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第三章:ほんとうの、はじまり
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「……なさい。起きてください」
眠りの底にいた一美に、そんな声が届く。
今日は、当直ではなかった筈だ。いったい誰だ……?
――そんなふうに思いかけて、すぐに気付く。
「……萌。起きたのか」
薄目を開けると、ベッドの上に座り込んで覗き込んでくる彼女が映った。
仕事柄、寝起きは良い。電話ならたいていワンコールで気付くし、目が開けばすぐに頭もすっきりする。
だが、今は、すっかり油断していた。まったく目覚める気にならない。
「まだ寝ていろよ」
この眠りをまだ手放したくなかった一美は、そう言って手を伸ばし、萌の頭を自分の胸に引き寄せようとする。
が。
「先生、起きて。お話があるんです」
ベッドサイドの明かりを点けて真剣な声で言う萌に、彼は眉をしかめながら目蓋を上げた。
車から抱き上げた時はぐっすりと眠り込んでピクリとも動かなかったのに、すっかり目が覚めているようだ。寝癖でクシャクシャの髪のまま、大きな目をはっきりと開いて一美を見つめている。
「……一時前か」
サイドボードの時計を確かめて、一美はつぶやく。
家に着いたのは夕方の六時だった。萌が起きそうもなかった為、一美も一緒になって寝ることにしたのだが、思ったよりも長く眠ってしまった。
一美が上体を起こすと、萌はズリズリと少し下がり、そこでぺたりと座り込んだ。
「それで?」
額にかかる髪を掻き上げながら、一美はそう促した。特に、目的を持って口にした言葉ではなかったが、萌は「母親との対談はどうだったか」を問われたと思ったようだ。
コクリと頷いて、彼女が答える。
「母は、わたしのことをずっと覚えていてくれました。ちゃんと、忘れずにいてくれたんです」
そうして、萌は嬉しそうに笑う。
一美としては、何となく納得がいかなかった。萌の母親のことなのだから、どう感じるのかは彼女のものなのだが、彼としては、本当にそれでいいのかと、思ってしまう。
「君は、母親を赦すのか?」
「赦す……?」
萌が首をかしげる。一美は肩をすくめると、そんな彼女へ続けて問いかけた。
「君を置き去りにして、自分は結婚して幸せになって、それでいいのか?」
刺すような彼の物言いに、萌が「ああ……」と頷く。
「いいんです。お母さんの幸せはお母さんのもの、わたしの幸せはわたしのもの、なんです。わたしはわたしで幸せになるんですから、お母さんだって幸せになったらいいんです」
あまりに屈託なく言い切った萌だったが、やはり一美としてはすっきりしない。
それが表情に出ていたのか、萌は顔を引き締めて更に言い募った。
「お母さんを恨んではいないんです。だって、いい思い出がない代わりに、悪い思い出も、一つもないんですから。なんていうんだろう……お母さんに対して何か思うものは、何一つないんです。でも、昨日お母さんに会って、わたしのことを想っていてくれていたって聞いたら、何だか、こう、『わたしはいてもいいんだ』って思えたんです」
「そんなこと、当たり前だろう?」
そう答えて、一美は目付きを鋭くする。
「もしかして、誰かに何か言われたことがあるのか?」
「え? いいえ。『クスノキの家』の人たちは、皆優しくて、温かくて、わたしのことを、これでもかっていうほど包んでくれました」
慌てて首を振った萌に、一美は「その前は?」と訊きたくなる。だが、問わなかった。
黙り込んだ一美に、彼が納得したと思ったのか、萌は続ける。
「わたし、今の自分が好きです。お母さんがわたしを捨てたから、今のわたしがあるんです。ダメなところもたくさんありますけど、わたしは今のわたしが、やっぱりいいんです」
