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第一部:らいおんはうさぎによりそう
始まりの時期に:そして、陥落
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「なんで獅子王《ししおう》がいるのよ?」
花《はな》と共に食堂に赴いた司《つかさ》に投げつけられたのは、金古由美《かねこゆみ》のその台詞だった。
『なんで』と『?』を付けつつも、金古の顔に浮かんでいるものは問いかけではない。司には彼女の言葉の裏にあるものがヒシヒシと伝わってきたが、花は額面通りに受け取る。
「中庭で会ったの。勧誘の人振り切れないでいたところを助けてもらっちゃった」
「ふぅん?」
頬杖を突いて気のない返事をした金古の隣に座るのは、乾絵梨だ。司と金古の間に散る火花など意に介さず、彼女はにこにこと笑いながら花に手を振っている。
金古も乾も、花を通しての知り合いだ。
彼女ら三人は小学校に入る前からの幼馴染で、小中高大と、ずっと同じ学校らしい。地元でそこそこの成績であれば高校大学も同じところを選ぶのもアリだとは思うが、それにしても、少しべったり過ぎはしないだろうかと司は思うことしばしだ。
乾は割とおとなしめな容姿をしていて、見ればいつも笑みを浮かべている。その点は花と同じといえば同じなのだが、その笑顔が微妙に底知れなく、鵜呑みにできない感じだ。
一方の金古は美人顔にスラリとスタイルも良く、黙っていればモデルか何かでもできそうだ。が、少々口がきつい。出会った時からケンカ腰で、三年経った今でも「あの頃よりはマシ」という程度にしかなっていない。とは言え、それは司に限ってのことではなく、どうやら、花に近付く男全般に対して発揮される警戒心らしい。そういうところは、花の友人というよりも保護者に近いように思える。
(そこまで過保護にしなくてもいいだろうに)
呆れ混じりにそんなことを思う司に向ける金古の眼光など全く気付いていないらしい花が、能天気な声で言う。
「獅子王くん、まだサークル決まってないって言うから、一緒に天文に入ってくれたら嬉しいなって思って」
「は? そいつが? 似合わな過ぎ」
鼻で嗤った金古に花が唇を尖らせる。
「そんなことないよ。宇宙は誰にでも平等なんだから。ねえ、獅子王くん?」
首をかしげるようにして見上げてきた花に、司はかぶりを振った。
「いや、そもそも、サークルに入る予定がない」
司がここまでついてきたのは、花独りでこのざわついた構内を歩かせたくなかったからだ。こうやって二人に合流できたからには、早々に退散するつもりだった。
だが、彼の台詞に花が大きな目を丸くする。
「え、入らないの……?」
彼女の顔には、デカデカと『残念』と書かれている。そんな眼で見られたら、むげに拒否できなくなるではないか。
「いや――」
言葉を濁すと曇天が晴れるように花の顔が明るくなった。
「やっぱり入る?」
「……」
司は唇を引き結ぶ。
「負けるに千点」
紙コップのコーヒーを口元に運びながら乾がポソリと呟いた。司は横目で睨みつけたが、たいていの輩がすごすごと引き下がるその視線も彼女にはさっぱり功を奏さない。
「ご苦労様」
やけに生温かな微笑みと共に、乾はそう言った。
司は、何かと食って掛かってくる金古よりもこの乾の方が苦手だ。確かに当たりは柔らかいが、正直、何を考えているのか今一つ解らない。いや、というよりも、何もかもを見透かされているような気がして落ち着かないのだ。
乾の台詞にどう返すべきか決めあぐねている司に、彼女はフフと笑う。
「獅子王君、過保護だもんね。由美ちゃんに負けず劣らず」
ね、と同意を求めたのは花に対してだが、彼女が頷くより先に二つの声が上がる。
「こいつと一緒にしないでよ」
「こいつほどじゃない」
完全にハモッた台詞に、花が顔をほころばせた。
「二人って、結構仲が良いよね」
「「良くない」」
図らずも再び同調してしまった答えに、花の笑みが深まる。
金古との仲に関する彼女の認識は不満だが、あまりに嬉しそうなその顔に司は反論を呑み込んだ。花が笑顔になるのなら、まあ、たいていのことは許容できる。
そんな司の胸の内を読み取ったかのように、乾がいっそうしたり顔になった。彼はその視線からフイと眼を逸らす。
(別に、過保護ってほどじゃないだろ)
確かに、高校時代、目の前が塞がるほどの荷物を持っていたらちょっと手伝ったりとか、帰りが遅くなった時にはちょっと送ってみたりとか、しつこく粉をかけてくる野郎をちょっと威嚇してみたりとか、花を見ているとついつい手を出してしまいがちではあったが、それは過保護というほどではない――はずだ。
自分自身に言い含める司を、小首をかしげて乾が見る。
「大学のサークルって、きっと、色々な人がいるよね。天文部は泊りも多いし。ほら、高校のお泊りは先生っていうお目付け役がいるけど、大学はそういうの無いもんね。まさに自由。きっと楽しいよ?」
ね、と笑いかけた乾に、花は満面の笑みで応えている。
「うん、早く行きたいよね。あ、来月の十五日に流星群が見られるんだよ。きっと、合宿あると思うんだ」
見るからにうきうきと、花が言った。
来月なんて、メンバーの人となりもまだろくに判っていないではないか。
(そんな中に、こいつを放り込むのか?)
