天使と狼

トウリン

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第一章:はじまり

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 一美かずよしは苛立っていた。

 ――いや、それは正確ではない。

 正しくは、焦っていた、と言った方がいい。

 何故かといえば、五日前に中庭でもえみつぐのやり取りを一美たちが盗み聞きしてから、彼女の態度がつれないからだ。

 最初の一日目は、てっきり彼らが盗み聞きをしたことを怒っているのだと思っていた。謝罪の意も含めて食事に誘ったのだがすげなく断られ、それは当然かもしれないと、おとなしく引き下がった。
 その時の萌の断りの返事は、簡潔に、「行きません」だった。

 ――「行けない」ではなく。

 翌日、ごくごく普通にリコやろうと病棟で和やかに会話をしている萌を見て、怒りは解けたのだと一美は認識した。
 だから、再び誘いをかけた。

 ――そして、再び、断られた。

 返事は同じ、「行きません」。何か他の理由があって「行けない」のではなく、萌自身の選択で「行かない」と。

 流石におかしいと思った一美は萌に真意を問おうとしたのだが、そうする間もなく立ち去られてしまった。

 その次の日は、彼女は非番。
 住所を知る手だてがないわけではないが、まさか押しかけるわけにもいかず。

 昨日は夜勤で、今日は再び非番だ。

 明日はまた日勤で出てくるが、最早どう声をかけたらよいのか判らなくなっている一美だった。
 そんな彼を見て、朗はいとも気軽く「頑張れよ」と安易な励ましを投げるばかりだ。そうして、いつものように萌をからかいに行く。

 同罪の筈の朗が何か言うのへ、彼女は困ったように眉をひそめながらも口元を緩めていた。
 萌に普通な態度を取られている彼を見ていると、一美は腹が立ってくる。

 何故、同じ行動を取った朗やリコとは全く態度が変わらないのに、自分の事は避けるのか。

 一美にはそんな理不尽極まりないことをされる理由が解らない。
 全く、思い当たらない。

 怒らせた理由を問えばさらに怒り出すのが女性というものだ。
 少なくとも、今まで付き合ってきた相手は皆、「なに怒ってるんだよ?」言葉は禁句に近いものだった。

 今でも十分ダメージがでかいというのにさらに怒らせた日にはどうなるか。
 だが、このままでは、八方手詰まりもいいところだ。

 かくなる上は、その禁句を口にするしかないのか。
 いや、だが、しかし。

 ――そんなこんなで、一美は同じ土俵に上がってきてくれない萌に苛立っており、同じ土俵に引き込めないでいるその事態に焦っていたのだ。
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