断言して、彼女は晴れやかに笑う。
それを言われたら、一美もそうだ。きっと、『この』萌だから、彼がこれほど想いを注ぐ相手になったのだ。めぐみが萌を手放していなければ、今の萌とは違う萌になっていたのだろう。
それは、確かに、受け入れ難い。
受け入れ難い、が、しかし。
渋い顔でムッツリと唇を引き結ぶ一美に、それにね、と萌は続ける。
「それに、一番大事なことを忘れてないですか? お母さんがわたしを置き去りにしなければ、先生にもおかあさんや『クスノキの家』の皆にも、リコさんにも有田先生にも、皆、会えなかったかもしれない。それって、どんなアンラッキーも勝てないくらいのラッキーなんですよ?」
「君は、まったく……」
思わず、一美の口からはため息がこぼれた。
何というか、彼女のその強かさは、いったいどこから来るのだろう。
一美は、声もなくマジマジと萌を見つめた。彼女はネガティブであると同時に、ポジティブだ。自分自身に対する認識というか、許容というか、そういったものは、時に腹立たしくもなるほど否定的で後ろ向きだというのに、彼女を取り巻く環境や周囲の者に対しては呆れるほど寛容で前向きだ。
だがしかし、そんなアンバランスささえも愛おしいのだから、手に負えない。
一美はまた一つ、さっきよりも大きなため息をつく。
萌が微かに身をすくめたのがわかったが、彼はそれに取り合わず、身を捻ってサイドボードの引き出しを漁った。
本当は、もっと準備万端、雰囲気を作って渡すつもりだったのだが、もうさっさと渡して、さっさと話を進めてしまおうと、一美は心に決める。
ここまで待ったが、もう待てない。
目当てのものを取り出して、また萌に向き直る。無言で手を伸ばし、彼女の左手を取った。
「先生?」
黙したままの一美に、萌が不安そうな声を上げる。そんな彼女の薬指に、『それ』をはめた。サイズは、彼の目算に違わずぴったりだ。
「……え?」
萌の目が、そこに落ちる。そして、マジマジとそれを見つめた。
ハート型の小粒なムーンストーンにプラチナで羽をあしらった、指輪。柔らかな乳白色のその石は高価なものではないが、萌には良く似合うと、一美は思う。
「先生、これ……」
「プロポーズ、受けてくれるんだろう? それとも、外すか? それ」
答えは判りきっているが、一美は敢えて問う。彼の前で、即座に萌は、フルフルと首を振った。
「外しません」
だが、次の瞬間、ふと、頼りなげに目が揺れる。
「でも、本当に、わたしでいいんですか?」
最後の確認のように、萌が問う。一美の気持ちは疑ってはいないだろうから、多分、彼女が自分自身の気持ちに自信が持てないことからの問いなのだろう。
知らぬは本人ばかりなり、なのだが。
一美は、少し萌との距離を詰める。手を伸ばせばその頬に触れることができるほどに。
「俺が君の事をどれほど想っているかは、もう解かっているだろう?」
一美の言葉に、萌は素直に頷く。あれほど言葉を尽くして説いても理解されていなかったら、それこそ、彼の方が泣きたくなるというものだ。彼女の反応に満足しつつ、更に続ける。
「前に、君は自分が好きでいるから俺の気持ちがはっきりしなくても、それでいいと言った。今度は、俺が同じことを言うよ。けどな、そんなに心配しなくても、俺は、君が俺のことをどう好きなのかを、解かっている」
「え?」
彼女は、キョトンと一美を見た。彼はその頬を両手で捉える――逃げられないように。
「君は俺の前でしか泣かないし、むくれない。それに、他の者と一緒では、酔えないのだろう?」
ニヤリと笑った一美の言葉に、萌は「あ」という顔をする。不意打ちで、その唇を奪ってやった。いつもより深く、執拗に。
息を奪うような口付けを、初めはおとなしく受けていた萌だったが、いつまでも終わりが見えないそれに、次第にもがき出した。
