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『麻』の薬

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 しばらくしてラミアに呼び戻された四人は、再び『神の娘』の前に立っていた。彼女は寝台に横たわり、ボウッと天井を見つめている。
 神殿で見た時には暗かったせいで判らなかった目の色は、明るい光の下で見ると夜空を思わせるようなものだった。どんよりと曇っていてもとてもキレイで、カイネは、それをキレイだと思ってしまった自分に、腹が立った。

 そんな彼の複雑な心境をよそに、珍しく深刻な顔つきをしたラミアが口を開く。
「この子は薬を使われてるよ」
「ちょっと待てよ! オレは使ってねぇって言ってるだろ!?」
 珍しく厳しい顔をして断言したラミアに、カイネは食って掛かった。確かに廊下では使ったが、部屋の中までは届いていない筈だ。同じ空気を吸ってもカイネとローグは大丈夫だったのだから、それは確かなことだった。

 憤慨しているカイネを一瞥して、ラミアが続ける。
「何もあんたが使ったとは言ってないよ。この子に使われてたのは、『麻』の薬――あるいは『魔』の薬とも言うけどね。あたしが作る眠り薬とは全然違う、もっとタチの悪いものさ」
「どんなものなのですか?」
 眉をひそめて尋ねたムールに、ラミアは舌打ちをしながら答える。
「頭をおかしくする薬さ。使うと気持ち良くなって、こう、感覚も鮮やかになる。一回や二回ならともかく、長く使っていると、どんどんモノが考えられなくなっていくのさ。この子の今の様子を見ると、だいぶ長い間、使われてそうだね。使い始めて間もない頃は、使うのをやめれば元に戻るんだけどねぇ」
 そこまで言って、彼女は痛ましそうにシィンを見る。当の少女は、状況が解っているのか、いないのか――恐らく解っていないのだろう。自分のことを話されているとは全く思っていないような顔で、ピクリとも動かないでいる。

「戻るんだけどねぇ――って、じゃあ、この子は戻らないのか?」
 戻らないのなら、この先どうなるというのだろう。
 妙にざわつく胸に眉根を寄せながらカイネが問うと、ラミアは肩をすくめた。

「どうだろうね。取り敢えず、やってみるしかないよ。抜ける時は、かなりきついんだけどね。まあ、とにかく、あたしとしちゃ、あんな薬を使うところから連れ出してやったのは、あんたのお手柄だと思うけどね」
 そんな彼女の台詞に、アシクが渋面になる。
「ラミア、こいつらが調子に乗るから止めてくれ。ワシらとしては、厄介なお荷物なんだぞ?」
「けっ、知ったことかい。あたしには、今、目の前にいるこの子の方が、遥かに大事だよ」

 里の一大事と、一人の少女と。
 両者を天秤にかけて、たった一人の方に重きを置いた老婆の返事に、里の、いや反乱軍の長たるアシクは苦笑する。彼の倍近くを生きている老練なラミア相手に、勝ち目が無いのは明白だった。

「解った。この子はここに置いておこう。その代わり、連れて来た責任は、カイネとローグに取ってもらうからな。しっかり面倒見るんだぞ?」
 突然振られた話に、カイネはギョッと目を見開く。
「はあ? 何で、オレ達が?」
「当たり前だろう。何のつもりでこんな少女を連れてきたんだ? まさか、人質にでもするつもりだったのか?」
 平素は穏やかなアシクだが、伊達に反乱軍の長はやっていない。生まれも育ちも違う者どもを纏め上げるその眼差しで射抜かれ、カイネはグッと言葉に詰まる。

「彼女から薬が抜けきって、まともな受け答えができるようになったら、改めてどうしたいのか確認する。戻りたいと言うなら、返す手段を見つけよう。ここにいたいというなら、それでもいい。だが、いずれにせよ、何かの道具として使うことはしない。いいか」
「解った……」
 カイネには、ぐうの音も出なかった。彼自身、確たる目的があって少女をさらってきたわけではない。ただ、『何か』に使える、と思っただけだ。あとは、衝動的な感情か。
 彼女の歌と男の説教に狂う聴衆たちがかつての自分と重なり、腹が立ったのだ。
 あるいは、とにかく、神殿の面子を潰したかった、それに尽きるかもしれない。
 アシクの言葉で、生身の相手をただの道具としてしか見ていなかったことに、今さらながら気付かされる。

「頼んだぞ」
 厳しかった目を少し和らげ、アシクが言葉を重ねる。カイネはそれに、頷く他なかった。
「話は付いたようだね。まあ、あんたに面倒見切れるかどうかわからないけど、この子が神殿を出てから、三日にはなるのかい? 先に言っとくよ。この薬は厄介だからね、覚悟しときな」
 二人のやり取りが片付くのを待って、ラミアがそう告げる。

 その後、カイネはその言葉の意味するところを、いやというほど思い知ることになるのだ。
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