つい先ほど、しつこく言い寄っていた男の姿が司の脳裏によみがえる。
比喩ではなく、まさに狼の群れに羊を追いやる所業ではなかろうか。
いくら金古と乾が一緒でも、いささか許容し難い。
渋面で花を見下ろすと、彼女は屈託なく笑い返してくる。
その無邪気で無防備な花の笑顔に、司が取れる選択肢は一つしかなかった。
花《はな》と共に食堂に赴いた司《つかさ》に投げつけられたのは、金古由美《かねこゆみ》のその台詞だった。
『なんで』と『?』を付けつつも、金古の顔に浮かんでいるものは問いかけではない。司には彼女の言葉の裏にあるものがヒシヒシと伝わってきたが、花は額面通りに受け取る。
「中庭で会ったの。勧誘の人振り切れないでいたところを助けてもらっちゃった」
「ふぅん?」
頬杖を突いて気のない返事をした金古の隣に座るのは、乾絵梨だ。司と金古の間に散る火花など意に介さず、彼女はにこにこと笑いながら花に手を振っている。
金古も乾も、花を通しての知り合いだ。
彼女ら三人は小学校に入る前からの幼馴染で、小中高大と、ずっと同じ学校らしい。地元でそこそこの成績であれば高校大学も同じところを選ぶのもアリだとは思うが、それにしても、少しべったり過ぎはしないだろうかと司は思うことしばしだ。
乾は割とおとなしめな容姿をしていて、見ればいつも笑みを浮かべている。その点は花と同じといえば同じなのだが、その笑顔が微妙に底知れなく、鵜呑みにできない感じだ。
一方の金古は美人顔にスラリとスタイルも良く、黙っていればモデルか何かでもできそうだ。が、少々口がきつい。出会った時からケンカ腰で、三年経った今でも「あの頃よりはマシ」という程度にしかなっていない。とは言え、それは司に限ってのことではなく、どうやら、花に近付く男全般に対して発揮される警戒心らしい。そういうところは、花の友人というよりも保護者に近いように思える。
(そこまで過保護にしなくてもいいだろうに)
呆れ混じりにそんなことを思う司に向ける金古の眼光など全く気付いていないらしい花が、能天気な声で言う。
「獅子王くん、まだサークル決まってないって言うから、一緒に天文に入ってくれたら嬉しいなって思って」
「は? そいつが? 似合わな過ぎ」
鼻で嗤った金古に花が唇を尖らせる。
「そんなことないよ。宇宙は誰にでも平等なんだから。ねえ、獅子王くん?」
首をかしげるようにして見上げてきた花に、司はかぶりを振った。
「いや、そもそも、サークルに入る予定がない」
司がここまでついてきたのは、花独りでこのざわついた構内を歩かせたくなかったからだ。こうやって二人に合流できたからには、早々に退散するつもりだった。
だが、彼の台詞に花が大きな目を丸くする。
「え、入らないの……?」
彼女の顔には、デカデカと『残念』と書かれている。そんな眼で見られたら、むげに拒否できなくなるではないか。
「いや――」
言葉を濁すと曇天が晴れるように花の顔が明るくなった。
「やっぱり入る?」
「……」
司は唇を引き結ぶ。
「負けるに千点」
紙コップのコーヒーを口元に運びながら乾がポソリと呟いた。司は横目で睨みつけたが、たいていの輩がすごすごと引き下がるその視線も彼女にはさっぱり功を奏さない。
「ご苦労様」
やけに生温かな微笑みと共に、乾はそう言った。
司は、何かと食って掛かってくる金古よりもこの乾の方が苦手だ。確かに当たりは柔らかいが、正直、何を考えているのか今一つ解らない。いや、というよりも、何もかもを見透かされているような気がして落ち着かないのだ。
乾の台詞にどう返すべきか決めあぐねている司に、彼女はフフと笑う。
「獅子王君、過保護だもんね。由美ちゃんに負けず劣らず」
ね、と同意を求めたのは花に対してだが、彼女が頷くより先に二つの声が上がる。
「こいつと一緒にしないでよ」
「こいつほどじゃない」
完全にハモッた台詞に、花が顔をほころばせた。
「二人って、結構仲が良いよね」
「「良くない」」
図らずも再び同調してしまった答えに、花の笑みが深まる。
金古との仲に関する彼女の認識は不満だが、あまりに嬉しそうなその顔に司は反論を呑み込んだ。花が笑顔になるのなら、まあ、たいていのことは許容できる。
そんな司の胸の内を読み取ったかのように、乾がいっそうしたり顔になった。彼はその視線からフイと眼を逸らす。
(別に、過保護ってほどじゃないだろ)
確かに、高校時代、目の前が塞がるほどの荷物を持っていたらちょっと手伝ったりとか、帰りが遅くなった時にはちょっと送ってみたりとか、しつこく粉をかけてくる野郎をちょっと威嚇してみたりとか、花を見ているとついつい手を出してしまいがちではあったが、それは過保護というほどではない――はずだ。
自分自身に言い含める司を、小首をかしげて乾が見る。
「大学のサークルって、きっと、色々な人がいるよね。天文部は泊りも多いし。ほら、高校のお泊りは先生っていうお目付け役がいるけど、大学はそういうの無いもんね。まさに自由。きっと楽しいよ?」
ね、と笑いかけた乾に、花は満面の笑みで応えている。
「うん、早く行きたいよね。あ、来月の十五日に流星群が見られるんだよ。きっと、合宿あると思うんだ」
見るからにうきうきと、花が言った。
来月なんて、メンバーの人となりもまだろくに判っていないではないか。
(そんな中に、こいつを放り込むのか?)
つい先ほど、しつこく言い寄っていた男の姿が司の脳裏によみがえる。
比喩ではなく、まさに狼の群れに羊を追いやる所業ではなかろうか。
いくら金古と乾が一緒でも、いささか許容し難い。
渋面で花を見下ろすと、彼女は屈託なく笑い返してくる。
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