暗黒神話

トウリン

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来訪

彼女の決意

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「じゃ、話してもらおうか」
 改めて、康平こうへい未明みあかに迫った。

 場所を移して、二人は互いのベッドに向かい合って腰掛けている。

「うん……」
 頷きはしたが、そこから先になかなか進まない。だが、話す気はありそうだと、康平は急かさずに待つこととする。

 やがて、未明は大きく息を吸い、顔を上げた。
「私が生まれた世界は、アンサムというの。この世界から、ずっとずっと、『遠い』世界。アンサムはこことは何もかも違う。機械とかは全然なくて、全てが魔術で動いていたわ」
「その割に、お前の姿は人間の形をしてるんだな」
「ああ、これは、この世界に合わせたからよ。世界を変わるたび、その世界で一番動きやすい形を取るの。その世界で一番の知的生命体であることが多いわ。で、その姿での文化や知識を吸収してね」
「へえ……便利っちゃ便利なのかな」
「まぁね」
 肩をすくめた未明に、康平はふと首をかしげる。

「で、お前の故郷とここはどのくらい離れてるんだ? もしもお前の中の何とかってやつをどうにかできたとして、帰るにはどうするんだ?」
「『グールムアール』が私の中からなくなれば魔力を失うし、きっと、もう帰れない。それに、もしも今と同じくらいの魔力があるとしても、何度も何度も次元を跳び越えて界を渡ったから、どうやったら帰れるか、判らないの。……帰るには、遠すぎるわ」
 未明の目にあるのは、郷愁の色――そして、諦めの色。
 康平はかける言葉がなく、ただ彼女を見つめた。

 しばらく未明は押し黙っていたが、やがてまた話し始める。その声にはもう凛とした響きを取り戻していた。
「アンサムは魔術の世界――そして、『旧き神々』に支配された世界だった」
「『旧き神々』?」
「そう。この世界の神とは違う。この世界の神は、人が、信仰の対象として創ったものでしょう? 人があって、神がある。アンサムの『旧き神々』は、何というか、ただ、ひたすら強大な力を持った存在、だわ。アンサムでは、人は神の餌だった」
 不穏な言葉に、康平は眉をひそめる。その顔に気付いて、未明は力なく笑った。
「『餌』……そう、『餌』だったの。『旧き神々』は、私が生まれる遥か昔に、他の次元からアンサムにやってきたのだと聞かされていたわ。『地に棲まうもの』ガンド、『水に棲まうもの』オスラム、『空に棲まうもの』シーカイ。この三神に、それぞれが産み出した眷属たち。三神たちは人々の生気を搾取し、眷属たちは実際に人を襲ってきたわ。人は、ただ、滅びないことだけに必死だった」

 果たして、それを『神』と言ってもいいのだろうか。信仰というものに興味を持たない康平には解らなかったが、あまりにも一方的過ぎる関係のような気がした。彼の疑問をよそに、未明が噛み締めるように続ける。

「人は、何とか、『旧き神々』に対抗する手段を探したわ。そして、その方法は――理論は、見つかった。それは、どの次元にも属さない場所――次元の狭間に封じ込めるというものだったの。次元を切り開き、その狭間に三神を押し込め、穴を塞いで封印する。封印のための『鍵』として作り出されたのが、私の中にある魔道書『グールムアール』よ。三神さえ封じてしまえば、眷属はどうにでもなる。とにかく、三神をどうにかしなければならなかった。でも、理論は完成し、何人もの術者の命を使って最強の魔道書まで作り上げたのに、あと一歩が足りなかった。『グールムアール』が強力過ぎて、誰も扱えなかったの……長い間」
「それ……」
「そう」
 未明はその容姿にそぐわない大人びた笑みを浮かべて、両手で自分の胸を指し示す。

「私の名前はミアカスール――『希望をもたらすもの』。その『希望』は、アンサムに住む殆ど全ての人のものだったわ」
 小さな身体をスッと伸ばし、彼女は誇りに満ちた声でそう言った。

「私が産まれた時、誰もが喜んだ。私の身体はまったく魔力を帯びておらず、それゆえに、どんな魔力も受け入れることができるの。だから、『グールムアール』もこの身に宿すことができたのよ。ごくごく稀に、私のようなのが産まれることがあるらしいわ……普通は、アンサムでは魔力が高い者ほど優れているとされるのだけどね」
「選ぶことはできなかったのか?」
「選ぶ?」
「その何とかってヤツを受け入れるかどうかを、さ」
「そうね、選んだわ――受け入れることを」
「何でだ?」
「? だって、それが私のできることだったから」
 そう言った未明の眼差しには、一片の迷いもない。
 だが、康平には、未明がその特異体質だということで、周囲が無言で圧力をかけ、そうせざるを得ない状況に追いやったのではないのかという疑問が拭えなかった。

 そんな彼の顔色を読み取ったのか、未明が小さく笑みを漏らす。
「『肉親の情』という鎖を作らないように、私は両親から離され、魔道師たちの間で公平に育てられたわ。親しい人を守ることが私の行動の理由にならないように。私が、私自身の意志で決められるように。彼らは、『グールムアール』を宿すことで何が起きるか全て話してくれて、その上で、どうするかを選べと言った。そして、私は選んだ。自分の命と他の大勢の命を天秤にかけたわけでもない。自己犠牲のつもりもなかった。ただ、どうすることが一番正しい道なのかを考え、選んだの。これは私の――私だけの意志よ」
 その堅固さは、まるで難攻不落な砦のようだ。

