるりとフィオナの周りを一周した。そうして彼女の正面に立つと、頭の天辺からつま先まで、頭を動かして眺め遣る。
「手間と時間とお金さえかければ、貧相な娘もそれなりになるものなのね」
そう言ったコンスタンスは着飾らされたフィオナに輪をかけて華やかだから、反論はせずに静かに姉を見返した。
押し黙ったままのフィオナに、コンスタンスは小さく鼻を鳴らす。
「いつものあなたの格好ったら、本当、みっともないったらないものね。あんなみすぼらしい服を着ていられるなんて、すっかり品が無くなってしまって」
同情しているふうを装ったコンスタンスのため息混じりの台詞には、明らかな侮蔑が含まれていた。
それまでおとなしく口をつぐんでいたフィオナは、コンスタンスのその言葉は受け入れ難く、顎を上げる。
確かに、ここに来てからも、用意されたドレスではなく、グランスから持ってきた所謂『庶民の服』を身に着けている。けれど、誰であれ、それを蔑むことは、けっして許容できなかった。
「あの服は、わたくしが自分の力で手に入れたものです」
「え?」
まさかフィオナが口答えをするとは思っていなかったのか、コンスタンスは一瞬呆気に取られた顔になった。そんな彼女を真っ直ぐに見つめ、フィオナは続ける。
「わたくしはグランスで街の皆さんの為に身を粉にしている警邏隊の方々のお世話をして、そのお給金で身に着けるものを手に入れていました。確かに質素なものですが、わたくしは、あの服を身にまとうことを、誇りに思っています」
コンスタンスやアデライドの前ではいつも伏し目がちなフィオナが向ける射貫くような眼差しに、姉は鼻白んだように唇を引き結ぶ。
「何を、生意気な!」
甲高い声でそう言い放ち、コンスタンスが眉を逆立てて睨み据えてくる。けれど、フィオナは耐えた。真っ向から、彼女の視線を受け止める。
と、怯まぬフィオナにコンスタンスが悔しげに顔を歪めた。
「あなたなんて……ようやくお母さまが厄介払いしたのかと思っていたのに、まさか出戻ってくるなんてね!」
低い声での台詞だったから、ところどころ、はっきりとは聞こえない部分があった。
けれども、確かにコンスタンスはそう言ったと思う。
(どういう意味?)
フィオナが問い返そうとした矢先に、姉の顔に浮かんでいるのが、打って変わって機嫌が良さそうな笑みになる――そう、弱った鼠を前にした猫を思わせるような笑みに。
「まあ、いいわ。あなたも一つだけこの家に良いことをしてくれたのだから」
「え?」
「ルーカスさまよ。彼って伯爵家の三男なんでしょ? 自由になる財産も結構あるらしいじゃない。なんならわたくしの夫にしてもいいわね」
呆気に取られてポカンと目を丸くしたフィオナの前で、コンスタンスがクスクスと笑う。
「見栄えもいいし、わたくしにお似合いだと思わない?」
コンスタンスは、自信に満ち溢れた笑みでそう言った。
その台詞を否定することは、フィオナにはできなかった。確かにコンスタンスは艶やかな美女で、ルーカスは怜悧な美貌を備えている。まるで炎と氷のように正反対だけれども、どちらも美しさではお互いを引き立て合うだろう。
言葉を失ったフィオナを愉しげに嗤い、コンスタンスは身を翻して部屋を出て行く。
扉が閉まるのを待って、フィオナは近くにあった椅子を引き寄せ、腰を下ろした。まだ今晩の一番の大仕事が始まってもいないというのに、丸一日働き詰めだった日のような――いや、それ以上の疲労感にみまわれていた。
フィオナは力なく首を巡らせ、見るともなしに姿見に映る自分を眺める。
そぐわない。
似合う似合わないよりも、この衣装を身にまとっている自分に、フィオナは違和感しか覚えなかった。同時に、コンスタンスが姉であるということにも。
ケイティの方が、遥かに姉の様だった。
彼女が姉であって欲しかった。
切実に、フィオナはそう願った。
けれど、どんなに嘆いたところで、フィオナがトラントゥール家の娘でコンスタンスの妹であるという事実は変わらない。
きっと、もう少し、もう少しだけ一緒に過ごしてみれば、この家の人たちに対しても何か心に響くものを感じられるようになるに違いない。
フィオナは気持ちを奮い立たせて立ち上がり、気を取り直して階下の広間へ向かう。母には支度ができたらそこで待つように言われていた。
階段の上まで来たときに、下の広間に立つ人影に気がつく。
コンスタンスと――ルーカスだ。
フィオナに背を向けて立つルーカスに、コンスタンスがピタリと寄り添っていた。
姉は華やかで、艶やかで、まるで蝶のようだった。そしてルーカスは、たとえるならば、凛とした一輪の白薔薇か。コンスタンスが自負するように、二人は良く似合っている。フィオナでは、きっとあんなふうには並べない。
ルーカスがどんな表情をしているのかはフィオナの位置からは見て取れなかったけれども、コンスタンスの満面の笑みを見れば、彼も楽しげに笑っているのだろうことが察せられる。
ここに来てから、フィオナが見ることができるルーカスの顔は何か考え込んでいるようなものばかりのような気がする。笑顔は、コンスタンスと一緒の時に垣間見ることができるくらいで。
ルーカスがここに残っている理由は、なんなのだろう。
まるで一枚の絵画のような二人の立ち姿をぼんやりと見つめながら、フィオナは思った、
少し前までは、フィオナの為だと思えていた。最初は、フィオナが落ち着くまではいてくれるのだろうか、そして、彼女がグランスに帰りたいのだという気持ちを吐露してからは、一緒に帰ってくれるつもりなのだろうかと。
けれど、最近、それが揺らぎ始めている。
(もしかして、お姉さまといたいから……?)
充分に有り得るような気がした。
コンスタンスとルーカスならば、年齢も、身分も、容姿も、どれも見事に釣り合いが取れているのだから。
思わずフィオナが階段の手すりを握り締めた時、背後から声がかかる。
「よぉ、馬子にも衣裳じゃないか」
パッと振り返ると、いつの間に来ていたのか、兄のセルジュがそこに立っていた。
彼はしげしげとフィオナを眺め、そしてニヤリと笑う。
「へぇ、いいな」
そう言って、セルジュは手を伸ばしてフィオナの肩に置く。親指で鎖骨のくぼみを撫でられて、全身にブワリと鳥肌が立った。
咄嗟に一歩後ずさる。
と、何か貫くような視線を感じてフィオナは振り返った。
視線の主は――ルーカス、だ。
ルーカスが自分に気付いてくれたことにホッとしてフィオナは笑みを浮かべかけたけれども、彼が浮かべている今まで見たことのないような怖い顔に、その笑みが強張った。
怒っている。
すぐに、それは見て取れた。
(でも、どうして……?)
フィオナは戸惑い、鋭い眼差しを投げかけてくるルーカスを見つめ返す。
コンスタンスがルーカスに声をかけたから、すぐに彼の眼はフィオナから逸らされた。
けれど、理由の解らないルーカスの怒りに立ちすくんだフィオナは、やがて現れたアデライドが苛立たしげに彼女の名前を呼ばわるまで、ピクリとも動けなかった。
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