常ならそこでやめてやる。だが、今日の一美はその抵抗を封じ込め、やがて彼女の全身から力が抜けるまで、続けた。
唇を離し、クタリと彼にもたれかかってくる萌の耳元で、囁いてやる。
「あのな、そんなふうに他の者の前では見せない姿を俺だけに見せて、俺の腕の中では安心して眠りこけて、その上、こんなキスをされても、嫌じゃない――それで判らないほど、俺は鈍くないつもりだ」
果たして聞こえているのかどうか疑問だったが、一美は力を失った彼女の身体をフワリと抱き締める。
「言葉で表されなくても、伝わってくるものがあるんだよ」
そう言って、耳の後ろにキスを落とした。宥めるように――労わるように。
「頼むから、俺を君の『家族』にしてくれよ。必ず、守り通すから」
華奢な彼女の身体を抱き締めながら、一美はそう宣言する。
と、その腕の中から、恨めしそうな声が聞こえた。ボソリと小さな呟きのようなそれを、彼は最初聞き逃す。
「――のに」
「え?」
「わたしが、言おうと思っていた事だったのに」
力を緩めると、グイと彼の胸に手を突っ張って身体を起こした萌が、ジトリと睨み上げてきた。
「わたしの家族になってくださいって、わたしが言おうと思っていたのに。それに、急に――あんなの、ひどいです」
『あんなの』とはキスのことか。
アレには、彼にも言い分がある。すなわち。
「君は約束を破っただろう? まあ、情状酌量の余地はあるが、お仕置きは必要だ」
「約束?」
嘯く一美に、萌が眉をひそめる。どうやら思い当たることがないらしい彼女に、きっちりと思い出させてやる。
「俺がいないところで酒を飲むなと言っただろう?」
「あ……」
息を呑んだ萌に、ニッと笑う。
「まあ、意外と大丈夫のようだけどな」
それに、悪いことばかりではなかった。彼女が約束を破ったお陰で、知った事実もある。それは、この上なく嬉しい事実だ。
一美は再び萌を引き寄せる。もう一度顔を寄せても、彼女が拒むことはなかった。
眠りの底にいた一美に、そんな声が届く。
今日は、当直ではなかった筈だ。いったい誰だ……?
――そんなふうに思いかけて、すぐに気付く。
「……萌。起きたのか」
薄目を開けると、ベッドの上に座り込んで覗き込んでくる彼女が映った。
仕事柄、寝起きは良い。電話ならたいていワンコールで気付くし、目が開けばすぐに頭もすっきりする。
だが、今は、すっかり油断していた。まったく目覚める気にならない。
「まだ寝ていろよ」
この眠りをまだ手放したくなかった一美は、そう言って手を伸ばし、萌の頭を自分の胸に引き寄せようとする。
が。
「先生、起きて。お話があるんです」
ベッドサイドの明かりを点けて真剣な声で言う萌に、彼は眉をしかめながら目蓋を上げた。
車から抱き上げた時はぐっすりと眠り込んでピクリとも動かなかったのに、すっかり目が覚めているようだ。寝癖でクシャクシャの髪のまま、大きな目をはっきりと開いて一美を見つめている。
「……一時前か」
サイドボードの時計を確かめて、一美はつぶやく。
家に着いたのは夕方の六時だった。萌が起きそうもなかった為、一美も一緒になって寝ることにしたのだが、思ったよりも長く眠ってしまった。
一美が上体を起こすと、萌はズリズリと少し下がり、そこでぺたりと座り込んだ。
「それで?」
額にかかる髪を掻き上げながら、一美はそう促した。特に、目的を持って口にした言葉ではなかったが、萌は「母親との対談はどうだったか」を問われたと思ったようだ。
コクリと頷いて、彼女が答える。
「母は、わたしのことをずっと覚えていてくれました。ちゃんと、忘れずにいてくれたんです」
そうして、萌は嬉しそうに笑う。
一美としては、何となく納得がいかなかった。萌の母親のことなのだから、どう感じるのかは彼女のものなのだが、彼としては、本当にそれでいいのかと、思ってしまう。
