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明かされた真実⑥

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 パシャンと、水が跳ねる音がした。
 やけに温かくて、心地良い。

 ぼんやりと目を開けたクリスティーナは、一瞬自分が今いる場所をつかみ損ねて目をしばたたかせた。

(……おふろ……?)

 確かに、湯船に浸かっている。
 けれど。

(どうして、お風呂に?)

 軽く首をかしげると、背後から声が響いた。
「起きたのか」
 予想外のその声に、クリスティーナはビクリと肩を跳ねさせた。
「マ、マクシミリアンさま!?」
 肩越しに振り返ると、確かに彼の顔がある。そう言えば、寄り掛かっているものは湯船の縁よりも弾力があったし、目線を落とせばお腹の前で組まれているがっしりした手が湯の中で揺らいで見える。

「え、あ、その」
(どうして、一緒にお風呂に浸かっているの?)

 声に出せず彼女の心の中に響いた問いは、マクシミリアンにも伝わったらしい。

「貴女は眠ってしまって、あのままでは不快だろうと、思っ……て……」
 ばつが悪そうに、彼が歯切れ悪く言った。
「そ、ですか……ありがとうございます……」
 きまりが悪いのはクリスティーナも彼に引けを取らない。礼は俯き加減のものになった。

 けれど、いったいどうしてこんなことになったのか。

 記憶をたどってみると、達した直後からぷつりと途絶えている。覚えているのは、己を解放したマクシミリアンにきつく抱き締められたところまでだ。
 どうやら、父とまともに対面した緊張に続くマクシミリアンの腕の中に包まれた安堵で心の糸が切れ、意識を飛ばしてしまったらしい。

 顔が火照るのは、きっと湯の熱さのせいだけではないだろう。
 気を失ってしまったことも恥ずかしいけれど、何より、こんなふうに一緒に入浴していることも、恥ずかしい。
 目のやり場がなくてギュッと目をつぶったクリスティーナは、またかけられた言葉にパッと目を開けた。

「すまなかった。その、あんなつもりはなかったんだ」
 あんなつもりというのは、多分、彼女を抱いたことだろう。後ろにいるマクシミリアンの表情は見えないけれど、その声には力がなく気まずそうだ。

 クリスティーナは顔を伏せたまま首を振る。
「いえ……」
 正直なところ、彼が抱き締めてくれなかったらまだ精神的疲労を引きずっていたに違いない。とはいえ、ありがとうとも言えなくて、また二人とも黙りこくって、身じろぎ一つせずに湯に身を委ねる。
 湯だけでなくマクシミリアンにも包まれているのは、確かに恥ずかしいけれども、心地良くもあった。背中から伝わるゆったりとした彼の鼓動が、気持ちを落ち着かせてくれる。

 しばらくして、また背後から声がした。
「……そろそろ上がるか?」
 それは問いかけの形をした決定事項だったらしい。
 クリスティーナが頷くよりも先に、マクシミリアンは彼女を腕にすくったまま立ち上がった。
 彼は湯船の外にクリスティーナを立たせると大きなタオルですっぽりと包み込む。手際良く彼女の身体を拭いて、ガウンを着せた。

 いったい、誰を相手に練習したのか、ずいぶんと、手慣れている気がする。
 なんとなく釈然としない気持ちを抱くクリスティーナの横で、マクシミリアンはサッと自分の身づくろいを終えた。

「部屋に食事を用意させている」
「寝室に、ですか?」
「ああ。もう遅い時間だが、寝る前に少し食べた方がいい」
「いえ、それよりもお話を――」
「もう聞いた」
「まだ途中でした」
 クリスティーナがかぶりを振ると、何故かマクシミリアンは渋い顔になった。まるで、もう彼女の話を聞きたくないかのようだ。

 それは、とても彼らしくない。

 クリスティーナは眉をひそめてマクシミリアンを見る。視線が絡むと同時に、彼はふいと目を逸らした。そうして、先に立って寝室に戻っていく。逃げるような彼の態度をいぶかしく思いながら、クリスティーナもその後に続いた。

 マクシミリアンが言った通り、寝室にはサンドウィッチとスープが用意されていた。
 二人は小さなテーブルを挟んで座り、黙々と軽食を口に運ぶ。マクシミリアンは何か気がかりがあるように、上の空だ。
 そんな彼を窺いつつ、クリスティーナは首を傾げる。
(何をそんなに心配していらっしゃるの?)
 思えば、馬車の中から様子がおかしかった気がする。正確には、馬車の中で話をして、その途中から。

