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第三章:ほんとうの、はじまり
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こうやって彼の胸に頬を寄せて目覚めるのは、何度目になるだろう。
久し振りの深い眠りから覚めた時、最初に萌が思ったのは、そんなことだった。
部屋の中は真っ暗で、その上更に、彼女は一美の腕の中にしっかりと閉じ込められている。彼の鼓動を聞きながらその中で丸まっている自分は、まるでお母さんのお腹の中にいるようだと、萌は小さく笑った。
まだ半分寝ぼけた頭で萌はそっと手を伸ばし、うっすらとひげが生えている一美の顎に指先で触れる。
初めの頃は、彼に触れられても慌てふためくばかりだった。手を繋ぐだけでも恥ずかしくて、抱き締められようものなら、いたたまれなさのあまり逃げ出そうとして、ジタバタして。
けれど、いつの間にか、自分以外の体温に包まれることに慣れ、安らぐようになっていた。自分の部屋で独りきりで目覚め、何かの夢の余韻で物悲しくなった時、彼の温もりがあればいいのに、と思うことすらある。
前は独りになると気分が安らいだのに、今は、ふっと何かの拍子に彼の姿を探してしまう。
自分は、弱くなってしまったのだろうかと、萌は自問する。そうして、いいや違うと首を振る。
多分、それは、弱さとは違う。
一美と出会ってから、自分の中では何かが変わり始めた。その変化に怯えて、戸惑って、彼を散々振り回してしまったのに、一美は音を上げずに食らい付いてきてくれた。萌がその変化から逃げようとするのを、赦しはしなかった。
彼は萌を甘やかすけれど、でも、それだけじゃない。辛抱強く萌が動き出すのを待って、ずっと、傍にいてくれる。
だから、最初の一歩が踏み出せた。
昨日、めぐみに会いに行って、話をして、萌をがんじがらめにしていたたくさんの何かの一つが、解けた気がした。
すぐにでも一美に話したいことが、話さなければならないことが、たくさんあったのに、帰りの車の中で、いつの間にか萌は眠り込んでしまっていた。一週間ほど寝不足だったこともあるし、前の日に全く眠れなかったということもある。
車が動き出してしばらくしてから襲ってきた睡魔に、何とかして起きておこうと頑張った萌だったけれど、いつ墜ちたのか自分でもわからないほどコトンと、眠りに捕まってしまった。
(今、何時だろう)
明日は仕事だから、家に帰らないといけない。そう思いながらも、萌は、またトロトロと心地良い微睡に引きずり込まれていく。
夢うつつでもそもそと身じろぎをすると、背中に回された一美の腕に力がこもるのが感じられた。
「萌……」
彼が、小さく彼女の名前を呼ぶ。
その途端、ハッと、萌は我に返った。
(寝ちゃダメだ。一美に、大事なことを言わないと)
そうでなくても、随分と待たせてしまったのに。
何も眠っている彼を起こしてまで急ぐ必要はないのかもしれないけれど、伝えよう、と思ってしまったら、一刻も待てなくなる。
「先生……先生、ごめんなさい。起きてください」
身体をよじって彼の腕から抜け出すと、萌はそっと呼びかけた。
久し振りの深い眠りから覚めた時、最初に萌が思ったのは、そんなことだった。
部屋の中は真っ暗で、その上更に、彼女は一美の腕の中にしっかりと閉じ込められている。彼の鼓動を聞きながらその中で丸まっている自分は、まるでお母さんのお腹の中にいるようだと、萌は小さく笑った。
まだ半分寝ぼけた頭で萌はそっと手を伸ばし、うっすらとひげが生えている一美の顎に指先で触れる。
初めの頃は、彼に触れられても慌てふためくばかりだった。手を繋ぐだけでも恥ずかしくて、抱き締められようものなら、いたたまれなさのあまり逃げ出そうとして、ジタバタして。
けれど、いつの間にか、自分以外の体温に包まれることに慣れ、安らぐようになっていた。自分の部屋で独りきりで目覚め、何かの夢の余韻で物悲しくなった時、彼の温もりがあればいいのに、と思うことすらある。
前は独りになると気分が安らいだのに、今は、ふっと何かの拍子に彼の姿を探してしまう。
自分は、弱くなってしまったのだろうかと、萌は自問する。そうして、いいや違うと首を振る。
多分、それは、弱さとは違う。
一美と出会ってから、自分の中では何かが変わり始めた。その変化に怯えて、戸惑って、彼を散々振り回してしまったのに、一美は音を上げずに食らい付いてきてくれた。萌がその変化から逃げようとするのを、赦しはしなかった。
彼は萌を甘やかすけれど、でも、それだけじゃない。辛抱強く萌が動き出すのを待って、ずっと、傍にいてくれる。
だから、最初の一歩が踏み出せた。
昨日、めぐみに会いに行って、話をして、萌をがんじがらめにしていたたくさんの何かの一つが、解けた気がした。
すぐにでも一美に話したいことが、話さなければならないことが、たくさんあったのに、帰りの車の中で、いつの間にか萌は眠り込んでしまっていた。一週間ほど寝不足だったこともあるし、前の日に全く眠れなかったということもある。
車が動き出してしばらくしてから襲ってきた睡魔に、何とかして起きておこうと頑張った萌だったけれど、いつ墜ちたのか自分でもわからないほどコトンと、眠りに捕まってしまった。
(今、何時だろう)
明日は仕事だから、家に帰らないといけない。そう思いながらも、萌は、またトロトロと心地良い微睡に引きずり込まれていく。
夢うつつでもそもそと身じろぎをすると、背中に回された一美の腕に力がこもるのが感じられた。
「萌……」
彼が、小さく彼女の名前を呼ぶ。
その途端、ハッと、萌は我に返った。
(寝ちゃダメだ。一美に、大事なことを言わないと)
そうでなくても、随分と待たせてしまったのに。
何も眠っている彼を起こしてまで急ぐ必要はないのかもしれないけれど、伝えよう、と思ってしまったら、一刻も待てなくなる。
「先生……先生、ごめんなさい。起きてください」
身体をよじって彼の腕から抜け出すと、萌はそっと呼びかけた。
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