「君は、母親を赦すのか?」
「赦す……?」
萌が首をかしげる。一美は肩をすくめると、そんな彼女へ続けて問いかけた。
「君を置き去りにして、自分は結婚して幸せになって、それでいいのか?」
刺すような彼の物言いに、萌が「ああ……」と頷く。
「いいんです。お母さんの幸せはお母さんのもの、わたしの幸せはわたしのもの、なんです。わたしはわたしで幸せになるんですから、お母さんだって幸せになったらいいんです」
あまりに屈託なく言い切った萌だったが、やはり一美としてはすっきりしない。
それが表情に出ていたのか、萌は顔を引き締めて更に言い募った。
「お母さんを恨んではいないんです。だって、いい思い出がない代わりに、悪い思い出も、一つもないんですから。なんていうんだろう……お母さんに対して何か思うものは、何一つないんです。でも、昨日お母さんに会って、わたしのことを想っていてくれていたって聞いたら、何だか、こう、『わたしはいてもいいんだ』って思えたんです」
「そんなこと、当たり前だろう?」
そう答えて、一美は目付きを鋭くする。
「もしかして、誰かに何か言われたことがあるのか?」
「え? いいえ。『クスノキの家』の人たちは、皆優しくて、温かくて、わたしのことを、これでもかっていうほど包んでくれました」
慌てて首を振った萌に、一美は「その前は?」と訊きたくなる。だが、問わなかった。
黙り込んだ一美に、彼が納得したと思ったのか、萌は続ける。
「わたし、今の自分が好きです。お母さんがわたしを捨てたから、今のわたしがあるんです。ダメなところもたくさんありますけど、わたしは今のわたしが、やっぱりいいんです」
断言して、彼女は晴れやかに笑う。
それを言われたら、一美もそうだ。きっと、『この』萌だから、彼がこれほど想いを注ぐ相手になったのだ。めぐみが萌を手放していなければ、今の萌とは違う萌になっていたのだろう。
それは、確かに、受け入れ難い。
受け入れ難い、が、しかし。
渋い顔でムッツリと唇を引き結ぶ一美に、それにね、と萌は続ける。
「それに、一番大事なことを忘れてないですか? お母さんがわたしを置き去りにしなければ、先生にもおかあさんや『クスノキの家』の皆にも、リコさんにも有田先生にも、皆、会えなかったかもしれない。それって、どんなアンラッキーも勝てないくらいのラッキーなんですよ?」
「君は、まったく……」
思わず、一美の口からはため息がこぼれた。
何というか、彼女のその強かさは、いったいどこから来るのだろう。
一美は、声もなくマジマジと萌を見つめた。彼女はネガティブであると同時に、ポジティブだ。自分自身に対する認識というか、許容というか、そういったものは、時に腹立たしくもなるほど否定的で後ろ向きだというのに、彼女を取り巻く環境や周囲の者に対しては呆れるほど寛容で前向きだ。
だがしかし、そんなアンバランスささえも愛おしいのだから、手に負えない。
一美はまた一つ、さっきよりも大きなため息をつく。
萌が微かに身をすくめたのがわかったが、彼はそれに取り合わず、身を捻ってサイドボードの引き出しを漁った。
本当は、もっと準備万端、雰囲気を作って渡すつもりだったのだが、もうさっさと渡して、さっさと話を進めてしまおうと、一美は心に決める。
ここまで待ったが、もう待てない。
目当てのものを取り出して、また萌に向き直る。無言で手を伸ばし、彼女の左手を取った。
「先生?」
黙したままの一美に、萌が不安そうな声を上げる。そんな彼女の薬指に、『それ』をはめた。サイズは、彼の目算に違わずぴったりだ。
「……え?」
萌の目が、そこに落ちる。そして、マジマジとそれを見つめた。
ハート型の小粒なムーンストーンにプラチナで羽をあしらった、指輪。柔らかな乳白色のその石は高価なものではないが、萌には良く似合うと、一美は思う。