 自分がかつて戦いの中に身を置いていたとき、これほどの信念を持っていただろうか。自問した康平は、それに自嘲の笑みを浮かべるしかない。彼は、未明の信念の百分の一ほども、確たるものを持ってはいなかった。康平こそが、刷り込まれた思想で踊った愚か者だった。

 康平の忸怩たる思いをよそに、未明は過去語りを続ける。
「多くの犠牲を必要としたけれど、私たちは『旧き神々』を封じることに成功し、私はその鍵となった。私が――私の中の『グールムアール』が無事でいる限り、三神は次元の狭間から出てこられない。あなたが見たのは、ガンド……次元の狭間はどの次元にも属さないけれど、全ての次元に接しているのよ。理論上は、どの世界からも、ああやって次元の亀裂から見えることがある。でも、あの程度の隙間では抜け出すことはできないし、修復するのも簡単だわ」
「じゃあ、そいつらがいなくなって、お前の世界は平和になったんだ」

「……」
 康平の言葉に、未明は目を伏せる。
「違うのか?」
「三神の脅威はなくなったわ。新たに産み出されることがなくなって、眷属も段々とその数を減らせていった」
「じゃあ、万々歳じゃないか」
 そう言った康平だが、ふと、当然の疑問を抱く。

「……なんで、お前は追われているんだ?」
 世界を救った者として、左団扇で暮らせる筈ではないのだろうか。新たな神として崇め奉られてもいいくらいだ。だが、現実に、未明は別の世界にまで逃げてきている。

「確かに平和になった――一時は。でも、『旧き神々』を封じてしばらくして……私の中の『グールムアール』を欲する者と、三神の復活を望む者、そのどちらも阻止しようとする者の三者が争うようになっていったの」
「復活を望む者? そんな奴らがいるのか?」
「そう。……アレイスは『グールムアール』を欲する者――『求道者』の一人。彼らはとにかく魔術を極めることに心血を注ぐ人たちで、三神を封じた時の立役者でもあるわ」
「その『グールムアール』ってやつを、そいつにやっちまえばいいんじゃねえの?」
「言ったでしょう? これは、私だから受け入れられたって。ダメなことが判っているのに……みすみす死なせるわけにはいかないよ」
 別にいいだろう、というふうに、康平は肩を竦める。彼からすれば、好きなようにやらせてやって、いっそ全滅してしまえば敵が減るだろうに、としか思えない。

 だが、未明は彼らを擁護する。
「彼らは、アンサムを救った功労者でもあるのよ」
 彼らの知識がなければ、『グールムアール』の生成は不可能だった。とてもではないが、未明には康平のようには考えられない。

「……もう一派は、元々『旧き神々』をまさに神として崇めていた者――『崇拝者』。キンベルは彼らからの刺客ね。力あるモノに仕え、その糧となるのも辞さない人々」
「そんな奴らがいるのか」
「ええ。『旧き神々』の一部になれるのは至上の幸い、と考える人たちよ。私を殺せば『グールムアール』も消滅するから、三神を解放できる。だから、躍起になって私の命を狙ってくるわ」
「でも、自分の世界だったら、そいつらから守ってくれる者も多かったんだろ? 何で出てきちまったんだ? 命を狙われるにしても、守ってくれる者もいるならそこにいた方がよかったんじゃないのか?」
 至極当然の康平の疑問だと思われるが、未明は力なく笑う。

「だって……『私のせいで』人同士が殺し合うのよ? 三神を封じるために命を落とす人は見ていられても、私のせいで死んでいく人は、もう見たくなかったの。諸悪の根源がなくなれば、戦いは無くなる筈じゃない。誰か追いかけてくるとしても、次元を跳んで界を渡れるほどの力を持つ人なんて滅多にいないから、充分逃げ切れると思ってた」
「――えらい貧乏くじを引いたもんだな」
 生まれつきの体質のせいで、自分の国どころか世界から逃げ去らなければならないなど、貧乏くじ以外の何ものでもない。半ば憐れみを込めた康平の言葉に、未明は少し考えてから首を振った。

「うん、そうだね。……でも、やっぱり、私はこの身体で良かったと思う。そうでなければ、まだ、アンサムは『旧き神々』に脅かされていて、いずれ滅びてしまっていただろうし……もしかすると、アンサムが滅ぼされた後には、別の世界が同じ目に遭っていたかもしれない。普通だけど何もできない自分よりも、ずっといい」
 話すべきことは全て言葉にした未明は、それきり押し黙る。後は康平に全ての判断を委ねる構えのようだった。

 昂然と頭を上げて断言した未明の眼差しの強さを、康平は直視できない。彼女に比べて、自分の身を振り返る。未明の『逃亡』は、ある意味『戦い』だ。だが、彼のそれは過去も現在も、『ただの』逃げばかりだった。同じ逃げるにしても、大きく違う。

(なら、未来は、どうだ?)

 逃げてばかりの自分でも、この少女の助けになってやれるなら、少しは何かが変わるのではないか。康平自身のための、打算が入った動機であることは重々承知だ。だが、独りで戦う未明のために何かをしたいという気持ちも、紛れもない真実だった。

(俺がすべきことは……)
 迷う余地もない。

 お互いに物思いにふけったまま、夜は静かに明けていった。
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