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「ねえねえ、葉月! カラオケ行こうよ」
「あ、あたしも!」
一人があげた声に、四、五人の女子が続く。同じくらい、男子の声も。
「んー、そうだねー」
窓枠に腰かけた葉月は、おざなりに返事をした。そうしながら、目で一人の姿を探す。
彼を取り巻く女の子たちのように、我も我もと寄っては来なくても、皆と一緒を装って声をかけたら、『彼女』もいっしょに行くと言ってくれるかもしれない。
そう思ったけれど、目当ての彼女――奥谷茉奈は、教室の中にはいなかった。
(ちぇー)
葉月はこっそりため息をこぼす。
運命の巡り合わせかと思われた彼女と隣り合わせの席は、その日のうちのくじ引きで遠く離されてしまった。
それきりろくに接点がないまま、一学期ももう三分の二が終わりつつある。
葉月も、手をこまねいていたわけではない。もっと茉奈と話をしたりしたいのに、せっかくきっかけを掴んでも、そこから先になかなか進めないのだ。
理由は、多分、二つ。
一つは、彼女が引っ込み思案なせいだ。何かと理由を付けて葉月が声をかけても、用件だけでそそくさと離れて行ってしまう。
嫌われているわけではない――と思う。
というより、そうであって欲しい。
大勢の中ではほとんど聞き役に回っているし、きっと、元々恥ずかしがりやなのだ。
葉月は茉奈のそういうところも可愛いと思ってしまうのだから、仕方がない。
それに、多分、茉奈との距離が縮まらないことについて、彼女の性格よりももっと大きな原因が、葉月の方にある。いや、葉月の周りに、というべきか。
彼には、小さなころから女の子が良く寄ってきていた。
といっても、別に葉月から声をかけていたわけではない。
母、もしくは姉譲りの人当たりの良さと物腰の柔らかさがそうさせるのか、彼女たちの方から集まってくるのだ。基本、葉月も老若男女を問わず『来るもの拒まず』だったから、その状態を何とも思っていなかった。
けれど、それが今は仇となっているらしく、茉奈は、葉月の周りに人が多いことにしり込みしてしまうようなのだ。
(どうしたらいいんだろ)
葉月はぼやいて、窓の外に視線を投げた。
と、何気なく目を向けた渡り廊下の途中に。
「僕、ちょっとトイレ!」
「え? 葉月!?」
背中にかけられた声に振り返りもせずに片手を振って、葉月は教室の外に飛び出した。その勢いのまま廊下を走り、階段を駆け下りる。
目指したのは、渡り廊下だ。
(まだいるかな)
――いた。
期待半分、諦め半分で渡り廊下までやってきた葉月は、その先に求めた姿を見つける。
「奥谷さん!」
呼びかけると、ビクンと華奢な肩が跳ね上がった。彼女が手にしている小さな身体の半分の大きさはありそうなごみ袋の中身が、ガチャリと音を立てる。
ゴミ袋を置いて振り返った茉奈は、そこにいるのが葉月だと知って、ふわりと笑った。
「大石くん」
小さいけれど、甘い声。
(ああ、やっぱり可愛い)
鼓動は一割増しになったけれども、葉月は何食わぬ顔して彼女の下に駆け寄った。
「それ、ゴミ捨て?」
「うん」
茉奈がこくりと頷く。
透明な袋を見下ろすと、美術室かどこかのものなのか、木片なども交っていた。
「重くない?」
「大丈夫」
眉をひそめた葉月に返ってきたのは、柔らかな笑みだ。
彼は反射的にみぞおちに手をやった。
(なんだろう、この、頭からペロッと呑み込んでしまいたいような感じ)
いちいち疼く胸をなだめながら、彼は袋に手を伸ばした。
「手伝うよ」
「でも、大石くんは当番じゃないし」
「それを言うなら、他の当番は? こんなの、奥谷さん一人じゃ大変だろ?」
「え、えっと……」
茉奈は視線を逸らしてもじもじしている。
その様子に、葉月は「またか」と思った。
茉奈は、頼まれたことを断らない。そして、彼女のそういうところに付け込んで、色々と押し付けてくる輩が結構いる。
前に日直の仕事を相方から押し付けられている場面に遭遇した時、葉月が口出しをしたのだけれど、当の茉奈は笑って引き受けてしまった。相手は部活があって、自分は特に用もないから、と。
茉奈は本当に何とも思っていないようだったけれども、彼女のことをいいように利用しようとする奴らに、葉月はイラッとしてしまう。
「少しは嫌とか無理とか言った方がいいんじゃないの?」