「先生、これ……」
「プロポーズ、受けてくれるんだろう? それとも、外すか? それ」
答えは判りきっているが、一美は敢えて問う。彼の前で、即座に萌は、フルフルと首を振った。
「外しません」
だが、次の瞬間、ふと、頼りなげに目が揺れる。
「でも、本当に、わたしでいいんですか?」
最後の確認のように、萌が問う。一美の気持ちは疑ってはいないだろうから、多分、彼女が自分自身の気持ちに自信が持てないことからの問いなのだろう。
知らぬは本人ばかりなり、なのだが。
一美は、少し萌との距離を詰める。手を伸ばせばその頬に触れることができるほどに。
「俺が君の事をどれほど想っているかは、もう解かっているだろう?」
一美の言葉に、萌は素直に頷く。あれほど言葉を尽くして説いても理解されていなかったら、それこそ、彼の方が泣きたくなるというものだ。彼女の反応に満足しつつ、更に続ける。
「前に、君は自分が好きでいるから俺の気持ちがはっきりしなくても、それでいいと言った。今度は、俺が同じことを言うよ。けどな、そんなに心配しなくても、俺は、君が俺のことをどう好きなのかを、解かっている」
「え?」
彼女は、キョトンと一美を見た。彼はその頬を両手で捉える――逃げられないように。
「君は俺の前でしか泣かないし、むくれない。それに、他の者と一緒では、酔えないのだろう?」
ニヤリと笑った一美の言葉に、萌は「あ」という顔をする。不意打ちで、その唇を奪ってやった。いつもより深く、執拗に。
息を奪うような口付けを、初めはおとなしく受けていた萌だったが、いつまでも終わりが見えないそれに、次第にもがき出した。
常ならそこでやめてやる。だが、今日の一美はその抵抗を封じ込め、やがて彼女の全身から力が抜けるまで、続けた。
唇を離し、クタリと彼にもたれかかってくる萌の耳元で、囁いてやる。
「あのな、そんなふうに他の者の前では見せない姿を俺だけに見せて、俺の腕の中では安心して眠りこけて、その上、こんなキスをされても、嫌じゃない――それで判らないほど、俺は鈍くないつもりだ」
果たして聞こえているのかどうか疑問だったが、一美は力を失った彼女の身体をフワリと抱き締める。
「言葉で表されなくても、伝わってくるものがあるんだよ」
そう言って、耳の後ろにキスを落とした。宥めるように――労わるように。
「頼むから、俺を君の『家族』にしてくれよ。必ず、守り通すから」
華奢な彼女の身体を抱き締めながら、一美はそう宣言する。
と、その腕の中から、恨めしそうな声が聞こえた。ボソリと小さな呟きのようなそれを、彼は最初聞き逃す。
「――のに」
「え?」
「わたしが、言おうと思っていた事だったのに」
力を緩めると、グイと彼の胸に手を突っ張って身体を起こした萌が、ジトリと睨み上げてきた。
「わたしの家族になってくださいって、わたしが言おうと思っていたのに。それに、急に――あんなの、ひどいです」
『あんなの』とはキスのことか。
アレには、彼にも言い分がある。すなわち。
「君は約束を破っただろう? まあ、情状酌量の余地はあるが、お仕置きは必要だ」
「約束?」
嘯く一美に、萌が眉をひそめる。どうやら思い当たることがないらしい彼女に、きっちりと思い出させてやる。
「俺がいないところで酒を飲むなと言っただろう?」
「あ……」
息を呑んだ萌に、ニッと笑う。
「まあ、意外と大丈夫のようだけどな」
それに、悪いことばかりではなかった。彼女が約束を破ったお陰で、知った事実もある。それは、この上なく嬉しい事実だ。
一美は再び萌を引き寄せる。もう一度顔を寄せても、彼女が拒むことはなかった。
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