悩める子爵と無垢な花

トウリン

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捜索

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 捕らえたならず者どもは計二十二名。その頭領はデリック・スパークという名の男だ。この建物の用途について、彼は頑として口を開こうとしなかったが、何も言わないのが後ろめたいことがある証でもあるというものだろう。

 むさくるしい男どもの呻き声があちらこちらで上がる中、かすり傷一つなく立つブラッドが、屋敷中を捜索して回っている隊員たちに声をかける。
「どうだ、何か見つかったか?」
「それが、今のところは何も……」
 かぶりを振った隊員にブラッドの眉間に深々としわが刻まれる。
「間違い、でしょうか」
 いかにも胡散臭い住人どもを見渡しながら、ルーカスはブラッドと同じく眉根を寄せた。
「いや、ここには何かがある。住宅にしては間取りがおかしい。これでは宿屋か何かだ。恐らく非合法の娼館か何かだろう」

 警邏隊詰所に駆け込んできたのが肌も露わな少女で、この怪しげな建物。可能性が一番高いのは、色事関係の違法行為だ。
 このロンディウムでは、正規の手順を踏めば売春は合法だ。少なくともウィリスサイドで営まれている娼館についての情報は、全て警邏隊に届けられている。しかし、この住所での申請は為されていない。
 娼婦の賃金や健康管理などについて厳しい基準や定期監査はあるが、それさえ満たしていれば営業の許可を取ることはそれほど難しくはない。無許可の娼館であれば、何か基準を満たさないことがあるのだろう。あるいは、娼館でないとしても、それをこれほど躍起になって隠そうというのは、法を犯しているからに違いない。
 だが、助けを求めてきた赤毛の少女は娼婦にしては若過ぎる。実際の年齢はともかくとして、少なくとも外見は、男の欲望を掻き立てるには幼過ぎた。下働きか何かをさせられていたのかもしれない。だからこそ逃げ出すこともできたのだろう。となると、『みんな』というのは、意思に反して身を売らされている女性たちのことか。

 ルーカスは奥歯を噛み締めた。
 放っておいても女性の方から寄って来ていたから彼自身は利用したことはなかったが、娼館というもの、娼婦というものの存在は知っている。きわめて、危険をはらんだ職業だ。中には好き好んでその世界に足を踏み入れる者もいるだろうが、多くは、生活に追われ、必要に迫られて身を落とす。だからこそ、従事する者は法によって厳に守られなければならないはずだ。
 ブラッドを見れば、概ねルーカスと同じような思いなのだろう、彼と似たり寄ったりの顔をしている。

「女性は、どこに? 隠し部屋とか……」
「ああ。地下か、あるいは、部屋と部屋の間で不自然な空間があれば、そこなんだがな」
 周囲を睥睨しながらブラッドがそう言った時、隊員が駆け込んでくる。
「隊長! こちらへ!」
 報告をもたらした隊員の顔は、懸命に押し隠そうとして為せていない怒りで、引きつっていた。ルーカスとブラッドは一瞬視線を交わし、すぐさま彼に従う。

 隊員が向かったのは三階建ての屋敷の最上階だった。一番奥のその部屋に、十人ほどの少女たちが身を寄せ合っている。ルーカスたちをここまで連れてきた隊員の他に二名がこの場にいたが、怯えた様子の彼女たちに近づけずにいるようだった。
 鳥の雛が暖を求めて寄り添うのに似た少女たちのその様に、ルーカスは憤りを覚えた。彼女たちは一番年齢が高い者でも十五は超えていないだろう。皆、まだ子どもだ。
 ギシギシと隣から聞こえてきた音に目を向けると、ブラッドは筋が浮くほどにきつく歯を食いしばっていた。彼もまた、激怒している。

「あそこが屋根裏部屋に通じていました」
 隊員が指さした天井に目を遣ると、隅の羽目板がずらされ、そこから梯子が下ろされていた。どうやら、客を取らされていない時はそこに隠されていたらしい。
 と、隊員が困り顔になる。
「まだ一人、上に残ってるんです。縮こまって動こうとしてくれなくて。声をかけても聞こえてないんじゃないかってくらい反応がなくてですね。無理やり引っ張り出すわけにもいかないし」
 厳つい顔をした隊員たちは、互いに顔を見合わせた。
「俺らだとビビらせるだけみたいで」
 まあ、そうかもしれない。見た目だけからいったら、彼女たちを酷い目に遭わせていた輩と大差ないのだから。

 さて、どうしたものかと首を捻ったルーカスの横で、ブラッドが口を開く。
「誰か、近所の女性を呼んで来い。こういう時は女性の方がいい。ルーカス、ひとまずお前が上の様子を見てきてくれ」
「私が、ですか?」
「ああ。女性の扱いは慣れているだろう?」
 一瞬嫌味かと思ったが、ブラッドは至極真面目な顔をしていた。そもそも、彼の辞書には嫌味や含みというものはないのだろう。
「わかりました」
 ルーカスは頷き、できるだけ少女たちから距離を取るようにして梯子に歩み寄った。そうして、軋む音をたてさせながら、それを上る。

 屋根裏は、元々少女たちを隠すためのものとして作られたのか、天井は低いものの居住空間として充分に使えるものとなっていた。
 物音どころか人がいる気配すらなかったが、ぐるりと一望するルーカスの目に部屋の隅にうずくまる塊が入りこむ。
(あれか)
 身をすくませていることを除いてもとても小柄で、明らかに年端もいかぬ少女だということが見て取れる。

 少し迷った後、ルーカスは屋根裏部屋へと身を乗り出した。
 長身な彼では、まっすぐに立つと頭がつかえてしまう。少女をこれ以上怯えさせないためにも、しゃがみ込んだままの格好でゆっくりと彼女に近寄った。
 少女は立てた膝を抱え込み、そこに顔を伏せている。流れるように細い肩を覆う黒髪がとても綺麗だということだけは、判った。

「えぇっと……私の声が聞こえるかな?」
 聞こえていないのかもしれない、と言っていた隊員の言葉を思い出しつつ、ルーカスは取り敢えずそう声をかけてみた。が、やはり、反応がない。どうしたものかと考えて、彼は一つ思いついた。
「女の子が、あなたたちを助けて欲しいと言ってね、私たちのところに駆けこんできたんだ」
 ピクリと、肩が震えた。どうやら、彼の声は届いているらしい。
 ルーカスは努めて声を和らげ、朗らかさを装って続ける。
「クルクルの赤毛と、綺麗な緑色の目をしていたよ。『みんなを助けて』と、必死な様子だった」
 少し考え、彼は付け足す。

「自分だって怪我をしているのに」

 目論見どおり、最後のその言葉で、少女が動いた。

 ゆるゆると頭が動き、隠されていた顔《かんばせ》がルーカスに向けられる。
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