癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

文字の大きさ
上 下
73 / 113
第七章:叶えられた再会

来襲②

しおりを挟む
「しっかし、何かが率いているにしちゃ、作戦ってもんが全然感じられないですよね」
 サビエの声が、エディの頭の中をよぎった違和感を代弁した。
 そう、魔物たちから感じられるのは、「突き進む」という意志だけなのだ。
 ただ、とにかく、数で押しているだけのようにしか思えない。その数が膨大で魔物一体一体も強いから、ここまで攻め込むことができただけのようだ。
 エディも戦術やら戦略やらを多少は学ばされているから、魔物の行動に違和感を覚えずにはいられない。
「こいつらは、何を考えてるんだ?」
 エディの呟きに、サビエが肩をすくめる。彼にも何か感じるものがあるらしく、微かに眉をひそめていた。
「何にも考えてないように見えますよねぇ」
「取り敢えず、夜には止むことが救いですが」
 隣に立ったスクートが、苦笑交じりに言う。二人の言葉に物思いから抜け出して、あちらこちらで上がっている獣の声に耳を澄まし、その距離を測りつつ、エディは頷いた。
「まあな。やっぱり、鳥は鳥目なんだろ」
「そうですね、どの魔物も強くはなっていますが、外見に即した特徴みたいなものは変わらないように思えます」

 戦い方もそうだ。
 よくよく見ると、道端に転がる魔物たちの死骸には既存の動物たちの名残があった。

 猫のような外見をしているモノは、主に爪で。
 犬のような外見をしているモノは、主に牙で。

 戦い方自体は、大きな変わりはない。
 外壁は頑強で、今のところ、それを崩して侵入してくる魔物はいない。皆、空を飛ぶ魔物に運ばれて来るのだが、翼を持つモノは殆どが鳥から変化したものらしく、暗くなるとピタリと活動を止めるのだ。
『既存の動物たちの名残』――確かにそれがある魔物たちの姿を目にして、エディはピシカが言っていた「生き物を変化させる」という邪神の力に身震いをする。

(獣が変わるなら、人間も変わるんじゃないのか?)
 今のところ、ヒトの形をした魔物は、ヤンダルムでお目にかかったあの一体だけだ。だが、その一体はすさまじい力を持っていた。
(あんなのがゴロゴロいたら、かなりヤバいよな)
 エディの頭にそれらが群れを成して現れる場面が思い浮かび、思わず眉間に皺を寄せた。
 ただ爪と牙で攻撃してくるだけの獣型の魔物だけでも、かなり手ごわい。この上、魔法を使うモノが参戦したら、いったいどうなることやら。

「魔物相手はだいぶ慣れてきたのでいいのですが、そのうちマギク兵が参戦してくるようになったらまた厄介なことになるでしょうね」
 エディの懸念を感じ取ったようにそう言ったのは、スクートだ。兄に向けてサビエが肩をすくめてみせる。
「マギク兵を魔物みたくポイポイ落としていくわけにはいかないからだろ? 外にはそこそこ集まってるらしいけどな。ほら、壁の上に置かれてる投石器で牽制してるから、魔法で壁を壊されるのは今のとこ防げてるみたいだぜ?」
 ヤンたち竜騎兵からは、壁から少し離れた所に数百程度のマギク兵が待機しているのを確認したとの報告を受けている。だが、控えているだけで、明らかな攻撃を仕掛けてはきていない。
 いかに頑強な壁とはいえ、一点に集中して魔法で攻撃されたら穴も開くかもしれない。しかし、魔法による攻撃は、多少の溜めが必要だ。それを赦さぬよう、投石器で岩や熱湯を満たした樽を投げつけて牽制しているらしい。

「あとどのくらい残ってんのかな」
 ――魔物も、未だ敵としては姿を見せていないマギク兵も。
 エディがため息混じりにそう呟いた時だった。

 ヒュンヒュン、と高い音がして、彼のすぐそばを何かが飛び過ぎる。そして間髪容れず、断末魔の声。

「フギャゥ!」
 背後で起こった背筋を逆なでするような不快な鳴き声と共に、先ほどエディが止めを刺した――その筈だった山猫がもんどりうって石畳に倒れ伏した。見れば、四、五本の矢がその身体に深々と突き刺さっている。

「お見事」
「トルベスタの方ですね」
 サビエが口笛を吹き、スクートが目を見張る。
 エディは矢が飛んできたと思しき方向に目を凝らしたが、そこには何も見いだせなかった。彼と同じように周囲を窺いながら、サビエが言う。
「ホント、彼らは姿隠すの巧いですよねぇ」
 感心しきりの彼のその台詞に、エディも頷く。彼らの実際の戦いぶりを目にして、トールが言っていたことが理解できた。彼はよく「こそこそ隠れるのが得意なんだよね」と笑うが、それこそがトルベスタの弓兵の真骨頂なのだろう。弓の腕もそうだが、何より、自らの姿を消すことができるというのが、彼らにとっての一番の利点なのだ。

「俺たちも負けてられないからな。行くぞ」
 大きく息をつき、エディは一番間近で轟いた咆哮に振り返る。多分、路地一本か二本、向こうにいるのだろう。
 とにかく今は、考えるよりも動かなければ。
 双子に先んじてエディが走り出そうとした、その時だった。

「うわ、ウソだろ、あれ」
 心の底から愕然としているのが伝わってくる声が、エディの足を止める。振り返れば、サビエが見開いた目を壁の方に向けていた。いつも飄々とふざけた態度を崩さない彼が、呆気に取られている。
 滅多に見ることのできないサビエのそんな姿に、エディは眉をひそめた。
「何だ?」
「いや、まさか、とは思うんですけどね? アレ、オレが見ているものがエディ様にもおんなじように見えてますかね?」
「だから、何なんだよ?」
 訳の解からないことを言うサビエに眉をしかめながら、彼の隣に行く。と、サビエは腕を上げ、真っ直ぐに一点を指差した。

「アレ、銀髪の女の子に見えませんか?」

「は?」

 銀髪の女の子、と言われて真っ先にエディの頭に浮かぶのは一人きりだ。
 そんなものがどこにいるのか、と道の先まで目を走らせたが、当然いない。

「何処にいるんだよ、そんなの」
「ほら、壁の所。外階段」
 言われて、エディはグッと視点を遠くした。

 都をぐるりと取り囲む壁の内側には、その上に登る為の外階段が東西南北に設置されている。サビエが指差しているのは、南に作られている、それだ。
 エディたちは比較的壁の近くにいるが、それでも、だいぶ距離はある。しかし、距離はあっても、その階段を登っていく小さな姿は、しっかりと見て取れた。

 シュウから贈られた純白の長衣に、風になびく長い銀髪。

 あれがルゥナ以外の者だとしたら、いったい、誰だというのか。

「何で、彼女が……」
 ルゥナは、兵に守られた安全な救護所に、いる筈なのに。
 呆然としたのは一瞬で、即座に我に返ったエディは双子に声を変えるよりも先に走り出していた。
 魔物は、南側から攻めてきている。
 外壁をよじ登って攻めてくるものはいないとは言え、ルゥナが行こうとしているところが危険な場所であることは、間違いない。
「ああ、くそ、何考えてるんだよ!?」
 毒づきながら、エディは地面を蹴る。

 おぼつかない足取りの彼女の姿は、もう壁の半ばほどにあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...