天使と狼

トウリン

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第二章:すれちがい

2-4

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 カチャカチャと、硬い物がぶつかる音が耳に付く。
 そして、漂ってくるコーヒーの香り。

「あれ……?」

 目蓋を開けた萌は、何度か瞬きを繰り返した。
 キラキラとしたホテルの広間にいた筈が、今はどう見ても一美の部屋だ。横たえられていたソファから身を起こして、どういうことかとキョロキョロと部屋の中を見回した。
 そこに、キッチンカウンターの向こうから耳に馴染んだ声がかかる。

「起きたのか」
「先生!」
 萌はビクンと身体を震わせ、そちらに向き直った。
 一美はコーヒーカップ二客をトレイに載せてやってくる。それをテーブルに置くと、ソファの傍に膝をついて萌を覗き込んできた。

「君、どこまで覚えてる?」
「覚えてるって……あれ? 昔、先生とお付き合いしていた人たちと話してて……」
「そこは忘れてくれても良かったのだけどな」
「え?」
「いや、何でも。他には?」

 彼に重ねて問われて、一瞬後、サアッと萌は蒼くなる。

「もしかして、わたし、また……?」
「そう、またやった。だから飲むなと言っただろう」
「すみません……」
 萌は首をすくめてお叱りを甘んじて受けた。項垂れた萌の頬に、一美の手のひらが触れる。
 顔を上げた萌の唇に、ついばむようなキスが落ちる。二度、三度と。

「先生?」
 唇が離れた隙に、何とか一美に問いかける。だが、彼は止めようとしない。いや、それどころか段々と口付けは深くなっていく。

「先生……先生! ちょっと、待って」
「いや、待たない……キスは人前でするもんじゃないんだよ」
「え……? それ……」
 どういうことですか。
 そう問おうとした萌の唇は、言い終える前に一美によって封じられる。
 萌は頭を懸命に働かせてワインを口にしてからのことを思い出そうとするのに、繰り返されるキスに邪魔されて全然うまくいかない。

 ようやく解放されたのは、いまだ息継ぎが巧くできない萌が息も絶え絶えになった頃だった。クタリと脱力した彼女を抱き締めた一美が、耳元で囁く。

「今度、俺がいないところで酒を呑んだら、これくらいでは済まさないからな?」

 だが、一美のその台詞を頭の中に入れる余裕は、その時の萌にはなかったのである。
 遠い意識の片隅で、彼の声は耳から耳へと抜けていった。
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