天使と狼

トウリン

文字の大きさ
上 下
83 / 92
第三章:ほんとうの、はじまり

11-1

しおりを挟む
 こうやって彼の胸に頬を寄せて目覚めるのは、何度目になるだろう。

 久し振りの深い眠りから覚めた時、最初にもえが思ったのは、そんなことだった。

 部屋の中は真っ暗で、その上更に、彼女は一美かずよしの腕の中にしっかりと閉じ込められている。彼の鼓動を聞きながらその中で丸まっている自分は、まるでお母さんのお腹の中にいるようだと、萌は小さく笑った。

 まだ半分寝ぼけた頭で萌はそっと手を伸ばし、うっすらとひげが生えている一美の顎に指先で触れる。
 初めの頃は、彼に触れられても慌てふためくばかりだった。手を繋ぐだけでも恥ずかしくて、抱き締められようものなら、いたたまれなさのあまり逃げ出そうとして、ジタバタして。
 けれど、いつの間にか、自分以外の体温に包まれることに慣れ、安らぐようになっていた。自分の部屋で独りきりで目覚め、何かの夢の余韻で物悲しくなった時、彼の温もりがあればいいのに、と思うことすらある。
 前は独りになると気分が安らいだのに、今は、ふっと何かの拍子に彼の姿を探してしまう。

 自分は、弱くなってしまったのだろうかと、萌は自問する。そうして、いいや違うと首を振る。

 多分、それは、弱さとは違う。

 一美と出会ってから、自分の中では何かが変わり始めた。その変化に怯えて、戸惑って、彼を散々振り回してしまったのに、一美は音を上げずに食らい付いてきてくれた。萌がその変化から逃げようとするのを、赦しはしなかった。
 彼は萌を甘やかすけれど、でも、それだけじゃない。辛抱強く萌が動き出すのを待って、ずっと、傍にいてくれる。

 だから、最初の一歩が踏み出せた。

 昨日、めぐみに会いに行って、話をして、萌をがんじがらめにしていたたくさんの何かの一つが、解けた気がした。
 すぐにでも一美に話したいことが、話さなければならないことが、たくさんあったのに、帰りの車の中で、いつの間にか萌は眠り込んでしまっていた。一週間ほど寝不足だったこともあるし、前の日に全く眠れなかったということもある。
 車が動き出してしばらくしてから襲ってきた睡魔に、何とかして起きておこうと頑張った萌だったけれど、いつ墜ちたのか自分でもわからないほどコトンと、眠りに捕まってしまった。

(今、何時だろう)

 明日は仕事だから、家に帰らないといけない。そう思いながらも、萌は、またトロトロと心地良い微睡に引きずり込まれていく。

 夢うつつでもそもそと身じろぎをすると、背中に回された一美の腕に力がこもるのが感じられた。

「萌……」
 彼が、小さく彼女の名前を呼ぶ。
 その途端、ハッと、萌は我に返った。

(寝ちゃダメだ。一美に、大事なことを言わないと)

 そうでなくても、随分と待たせてしまったのに。
 何も眠っている彼を起こしてまで急ぐ必要はないのかもしれないけれど、伝えよう、と思ってしまったら、一刻も待てなくなる。

「先生……先生、ごめんなさい。起きてください」

 身体をよじって彼の腕から抜け出すと、萌はそっと呼びかけた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

知らなかったら…

水姫
恋愛
こんな話もありなはず……。 「…えっ?」 思い付きで書き始めたので、見るに耐えなくなったら引き返してください。裏を読まなければそんなにヤンデレにはならない予定です。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ
恋愛
王太子妃に選ばれるのは公爵令嬢であるエステルのはずだった。結果のわかっている出来レースの王太子妃選。けれど結果はまさかの敗北。 父からは勘当され、エステルは家を飛び出した。頼ったのは屋敷を出入りする商人のクレト・ロエラだった。 無一文のエステルはクレトの勧めるままに彼の邸で暮らし始める。それまでほとんど外に出たことのなかったエステルが初めて目にする外の世界。クレトのもとで仕事をしながら過ごすうち、恩人だった彼のことが次第に気になりはじめて……。 純真な公爵令嬢と、ある秘密を持つ商人との恋愛譚。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...