むっつりとした声での彼の忠言に、茉奈は束の間キョトンとして、また微笑んだ。
「いやとかムリとか、ないから。でも、ありがとう」
何故かやけに嬉しそうな彼女に、葉月の胸がギュゥッとなる。
苦しくてじれったくてもどかしくて。
(ああ、もう。僕のものなら、何が何でも守ってあげられるのに)
そう思った瞬間、この二ヶ月半の間ずっと頭の中でグルグル回っていた言葉が、ポロッと口から転げ出していた。
「僕と付き合ってくれない?」
沈黙。
三秒後に、葉月は我に返る。
(違う、そうじゃない。こんなふうに言うはずじゃなかった)
しまった、と葉月の頭の中がパニックになりかける。が、茉奈はといえば、目を瞬かせて、小さく首をかしげてきた。
「いいよ、どこに?」
通じてない。
一瞬、葉月はガクリと肩を落としたけれども、すぐにまた背を伸ばした。
(どうせ口に出しちゃったんだし、もう言っちゃえ)
覚悟を決めれば微塵もためらいなくスムーズに舌が動く。笑顔付きで。
「僕『に』じゃなくて、僕『と』だよ。奥谷さんのことが好きなんだ」
一呼吸置いてから、茉奈が目と口をポカンと開いて葉月をまじまじと見上げてきた。
「え?」
その一言をこぼしただけで、彼女は固まっている。
(ああ、これは、アレだ。ビックリしたハムスターとか、ああいうやつだ)
あんまり可愛くて、今この瞬間に力いっぱい抱き締めてしまいたくなる。
当然、そんなことができるはずがないししてはいけないとも思うから、葉月は両手をギュッと握り締めて自分を抑えた。そうしておいて、茉奈の大きな目を覗き込む。
葉月の周りの女の子たちは、誰それから告白されたとよく彼に報告してくる。
そんなときの彼女たちは、みんな、驚きと喜びでいっぱいに見えた。
(けど、これは……)
茉奈の眼の中に色濃くあるのは、どう見ても、驚きよりも喜びよりも、戸惑いだった。
そしてその戸惑いが、次第に迷いと疑問に変わっていく。
その先が行き着くところが見えてしまって、葉月はそうするのはズルいやり方だと判っていながら、言葉を重ねる。
「お願いだよ、僕と付き合って欲しいんだ」
姉に何かをねだるときのように、少し窺うような笑みを浮かべて。
茉奈は、いつだって、頼まれたら断れない。
「だめ?」
その一押しに、彼女の中で何かが揺れたのが見て取れた。
「あ、あたしも!」
一人があげた声に、四、五人の女子が続く。同じくらい、男子の声も。
「んー、そうだねー」
窓枠に腰かけた葉月は、おざなりに返事をした。そうしながら、目で一人の姿を探す。
彼を取り巻く女の子たちのように、我も我もと寄っては来なくても、皆と一緒を装って声をかけたら、『彼女』もいっしょに行くと言ってくれるかもしれない。
そう思ったけれど、目当ての彼女――奥谷茉奈は、教室の中にはいなかった。
(ちぇー)
葉月はこっそりため息をこぼす。
運命の巡り合わせかと思われた彼女と隣り合わせの席は、その日のうちのくじ引きで遠く離されてしまった。
それきりろくに接点がないまま、一学期ももう三分の二が終わりつつある。
葉月も、手をこまねいていたわけではない。もっと茉奈と話をしたりしたいのに、せっかくきっかけを掴んでも、そこから先になかなか進めないのだ。
理由は、多分、二つ。
一つは、彼女が引っ込み思案なせいだ。何かと理由を付けて葉月が声をかけても、用件だけでそそくさと離れて行ってしまう。
嫌われているわけではない――と思う。
というより、そうであって欲しい。
大勢の中ではほとんど聞き役に回っているし、きっと、元々恥ずかしがりやなのだ。
葉月は茉奈のそういうところも可愛いと思ってしまうのだから、仕方がない。
それに、多分、茉奈との距離が縮まらないことについて、彼女の性格よりももっと大きな原因が、葉月の方にある。いや、葉月の周りに、というべきか。
彼には、小さなころから女の子が良く寄ってきていた。
といっても、別に葉月から声をかけていたわけではない。
母、もしくは姉譲りの人当たりの良さと物腰の柔らかさがそうさせるのか、彼女たちの方から集まってくるのだ。基本、葉月も老若男女を問わず『来るもの拒まず』だったから、その状態を何とも思っていなかった。
けれど、それが今は仇となっているらしく、茉奈は、葉月の周りに人が多いことにしり込みしてしまうようなのだ。
(どうしたらいいんだろ)
葉月はぼやいて、窓の外に視線を投げた。
と、何気なく目を向けた渡り廊下の途中に。
