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こじれた王子
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セイラム王国は、魔力の強さを尊重する国だ。
魔術師は特別な存在とされており、その力が強ければ強いほど高い地位を得る。
そんな中、第一王子アストールは、代々高い魔力を有している王族の中でも桁外れの力を秘めて生れ出た。まだ赤子の身でこれならば、長じてはどれほどのものになるのだろうと将来を嘱望されたが、しかし、その力の高さが裏目に出たのだ。
強大な力は、制御も難しい。
いくら速く駆ける馬でも、手綱が取れなければ役には立たない。
アストールが子どもらしい癇癪を起こせばすぐさま魔力が暴発し、しかもその威力は年々増していった。
当初、ものの道理が解かるようになれば落ち着くだろうと周囲も楽観していたが、アストールが五つになり、七つになっても暴発は止まらない。抑えようとしても抑えられず、むしろ彼が成長するにつれ次第に被害も大きくなっていく。
決定打となったのは、アストールの十歳の誕生日で起きたことだった。
些細過ぎて記憶にも残っていないような理由でアストールは魔力を暴走させ、ついに、怪我人を出した。しかも、命が危ぶまれるほどの。
流石に放置しておくわけにもいかず、辺境に建てられた塔に半ば幽閉されるように送り込まれたのは、その事件からわずか三日後のことだった。いやに手際が良かったのは、それ以前から用意されていたからだったのだろう。それは、アストールにとっては裏切りのように感じられ、胸の底に重いしこりを残した。
そうして、あれから二年が経ち。
アストールは、未だにこの塔に閉じ込められている。
「で、新しい子が昼には着くそうですから、今度こそ、追い出さないでくださいよ?」
代わり映えのしない朝食の席でそう言ったのは、料理人のゼスだ。
今のところ唯一の使用人であるゼスは、アストールの乳母の息子でもある。アストールと同じ乳を飲んだのはゼス自身ではなく彼の弟カイだ。カイもここについてきたがったのだが、彼は魔術師の才能を見せ始めており、王都に残って教育を受けることとなった。
王子とは言えゼスにとってはアストールも弟のようなものらしく、二年間殆ど二人きりで過ごしてきたせいもあって、いまやかなり気安い間柄だ。アストールに対するものの言い方にも遠慮がない。
「別に、僕が追い出しているわけじゃない」
ゼスの台詞にむっつりと答えると、彼はやれやれという風情で肩を竦めた。
「王子がビビらせるからでしょう? この塔、何て呼ばれてるか知ってます? 魔王の塔ですよ?」
「何だそれは」
アストールはパンを口に運びかけていた手を止めて、眉間に皺を刻んだ。
「しょっちゅう物が弾けたりなんだりしてますからね。敢えて口止めとかしてませんし、ここを辞めてった子からジワジワ広がってるんでしょうよ」
「別に、壊そうと思ってやってるわけじゃない。勝手に壊れるんだ」
小間使いとして塔に来る女たちは、まだ十かそこらのアストールに対して優しかった――初めのうちは。
だが、皆、アストールが力を暴発させるさまを目の当たりにするうちに笑顔がひきつるようになり、傍に寄らなくなる。
アストールとて、故意に力を振るっているわけではない。ただ、彼女らに優しくされると胸の中がモヤモヤとして、力が弾けてしまうのだ。決して、わざとしているのではない。だから、責められるのは理不尽だ。
(僕は、悪くない)
もう殆ど口癖のようになっている自己弁護を、声には出さずに呟いた。と、まるでそれが耳に届いたかのように、ゼスが言う。
「物はひとりでには壊れません。強い魔力を持っている者が子どもの頃に暴走することは珍しいことではないですよ。でも、だからこそ、制御する訓練はしないと」
この台詞を、何度聞かされたことか。
「うるさいな。やっても無駄だっただろ」
ここに入れられてしばらくは、一緒についてきた宮廷魔術師の指導の下、頑張ってみた。だが、努力に見合っていると実感させるほどの成果は得られなかったのだ。一年前にその魔術師を王都に追い返し、現在に至る。
アストールはむしゃくしゃする気持ちのままにパンを齧り、咀嚼する。
