捨てられ王子の綺羅星

トウリン

文字の大きさ
上 下
42 / 48
Ⅲ:捨てられ王子の綺羅星

決断の時:予期せぬ再会

しおりを挟む
 ステラがリナルドに城を出ることを伝えてから、十日が過ぎた。
 なのに、まだ、彼女は城にいる。
 何故かと言えば、あの時の「住処と仕事を手配する」というリナルドの言葉が、果たされていないからだ。

 自分で探しに出てもいいのかもしれないけれど、一度お願いしますと答えてしまったからにはそれを無視して出て行くこともためらわれ、未だステラはここで分不相応な日々を享受している。
 腹をくくってその贅沢を受け入れてしまったらいいのだろうが、ステラはなかなかそうもできず、いてはいけない場所にいる気がして落ち着かない気分のまま、唯一彼女にもできることがある庭で一日過ごすのが常だった。
 今日の仕事は届いたばかりの球根の植え付けだ。一番寒さが厳しくなる頃に真っ赤な花を咲かせるらしい。
 その頃ステラはここにいないけれども、綺麗な花が、アレッサンドロの眼を楽しませてくれればいいと思う。
 彼のことが頭に浮かんで、ステラは柔らかな土を掘り返す手をふと止めて、執務室の窓を見上げた。

(今、あそこには、アレックスとジーノさまがいるんだよね)
 言葉どころか視線すら交わそうとしていなかった二人が、一つの部屋で、力を合わせているのだ。
 こうやって窓を見上げるたび、ステラの胸はその事実にほっこりと温かくなる。

 あれから、兄弟の距離は、じわじわとだけれども着実に、縮まりつつあるようだ。
 午前中のひと時を執務室で過ごすようになったジーノは、午後になっても体調が保たれている日はふらりと庭にやってきて、アレッサンドロのことを話してくれる。前は過去のことばかりだったけれども、最近は、今の彼のことが殆どだった。
 山積みの仕事をどんなふうに捌いていくかとか、今日は少しだけ笑ってくれたとか。
 以前は悔恨ばかりが滲んでいたその声が今は楽しそうなものに変わっていることが、ステラは嬉しい。
 しかし、兄弟の仲が修復されることを喜ぶ一方で、そんな話を聞けば聞くほど、ステラの中には早くここを離れなければという思いが益々募っていく。アレッサンドロとジーノが元通りの関係に戻れば戻るほど、ステラは尚更『余計な存在』になっていくからだ。

 ステラは執務室の窓から自分の両手に眼を落とす。

 ここに来て、自分自身の在り方について考えた。
 必要とされているか否かで、自分の居場所を決めている。
 確かに、そうかもしれない。
 誰かに喜ばれることではなく求められることを欲している。
 それは、打算的で偽善的だ。
 けれどステラは、必要とされていなければ、そこにいても良いと思えないのだ。

 ジーノはずっとここにいて良いと言ってくれるけれども。
(ダメ、だよね)
 アレッサンドロの傍にいたいという自分の望みと、彼の妨げになってはいけないという思い。
 その両者を成り立たせるのが、城は出るがラムバルディアには留まるという選択だったのに、なかなかそれが実らない。
(わたしがまだここに残っているのは、行く先が決まってないから。それだけだから)
 自分が為すべきことは、ちゃんと判っている。
 ステラは半ば葉が落ちた庭木に手を伸ばし、ため息をこぼした。
(この葉が全部落ちきるまでには、出て行かないと)
 そう遠くない未来に訪れるはずのその時のことを考えると、キュゥと締め付けられるように胸が痛んだ。
 何となく喉の辺りに硬いものが詰まっているような感じがして、もう一度、ステラが息をついた時だった。

「ステラ様、お客様ですよ!」
 朗らかなカロリーナの声で、ステラは衝かれたようにうつむいていた顔を上げる。振り返ると、赤毛の少女が立っていた――もう一人、『お客様』を従えて。
 ステラは、その人物がそこに立っていることに目を瞬かせる。
「え? あれ? レイ?」
 半信半疑で呟くと、ディアスタ村にいるはずの幼馴染が眉をしかめた。
「何だよ、オレの顔を忘れたわけじゃないだろう?」
「もちろんそんなことないけど、でも、何でここに?」
 コラーノ神父とは手紙の遣り取りをしていて、最後の便りを送ったのは十日ほど前のことだ。詳細は伏せて、アレッサンドロとジーノの仲違いがうまく収まりそうだとしたためた。その返事はまだだけれども、少なくとも、今まで、レイがラムバルディアに来たがっているというようなことは、一度も書かれていなかったと思う。

 困惑するステラの前でカロリーナがペコリと頭を下げた。
「ステラ様、どうしましょう、お茶はこちらにご用意しましょうか? お部屋の方が良いですか?」
「あ、えっと、こちらに……」
「はい、じゃあ、少々お待ちくださいね」
 そう言って、彼女は軽やかに去って行く。
 カロリーナを見送って、レイはステラに歩み寄ってきた。

「元気そうだな」
 驚きが去れば残っているのは数か月ぶりに会えた喜びだけだ。ステラは満面の笑みを浮かべてレイを迎える。
「レイこそ。また大きくなった?」
「ならねぇよ。オレを幾つだと思ってるんだよ」
「あはは、ごめん。でも、急にどうしたの?」
 ステラは頭一つ分以上の背丈差があるレイを見上げて首をかしげた。が、続く彼の返事に目を丸くする。
「帰るんだろう? 迎えに来た」
「え?」
「だから、ステラが帰る気になったって手紙が来たから、迎えに来たんだよ」
 いったい、どういうことだろう。
「わたし、そんなこと書いてないけど……」
 今度はレイが怪訝な顔になる。
「でも、城を出るんだろう?」
「それはそうだけど、村には帰らないの。ラムバルディアで仕事を見つけようと思って」
「城を出るならディアスタ村に帰ればいいだろう。村で働けばいいじゃないか」
 焦れたように言うレイに、ステラはかぶりを振った。
「違うの。お城は出ないといけないけど、ここを離れたくはないの」
 レイは眉間に皺を寄せてステラを見下ろしている。と思ったら、フイと顔を上げて辺りを見渡した。

「あいつ、王子様だったんだな」
「あ、うん。驚いたよね」
 ステラは笑ってそう答えたが、レイに笑顔はない。彼は渋面で彼女を見つめている。
「レイ?」
 どうしてそんなふうに苦いものをかみつぶしているような顔をしているのだろうと眉をひそめたステラの前で、レイが口を開く。
「村に帰った方がいい」
「え?」
 ステラが目を瞬かせると、レイは大きな手で彼女の肩を掴んだ。ステラの背丈を越えた頃から彼の方から触れてくることがなくなっていたから、少し戸惑う。
「あの、レイ?」
 おずおずと名前を呼ぶと、彼はギュッと眉間に皺を刻んだ。
「ここにいたって、なんにもならない。帰った方が、幸せになれる――オレが幸せにしてやる」
「なぁに、そんな大げさな……」
 笑っていなそうとしたステラだったが、見上げたレイの眼差しにあるものに舌が止まる。
 それは鋭く真摯な、けっしてごまかしてはいけない強さを秘めた光だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】100日後に処刑されるイグワーナ(悪役令嬢)は抜け毛スキルで無双する

みねバイヤーン
恋愛
せっかく悪役令嬢に転生したのに、もう断罪イベント終わって、牢屋にぶち込まれてるんですけどー。これは100日後に処刑されるイグワーナが、抜け毛操りスキルを使って無双し、自分を陥れた第一王子と聖女の妹をざまぁする、そんな物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

処理中です...