「僕、ちょっとトイレ!」
「え? 葉月!?」
背中にかけられた声に振り返りもせずに片手を振って、葉月は教室の外に飛び出した。その勢いのまま廊下を走り、階段を駆け下りる。
目指したのは、渡り廊下だ。
(まだいるかな)
――いた。
期待半分、諦め半分で渡り廊下までやってきた葉月は、その先に求めた姿を見つける。
「奥谷さん!」
呼びかけると、ビクンと華奢な肩が跳ね上がった。彼女が手にしている小さな身体の半分の大きさはありそうなごみ袋の中身が、ガチャリと音を立てる。
ゴミ袋を置いて振り返った茉奈は、そこにいるのが葉月だと知って、ふわりと笑った。
「大石くん」
小さいけれど、甘い声。
(ああ、やっぱり可愛い)
鼓動は一割増しになったけれども、葉月は何食わぬ顔して彼女の下に駆け寄った。
「それ、ゴミ捨て?」
「うん」
茉奈がこくりと頷く。
透明な袋を見下ろすと、美術室かどこかのものなのか、木片なども交っていた。
「重くない?」
「大丈夫」
眉をひそめた葉月に返ってきたのは、柔らかな笑みだ。
彼は反射的にみぞおちに手をやった。
(なんだろう、この、頭からペロッと呑み込んでしまいたいような感じ)
いちいち疼く胸をなだめながら、彼は袋に手を伸ばした。
「手伝うよ」
「でも、大石くんは当番じゃないし」
「それを言うなら、他の当番は? こんなの、奥谷さん一人じゃ大変だろ?」
「え、えっと……」
茉奈は視線を逸らしてもじもじしている。
その様子に、葉月は「またか」と思った。
茉奈は、頼まれたことを断らない。そして、彼女のそういうところに付け込んで、色々と押し付けてくる輩が結構いる。
前に日直の仕事を相方から押し付けられている場面に遭遇した時、葉月が口出しをしたのだけれど、当の茉奈は笑って引き受けてしまった。相手は部活があって、自分は特に用もないから、と。
茉奈は本当に何とも思っていないようだったけれども、彼女のことをいいように利用しようとする奴らに、葉月はイラッとしてしまう。
「少しは嫌とか無理とか言った方がいいんじゃないの?」
むっつりとした声での彼の忠言に、茉奈は束の間キョトンとして、また微笑んだ。
「いやとかムリとか、ないから。でも、ありがとう」
何故かやけに嬉しそうな彼女に、葉月の胸がギュゥッとなる。
苦しくてじれったくてもどかしくて。
(ああ、もう。僕のものなら、何が何でも守ってあげられるのに)
そう思った瞬間、この二ヶ月半の間ずっと頭の中でグルグル回っていた言葉が、ポロッと口から転げ出していた。
「僕と付き合ってくれない?」
沈黙。
三秒後に、葉月は我に返る。
(違う、そうじゃない。こんなふうに言うはずじゃなかった)
しまった、と葉月の頭の中がパニックになりかける。が、茉奈はといえば、目を瞬かせて、小さく首をかしげてきた。
「いいよ、どこに?」
通じてない。
一瞬、葉月はガクリと肩を落としたけれども、すぐにまた背を伸ばした。
(どうせ口に出しちゃったんだし、もう言っちゃえ)
覚悟を決めれば微塵もためらいなくスムーズに舌が動く。笑顔付きで。
「僕『に』じゃなくて、僕『と』だよ。奥谷さんのことが好きなんだ」
一呼吸置いてから、茉奈が目と口をポカンと開いて葉月をまじまじと見上げてきた。
「え?」
その一言をこぼしただけで、彼女は固まっている。
(ああ、これは、アレだ。ビックリしたハムスターとか、ああいうやつだ)
あんまり可愛くて、今この瞬間に力いっぱい抱き締めてしまいたくなる。
当然、そんなことができるはずがないししてはいけないとも思うから、葉月は両手をギュッと握り締めて自分を抑えた。そうしておいて、茉奈の大きな目を覗き込む。
葉月の周りの女の子たちは、誰それから告白されたとよく彼に報告してくる。
そんなときの彼女たちは、みんな、驚きと喜びでいっぱいに見えた。
(けど、これは……)
茉奈の眼の中に色濃くあるのは、どう見ても、驚きよりも喜びよりも、戸惑いだった。
そしてその戸惑いが、次第に迷いと疑問に変わっていく。
その先が行き着くところが見えてしまって、葉月はそうするのはズルいやり方だと判っていながら、言葉を重ねる。
「お願いだよ、僕と付き合って欲しいんだ」
姉に何かをねだるときのように、少し窺うような笑みを浮かべて。
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