(皆、あれほど持て囃していたじゃないか)
幼い頃は、アストールが力を見せれば見せるほど、褒めそやしてきた。なのに、彼らにとって不都合なことがあれば、手のひらを返したように、今度はその同じ力を非難してくる。
結局、力に良し悪しはない。彼らの役に立つなら『良いもの』で、そうでなければ『悪いもの』なのだ。
(力があってもなくても、その力が良いものでも悪いものでも僕は僕なのに、どうして他人の為に変わってやらないといけないんだ)
制御できるようになれば王都に戻れるのだということはアストールも判っている。
だが、変わることを強いられるのは、納得がいかなかった。
周りの評価に左右されて己を変えることは、したくなかった。
自分への処遇が不当で理不尽なものに思えてならなかった。
(『あのこと』だって、わざとじゃなかったんだ)
声に出さずに呟いたアストールの脳裏に朱に染まった光景が閃いて、胸がチクリと痛む。彼はみぞおちのあたりを握り締めて、唇を噛み締める。
(僕が、悪いんじゃない)
けれど、そう自分に言い聞かせるほど、そうする彼に警告を与えるように胸の痛みは強くなる。その痛みがまるで自分自身からも責められているようで、アストールはなおさら意固地になった。
多分、常にそんな思いが胸の底にあったから、力の制御にも身が入らなかったのだろう。いずれにせよ、制御できぬままアストールの魔力は身体と共に成長し続けている。
頑なに顔を強張らせたまま朝食を口に運ぶアストールに、ゼスが深々とため息をこぼす。
「まあ、いいんですけどね。取り敢えず、今度の子は脅かさないでやってくださいよ。この二年で何人辞めてったと思ってるんですか。皆、ひと月ともたないんですから。そろそろ本気で、来てくれる人がいなくなりますよ。自分は料理で手いっぱいですからね、掃除や洗濯までやってられません」
「今までだって、脅したつもりはない」
「あなたにそのつもりがなくても怖いもんなんですよ」
ゼスは眉を上げて諭したが、アストールは知ったことかとすげなく返す。
「なら、勝手に怖がっていればいい」
「またそんなことを言って……」
苦笑交じりにぼやきながら、ゼスは空になったアストールのカップに茶を注ぎ足した。
魔術師は特別な存在とされており、その力が強ければ強いほど高い地位を得る。
そんな中、第一王子アストールは、代々高い魔力を有している王族の中でも桁外れの力を秘めて生れ出た。まだ赤子の身でこれならば、長じてはどれほどのものになるのだろうと将来を嘱望されたが、しかし、その力の高さが裏目に出たのだ。
強大な力は、制御も難しい。
いくら速く駆ける馬でも、手綱が取れなければ役には立たない。
アストールが子どもらしい癇癪を起こせばすぐさま魔力が暴発し、しかもその威力は年々増していった。
当初、ものの道理が解かるようになれば落ち着くだろうと周囲も楽観していたが、アストールが五つになり、七つになっても暴発は止まらない。抑えようとしても抑えられず、むしろ彼が成長するにつれ次第に被害も大きくなっていく。
決定打となったのは、アストールの十歳の誕生日で起きたことだった。
些細過ぎて記憶にも残っていないような理由でアストールは魔力を暴走させ、ついに、怪我人を出した。しかも、命が危ぶまれるほどの。
流石に放置しておくわけにもいかず、辺境に建てられた塔に半ば幽閉されるように送り込まれたのは、その事件からわずか三日後のことだった。いやに手際が良かったのは、それ以前から用意されていたからだったのだろう。それは、アストールにとっては裏切りのように感じられ、胸の底に重いしこりを残した。
そうして、あれから二年が経ち。
アストールは、未だにこの塔に閉じ込められている。
「で、新しい子が昼には着くそうですから、今度こそ、追い出さないでくださいよ?」
代わり映えのしない朝食の席でそう言ったのは、料理人のゼスだ。
今のところ唯一の使用人であるゼスは、アストールの乳母の息子でもある。アストールと同じ乳を飲んだのはゼス自身ではなく彼の弟カイだ。カイもここについてきたがったのだが、彼は魔術師の才能を見せ始めており、王都に残って教育を受けることとなった。
