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来訪
終
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夕食時、電話が鳴った。
この携帯電話というものといい、テレビというものといい、パソコンというものといい、未明にしてみれば、魔法よりもはるかに不思議な代物だ。アレイスに連れ去られた彼女を見つけ出したのも、この世界の道具の力らしい。
それがなければ、今頃、事態はどうなっていただろう。
未明は康平が必ず自分を捜し出してくれると信じていたけれど、どうやって成し遂げるのかというところは全く考えていなかった。今思えば楽観的過ぎたが、どうしてか、彼の力を疑う気持ちは微塵も湧かなかったのだ。
あの時康平に助け出されて――初めて、誰かに助けてもらって抱き締められて、今まで感じたことのない温かさに溺れそうになってしまったのは、内緒だ。彼女自身、そんなふうに感じたことに戸惑いを覚えているし、何より、何となく、気まずい。この気持ちを彼には知られたくないような気がする。
未明の姿は今、少女のものに戻っている。どうやらこの世界では、最も魔力が高まる満月の夜しかあの姿を保つことができないらしい。
アレイスに拉致された翌朝、この姿を見た康平は、残念そうなのだか安堵しているのだか判らない――あるいはその両方が入り混じったような、何だか複雑な顔をしていた。
しばらく未明を見るたび眉をひそめていたけれど、三日もすれば『オトナの』未明の姿がきれいさっぱり忘れ去られてしまったらしく、すっかり元のように接するようになった。
未明自身、何となく、この姿の方が落ち着く気がする。
何故かは判らないけれども。
黙々と食事を頬張る未明の前で、康平は通話を終えて電話を置いた。何だか、やけに渋い顔をしている。
「どうしたの?」
しばらく待ってからそう訊ねた未明に、彼が憮然と言う。
「門屋から連絡があった」
門屋。
あの、得体が知れない男。
未明は、彼がちょっと、いや、だいぶ、苦手だ。
他に少しでもユヌバールを探す手掛かりの伝手があるのなら、その選択の余地があるのならあの男には近づきたくない。勘がいい康平が平気で付き合っているのだから大丈夫なのだろうとは思うけれど。
「なんだろう、ヒヒイロカネのことが何かわかったのかな」
微妙に嫌そうな顔をしている康平に、未明は首を傾げた。彼は、丸めた目玉焼きを一口で平らげてから、言う。
「なんか、貸しを返せってさ」
「貸し?」
「ほら、岩手では収穫がなかっただろ?」
「ああ……」
ヒヒイロカネの手掛かりとして岩手の話を教える代わりに、何か門屋を愉しませるような情報をもたらすこと。
それが、彼が持ち出した交換条件だったけれど、あの時は、対価となるようなものを持ち帰れなかった。
まあ、実際は、話のネタはあったけれどもそれを門屋には与えなかった、というのが正確なところだったのだが。渡すべきものを渡さなかったという点が、一層後ろめたさを増す。
「あのオッサンもたいがい曲者だからなぁ。あんま無茶なこと言い出さねぇで欲しいんだけどよ」
そう言った康平の声と眼差しに、何やら切実なものが込められているような気がするのは、未明の気のせいだろうか。
「えっと……いつ行くの?」
「今日、これからすぐだってさ」
「ふぅん……」
ずいぶん、急な話だ。
「どんな用なのかな」
「何か嫌な予感がするよ、俺は」
そう言って、康平はコーヒーを一気に飲み干し、まだ熱かったのか思い切り顔をしかめた。
――そして門屋のもとへ赴いた二人は、翌日、北海道に飛ぶことになるのである。
この携帯電話というものといい、テレビというものといい、パソコンというものといい、未明にしてみれば、魔法よりもはるかに不思議な代物だ。アレイスに連れ去られた彼女を見つけ出したのも、この世界の道具の力らしい。
それがなければ、今頃、事態はどうなっていただろう。
未明は康平が必ず自分を捜し出してくれると信じていたけれど、どうやって成し遂げるのかというところは全く考えていなかった。今思えば楽観的過ぎたが、どうしてか、彼の力を疑う気持ちは微塵も湧かなかったのだ。
あの時康平に助け出されて――初めて、誰かに助けてもらって抱き締められて、今まで感じたことのない温かさに溺れそうになってしまったのは、内緒だ。彼女自身、そんなふうに感じたことに戸惑いを覚えているし、何より、何となく、気まずい。この気持ちを彼には知られたくないような気がする。
未明の姿は今、少女のものに戻っている。どうやらこの世界では、最も魔力が高まる満月の夜しかあの姿を保つことができないらしい。
アレイスに拉致された翌朝、この姿を見た康平は、残念そうなのだか安堵しているのだか判らない――あるいはその両方が入り混じったような、何だか複雑な顔をしていた。
しばらく未明を見るたび眉をひそめていたけれど、三日もすれば『オトナの』未明の姿がきれいさっぱり忘れ去られてしまったらしく、すっかり元のように接するようになった。
未明自身、何となく、この姿の方が落ち着く気がする。
何故かは判らないけれども。
黙々と食事を頬張る未明の前で、康平は通話を終えて電話を置いた。何だか、やけに渋い顔をしている。
「どうしたの?」
しばらく待ってからそう訊ねた未明に、彼が憮然と言う。
「門屋から連絡があった」
門屋。
あの、得体が知れない男。
未明は、彼がちょっと、いや、だいぶ、苦手だ。
他に少しでもユヌバールを探す手掛かりの伝手があるのなら、その選択の余地があるのならあの男には近づきたくない。勘がいい康平が平気で付き合っているのだから大丈夫なのだろうとは思うけれど。
「なんだろう、ヒヒイロカネのことが何かわかったのかな」
微妙に嫌そうな顔をしている康平に、未明は首を傾げた。彼は、丸めた目玉焼きを一口で平らげてから、言う。
「なんか、貸しを返せってさ」
「貸し?」
「ほら、岩手では収穫がなかっただろ?」
「ああ……」
ヒヒイロカネの手掛かりとして岩手の話を教える代わりに、何か門屋を愉しませるような情報をもたらすこと。
それが、彼が持ち出した交換条件だったけれど、あの時は、対価となるようなものを持ち帰れなかった。
まあ、実際は、話のネタはあったけれどもそれを門屋には与えなかった、というのが正確なところだったのだが。渡すべきものを渡さなかったという点が、一層後ろめたさを増す。
「あのオッサンもたいがい曲者だからなぁ。あんま無茶なこと言い出さねぇで欲しいんだけどよ」
そう言った康平の声と眼差しに、何やら切実なものが込められているような気がするのは、未明の気のせいだろうか。
「えっと……いつ行くの?」
「今日、これからすぐだってさ」
「ふぅん……」
ずいぶん、急な話だ。
「どんな用なのかな」
「何か嫌な予感がするよ、俺は」
そう言って、康平はコーヒーを一気に飲み干し、まだ熱かったのか思い切り顔をしかめた。
――そして門屋のもとへ赴いた二人は、翌日、北海道に飛ぶことになるのである。
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