 どこからだっただろう。
 クリスティーナは会話を振り返った。
 父から結婚に至る経緯を聞いたという話をしたときには、普通だった。理由を訊いた時にも、返事は渋かったけれども、それほどおかしくはなかったと思う。おかしくなったのは、多分、その後から。

(わたくしが幸せだとか、そんな話をしてから、かしら?)
 そう言えば、ここに来てまたクリスティーナの幸せについて言及したことも、空気が切り替わるきっかけになった気がする。

(けれど、どうして?)
 何がマクシミリアンに引っかかったのかは判っても、どうして引っかかったのかが解らない。

 頭を悩ませるクリスティーナの前で、スープを飲み干したマクシミリアンがカップを置いた。カチリという音で、彼女は我に返る。
 彼は今にも立ち上がって寝室から出て行ってしまいそうで、クリスティーナは前置きもなく切り出した。
「あの、父との話ですが」
「それはもう聞いたと」
「お話は、二つありました」
「……二つ?」
 マクシミリアンが眉をひそめてクリスティーナを見る。
「はい。一つは、マクシミリアンさまとの結婚についてです」
 途端に、彼の顔が強張った。どうしてなのか、やはり、触れられたくないらしい。この辺りは、また後日、様子を見ながら訊くことにして、クリスティーナは急いで次の話に移る。

「もう一つは、わたくしの母についてのことでした」
「はは……母上、か?」
 マクシミリアンの顔が、渋面から訝しげなものに変わった。
「亡くなったと、聞いていたが」
 口にするのにためらうそぶりを見せながら言った彼に、クリスティーナは頷く。
「はい。わたくしもそう思っていました。けれど、父の話では生きている、と」
「どうして、そんなことが? 病気か?」
「わたくしにも判りません。ただ、わたくしを産んで間もなく、北の方に移されたとしか」
 小さくかぶりを振ってクリスティーナは衣装室に行き、そこに置いてある手提げ袋から父にもらった紙片を取り出した。それをマクシミリアンの前に置いて、彼を見つめた。

「わたくしは、母に会ってみたいです」
 行ってもいいかとクリスティーナが尋ねる前に、彼は即座に頷いた。
「もちろんだ。明日にでも行こう」
「マクシミリアンさまも、ですか?」
 多忙な彼に時間を割いてもらっては、と思ってのクリスティーナの発言も、マクシミリアンはそうは受け取らなかったらしい。
「……迷惑か?」
 肩の落ち具合はわずかなものだったけれども、心情を外に出さない彼では結構な消沈の表れではないだろうか。

「いいえ、まさか! その、ご一緒していただけるのならば、とても心強いです」
 慌ててそう答えると、マクシミリアンの表情がホッと和らいだ。彼はクリスティーナが置いた母がいる村の名前が書かれた紙に目を走らせる。

「アルマンに馬車を用意させる。朝、早いうちに出た方がいいだろう。急げば一日で往復できる。どうしてその村に行くことになったのかは解からないが、場合によっては、この屋敷に連れ帰ってもいい」
 淡々とした口調で、当たり前のことのように彼が言った。
 明日にでも会えるだけでなく、一緒に住めるかもしれない。
 思ってもみなかったことに、クリスティーナは舞い上がった。

「ありがとうございます!」
 クリスティーナは顔を輝かせてテーブルの上に置かれたマクシミリアンの手を取り、身を乗り出してそこに口付ける。そうしてしまってから、淑女らしさとは程遠い衝動的な自分の行為に気付いてパッと手を引いた。
 上目遣いに窺えば、マクシミリアンはクリスティーナの唇が触れた場所を凝視している。まるで、そこに刻印でも残されているかのように。

「あの、無作法をしました」
 おずおずと声をかけると、マクシミリアンの目が自分の手から離れて彼女に向けられた。
「無作法?」
 呟いてからまた彼は手に目を落とし、それからギュッと眉根を寄せる。
「いや、別に……喜んでもらえて、良かった」
 そう言って何かを振り切るようにマクシミリアンは立ち上がり、大股に扉へと向かった。
「アルマンに言っておこう。先に休んでいてくれ」
「あの……」
「お休み」
 引き留める言葉を拒まんばかりに一言だけ残し、マクシミリアンはあっという間に部屋を出て行ってしまった。

 手とはいえ、クリスティーナから口付けたことがそんなに嫌だったのだろうか。

「貴方からは、あんなに触れるくせに」
 それこそ、手どころではない場所にだって。
 自分から触れるのは良くて、クリスティーナから触れるのは良くないというのは、どういうことなのだろう。

 本当に、自分の夫は不可解だ。

「何が良くて何が悪いのか、ちゃんとおっしゃってくださったらいいのに」

 慌ただしく姿を消した相手に向かって、クリスティーナは呟いた。
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