王子とは言えゼスにとってはアストールも弟のようなものらしく、二年間殆ど二人きりで過ごしてきたせいもあって、いまやかなり気安い間柄だ。アストールに対するものの言い方にも遠慮がない。
「別に、僕が追い出しているわけじゃない」
ゼスの台詞にむっつりと答えると、彼はやれやれという風情で肩を竦めた。
「王子がビビらせるからでしょう? この塔、何て呼ばれてるか知ってます? 魔王の塔ですよ?」
「何だそれは」
アストールはパンを口に運びかけていた手を止めて、眉間に皺を刻んだ。
「しょっちゅう物が弾けたりなんだりしてますからね。敢えて口止めとかしてませんし、ここを辞めてった子からジワジワ広がってるんでしょうよ」
「別に、壊そうと思ってやってるわけじゃない。勝手に壊れるんだ」
小間使いとして塔に来る女たちは、まだ十かそこらのアストールに対して優しかった――初めのうちは。
だが、皆、アストールが力を暴発させるさまを目の当たりにするうちに笑顔がひきつるようになり、傍に寄らなくなる。
アストールとて、故意に力を振るっているわけではない。ただ、彼女らに優しくされると胸の中がモヤモヤとして、力が弾けてしまうのだ。決して、わざとしているのではない。だから、責められるのは理不尽だ。
(僕は、悪くない)
もう殆ど口癖のようになっている自己弁護を、声には出さずに呟いた。と、まるでそれが耳に届いたかのように、ゼスが言う。
「物はひとりでには壊れません。強い魔力を持っている者が子どもの頃に暴走することは珍しいことではないですよ。でも、だからこそ、制御する訓練はしないと」
この台詞を、何度聞かされたことか。
「うるさいな。やっても無駄だっただろ」
ここに入れられてしばらくは、一緒についてきた宮廷魔術師の指導の下、頑張ってみた。だが、努力に見合っていると実感させるほどの成果は得られなかったのだ。一年前にその魔術師を王都に追い返し、現在に至る。
アストールはむしゃくしゃする気持ちのままにパンを齧り、咀嚼する。
(皆、あれほど持て囃していたじゃないか)
幼い頃は、アストールが力を見せれば見せるほど、褒めそやしてきた。なのに、彼らにとって不都合なことがあれば、手のひらを返したように、今度はその同じ力を非難してくる。
結局、力に良し悪しはない。彼らの役に立つなら『良いもの』で、そうでなければ『悪いもの』なのだ。
(力があってもなくても、その力が良いものでも悪いものでも僕は僕なのに、どうして他人の為に変わってやらないといけないんだ)
制御できるようになれば王都に戻れるのだということはアストールも判っている。
だが、変わることを強いられるのは、納得がいかなかった。
周りの評価に左右されて己を変えることは、したくなかった。
自分への処遇が不当で理不尽なものに思えてならなかった。
(『あのこと』だって、わざとじゃなかったんだ)
声に出さずに呟いたアストールの脳裏に朱に染まった光景が閃いて、胸がチクリと痛む。彼はみぞおちのあたりを握り締めて、唇を噛み締める。
(僕が、悪いんじゃない)
けれど、そう自分に言い聞かせるほど、そうする彼に警告を与えるように胸の痛みは強くなる。その痛みがまるで自分自身からも責められているようで、アストールはなおさら意固地になった。
多分、常にそんな思いが胸の底にあったから、力の制御にも身が入らなかったのだろう。いずれにせよ、制御できぬままアストールの魔力は身体と共に成長し続けている。
頑なに顔を強張らせたまま朝食を口に運ぶアストールに、ゼスが深々とため息をこぼす。
「まあ、いいんですけどね。取り敢えず、今度の子は脅かさないでやってくださいよ。この二年で何人辞めてったと思ってるんですか。皆、ひと月ともたないんですから。そろそろ本気で、来てくれる人がいなくなりますよ。自分は料理で手いっぱいですからね、掃除や洗濯までやってられません」
「今までだって、脅したつもりはない」
「あなたにそのつもりがなくても怖いもんなんですよ」
ゼスは眉を上げて諭したが、アストールは知ったことかとすげなく返す。
「なら、勝手に怖がっていればいい」
「またそんなことを言って……」
苦笑交じりにぼやきながら、ゼスは空になったアストールのカップに茶を注ぎ足した。
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