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Ⅲ:捨てられ王子の綺羅星
エピローグ
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その日、城は喜びに沸いていた。前庭は、ラムバルディアの住人の少なくとも半分は押しかけてきているのではないかと思うほどの人だかりだ。城門の外には、庭に入りきらなかった人々がひしめき合っていた。
彼らは皆、正式に新たなティスヴァーレ王となったアレッサンドロと、その妃となった女性を祝福せんと集まってきた者たちだ。
純白の衣装に身を包んだアレッサンドロとその伴侶が露台に姿を現すと同時に、地を揺るがさんばかりの歓声が上がる。
誰もが皆、アレッサンドロの幸福を願っている。
彼が王だから、というだけではない。アレッサンドロが民の為にどれほどのこと成してくれたかを、知っているからだ。
歴代の王で、アレッサンドロほど国民から崇拝され慕われている者はいないだろう。
(私など、足元にも及ばない)
露台の奥に立つジーノは、二人の背中を見つめながら、自嘲と祝福が複雑に入り混じった笑みを浮かべた。そもそも彼らの八年間を奪ってしまったのは、ジーノなのだ。彼に二人を祝福する権利など、あるのだろうか。
吐息を一つこぼした時、背後から低い声が掛けられる。
「座ってなくていいんすか」
振り返った先には、壁のような巨体がそびえたっていた。
「やあ、レイ君。ありがとう、大丈夫だよ、このくらいは」
微笑んだジーノに、レイが歩み寄ってくる。隣に立った彼は、先ほどジーノがしていたように、観衆に向けて手を振るアレッサンドロとステラの背中を見つめた。その眼差しの中にあるものに、ジーノは少なからず罪悪感を覚える。
「……すまなかったね」
謝罪の言葉に、レイが振り向いた。彼は視線でその意味を問うてくる。
「君に手紙を送ったのは、私だよ」
「……ああ」
レイは短く答え、また、ステラたちの方へと眼を戻した。そのまま、続ける。
「そんな気がしてました。あいつの尻を叩いてやりたかったんでしょう?」
その台詞に、ジーノは目を瞬かせた。
武骨な男だが、その外見によらず、人の機微には敏いようだ。
「あの子からはあまりに多くのものを奪ってしまったから、一つだけ、一番大切なものだけは取り戻させてやりたかったんだよ。君には申し訳なかったが」
レイはジーノをチラリと見下ろし、そして、肩を竦める。
「どうせオレのにはならないってことは、とうに判ってたんすよ。ただ、足掻いてみたかっただけで」
「そうか」
と、不意に、彼らの視線に気付いたかのようにステラが振り返った。彼女は並ぶ二人に一瞬キョトンとし、次いで、満面の笑みを浮かべる。
レイはそんな彼女にヒラヒラと手を振って、前を見るように促した。
しばしの沈黙。
そして。
「あんなふうに笑わなくなっちまったんですよ」
「え?」
「アレッサンドロがいなくなって、ステラはあんなふうに笑えなくなったんです。オレがいても、他の誰がいても」
レイが、諦め混じりの嘆息をこぼす。
「笑えないあいつをオレのものにしたって、意味がない」
呟きには、諦念と、そして、微かな悔しさが滲んでいた。
ジーノはそんなレイの大きな背中をポンポンと叩く。
「じゃあ、これからは、あれを守るために尽力しようか」
「……そうですね」
答えたレイの口元には、微かに、だが、確かに、笑みが浮かんでいた。
彼らは皆、正式に新たなティスヴァーレ王となったアレッサンドロと、その妃となった女性を祝福せんと集まってきた者たちだ。
純白の衣装に身を包んだアレッサンドロとその伴侶が露台に姿を現すと同時に、地を揺るがさんばかりの歓声が上がる。
誰もが皆、アレッサンドロの幸福を願っている。
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歴代の王で、アレッサンドロほど国民から崇拝され慕われている者はいないだろう。
(私など、足元にも及ばない)
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微笑んだジーノに、レイが歩み寄ってくる。隣に立った彼は、先ほどジーノがしていたように、観衆に向けて手を振るアレッサンドロとステラの背中を見つめた。その眼差しの中にあるものに、ジーノは少なからず罪悪感を覚える。
「……すまなかったね」
謝罪の言葉に、レイが振り向いた。彼は視線でその意味を問うてくる。
「君に手紙を送ったのは、私だよ」
「……ああ」
レイは短く答え、また、ステラたちの方へと眼を戻した。そのまま、続ける。
「そんな気がしてました。あいつの尻を叩いてやりたかったんでしょう?」
その台詞に、ジーノは目を瞬かせた。
武骨な男だが、その外見によらず、人の機微には敏いようだ。
「あの子からはあまりに多くのものを奪ってしまったから、一つだけ、一番大切なものだけは取り戻させてやりたかったんだよ。君には申し訳なかったが」
レイはジーノをチラリと見下ろし、そして、肩を竦める。
「どうせオレのにはならないってことは、とうに判ってたんすよ。ただ、足掻いてみたかっただけで」
「そうか」
と、不意に、彼らの視線に気付いたかのようにステラが振り返った。彼女は並ぶ二人に一瞬キョトンとし、次いで、満面の笑みを浮かべる。
レイはそんな彼女にヒラヒラと手を振って、前を見るように促した。
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そして。
「あんなふうに笑わなくなっちまったんですよ」
「え?」
「アレッサンドロがいなくなって、ステラはあんなふうに笑えなくなったんです。オレがいても、他の誰がいても」
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