暗黒神話

トウリン

文字の大きさ
上 下
19 / 65
来訪

しおりを挟む
 夕食時、電話が鳴った。
 この携帯電話というものといい、テレビというものといい、パソコンというものといい、未明みあかにしてみれば、魔法よりもはるかに不思議な代物だ。アレイスに連れ去られた彼女を見つけ出したのも、この世界の道具の力らしい。

 それがなければ、今頃、事態はどうなっていただろう。
 未明は康平こうへいが必ず自分を捜し出してくれると信じていたけれど、どうやって成し遂げるのかというところは全く考えていなかった。今思えば楽観的過ぎたが、どうしてか、彼の力を疑う気持ちは微塵も湧かなかったのだ。

 あの時康平に助け出されて――初めて、誰かに助けてもらって抱き締められて、今まで感じたことのない温かさに溺れそうになってしまったのは、内緒だ。彼女自身、そんなふうに感じたことに戸惑いを覚えているし、何より、何となく、気まずい。この気持ちを彼には知られたくないような気がする。

 未明の姿は今、少女のものに戻っている。どうやらこの世界では、最も魔力が高まる満月の夜しかあの姿を保つことができないらしい。
 アレイスに拉致された翌朝、この姿を見た康平は、残念そうなのだか安堵しているのだか判らない――あるいはその両方が入り混じったような、何だか複雑な顔をしていた。
 しばらく未明を見るたび眉をひそめていたけれど、三日もすれば『オトナの』未明の姿がきれいさっぱり忘れ去られてしまったらしく、すっかり元のように接するようになった。
 未明自身、何となく、この姿の方が落ち着く気がする。
 何故かは判らないけれども。

 黙々と食事を頬張る未明の前で、康平は通話を終えて電話を置いた。何だか、やけに渋い顔をしている。

「どうしたの?」
 しばらく待ってからそう訊ねた未明に、彼が憮然と言う。
門屋かどやから連絡があった」

 門屋。
 あの、得体が知れない男。

 未明は、彼がちょっと、いや、だいぶ、苦手だ。

 他に少しでもユヌバールを探す手掛かりの伝手があるのなら、その選択の余地があるのならあの男には近づきたくない。勘がいい康平が平気で付き合っているのだから大丈夫なのだろうとは思うけれど。

「なんだろう、ヒヒイロカネのことが何かわかったのかな」
 微妙に嫌そうな顔をしている康平に、未明は首を傾げた。彼は、丸めた目玉焼きを一口で平らげてから、言う。

「なんか、貸しを返せってさ」
「貸し?」
「ほら、岩手では収穫がなかっただろ?」
「ああ……」
 ヒヒイロカネの手掛かりとして岩手の話を教える代わりに、何か門屋を愉しませるような情報をもたらすこと。
 それが、彼が持ち出した交換条件だったけれど、あの時は、対価となるようなものを持ち帰れなかった。
 まあ、実際は、話のネタはあったけれどもそれを門屋には与えなかった、というのが正確なところだったのだが。渡すべきものを渡さなかったという点が、一層後ろめたさを増す。

「あのオッサンもたいがい曲者だからなぁ。あんま無茶なこと言い出さねぇで欲しいんだけどよ」
 そう言った康平の声と眼差しに、何やら切実なものが込められているような気がするのは、未明の気のせいだろうか。
「えっと……いつ行くの?」
「今日、これからすぐだってさ」
「ふぅん……」
 ずいぶん、急な話だ。
「どんな用なのかな」
「何か嫌な予感がするよ、俺は」
 そう言って、康平はコーヒーを一気に飲み干し、まだ熱かったのか思い切り顔をしかめた。

 ――そして門屋のもとへ赴いた二人は、翌日、北海道に飛ぶことになるのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

魔法少女マヂカ

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
マヂカは先の大戦で死力を尽くして戦ったが、破れて七十数年の休眠に入った。 やっと蘇って都立日暮里高校の二年B組に潜り込むマヂカ。今度は普通の人生を願ってやまない。 本人たちは普通と思っている、ちょっと変わった人々に関わっては事件に巻き込まれ、やがてマヂカは抜き差しならない戦いに巻き込まれていく。 マヂカの戦いは人類の未来をも変える……かもしれない。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

処理中です...