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変容
覚醒①
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彼にとって、そこは、心地良い空間だった。
一筋の光も射し込むことのない暗闇の中、幾つもの声が絶え間なく木霊し、彼を否定する。
――お前を守るために、私は死んだのよ。
――お前には、誰も守れない。
――あなたが、私を殺した……
全て、その通りだ。自分には、何の力もない。口でどれほど格好の良い事を言ったって、どうせ、『――』を守ることなんて、できない。どうせ、無駄なんだ。
硬い殻に包まれて、彼はじわじわと侵食してくる生温い酸のような自己憐憫に浸る。
警告を発するように心の奥底にある扉を叩く音は、聞こえない振りをして。
彼の思考は硬直し、ひとところに留まって、ただひたすら自責の念のみが空回りを続けた。
しかし、そうやって閉じ籠る彼に、微かな囁きが触れる。
――私、待ってるよ……
その声は、誰のものだろう?
心地良く染み込んでくるような、柔らかく、甘やかな、声。
でも――。
(無駄だよ、俺を待っていたって、無駄だ)
彼は首を振る。
だが、声は諦めない。
――それに、信じてる……
何かを要求するでもなく、彼を責めるでもなく、ただ囁かれるその声に、彼は矛盾と混乱に満ちた自問を繰り返す。
(本当に? 何で、俺なんかを信じるんだ? ……信じられるんだ?)
疑問の形で突き放す彼に、声が告げる。
――私、行ってくるよ……
その別れの言葉に、形を失いつつあった彼の中の何かが強烈に締め付けられた。
(いいのか? 『――』を独りで行かせて)
たった独りでこれまで戦ってきた『――』を、また、独りで行かせるのか?
彼は、『――』を守りたいと思ったはずだ。独りで彼の前に現れた『――』を、独りのままにさせておきたくないと思ったはずだ。
小生意気で飄々として、彼のことなどこれっぽっちも頼ろうとしない『――』のことを。
ふと湧き起こる、それまでとは違う問い。
(だが、俺は、何故『――』を守りたいと思った?)
自分の為か、それとも、『――』の為か?
何の役にも立たないからと、必要とされていないからと、『――』に背を向けるのか?
ならばそれは、結局、自己満足にすぎないのではないのか。
『――』に求めて欲しいから、『――』に認めて欲しいから手を差し出すということは、『――』の想いという見返りを要求しているということになるのではないのか。
彼を包んでいた分厚い殻に、ピシリとヒビが入る。
(違う。そうじゃない。そうではないんだ)
彼は、『――』を……『未明』を守ってやりたいと、ただそう思っただけだったはずだ。
守れなかった誰かの代わりにではなく、守れなかった誰かへの罪滅ぼしでもなく、ただ、小さな背中に全てを背負い独りで立とうとする彼女を、独りにしておきたくないと思っただけだったはず。
この胸の奥にくすぶる罪悪感と、彼女を守りたいという気持ちは、まったく別のものだ。
罪は罪、何をしようが消えはしない。
これからも、彼が背負い続けていくべきもの。
なかったことにはできないし、するべきでもないものだ。それは、この、黒木康平《くろきこうへい》という男を形作るものの一部なのだから。
未明を守りたいという気持ちは、過去に向かうものではない。
それは、彼のこれからを、彼女のこれからを見つめたからこそ、生まれた気持ちだ。
(こちらが差し出している手に気付かないようなヤツだけれど、それでも、いいじゃないか)
未明の方が遥かに強大な力を持ち、本当は、康平の手など彼女には必要ではないのかもしれない。
だが、それでも、未明は康平を信じていると言った。
康平に未明を助けられるか否かに因らず、彼女は、彼が傍にあることを望んでいる。
だったら――
(それ以上に何がある?)
その想いとともに、殻が弾ける。
(俺は彼女の隣にいよう。彼女を守るのは、俺がそうしたいからするだけのこと)
ただ、それだけだ。
その瞬間、何もない空間は目が眩むほどの光に満たされ、そして彼は――康平は、一気に浮上した。
一筋の光も射し込むことのない暗闇の中、幾つもの声が絶え間なく木霊し、彼を否定する。
――お前を守るために、私は死んだのよ。
――お前には、誰も守れない。
――あなたが、私を殺した……
全て、その通りだ。自分には、何の力もない。口でどれほど格好の良い事を言ったって、どうせ、『――』を守ることなんて、できない。どうせ、無駄なんだ。
硬い殻に包まれて、彼はじわじわと侵食してくる生温い酸のような自己憐憫に浸る。
警告を発するように心の奥底にある扉を叩く音は、聞こえない振りをして。
彼の思考は硬直し、ひとところに留まって、ただひたすら自責の念のみが空回りを続けた。
しかし、そうやって閉じ籠る彼に、微かな囁きが触れる。
――私、待ってるよ……
その声は、誰のものだろう?
心地良く染み込んでくるような、柔らかく、甘やかな、声。
でも――。
(無駄だよ、俺を待っていたって、無駄だ)
彼は首を振る。
だが、声は諦めない。
――それに、信じてる……
何かを要求するでもなく、彼を責めるでもなく、ただ囁かれるその声に、彼は矛盾と混乱に満ちた自問を繰り返す。
(本当に? 何で、俺なんかを信じるんだ? ……信じられるんだ?)
疑問の形で突き放す彼に、声が告げる。
――私、行ってくるよ……
その別れの言葉に、形を失いつつあった彼の中の何かが強烈に締め付けられた。
(いいのか? 『――』を独りで行かせて)
たった独りでこれまで戦ってきた『――』を、また、独りで行かせるのか?
彼は、『――』を守りたいと思ったはずだ。独りで彼の前に現れた『――』を、独りのままにさせておきたくないと思ったはずだ。
小生意気で飄々として、彼のことなどこれっぽっちも頼ろうとしない『――』のことを。
ふと湧き起こる、それまでとは違う問い。
(だが、俺は、何故『――』を守りたいと思った?)
自分の為か、それとも、『――』の為か?
何の役にも立たないからと、必要とされていないからと、『――』に背を向けるのか?
ならばそれは、結局、自己満足にすぎないのではないのか。
『――』に求めて欲しいから、『――』に認めて欲しいから手を差し出すということは、『――』の想いという見返りを要求しているということになるのではないのか。
彼を包んでいた分厚い殻に、ピシリとヒビが入る。
(違う。そうじゃない。そうではないんだ)
彼は、『――』を……『未明』を守ってやりたいと、ただそう思っただけだったはずだ。
守れなかった誰かの代わりにではなく、守れなかった誰かへの罪滅ぼしでもなく、ただ、小さな背中に全てを背負い独りで立とうとする彼女を、独りにしておきたくないと思っただけだったはず。
この胸の奥にくすぶる罪悪感と、彼女を守りたいという気持ちは、まったく別のものだ。
罪は罪、何をしようが消えはしない。
これからも、彼が背負い続けていくべきもの。
なかったことにはできないし、するべきでもないものだ。それは、この、黒木康平《くろきこうへい》という男を形作るものの一部なのだから。
未明を守りたいという気持ちは、過去に向かうものではない。
それは、彼のこれからを、彼女のこれからを見つめたからこそ、生まれた気持ちだ。
(こちらが差し出している手に気付かないようなヤツだけれど、それでも、いいじゃないか)
未明の方が遥かに強大な力を持ち、本当は、康平の手など彼女には必要ではないのかもしれない。
だが、それでも、未明は康平を信じていると言った。
康平に未明を助けられるか否かに因らず、彼女は、彼が傍にあることを望んでいる。
だったら――
(それ以上に何がある?)
その想いとともに、殻が弾ける。
(俺は彼女の隣にいよう。彼女を守るのは、俺がそうしたいからするだけのこと)
ただ、それだけだ。
その瞬間、何もない空間は目が眩むほどの光に満たされ、そして彼は――康平は、一気に浮上した。
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